何歳になっても、何かを学び始めること・学び直すことに関心がある方は多いと思います。
でも、年を取るほど気力や体力面で不安があったり、どこか気恥ずかしさもあったりして、ゼロから新しくスタートを切るのが難しくなることもあります。
そんなときは、年齢を重ねてから「学び」に取り組んでいる人のお話がヒントとなるかもしれません。
お笑いタレントの東貴博さんは2021年、51歳で大学生になりました。駒澤大学法学部に通い、30歳以上も年齢の離れた学生らと並んで授業を受けています。
若いころは勉強が好きではなかったという東さん。社会人となり、家庭を持ち、さまざまなことを経験したからこそ、その「答え合わせ」をしていくような勉強の面白さにのめり込んでいったといいます。
東さんに50歳を過ぎてから学ぶことの意義、楽しさ、知識が広がることで自分の将来の暮らしにどんな良い影響があるのか、伺いました。(※取材はオンラインで実施しました)
──東さんは2021年に51歳で駒澤大学法学部政治学科に合格し、現在は大学2年生です。なぜ、このタイミングで大学に行こうと考えたのでしょうか?
東貴博さん(以下、東)
僕の親父(東八郎さん)は52歳で亡くなっているんですけど、自分が40歳になったときに、「あと“一回り”で親父が死んだ年齢か……」と思いました。そのときから、人生にやり残しがないようにしようと考えるようになったんです。
──大学受験も「やり残したこと」の一つだったのでしょうか?
東
いえ、そのときは「大学に行くこと」は選択肢になかったのですが、コロナ禍で時間ができたときに、「そういえば、18歳のころに大学に行きたかったんだよな」と、ふと思い出したんです。
当時、僕は浪人生だったのですが、父が突然亡くなり受験どころではなくなってしまいました。
そんなとき、父のことを“師匠”と慕ってくれていた欽ちゃん(萩本欽一さん)から「君のお父さんに教わったことを、今度は僕が君に教える番だ」という言葉をいただき、そのまま芸能界に入ったんです。次第に大学について考えることもなくなっていきました。
──しかし、心のどこかには大学への思いがあった?
東
そうですね。僕自身の過去の思いに加え、欽ちゃんがチャレンジする姿を見ていたことも大きかったです。
欽ちゃんは70歳を過ぎてから駒澤大学に入学しているんですけど、僕が弟子入りしていたころ、いつか大学に行きたいと、受験勉強のために家庭教師をつけて勉強をしていたんです。
当時もスゴイなと思いましたが、数年前、突然「欽ちゃん大学合格」というニュースを聞いて驚愕しました。そのときに欽ちゃんのおかげで「社会人特別入試」の存在を知り、自分もやれるんじゃないかと考えるようになったんです。
それで、コロナ禍でできた時間を利用して、受かるかどうかは分からないけど受験勉強を始めました。誰にも言わず、安(妻の安めぐみさん)に話したのも受験の3カ月前くらい。「ちょっと受験してみるわ」って。たぶん受からないと思っていたでしょうね。
──結果は見事に合格。もともと勉強は得意でしたか?
東
全然(得意じゃない)ですね。中学時代なんて、全く勉強していませんでした。ただ、このころ親父がふと「俺は小学校しか出ていないから、お前には大学に行ってほしい」と言ったんです。そのとき、小卒でここまで頑張っている親父のことを改めて尊敬すると同時に、そんな願いをかなえてあげたいと思いました。
それで、中学3年生の秋から猛勉強をした結果、2カ月で偏差値が49から64くらいまで上がり、その勢いで高校受験をしたら専修大学附属高校に合格したんです。
──まさに「やればできる子」ですね。
東
ただ、そのあとが続かなかったですね。附属高校なので大学進学率98%くらいなんだけど、僕はその残りの2%の方に入ってしまい、結局は浪人することになっちゃいましたから。
──2021年の4月に入学し、ほぼ1年が過ぎました。想定外に大変だったことはありますか?
東
想像以上に履修科目が多かったことですね。しかも、僕の場合は仕事もある。コロナで仕事が落ち着いているうちに集中して単位を取った方がよさそうだなと考え、1年で14科目くらい選択しました。
あとは、パソコンも触ったことがなかったので、まずはパソコン教室に行って「Word」から習いました。
スタートがそこだから、レポート一つ作るにもめちゃくちゃ時間がかかるんですよ。悪いことに、オンライン授業になってレポートがすごく増えたんですよね。最初は段落分けや「カッコ」の使い方なども分からないレベルだったので苦労しました。
それでも、学ぶこと自体はすごく楽しかったです。
──特に好きな授業は何ですか?
東
「社会学」ですね。自分がこれまでの人生で体験してきたことを、おさらいしているような感覚があります。
メディアの変遷、電話がガラケーからスマホに変わったことや、インターネットが普及して社会が変わっていったことなど、さまざまな歴史を通じて「社会の仕組み」を学べるのが楽しいんです。
もともと社会の仕組みを勉強したいと思っていて、大学のホームページを見たら、募集要項に「社会の仕組みを勉強しませんか?」って、そのまんま書いてあったんです。コレコレ~って感じでした。
社会学以外にも、政治学や政治コミュニケーションなど、さまざまな授業を通して社会の仕組みが分かってくる。民主主義の成り立ちや産業革命以降の社会の変化、現代の新自由主義へと至る背景など、時代の移り変わりを知ることでニュースを見ていても楽しくなってくるんですよね。
──しっかり勉学に励んでいますね。
東
学費を“自腹”で払っていることも大きいんじゃないですかね。自分のお金だから「元を取ろう」として一生懸命やっているんだと思います。だから10代の同級生が授業をサボったり、後ろの方の席で寝ているのを見ると、もったいないなぁって感じちゃいます。
あとは、ずっと仕事をしてきたからなのか「手の抜き方」も分からなくなっているんです。番組のアンケートなんかもびっしりと書くタイプなので、それと同じ感覚でレポートも全力で取り組み、完璧にできるまで第五稿くらいまで書いてしまいます。その上で、どうしたらさらによくなるかを先生に聞いたりもして。
僕は卒業後に就職をするわけじゃないから評価で「S」なんて取る必要はないんだけど、どうしても仕事と同じように考えてしまいます。それだけに、テストで失敗したりすると本当にヘコみますよ。こないだもテストでケアレスミスをしてしまって減点……。勉強であんなに悔しいと思ったのは初めてでしたね。
──社会人を経たからこそ、そこまで真剣になれる。逆に、高校からそのまま大学に入っていたとしたら、今ほど熱心に取り組んでいなかったかもしれませんね。
東
本当にそう思います。特に、僕が18歳のころはバブル景気に浮かれていた時代でしたから、大学に行っても遊ぶことしか考えなかったでしょうね。そもそも何かを学びたいという気持ちもなかったし、何も身に付かなかっただろうと思います。
でも、今はハッキリとした目的があり、学ぶことが楽しいと感じている。それに、僕の場合は大学で得た知識を、仕事や社会生活の中で生かすことができるんです。10代のころの学生時代と違って、アウトプットがテストだけじゃないから余計に楽しいんじゃないでしょうか。
多分、誰でも人生の中で勉強と向き合わなきゃいけない時期ってあると思うんです。それが、僕の場合は今だったんじゃないかな。
──大学で学ぶことで、物の見方や考え方が変わったようなことはありますか?
東
少しだけ物事を俯瞰で捉えられるようになった気がします。
例えば、今はテレビやラジオで盛んに「SDGs」という言葉が使われていますよね。僕もそういう番組に出演することもありましたが、何となく“うわべ”のコメントしかできなかった。
今もそこまでしっかり理解できているわけではないけど、そもそもの地球温暖化の背景とか課題とか、先進国と途上国の事情の違いとか、そこで生まれる矛盾とか、以前よりは考えられるようになりました。
それって裏を返せば、これまで見て見ぬフリをしていたことが、いかに多かったかということでもありますよね。テレビで放送されていることの矛盾とかも一切気にせず、何となくやり過ごしていたんだなって。それに気付けただけでも、大学に行ってよかったと思います。
──知識を得ることでタレントとしての仕事の幅も広がりそうですね。
東
いや、これを仕事に生かそうとは、全く考えていません。知識を番組で披露しようとか、賢いと思われたいとかは一切ありません。ただ、知識が広がることで、少しずつ行動が変わっていけばいいのかなと。
例えば、東日本大震災が起きてから毎年、自分のできる範囲でチャリティーライブをやっているのですが、これからは集まったお金の寄付先を選ぶときにも、以前より広い視点で考えられるんじゃないかと思います。
あとは、自分の子どもに何かを聞かれたときにも、しっかりと自分の頭で考えた言葉で伝えられる気がします。
なぜ戦争はいけないのか、震災の記憶をどう語り継いでいくのか。そうした難しいテーマでも熱量を持って、自分の気持ちを足して話すことができるんじゃないでしょうか。知識って、そんなふうに使えばいいと思うんですよね。
──学んだことで、自分が生きる上とか物事を考える上での「軸」が1本できたような感じでしょうか?
東
そう。軸ができたことによって、人生に変化が生まれましたね。
──勉強、仕事、プライベートと、とてもお忙しいかと思いますが、いっぱいいっぱいにならないために心がけていることはありますか?
東
やることが多いときでも、なるべく生活にメリハリをつけるようにしています。
例えば、テストが近くなったら一人で館山の別荘に行って、集中して勉強したり、レポートを終わらせたりします。その後は頑張ったご褒美じゃないですけど、ゴルフやサーフィンをしながら過ごしたりして。
これまでは趣味も仕事もそれなりにやってきたけど、限られた時間の中でメリハリをつけ、一つひとつを集中的にやるように心がけていますね。
──すごいバイタリティですね。
東
昔、欽ちゃんに言われたことがあるんです。「3つできるのが、芸能人だよ」って。
つまり、「仕事だけ」なら誰でもできる。「家庭と仕事」「仕事と趣味」2つを頑張るのも、さほど難しくはない。本当にすごい人は仕事も家庭も趣味も、あるいは学生も、3つ以上のことを平然とできてしまうんだと。
なので僕は欽ちゃんに言われた通り、「家庭」と「仕事」と「趣味」を自分なりに充実させてきたつもりです。でも、コロナで「仕事」のボリュームが減ったので、そこに「学生」を追加してみたって感じです。
みんなが3つやる必要はないと思うけど、何かをやってみたいという気持ちを持ち続ければいつかできるタイミングが来るんだと思います。
──東さんのように、年齢を重ねてから新しいことに挑戦するのは、簡単なことではないと思います。新しい挑戦を前向きに楽しむためには、どんなマインドが必要でしょうか?
東
そうだなあ……「認めない」ってことじゃないですか?
──認めない?
東
そう、自分が年を取ったことを認めない。僕自身、今が52歳だなんて思ってないですから。自分に都合のいいことだけ受け入れて、それ以外は認めない。そうすれば、どんなことでも意外と簡単にできちゃうんじゃないですかね。
僕が大学に行くのだって、最初は「50歳にもなって恥ずかしいかもな」って気持ちがなかったわけじゃないですよ。でも、自分が50歳であることなんて認めないで、やってみればいいんですよ。実際、周りはそんなに気にしてませんから。
入学当初は同級生から「写真撮ってください」ってさんざん言われたけど、1週間もしたらさっぱりですから。もう飽きたのかよ! って。今じゃ気軽にゴルフやランチに誘ってきますからね(笑)。でも、そんなこともすごく楽しいんですよ。
取材・構成:榎並紀行(やじろべえ)
編集:はてな編集部
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