声優・佐々木望さんが40代で東大を受験した理由――「年齢を理由に、挑戦をあきらめなくていい。」

2020年3月、東京大学法学部を卒業したことを公表した声優の佐々木望さん。声優の仕事を続けながら7年間東大に通っていたことをその時初めて語り、大きな話題を呼びました。

10代で声優としてのキャリアをスタートし、「幽☆遊☆白書」など数々の人気アニメに出演してきた佐々木さんが東大受験を決意したのは、40代の頃。卒業を公表した後、40代からのチャレンジに驚く声もある中で、佐々木さんは「年齢だけを理由に、やりたいことの芽を摘んでしまうのはもったいない」と語ります。 

年齢を重ねる中での「学び直し」の経験は、佐々木さんにどんな影響を与えたのでしょうか? 東大受験を決意するまでの背景や、年齢を重ねることへの思いとともに、今回お話を伺いました。(取材はリモートで実施しました)

今回のtayoriniなる人
佐々木望
佐々木望 1月25日生まれ。1986年に声優デビュー。アニメでは「幽☆遊☆白書」浦飯幽助、「AKIRA」鉄雄、「銀河英雄伝説」ユリアンなど、多くの作品で主要キャラクターを演じる。アニメのほか海外ドラマの吹替、イベント出演、ライブ活動をはじめ、近年は舞台朗読、オーディオブック、ナレーション、公演プロデュースなどにも活躍の場を広げている。

英語検定一級、全国通訳案内士国家資格(英語)を持つ。2013年には大学入試センター試験を経て一般入試で東京大学(文科一類)に合格。声優の仕事の傍ら通学し、休学期間を挟みながら、2020年3月、東京大学法学部(第1類)を卒業。

声が出なくなり、発声と演技の「学び直し」を続けた日々

──佐々木さんが大学受験に向けて勉強を始められた背景には、20年ほど前、声帯炎になって声が出なくなり、さまざまな本を読んだりボイストレーニングに通ったりして「一から発声を学び直す」というご経験があったそうですね。

佐々木望さん(以下、佐々木)

私は声優としてデビューしたのがとても若いときで、いわゆる練習生のような期間がそれほど長くなかったんです。発声も演技も我流のまま、仕事の現場で自分なりに身に付けてきたような形でした。その発声法も一因だったのですが、あるとき声帯の酷使で声帯炎になって、声が出せないという大ピンチの状況になりました。当時いろいろな専門家の先生方に診ていただいたんですが、治っても、それまでと同じ声の出し方を続けるとまた声帯に負担がかかって痛めてしまうだろうということでした。それで、今までの自分のやり方を変えよう、根本から発声を作り直そうと決心したんです。

──それまで身に付けてこられた発声法を一気に変えなければいけない、というのはとても大変なことのように思います。すぐに受け入れられたのでしょうか。

佐々木

実際、受け入れないという選択肢はほぼなかったんですよね。「この仕事を辞めるか、続けられるようになんとかするか」という二択でしたから。でも、声の演技が大好きで、まだまだ続けていきたかったので、ここで辞めるなんて嫌だと思ったんです。演技についても、役の幅をもっと広げていきたいという思いが当時ありました。自分にはきっとまだ努力できる余地がある、あきらめないで、この状況が打開できないかやってみようと……。それで、何人かのボイストレーニングの先生にご指導いただきつつ、自分でも発声と演技を一から学び直し始めました。

──発声や演技にまつわる本を、ご自身で大量に買って読まれたそうですね。

佐々木

日本語の本だけでなく、洋書も入手できる限り取り寄せました。発声を一から作り直すために、声のことを徹底的に知りたかったんです。声って一体どうやって出ているんだろう、というところから。あの頃は、自由に使える時間のほとんどを、本を読み込んではどの方法が自分に合うかの練習や訓練に当てていました。ありがたいことにお仕事は続けさせていただいていたので、仕事の合間にボイストレーニングに行ったり俳優としての身体訓練をしたり朗読やナレーションの教室に通ったりと、できることはなんでもやろうと思って動き続けていました。
 
変化ってすぐには現れないんですよね。それまで続けてきた発声の癖を完全に取るのって大変です。ついつい元の声の出し方に頼ってしまいそうになるんですが、そうしている自分に気付くたびにハッとして、新しい発声法に修正するということの繰り返しでした。
 
私たちの仕事って、依頼してくださる方からのご期待やご要望に応えることが何より大事ですから、お仕事によっては元の声に近い声が必要な場合もあります。でもそれと同時に、自分には新しい発声や演技を身に付ける必要も絶対にあって。どうやったら両立させられるだろうと何年も何年も試行錯誤しながらもがいていた時期でした。

「学ぶ」ことの楽しさに気付き、大学受験を決意

──新しい発声法を身に付けるまでの間、本当に苦しい時期だったのではないかと思います。

佐々木

たしかに状況としては切迫していたんですが、知らないことを知っていく過程それ自体は、自分にとってはとても楽しいものでした。英語はもともと好きだったのですが、洋書を大量に読み込んでいくうちに、そこまで難しくないペーパーバックであればなんとか読める、くらいになって。もっと続けていきたくなったので、発声や演技の訓練と並行して英語の勉強も始めてみたんです。だから当時は、30分刻みくらいでスケジュールを立てて、仕事と生活、声と演技の訓練、英語の勉強をするという目まぐるしくも充実した日々でした。
 
何年も勉強しているうちに、新しい声の出し方も身に付いてきて、演技も英語も、追究しようとすればするほどさらに面白く思えるようになっていきました。英語については、次のステップとして「アカデミックな場所でもう少し英語を学んでみたい」と思い、大学受験を意識するようになりました。けれどいざ大学で学ぶという選択肢が自分の中に生まれたら、何も初めから英語だけに限定する必要もないよなと……。じゃあ、どうせなら総合大学である東大を目指してみようかと思ったんです。

──そこから東大に、というのがすごいです……。受験勉強は、それまでの勉強と比べていかがでしたか?

佐々木

それまでと同じように、楽しんでやっていました。発声や演技の勉強をしていた時のように大量の教材を買ってきて、タイマーをセットしてそのカウントがゼロになるまでとにかく机に向かう、というようなことをしたり、土日は一切の日本語をシャットアウトして、英語しか目と耳に入れない、みたいな極端なことをしてみたり。わりと、そういうことをしている自分を自分で面白がれる性質なんですよね。
 
私の場合、大学受験は、例えばキャリアアップのためといった、仕事や人生にとって必要性があったからという理由ではなく、ただ「自分でそうしたくて選んだこと」でした。この年齢で東大に入るための受験勉強なんて、誰にも強制されていないことをわざわざ自分からやっているわけですから、勉強がしんどいと思ったことはまったくなくて、受験勉強の過程も楽しんでいました。
 
とはいえ、仕事や生活が忙しい時期なんかには、「社会人の自分がいま受験勉強に時間をつぎ込んでいていいんだろうか」とふと考えることはありました。そういうときはしばらく勉強を休んで、今日はちょっと余裕があるなという日に再開したりしていましたね。

──余裕がある日に勉強をする、という姿勢は本当に尊敬してしまいます。いわゆる「趣味」に近い感覚で勉強をされていたんでしょうか?

佐々木

そうですね、趣味というのが近いかもしれないのですが……趣味って、仕事と同じくらい本気を出してやるものですよね。だから全力で勉強していたと思います。

「大学生の自分」というポジションを持てたことが、大きな経験になった

──結果、2013年に無事、東京大学に合格されました。大学での日々は、公式ブログ「佐々木望の東大Days」で詳しくお話しされています。その中で、それまでは比較的順調に学びを進めていたけれど、3年生で法学部に進学したときに授業の難しさに愕然(がくぜん)とした、と語っていらっしゃったのが印象的でした。

佐々木

「法律は外国語だ」と法学の先生がよくおっしゃっていたんですが、自分にとっては本当に文字通り外国語だったというか……。法律科目の講義に出てみても、先生が何を話されているのかさっぱり分からず時間だけが過ぎていく、という状態が1年くらい続いたんです。法律の用語って、耳慣れた日本語に聞こえても実は普段私たちが使う言葉とまったく違う意味だったりすることもあって。
 
1、2年生の間は、机に座って講義を聞くという数十年ぶりの形式に自分をフィットさせていくことから始まり、なんとかかんとか授業についていって、よい成績もどうにか維持して、ということができていたんです。それが法学部に入った途端にまた何も分からなくなるなんて、想像もつかなかったです。周りの同級生の方たちがどんどん学習を進めて理解度が深まっていく中で、自分は理解できていないままだというのが衝撃でした。


──日々のお仕事もあってお忙しい中で、大学にはこっそり通われていたわけですよね。サボりたい、という気持ちは湧かなかったんでしょうか。

佐々木

それはなかったですね。だって、東大は自分で行きたくてわざわざ受験して来たところなんですからね。法学部の勉強が厳し過ぎたので、無事に卒業できるかな……と思ったことはちょっとありましたけど。
 
先ほどもお話ししましたが、私はすごく若いときにデビューしたので、社会人ではありましたが自分の所属する業界以外の社会のことをほとんど知らなかったんです。それが、仕事をしながら大学生としていられたことで、声優の自分とは別の、「大学生の自分」という立場で物事を見たり考えたりする経験ができました。そしてまたそれが声優としての自分の演技や考え方の実になったりもしているんです。
 
だからそういう意味でも、大学生でいられたことは本当によかったです。学業面では、しっかりと取り組んだ証として、できるだけ良い成績で卒業することを目指していました。そして、晴れて卒業したら、「実は大学に行っていました。こんな面白い経験をしましたよ」と皆さんに発表しようと思っていたんです。

──大学には7年間通われて、2020年の春、卒業したことを公表されました。在学中、同級生の皆さんは佐々木さんが通われていることに気付いても黙っておられたそうですね。

佐々木

東大内部の方にも卒業までは明かさないつもりでしたから、私からは、自分の仕事について大学側にも先生方にも話してなかったんです。受験の願書にも「職業」を書く欄はなかったですしね。
 
学生の皆さんとは世代も違いますから、気付かれることはないだろうと思っていたんですけど、アニメやゲームが好きな方からはときどき「声優の佐々木さんですか」と聞かれることがありました。でも、「在学していることはまだ公表していなくて」とお話しすると、「了解です」って皆さんおっしゃってくれて。話が外に広まることは全然なかったみたいです。
 
東大では大事な友人がたくさんできました。仕事で講義に出られないときに履修の情報を知らせてくれたり、試験前に勉強を教え合ったり。たくさん助けていただきました。いろいろな話もできて対等に付き合えて、本当にありがたかったです。

加齢について、「歳を一つ重ねた」以上の感覚はあまりない

──佐々木さんも、年下である学生さんたちと対等に接していらっしゃったからこその関係性だったのではないかと感じます。東大卒業を公表された当時、50代前半で卒業されたという「年齢」の面にも注目が集まったかと思いますが、佐々木さんご自身は「年齢を重ねる」ということについて、どのように捉えていらっしゃいますか?

佐々木

加齢って全ての人に否応なしに起こることですが、自分には、そこに「歳を一つ重ねた」以上の感覚はあまりないんです。
 
……というのが、私の場合、実年齢が日々の生活に影響することって、実際はそれほどないんです。もちろん、体力やできることの幅が日々狭まっていっている、という重みは感じますよ。例えば私が今からスポーツを始めて次のオリンピックに出ることがおそらく無理であるように、どうしても無理なこと、できないことというのはある。だから、「体力が落ちたからできない」というのは分かるんですけど、「◯歳だからできない」というのは違うんじゃないか、と思うんですよね。年齢制限が明示的にあるものは別としてですけど。
 
「歳だから」と自分で……いや、自分というよりもむしろ、社会の雰囲気のようなものに従って制限してしまっている人もいるのではないか。「もう歳だから」っておっしゃる方は、本当はご自分ではどう思っていらっしゃるのかな、と考えるときがあるんです。

──そうですよね。「いい歳して」と言ってくる世間の声が怖くて、そういう言葉を使う方は多いような気がします。

佐々木

世間の声、本当にそうだと思います。人と違うことをやっていると当然周りはいろいろ言いますよ。私も「その歳で大学を出て何の意味があるの?」って聞かれたりします。でも、問題は、人からどう見られるかではなくて、その視線に対して自分が怖いと思ったり、疎外感を覚えたりすることだと思うんです。
 
「もう自分は歳だから」とおっしゃる方って、もしかすると、「いい歳して」と人から言われないために、先回りをして自分から言ってしまっていることもあるのかもしれません。だから、そうせざるをえない空気、関係性の問題もあると思います。

──確かに、ある程度歳を重ねると、そういうふうに振る舞わざるをえない空気のようなものが日本には特にあるように感じます。

佐々木

若々しいことが最高であるかのように言われて、社会の側も歳を重ねた人を押しやろうとするような空気はわりとありますよね。会社のような組織の中では、活性化していくために若手の人たちにどんどん道を譲っていくということはとても大事なことだと思います。けれど一個人としてその人を見れば、会社を勤め上げたその後にも人生は続いていくわけで……。
 
大学で学んだ科目の一つに、高齢者の方に関する法整備などについて学ぶ「高齢者法」というものがありました。日本と海外の高齢者施設の事例をリサーチしたんですが、海外、特に北欧などは、施設の中にいても矍鑠(かくしゃく)としていらっしゃるというか、自分の趣味を楽しまれている方が多い印象でした。一方で日本では比較的、高齢者の方を子ども扱いするような傾向もあるなと感じて。

──私の祖母が入居していた施設ではお遊戯や歌の時間があったのですが、それに参加しない方が偏屈な人のように言われていることがあって、違和感を覚えたのを思い出しました。

佐々木

そうですね。もちろんご本人にとってお遊戯や歌が楽しかったり、リハビリのためだったりということであればいいと思うのですが。若いときから人と関わるよりも本を読む方が好きだった、という方もきっと中にはいらっしゃいますよね。
 
そういう方の意思も尊重して、高齢者の方が自分で自分の人生を選びやすくしていく余地ってもう少しあるんじゃないかな、と。ある程度歳を取ると「お年寄り」カテゴリーに勝手に入れられ、社会からもお年寄りであることを要求されて、本当に自分がやりたいことができなくなっている方もいらっしゃるような気がします。
 
特に女性は、社会の中でもともと声を上げづらいところに押し込められて、主張ができなかったり聞いてもらえなかったりで生きてこられた方も多いと思います。私たちの母の世代の方々などは。したいことがあってもそれを言語化できないのかもしれないし、「わがままを言ってはいけない」と思われているのかもしれない。
 
主張することって、わがままじゃないんですよね。けれど、わがままだと思わせてしまう社会がいまだに現実にあるのではないか、と……。海外の事例が全てすばらしいというわけではないかもしれませんが、日本以外の事例も見て学んでいく余地はあるのではないか、と思います。

やりたいことを見つけたら、もっと気軽に始めて、気軽にやめていい

──社会からの無言の要請のようなものが存在している、というご指摘は本当にその通りだと思います。一方で、佐々木さんのように「◯歳だから」という制限を取り払って新しいことに挑戦される方もいらっしゃるというのは、とても励まされます。

佐々木

自分だけ周りの流れに乗れていないんじゃないか、変わり者だと思われてるんじゃないかって感じると、ちょっと怖かったりしますよね。でも、そこでブレーキをかけてしまうことで、少しでもやってみたいこと、試してみたいことの芽を自分から摘んでしまうのはもったいないと思うんです。
 
自分のリソースを、仕事や家族以外の生活のどの部分にどう割り振るか、割り振らないかというのは、本来、自分で決められることですから。何か始めてみて3日しか続かなかったとしてもいいんですよ。真面目な方ほど、何かを始めることにもやめることにもハードルを設けてしまうと思うのですが、気軽に始めて気軽にやめるのもありかなと思うんです。


──最後に、東大での大学生活を通じてさまざまなことを学ばれたと思うのですが、佐々木さんにとって特に大きく変わったと感じられることがあったらお聞きしたいです。

佐々木

やっぱり、声優としての自分と、今も法律や英語の勉強を続けたいと思っている自分、ふたつの自分ができたことは大きな変化です。そのふたつが、今後、どういう形で融合したり変化したりするのだろうか、自分でもちょっと楽しみにしているんです。

取材・構成:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
 

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