変わるひきこもり支援から8050問題を考える―「就労支援」よりも「生き方支援」を

80代の親が自宅にひきこもる50代の子どもの生活を支える――。ここ数年、社会問題となっている「8050問題」について、ジャーナリストの池上正樹さんに全2回に渡ってインタビューを行いました。

後編では、「8050問題」に対する行政の支援はどう変わったのか? また、ひきこもり当事者や家族が幸せに生きるために大切なことについて、じっくりとお話を伺いました。

「就労支援」から一人ひとりに寄り添う「生き方支援」に

――前回の記事で行政による従来のひきこもり支援は「就労支援が中心」だったとおっしゃっていましたが、現在はどのような方向に変わってきましたか。

池上
これまでは、当事者が社会に対して恐怖を抱いているにも関わらず、「自立させよう」「就労させよう」として無理がありましたが、現在は一人ひとりの多様な生き方を認める「生き方支援」へと、行政の方針も変わってきました。

「生き方支援」と言うと難しいですが、一人ひとりの中にある「幸せになりたい」という思いをお互いに確認しながら、寄り添う支援だと考えています。

人それぞれひきこもりの状態になった経緯や事情も違えば、抱えている悩みや苦しみもまったく異なります。相談を受ける側は当事者の中にある悩みや苦しみを理解し、「本当はどう生きたいのか」と、心の声を丁寧に聴いていく必要があります。

なかには発達障害を持っている人もいるので、そうした人たちが持つ特性について学び、配慮することも求められるでしょう。行政もようやく、当事者に細やかに寄り添える人材の育成を進めると同時に、本人が安心して過ごせる居場所づくりにも力を入れ始めました。

――居場所というと、どんなイメージでしょう。

池上
例えば、施設で当事者同士が集まって会話をしたり、ゲームを行ったりして、「人と触れ合うことに慣れていきましょう」といった、ある種「社会復帰」を目的とした場所になると、本人たちは居心地が悪くなってしまいます。

では、居場所とは何かというと、本人たちが行きたいと思えるところだと思うんですね。

今は家が居場所になっていますが、家以外にも安心して出かけられる場所があれば、それが彼らにとっての新たな拠り所になります。それは必ずしも施設のような場所だけではなくて、自分が会いたいと思える人がいたり、落ち着ける空間があったり、他者から攻撃されずに自分の個人情報を詮索されないようなところがあれば、そこが居場所になり得ます。

KHJ全国ひきこもり家族会連合会の調査結果によると、「対人交流が必要でない場所には出かけて行ける」と答えた人が、60%もいました。

彼らの多くはずっと部屋にこもっているわけではなくて、図書館やコンビニ、スーパー、公園、川べり、書店、カフェといった場所には出かけています。

不特定多数の人たちがいるところに出かけることで、社会の中で自分が生きていることを実感できる。でも、決して相手から攻撃されたり、何かを要求されたり、詮索もされない。ここに居場所のヒントがあります。そうした発想で居場所づくりを進めていくことが大切だと思います。

「ひきこもり」へのイメージが今、変わりつつある

――「ひきこもり」について社会からの見方はどう変わってきたでしょうか。

池上
2000年に起きた佐賀のバスジャック事件や新潟少女監禁事件の容疑者がひきこもり状態にあったことから、「ひきこもり」=「犯罪者予備軍」というイメージが広がり、以来偏見の対象とされてしまいました。

2019年に川崎で起きた通り魔事件でも、容疑者がひきこもり状態にあったことについてワイドショーで過激な発言が相次ぎ、社会に一気に不安が広がったことも記憶に新しいと思います。

ただ、2000年の事件の時と違うのは、通り魔事件の直後に当事者団体や家族会が立ち上がり、「事件とひきこもりを結びつけるような報道は控えてほしい」と声明を出したことです。

そうした動きによって、ひきこもりに対する偏見や差別のさらなる広がりを食い止めることができたのではないかと思っています。

また、ひきこもり当事者の声を描いたNHKのドラマ『こもりびと』(2020年11月22日放送)の影響も大きかったです。10年以上に渡ってひきこもり生活を送っている主人公・倉田雅夫(松山ケンイチ)が、なぜひきこもらざるを得なかったのか? その葛藤や思いを通して、これまでステレオタイプに捉えられていた「ひきこもり」に対するイメージが変わった気がします。

――新型コロナの感染拡大によって人々の生活様式が変わったことも、何か影響をもたらしましたか。

池上
はい。2020年以降、コロナの感染拡大で国民全体が「ステイホーム」を強いられました。

自宅に居る時間が長くなったことで、「ひきこもる人たちの気持ちが理解できるようになった」「自分事としてひきこもりの人たちのことを考えられるようになった」という声も聞かれるようになりました。

コロナの影響で仕事を休む人や、リモートワークをする人が増えたことで、当事者たちが抱える“やましさ”が減ったことも事実です。以前は平日の昼間に歩いていると、近所の人たちから「今日は仕事休みなの?」と聞かれて引け目を感じていたのが、コロナになってからは堂々と歩けるようになった。かえって生きやすくなったと言えるかもしれません。

家の中でも生きがいや役割を感じることができる

――これまで池上さんが見てきた中で、当事者がより良い方向に変わったという成功事例はありますか。

池上
まず前提として、「何をもって成功と言えるのか?」だと思うんですね。

人それぞれ求める幸せの形は違うので、「これが正解」だとか、「成功事例だ」と言えないのが正直なところです。ただ、多くの方の参考になりそうな家族の事例を一つご紹介しますと……。

高齢のお母さんと同居する、ある息子さんのお話なのですが、お母さんが足を悪くしてだんだん動けなくなってきた時に、息子さんが家の中の不便な場所を修理するようになったんですね。

その姿を度々見ていた妹さんが、「兄は家の中でできる“在宅ワーク”ならできるんじゃないか」と思い、就労支援を行っている団体に相談してお兄さんのために「クラフト制作」の仕事をもらってきたそうなんです。

ただ、本人は人と会うことに恐怖心があったため、しばらくは妹さんが兄の作った作品を取引先まで届け、受け取った報酬を本人に渡すという行為を続けてきました。
お兄さんは作品をつくり、相手に喜んでもらう経験を積むうちに、「誰かの役に立つ」という生きがいや役割を実感するようになり、少しずつ生きる力が湧いてきたそうです。

ただ、妹さんも自分の生活があるため、毎回作品を届けるのは困難になり、いよいよ本人に「自分で取引先に出向いて仕事や報酬を受け取りに行ってもらえないか?」と提案したところ、出かけられるようになったそうです。

こうして仕事ができるようになることが必ずしもゴールや成功とは言えませんが、本人が家の中で無理なくできることで社会とつながり、自分が活かされる喜びを感じられるようになったことは、素敵なことだなと思います。

――「家の中でできることで生きがいや役割を感じられること」というのは、何かキーになりそうですね。

池上
家の中の仕事で見過ごされがちなのが「家事」ですが、それも実は立派な仕事です。

実際、当事者の方たちの声を聞いていくと、皆さん大なり小なり、何らかの家事を行っています。それは彼らの中に「親に迷惑をかけている」という思いが少なからずあるからです。
でも、親の多くは、「家事ぐらいできて当たり前。やっぱり外に出て働くのが一番」だと思ってしまいがちです。

親世代の方たちにはそうした認識を少し改めてもらい、子どもが料理や掃除、洗濯といった家事をしている場面を見かけたら、ぜひ褒めてあげてほしいです。皿洗いでも洗濯物の取り込みでもお花の水やりだけでもいいんです。

日々の小さな行動に気づいて、「助かったよ、ありがとう」と日常的に感謝の言葉を伝えていくうちに役割が実感できるようになり、感情や感覚を取り戻していくというケースは多数報告されています。

――今、リモートワークの普及によって家の中でできる仕事の可能性も広がっているのではないでしょうか。

池上
そうなんです。私たち家族会でも、『たびだち』という情報誌を発行していて、当事者たちが中心となって制作を行っています。

編集会議をはじめ、編集、デザイン、執筆作業のやり取りはすべてオンライン上で実施。ITが苦手な首都圏在住者には会議の時だけ現場に来てもらいますが、基本的に皆さんリモートで制作活動を行っています。

KHJ家族会が年4回発行する『たびだち』。当事者や家族のリアルな声や、ひきこもりに対する全国の先駆的な取り組みなどを紹介している。

編集会議では、毎回当事者たちから「次はこんな企画がやってみたい!」とか「誌面をこう変えたらどうか」などのアイデアや意見がたくさん出てきます。

全部で40ページほどの雑誌で、報酬も決して高いわけではありませんが、自分のタイミングで参加できて、皆さん「仕事が楽しい」と言ってくれますね。

これまでは他者と関わることができずに孤立していたのが、1つの作品をつくるチームとして、横のつながりができるきっかけにもなっているようです。

『たびだち』の編集会議の様子。リアルとオンラインのハイブリッドで意見交換を行い、制作にあたっている

まず親自身が幸せになることが子の幸せにつながる

――最後に、多くのひきこもりの当事者や家族と接してこられた池上さんが考える、「幸せな家族のあり方」とはどんなものでしょうか。

池上
取材を重ねてきた私自身の肌感覚ではありますが、本人が絶望して自死を選ばず、家の中でかろうじて生きているのは、少なからず潜在的に「生きることへの希望を持っている」からだと思うんです。

本当はもう一度、人生をやり直したい、再出発したいという思いが彼らの中にはあるということです。そうした思いに周囲が寄り添えるかどうか、結果を急がずに見守れるかどうかが、大事なことだと思います。会社に就職して、きちんと働けるようになることだけが本人の幸せとは限りません。

また、ひきこもりの子を抱えた親は「こういう状況になったのは私のせいだ」と、自分を責めがちです。それだけに子どもを何とか自立させようと躍起になってしまう……。

NHKのドラマ『ひきこもり先生』に登場する、不登校だった生徒・奈々(鈴木梨央)が最後に学校の先生たちに伝えるセリフがとても印象的で、ひきこもり支援の本質を突くものだと思いました。

そのセリフというのが、「大人がそんなんじゃ、子どもはいつまで経ってもしんどいままなんだよ。私たちのためにまず大人が幸せになってよ」という言葉です。
親が自分を責め、否定し、幸せを求めようとしないことで、子どもは罪悪感を覚え、ますます追い詰められてしまいます。
子どものためにも、まず親自身が幸せになることを許す必要があります。

悩み多き日々の中でも楽しみや生きがいを見つけたり、「今日も一日よく頑張った」と自分を褒めてご褒美を与えたり。親の表情が生き生きしたものに変わると子どもはそれを敏感に感じ取って、いい影響を受けていきます。

子どもと同じ趣味を持つのもいいですね。例えば、本人がハマっているゲームやアニメやアイドルについて学んで、共通の話題を見つけることで日常での会話や笑顔が増えていきます。

何か特別なことはしなくていい。一緒に食事をして笑い合える家族関係になれれば、それだけで幸せだと言えるのではないでしょうか。 


<「8050問題」のリアルな実態と当事者・家族の本音がわかる書籍>

ルポ「8050問題」

著者:池上正樹

出版社:河出書房新社

発売日:2019年12月20日

編集・ライター:伯耆原良子

伯耆原良子
伯耆原良子 インタビュアー、ライター、エッセイスト

日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。

Twitter@ryoko_monokakinotenote.com/life_essay 伯耆原良子さんの記事をもっとみる

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