誰だって歳をとる。もちろんハリウッドスターだって。
エンタメの最前線で、スターはどう “老い”と向き合うのか?
スターの生き様を追って、そのヒントを見つけ出す。
「とにかく僕はね、自分が楽しみながら、それが人々に伝わり、僕と同じくらい楽しんで欲しいと思ってる。それは映画でも、音楽でも、何でもね」
――1997年、29歳のインタビューにて
『キネマ旬報 1997年12月上旬号』(キネマ旬報社)より
50を超えて新境地に達したウィル・スミス。
順風満帆なキャリアを送っていたようで、実は大きな問題も抱えていた。
ハリウッドきっての優等生が直面した「大人になること」の難しさとは?
ウィル・スミスの安定感は凄い。どんな俳優でも浮き沈みがあるものだが、彼の場合はキャリア中で明確に「落ち目」「迷走」と表現すべき時期がない。もちろん作品が興行や評価の面で失敗したこともあったが、それでも「ウィル・スミス」の名が持つブランド力はずっと維持されている。
芸風が90年代から大きく変わっていない点も特筆に値するだろう。俳優は歳をとれば変化するものだが、ウィルさんは変わらない。ずっとナイスガイであり続けている。まさしく非の打ち所がないハリウッドスターだ。
しかし、そんな彼も実は等身大の問題を抱えていた。果たしてMr.ナイスガイが直面した問題とは、そして今もなお輝き続けている秘訣は何なのか? 彼のキャリアを辿りながら考えてゆきたい。
ウィル・スミスの芸風は、デビューしたときから一貫している。彼の芸能活動はラッパーから始まった。
10代のうちからフレッシュ・プリンス名義で活動を始め、DJ・ジャジー・ジェフと結成したユニット、DJ Jazzy Jeff & the Fresh Princeでデビューを勝ち取ると、精力的に音楽活動に打ち込み、セカンドアルバム『He's the DJ, I'm the Rapper 』(1988)からのシングル『Parents Just Don't Understand』がスマッシュヒット。この曲はタイトル通り「親はオレたち子どものことを、てんで解っちゃいないのさ」ソングだ。
ラップといえば社会問題や犯罪などの重いテーマを扱う印象があるが、ウィルさんは違った。曲の前半は丸ごと「母ちゃんがダサい服ばっかり買ってくる」といった等身大がすぎる話で、現代日本の中学生でも共感できるだろう。
お坊ちゃんというほど品行方正ではないが、不良と呼ぶほど荒れてもいない。冗談も通じるが、放送禁止用語とは距離を置く。ちょっと三枚目な二枚目。こうした絶妙なスタンスがウィル・スミスの基本形であり、現在まで続く完成形だ。
彼のキャラクターはお茶の間にも受け入れられ、やがて俳優としての活動もスタートさせると、まずはコメディドラマがヒット。ほどなくして映画へと活動の舞台を移していくのだった。
『私に近い6人の他人』(1993年)や『メイド・イン・アメリカ』(1993年)といった小規模の映画から、刑事アクション『バッドボーイズ』(1995年)をヒットさせると、ウィルさんのところには立て続けに超大作が舞い込んでくる。
特に巨大UFOが地球をシメにくる『インディペンデンス・デイ』(1996年)は決定打となった。この映画で演じた役について当時本人もこう語っている。
「もうけ役だと思うよ。たぶんこれから10年たっても、僕がエイリアンを捕獲したシーンを皆が思いだして、“あぁ、あそこでウィル・スミスがエイリアンを殴ったんだ”と印象に残っているだろうね」
この予感は正しかった。同作は公開から10年どころか20年くらい経っても日本で地上波ゴールデン放送されるハリウッド超大作の定番となる(※2019年にも放送されました)。
翌年にはもう一つの代表作『メン・イン・ブラック』(1997年)に主演。エイリアンを取り締まるタフでユーモラスな捜査官を演じ、ドル箱俳優の仲間入りを果たす。
ラッパーとしても同作の主題歌で初のソロ曲「Men In Black」を大ヒットさせ、私生活では女優でヘヴィ・メタルバンドのボーカルでもあるジェイダ・ピンケット=スミスと結婚。98年には息子のジェイデン・スミスを授かる。公私ともに絶好調のまま、ウィルさんは2000年代を迎えるのだった。
2000年代になっても、ウィルさんの勢いは一向に衰えなかった。モハメド・アリを演じた『ALI アリ』(2001年)では、遂にアカデミー主演男優賞にノミネート。
他にも2000年代のウィルさん映画は非常に充実しており、故マイケル・ジャクソンが「1作目が好きだから出して」とカメオ出演を申し込んできた『メン・イン・ブラック2』(2002年)や、いち刑事がキューバと戦争する狂気の傑作『バッドボーイズ2バッド』(2003年)などの続編系、『アイ,ロボット』(2004年)『アイ・アム・レジェンド』(2007年)、『ハンコック』(2008年)のようなSFアクション、『最後の恋のはじめ方』(2005年)はロマンティックコメディ、息子のジェイデンと共演した人間ドラマ『幸せのちから』(2006年)など、幅広いジャンルで活躍。
ウィルさんまんまの顔をした不気味なサメが主人公のアニメ『シャーク・テイル』(2004年)まで、あらゆるジャンルに出たと言って過言はないだろう。
一方で音楽活動では新作『LOST and FOUND』(2005年)を発表。
エミネムからの「ウィル・スミスはCDを売るために汚い言葉を使わないけど、オレは使うぜ。あいつもお前もくたばっちまえ」という優等生ディスに対して、「エミネムにディスされたけど気にしたか?(ああ)/でも優れたビッグ・ウィルは2000万枚を売り上げたばかり」と、「売れるために工夫して何が悪い。実際売れたぞ」と、ごもっともとしか言いようがない姿勢でアンサーする。
ジェイダともハリウッドきってのおしどり夫婦として、息子は子役として順調に成長。ウィルさん一家はすべての面において完璧に見えた。しかし――。
2010年代に突入する頃、ウィルさんは1本の映画をプロデュースする。往年の名作のリメイク『ベスト・キッド』(2010年)だ。
主演は息子のジェイデン、かつてパット・モリタが演じた師匠役はジャッキー・チェン(!)、主題歌はジャスティン・ビーバーにフィーチャリング息子のジェイデン。興行・評価の両方で成功するが、一方で気になる面があった。
撮影風景がエンドロールに載るのもよい(ジャッキー映画もNGシーンが名物だし)として、ウィルさん本人の写真まで出てくるので、まるで他人の家族写真を見ているような気分になるのだ。プロデューサーとして金を出している立場なので自由なのだが、いきすぎた家族愛が垣間見えた。
そして……実はこの頃、ウィルさんは家庭に大きな問題を抱えていた。妻であるジェイダとの関係が破局寸前まで悪化していたのだ。原因はウィルさんの家族愛の暴走だった。
ウィルさんは稼いだ金を、すべて家庭に注ぎ込んでいたのだ。豪邸、映画の企画、無人島……ウィルさんは家族のために金を使った。もちろん良かれと思ってやっていたのだが、何事も程度がある。それに、いくら良かれと思ってやったとしても、相手が望まないなら、それは自己満足にすぎない。おまけに規模が規模である。
のちにジェイダは、家族のためにジャブジャブ金を使うウィルさんに「ノーという勇気がなかった」と振り返っている。ほかならぬウィルさんも、かつて「親が勝手にダサい服を買ってくる」と不満をラップしていたではないか。気がつけばウィルさん自身がまさにそういう大人になってしまったのだ。ダサい服と無人島、天と地ほど程度の差はあるが、相手の好みを無視している点は共通している。
そして2011年、決定的な事件が起きた。
不穏な空気が漂っていた夫婦関係を修復するべく、ウィルさんはジェイダ40歳の誕生日を盛大に祝うことにする。ウィルさんは気合を入れてジェイダをテーマにした誕生会専用のドキュメンタリー映画を制作。誕生会の会場に超一流歌手メアリー・J・ブライジまで呼んだ。さらにドキュメンタリー映画の中には、亡くなったジェイダの祖母の姿もあった。
以前からウィルさんの過剰な「人生を楽しもうぜ」ノリに追い詰められていたジェイダは、祖母の死という極めてプライベートな事柄を余興のように扱われたことで、心に深い傷を負う。後にウィルさんは、この日のことをこう振り返っている。
「このパーティは痛々しいくらい、僕のエゴ丸出しって言われたよ」「その言葉、心にグサッと刺さるでしょ? 本当のことだから、僕も深く傷ついた。結局僕は、彼女のためでなく、自分のためにパーティを開催したかっただけなんだ」
ジェイダと別居状態になったウィルさんだが、夫婦関係を修復するべく奔走する。もちろん映画の仕事も続けた。相変わらず主演作の幅は広く、シリーズ第3弾『メン・イン・ブラック3』(2012年)や、アメフトの闇に切り込んだ実録社会派映画『コンカッション』(2015年)と、俳優としての評価は安定していた。
そして2010年代後半になると、出演作の傾向に変化が出始める。明確な転機となったのは『スーサイド・スクワッド』(2016年)だ。同作はアメリカンコミック『バットマン』の悪役がチームを結成する映画で、公開当時の評価は決してかんばしくなかった。ただし本作は予告の段階で話題が沸騰。特に新進気鋭の俳優マーゴット・ロビーが演じるハーレイ・クインは、公開前からコスプレが続出する大ブームを巻き起こす。
本作はアンサンブル映画ということになっているが、事実上の主役は間違いなくハーレイ・クインであり、主演もマーゴット・ロビーだった。ここでウィルさんは久しぶりに助演という立ち位置に回るのだが、ずっと主役を張ってきた人物だけに、これがかえって新鮮だった。
今まで前に前に出てきたウィルさんが一歩引いた瞬間、まったく新しい魅力が現れたのである。この助演での輝きは、続く『アラジン』(2019年)で本格的に開花した。
『アラジン』はディズニーによる同タイトルの実写版だ。ここでウィルさんはランプの魔神・ジーニー役を引き受ける。予告が出ると想像より青かったせいで「ただの青いウィル・スミスじゃねぇか」と世界中で話題になった。ところが蓋を開けてみると、これが大成功。ウィルさんは主役のカップルを見事に引き立て、「主役じゃなくてもイケる」ことを知らしめた。
ここに活路を見出したのだろう。最新作『バッドボーイズ フォー・ライフ』(2020年)でも、以前までの『あぶない刑事』的なバディものから、若手軍団と組むチームものへ方向性を変えており、一歩引く意識が感じられた。
そして近年、ようやくウィルさんは家族で起きていた問題、たとえば先に書いた誕生日の事件について、夫婦そろって語るようになった。これはつまり、2人の関係が修復されたことを意味する。もちろん魔法のようにアッサリ解決したわけではなく、時間をかけて、コツコツと話し合いを続けた結果だ。
今なおウィル・スミスは絶好調だ。俳優としては主演作が控えているし、SNSを上手く駆使して、今の10代にも「スター」として認識されている。ラッパーとしても、新アルバムの制作に着手しているらしい。90年代から変わらず、ウィルは今なお輝き続けている。しかし、キャリアもキャラクターも変わらないが、たしかにウィルは大きく変わった。その変化を促したのは――ウィルはこう語っている。
「ウィル・スミスというキャラクターがいて、その裏の奥底は、ジェイダに認めてほしい少年がいる。もしジェイダが認めてくれないと、暴走してしまう」
――2018年10月29日 49歳、妻ジェイダを交えてのトークショーにて
▽参考資料
キネマ旬報 96年11月下旬号
キネマ旬報 97年12月上旬号
『聖林聖書 ハリウッド・バイブル』(新村千穂 著/小学館)
FRONTROW ウィル・スミス、夫婦関係が崩壊した過去を激白「結婚生活が破綻した」
300年続く日本のエンターテインメント「忠臣蔵」のマニア。
昼は通勤、夜は自宅で映画に関してあれこれ書く兼業ライター。主な寄稿先はweb媒体ですと「リアルサウンド映画部」「シネマトゥデイ」、紙媒体は「映画秘宝」本誌と別冊(洋泉社)、「想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本」(サイゾー)など。ちなみに昼はゲームのシナリオを書くお仕事をしています。
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