フレイル・ドミノを防ぐには?運動よりも大切な社会とのつながり

高齢者が気をつけるべきは「メタボ」より「フレイル」──。

肉からタンパク質をとる人は年をとっても元気──。

口腔機能の低下は要介護リスク、死亡リスクにつながる──。

東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)の飯島勝矢教授らによる大規模の高齢者調査「柏スタディ」はこれまでの認識をくつがえす さまざまな新事実を示したが、後編ではその他の要素、 すなわちフレイルの心理的、社会的側面について わかったことについて見てみることにしよう。

フレイルには身体的要素だけではなく、心理的、社会的要素もある

飯島勝矢教授

フレイルが危惧される高齢者には、メタボ予防からフレイル予防へのギアチェンジをすることが大切だと呼びかけている飯島先生。

ここで思い出していただきたいのは、前編で紹介した「イレブンチェック」の質問が、サルコペニアやフレイルをチェックする「栄養」、「口腔」という項目だけでなく、「運動」、そして「社会性・心」についての質問があったこと。

そう、フレイルにはサルコペニアなどの身体的要素だけでなく、うつ・認知症などの精神的要素に加えて、孤独・閉じこもりといった社会的要素という3つの要素が相互に関係しているのだ。

その裏づけとなるのが、図1のデータである。「柏スタディ」と同時並行で進めているデータベースから解析した、約5万人の高齢者のフレイルリスクを示している。

図1

高齢者のほとんどは要介護でも、フレイルでもない、自立した人たちなので、日常生活でさまざまな活動をしているが、その活動から「身体活動」、「文化活動」、「ボランティア・地域活動」の3つを抜粋し、「ある・ない」という回答から8つのグループに分けた。

身体活動とは、「毎日1万歩あるいている」、「スポーツジムに通っている」、「定期的に運動教室に通っている」など、身体を動かすことを習慣的に行っているかということ。

文化活動とは、「囲碁・将棋サークルに通っている」など、足腰を動かす運動ではないけれども、頭を使う機会があるかということ。

ボランティア・地域活動は文字通り、ボランティア活動や居住している地域のイベントなど、家族以外のつき合いを頻繁にしているかどうかを示す。

まず、見ていただきたいのは左右の両端のグループ。

3つの活動について「ある」と答えた左端の人のフレイルになるリスクを1.00とすると、右端の「ない」と答えた人のリスクはその約16倍におよぶ。 運動もしない、頭も使わない、誰とも交流しないという人と、その反対に3つの面で活動的な人との差は歴然としている。

「1日1 万歩」神話を過信してはいけない

ただ、ここで注目してもらいたいのは、赤の点線で囲んだ2つのグループの比較である。

右側のグループは、「毎日1万歩あるくなど、積極的に運動しています。だけど、趣味のサークルや町内会などのつき合いには参加していません」という人たち。

その一方、左側のグループは「運動はしていません。でも、文化活動や地域のボランティア活動などで、わりと忙しくしています」という人たちである。

両者のフレイルになるリスクを比べてみると、右側のほうが左側よりはるかに高かったのだ。

飯島先生はこの結果について、次のように解説する。

「このデータは、運動の効用を否定しているものではありません。全体的に見れば、身体活動が『ある』と答えた人のほうが『ない』と答えた人よりフレイルリスクは低いですからね。ただ、運動は継続してこそ意味があるものですが、それができるのは若いころから運動を続けている人たちで、高齢になって運動を始めた人の中には10人に1人もいないといいます。このデータは、そんな人でもあきらめることはないということを示しています。運動習慣を持たなくても、趣味のサークルや地域の活動などの交流を持つことで、フレイルリスクを下げることができるのです

日ごろ、高齢者がよく耳にする「健康のためには運動が大切。1日1万歩を目指しましょう。スポーツジムに通って身体を動かしましょう」という呼びかけには効果がないわけではないが、もしかするとそれ以上に重要なのは、「文化活動や地域活動に参加して、忙しく毎日を過ごすことも重要ですよ」というメッセージなのかもしれない。

一人暮らしかどうかより、孤食かどうかが重要

近年、65歳以上で一人暮らしをしている高齢者は、男女ともに増加傾向にあるという。地域のコミュニティが失われ、「無縁社会」が広がりつつある中、そのような「独居老人」たちが周囲に助けを求めにくい環境になっていることが社会問題になっている。

こうした問題意識を受けて、飯島先生らは「柏スタディ」に協力してくれた高齢者の日々の食事に着目し、誰かと一緒に食事をする「共食」の人と、一人で食事をする「孤食」の人のフレイルリスクを比較してみた(図2)。

図2

振り分けられたのは、次の4つのグループだ。

A 同居者(夫婦、あるいは子ども夫婦)と一緒に食事をしている高齢者

B 一人暮らしだが、ときどき家族や友人と食事をしている高齢者

C 同居者はいるが、いつも一人で食事をしている高齢者

D いつも一人で食事をしている一人暮らしの高齢者

いつも一緒に食事をする人がいる「A」のグループの人たちを基準にすると、「D」の一人で食事をしているグループの人たちのフレイルリスクは、うつ傾向、食品多様性、低栄養の点で1.5倍以上に高かったのは、誰もがうなずける結果だろう。

意外なのは、「C」の同居者はいるが、いつも一人で食事をしている人たちのグループのうつ傾向が約4倍、食品多様性、低栄養だけでなく、口腔機能や身体機能の点でも1.5倍以上に高いという事実だ。

飯島先生は、このデータを次のように分析する。

「一人暮らしでも、ときどき家族や友人などと一緒に食事をする機会があれば、食べる楽しみが持つことができて、食欲も増す。それが多種多様な食品を食べることにつながり、栄養状態もよくなると考えられます。コミュニケーションをとりながら食事をする『共食』の効用は、同居者のいない一人暮らしの方でも得られるのです

このことでわかるのは、高齢者のフレイル対策を考えるとき、「同居者がいるか? それとも一人暮らしか?」と考えるだけではこぼれ落ちてしまう人がいるということ。「共食か? 孤食か?」という観点からも高齢者を把握する必要があるということだ。

フレイル予防に重要なのは社会とのつながり

これまで見てきたように、フレイル予防は「栄養」と「身体活動」、「社会参加」の3本柱を同時に取り組むことが重要だ。

食事と口腔機能を維持し(栄養)、意識的に身体を動かし(身体活動)、社会とのつながりをできるだけ多く持つ(社会参加)ことが衰えない身体をつくることにつながる。

中でも飯島先生が強調するのは、社会とのつながりの重要性だ。

というのも、サルコペニアやフレイルを起こす要因はさまざまだが、まず最初にリスクとなる兆候が現れるのが、社会とのつながり、人とのつながりを失ったときなのだという。

「定年退職した」とか、「骨折して家から出なくなった」とか、「家族や友人との死別」といったことをきっかけにして生活範囲や行動範囲が狭まり、精神・心理状態が落ち込むと同時に口腔機能や栄養状態も悪くなっていく。このようにドミノ倒しのように衰えが進んでいく現象を飯島先生は、「フレイル・ドミノ」と呼んでいる。

「大事なのは、その兆候にいち早く気づき、フレイルが進行しない生活習慣を身につけることです。フレイルは、1度なったらそれまでというものではなく、なるべく早く対策を立てることでいつでも健康状態に戻れるということをよく覚えておいてください」

内藤 孝宏
内藤 孝宏 フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。

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