定年退職して、行くところがない、やることがない、話す人がいないと、ないないづくしの高齢者が増えている。放置しておけば、日本社会はとんでもないことになるだろう。
日本の高齢化という課題を前に、医学のみならず、工学、経済学、心理学、社会学、法学などの研究者が分野横断的に連携しながら超高齢化社会のあるべき形を探っていくのがジェロントロジー(老年学)。その最前線では、どんな研究が行われているのか?
東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)の秋山弘子先生のインタビュー後編は、同機構のこれまでの取り組みについて聞いてみた。
男女ともに約8割の高齢者が75歳前後から徐々に衰えがはじまり、何らかのサポートが必要になる──。
80歳、90歳になっても元気で自立した生活ができるのは、約1割の男性のみ──。
約9割の女性が男性より早く衰えがはじまり、自立度の低い状態で長く生き続ける──。
秋山先生が行った調査によってわかったこれらの事実は、それまでの日本の国や自治体の施策では高齢者を十分にケアできないということ、超高齢化に対応した新しい社会インフラを整えなければならないことを示唆していた。
さらに秋山先生にとって衝撃だったのは、「人は年をとっても、健康で自立し、社会に貢献できることが重要だ」という「サクセスフル・エイジング」の理念からこぼれ落ちてしまう高齢者が日本には非常に多くいるということだった。
「私は学生時代からアメリカの地域社会で配食サービスなどのボランティア活動をしたり、研究活動の中で多くの高齢者のライフストーリーを聞いてきました。その結果わかったのは、サクセスフル・エイジングの理念があれだけ広く受け入れられたのは、自立と生産性を重んじる米国社会のプロテスタントの教えとうまくフィットしたからだということでした。
ところが日本ではそのような教えはメジャーではありません。80代、90代になれば誰もが衰えていきますし、病気で寝たきりになったり、心身の能力がうまく機能しなくなってしまった人たちが『自分は社会のお荷物になっている。社会的にはすでに死んでいる』という後ろめたさに駆られてしまうならば、サクセスフル・エイジングの理念の実現は厳しいということに気づいたのです」
そんな秋山先生が1997年に帰国し、東京大学大学院の社会科学分野の教授職に就いたのは、急速に高齢化が進む日本において、サクセスフル・エイジングの理念からこぼれ落ちてしまう高齢者を含めた新しい社会を模索するためだった。
2006年、東京大学の小宮山宏総長(当時)が「課題解決先進国」という考え方を提唱。エネルギー問題や環境問題など、多くの点で課題に直面している日本において、その問題を解決する技術・産業を生み出し、世界のニーズに応えていこうという考え方である。
超高齢社会という課題についても、日本が世界に先駆けて解決策を生み出すチャンスととらえ、「ジェロントロジー寄付研究部門」が設けられ、2009年にはこれをさらに発展させる形で「東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)」が誕生した。
医学、心理学、工学、社会学、経済学、法学など、文系も理系も集結して長寿社会のまちづくりのプロジェクトをスタートさせたのである。
そのころ、秋山先生は定年退職を間近に控えていたが、研究総括としてプロジェクトの旗振り役に任命されてからは、参加メンバーを集めるところから始めて精力的にこの仕事に取り組んでいった。
プロジェクトを進めるにあたり、IOGが特にこだわったのは、大学の中の机上で研究するのではなく、実際に人々が生活をしているまちで、アクションリサーチとして展開していくこと。
最初に取り組んだパートナーは、千葉県柏市と福井県坂井市。前者は首都圏型モデル、後者は地方型モデルである。
いずれのまちでも、「健康長寿のまち」、「やがて心身が弱っても安心して生きがいを持って自分らしく暮らせるまち」、「人のつながりが豊かで人たちが自然に地域社会に参加するまち」という3つの要素を兼ね揃えたまちをどのようにつくっていくかを模索している。
それは、サクセスフル・エイジングの理念では支えきれない人も含めた、日本らしい解決策を持ったコミュニティづくりの試みと言っていいだろう。
すべてを紹介するスペースの余裕はないが、ここでは千葉県柏市の取り組みに触れてもらうことにしよう。
「1960年代以降の高度経済成長期、地方から大勢の人たちが仕事を求めて上京して、都内では住宅不足になりました。そのため、都心から30キロメートル圏内に多くのベッドタウンができました。柏市は、そうした時代にできた典型的なベッドタウンです。『柏都民』という言葉がある通り、住民の多くは朝早くに常磐線で都内に出勤し、夜遅く帰ってくる。そうした人たちがいっせいに定年退職を迎えたのが2010年以降のことです。
そうした人たちにインタビューをすると、『行くところがない。やることがない。話す人がいない』と、ないないづくしの生活を送っている人が多いことがわかってきました」と秋山先生。
確かに日中を都内で過ごしていた人にとって、柏市は寝に帰る場所に過ぎず、地域とのつながりは薄くなっている。そんな人たちに「ボランティア活動などに参加して社会参加しましょう」と薦めても、重い腰があがるはずがない。
そこで秋山先生たちが考えたのが、就労の場を設けるということ。こうして生まれたのが柏市や独立行政法人都市再生機構(UR)などと連携してスタートさせた「セカンドライフの就労事業」である。
柏市は利根川流域という立地のよさからもともと農業が盛んだったが、農家の高齢化にともない休耕地が増えていることが地域の問題になっていた。
この休耕地を再生して農業を行うことで「地域の問題解決」、「就労を通じた高齢者の社会参加促進」という一石二鳥の効果をもたらした。
「高齢者の就労というと、『生産性が劣るのではないか』とか、『ケガや病気などのリスクがあるのではないか』とマイナス面を考えがちですが、プラス面をアピールしていくことが何よりも重要だと考えています。
例えば、大手の食品会社と契約して、休耕地でトマトの栽培をした農業事業では、『収穫期は人手が必要だけど、若い人材を確保するのがむずかしかった。でも、高齢者なら短期間の仕事でも容易に集まってくれる』という反響がありました。生産性についても、サラリーマン経験のある方は集合時間もきっちり守るし、60代や70代になっても元気に働ける方の生産力は、若者に比べて決して劣るものではないのです」
農業の他にも、例えば介護施設では、朝食と夕食の時間に人手が必要になるが、高齢者はそうした雇用ニーズにも容易に応えることができると秋山先生は言う。
柏市ではこうした「セカンドライフの就労事業」のほかにも、「コミュニティ食堂」、「移動販売、配食事業」、「学童保育事業」など複数の事業を展開している。
また、老朽化した豊四季台団地の建て替え計画では、高齢者にやさしい住まいを提案するなど、ソフトとハードの両面でプロジェクトを進めている。
ジェロントロジーは、「人間の寿命をどこまで延ばせるか」というステージから、「どうすれば豊かに年をとることができるのか」というステージに移り、さまざまな試みがすでに行われているが、秋山先生は「まだ緒についたばかりです」と話す。
そんな秋山先生が提唱しているのが、「人生二毛作」というキーワードだ。
「現在の社会インフラやライフスタイルは、人々の寿命が今ほど長くなかった人生50年時代につくられたものですから、長寿命化に成功した人生100年時代の社会に適応していくことが何よりも重要です。働き盛りだったころに就いた仕事を60代でリタイアしたとしても、まだ多く残されている後半生をもう1度、充実して過ごすことは決してむずかしいことではありません」
実は、そんな風に語る秋山先生も最近、自らも人生二毛作を実践しているという。
「東京大学の定年退職の時期にIOGの仕事が始まったため、スタートするのがずいぶん遅れてしまいましたが、2019年4月に名誉教授になったのをきっかけに副業を始めることにしました。埼玉県日高市に1500坪の休耕地を借りて、5人の仲間と自然農法を始めたのです。
講演などで『人生二毛作でいきましょう』と言っても、私自身はずっと大学の研究職1本でしたから少し後ろめたい気持ちがありましたが、今はもう胸を張ることができます。自然に囲まれての農作業は、大学の仕事と対照的ですが、複数の仕事を持ったことで両者から刺激を受けています。『生涯現役』を目標にこれからも頑張っていきたいですね」と、秋山先生は笑顔でそう語った。
「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。
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