「ゴルゴ教授」と呼ばれた44年来の『ゴルゴ13』ファン。最長巻数200巻を祝して同士・ゴルゴを語る

「人生100年時代」と言われる今の時代。ところが、寿命をまっとうする以前に多くの人に「健康寿命」が訪れ、体や精神がままならない晩年を過ごすことが一般的だ。

どうせなら死ぬまでいきいきと暮らしたい。そのためには、会社を退職しても、家族と死別しても、絶えず居場所や生きがいを持つことが重要だと言われている。

そんなとき、何かの趣味に熱中し、そこに居場所を見つけた人の生き方は、人生100年時代を楽しく過ごすヒントになるのかもしれない。

今回は、1977年から44年間に渡って『ゴルゴ13』の連載ページを切り抜いて保管しているという「ゴルゴ教授」こと、土岐さんにお話を伺いました。先日、単行本200巻が発売され、最長巻数記録となった長寿コミック『ゴルゴ13』の魅力とは?

今回のtayoriniなる人
『ゴルゴ13』ファン歴44年/土岐 寛さん(76歳)
『ゴルゴ13』ファン歴44年/土岐 寛さん(76歳) 1944年山形県生まれ。京都大学法学部卒。大東文化大学名誉教授。
日本郵船株式会社、東京市政調査会(現:後藤・安田記念東京都市研究所)主任研究員を経て、大東文化大学法学部教授となる。政策科学博士として地方自治、都市政策を専攻し、『東京問題の政治学』『日本人の景観認識と景観政策』など著書多数。一方で『ゴルゴ13』ファンとして知られ、学生間で「ゴルゴ教授」と呼ばれる。大東文化大学の法学部長を務めた後、70歳で退職。2020年に『ゴルゴ13 特別授業』(幻冬舎ルネッサンス新書)を上梓した。

最長巻数記録に到達した『ゴルゴ13』の飽きない魅力

――著書の『ゴルゴ13 特別授業』拝読しました。教授と生徒の授業という形式で『ゴルゴ13』が分析されていて、すごく面白かったです。実際、大学教授だった頃に「ゴルゴ教授」と呼ばれていたそうですが、いつ頃から『ゴルゴ13』にハマったんですか?

土岐

『ゴルゴ13』の連載が始まったのは1968年ですが、それから数年後の70年代初頭から定期的に読むようになったんです。もともとハードボイルドものが好きだったんですけど、当時はそんなに多くなかったから『ゴルゴ13』は際立っていたんですね。

1977年から『ビッグコミック』の表紙と『ゴルゴ13』のページを切り抜きするようになったんです。当時連載されていた白土三平の『カムイ外伝』も好きだったので、両作品を切り抜いていた時期もあります。『カムイ外伝』は途中で休載になりましたけど、『ゴルゴ13』だけは延々と続いてますから、いつしか『ゴルゴ13』に特化するようになりました。切り抜きをはじめて44年になります。これだけ夢中になったものは他にないですよね。

――70年代初頭から半世紀近く読み続けて、飽きないものですか?

土岐

飽きないですね。僕は『ビッグコミック』を毎月2回買っていますが、発売日の10日と25日がインプットされていて忘れたことがない(笑)。もちろん他の漫画も読みますけど、メインは『ゴルゴ13』ですよね。

長年『ゴルゴ13』を読んできたことで、「物事には表面から見えるものの影に奥深いものがたくさんあるということを教えられました」と土岐さん。『ゴルゴ13』が視野を広げてくれたと実感している。

――なぜ単行本ではなく、雑誌の切り抜きで保管しているのですか? ダンボール10箱以上にもなっているという話ですが、かえってかさばるのでは。

土岐

最初は目当ての漫画が他にもあって、『ゴルゴ13』はその中の一つだったんですよ。どんどん他の漫画の連載が終わって『ゴルゴ13』だけになって、結局、『ゴルゴ13』を読むために『ビッグコミック』を買うようになったんです。

だけど、本屋で立ち読みしようとは思わない。やっぱり手元に置いてじっくり読みたいというのがあって、切り抜きを保管してきたわけです、あとは単行本未収録の作品が読めることもあります。『ゴルゴ13』は国際的な問題を題材にするので、雑誌に掲載してから反響を見て、場合によっては単行本に収録されないこともあります。

たとえば「幻の栽培」(1986年)という作品では、イランの最高指導者ホメイニ師が実は影武者だったという話を描いて、イラン大使館から猛抗議を受けたことがある。そういうトラブルがあった作品は、雑誌の初出だけで終わる場合があります。ほとぼりが冷めてから数年後に収録される場合もあるんですが、雑誌で読んでいれば常に新しい作品が読めますからね。

――たしかに最新コミックでも数年前の作品が収録されていますね。

土岐

単行本は過去数年から10年前くらいの3作ほどをセレクトして一冊にまとめているものなので、常に新しい作品が読めるわけではないんです。先日発売された200巻に収録されている「亡者と死臭の大地」にしても2014年の作品だから、7年前の作品なんですよね。

200巻が発売され、単独シリーズ最長巻数で『こち亀』に並んだ。ちなみにシリーズ累計では『ドカベン』シリーズが計205巻で最長となる。右は『ビッグコミック』の付録についた特別仕様の200巻カバー。

――『ゴルゴ13』の単行本が200巻に到達し、単独シリーズ最長巻数の記録で『こちら葛飾区亀有公園前派出所』に並びましたね。長年のファンとして感想はいかがですか?

土岐

これだけ長く続いたのも、チーム作業によって作品の質を保つことができたからだと思います。一人の作者だとパターン化しがちですけど、シナリオを外注していろんな人が『ゴルゴ13』の物語を考えることで、多彩な展開や広がりが出ますよね。

それから現役の銀行マンや国家公務員や科学者もアイデアを出しているので、常に最先端の情報が作品に盛り込んである。そういった設定はリアリティがありますが、ゴルゴが登場する場面は現実にはありえないようなフィクションなんですよね。リアルとフィクションが精妙に接合されているところが、読んでいて楽しいところです。

「今回はこういう流れでゴルゴが登場するのか」と毎回味わっているわけですけど、多少の出来、不出来はあるものの全体的に上手く練られた作品が多いので飽きがこないんですよね。

「ゴルゴ教授」として念願の『ゴルゴ13』研究本を執筆

――『ゴルゴ13』はポリティカル・フィクションの要素も大きいですよね。『ゴルゴ13』を読み続けることで、世界情勢の流れがわかるといった醍醐味もあるのでは?

土岐

まあ多少はですね(笑)。ゴルゴ自体は非現実的な架空の存在ですけど、彼を活躍させる舞台に至るまでは、実際の政治経済や科学をベースにしているので、国際問題の「裏ナビ」と言われているように様々な知識が吸収できるといったことはありますね。

ただし、それはゴルゴを登場させるための仕掛けですから、情報を全面的に信じるということはないです。だけど、ヒントみたいなものは得られるので、世界各地の軍事紛争やバイオテクノロジー、次世代エネルギーの問題など、世の中には様々な問題があることを知ることはできますね。

それはあくまでゴルゴが活躍するフィクションに至るまでの導入部なわけだから、作者サイドも毎回「この作品はフィクションです」という断り書きを入れてますよね。世の中のことを勉強するために『ゴルゴ13』を読むのは違うと思いますけど、自分の常識を豊かにしてくれる面はあると思いますね。

2018年に開催された「連載50周年記念特別展」にて。そのサブタイトルが「要件を聞こうか……」なのだが、土岐さんが好きな台詞だ。他には「俺の後ろに立つな」という定番の台詞も好きだという。

――大学教授時代は都市政策や地方自治を専攻されていたそうですが、『ゴルゴ13』から得た知識や情報が、自分の専門領域に活かされるといったことは?

土岐

それはないと思います。あくまで趣味の世界ですよね(笑)。ただし『ゴルゴ13』を通して視野が広がるという面はたくさんあったと思いますね。

たとえばアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドといった国々が戦略的情報ネットワークを持っているんですが、青森の三沢基地に「象の檻」という巨大なアンテナ基地があって、日本の電話やeメールが全部傍受されているということが実際にあるんです。そういった普通は知らないようなことをゴルゴから教えてもらったという面はありますね。

――大学のゼミで学生から「ゴルゴ教授」と呼ばれていたそうですが、もしや授業で『ゴルゴ13』を教材にしたりは?

土岐

さすがにそれはないですが、コンパなんかでよくゴルゴの話をしてましたね。大学院で学生が一人か二人だけの授業があるんですけど、そういうときは余った時間に息抜きで『ゴルゴ13』のビデオを観たりしてました(笑)。舘ひろしさんがゴルゴの声を担当した全50話のテレビアニメを録画していたので、それをよく学生と一緒に観ましたね。

――そういう先生だと授業も楽しそうですね(笑)。

土岐

学生には「いつかゴルゴの本を出す」と話していて、当時から『ゴルゴ13』に関する著作や週刊誌、新聞記事をできる限り集めていたんです。それらも多少溜まったので、いずれ本にまとめたいと思っていました。自分がこれだけ『ゴルゴ13』に惹かれる理由を本を書くことで探ってみたいという思いがあったんですね。

――昨年、念願だった『ゴルゴ13 特別授業』を上梓されたわけですが、どういう経緯でいよいよ書こうと腰を上げたんですか?

土岐

10年前にがんを患いまして、2カ月ほど入院することになったのが具体的なスタートでした。本にまとめてみようという気持ちになって、どんなふうにまとめるかを考えるために、奥さんに『ゴルゴ13』の切り抜きが入ったダンボールを病室に持ってきてもらったんです。それで入院中にノートをとりながら全部読み直して、作品分析をやったわけです。

他にも「ビッグファン」という読者の投稿欄を全部見直して、『ゴルゴ13』の感想やコメントの主なものをメモしたりしました。これも本を書く際に使わせてもらったんですけど、いろんな人の『ゴルゴ13』にハマった経緯が書かれていて面白かったですね(笑)。

ゴルゴというと完全無欠のスナイパーというイメージだが、ファンからすると、ゴルゴはマシーンのような男ではなく、琴線に触れる人間ドラマが描かれることが魅力なのだ

――がんを患って不安もあったと思います。そんなとき『ゴルゴ13』を読み返すことで、入院中の落ち込みがちな気持ちが鼓舞されることもあったのでは?

土岐

僕はわりと楽観的でね、お医者さんが手術をうまくやってくれたので、あとは運を天に任せて気楽に構えていたんです。むしろ家族の方が深刻になっていましたね。だけど、『ゴルゴ13』がひとつの救いにはなったことはたしかです。『ゴルゴ13』に助けられた面も多々あったと思いますね。

半世紀近く見守り続けたゴルゴは、「親友で同士」

――研究本を書いたことで、ゴルゴに惹かれる理由は見えてきましたか?

土岐

ゴルゴは天才的な知的能力と身体能力、狙撃能力を兼ね備えたスーパーマンですけど、鉄腕アトムや鉄人28号とは違って生身の人間を極限まで高めたようなスーパーマンなんです。あくまで私たちと同じ人間の延長線として、ある種の理想像でもある。そのためにゴルゴはたゆまぬ努力をしていますし、綿密な準備をして仕事に挑んでいるんですよね。

ブレない、潔いといったストイックな面だけでなく、ゴルゴには“惻隠の情”があることも魅力です。日本人の琴線に触れるような人間ドラマも多くて、ゴルゴは強いだけじゃなくて人の心もよくわかっている。あらためて、なかなか他にはないキャラクターだなあと思いますね。

――著書では「武士道精神」という表現もされてましたね。

土岐

ゴルゴは無駄なことは一切しない。依頼を受けてターゲットを狙撃することはあっても、そのために第三者を巻き添えにするようなことは絶対にしません。殺しを請け負っても、それ以外の無益な殺生はしないという原則と自制心がありますよね。

依頼を受ければ万全の準備をして努力を惜しまない。ライフル銃を扱いますけど、銃器自体が目的ということもない。ゴルゴにとって銃器はあくまでも手段なんです。そういったところに武士道精神を感じますね。

無表情で口数の少ないゴルゴ13だが、長年のファンともなると「……」という吹き出しにゴルゴ13の思考や気持ちを想像するそうだ。

――よく任侠映画を観た後、肩で風を切って歩くということがありますが、自分の立ち居振る舞いで影響を受けたりすることは?

土岐

それはあるかもしれませんね。かなり困難なことをやり遂げた後とか、ゴルゴの気分になりますよね。狙撃というのは簡単なことではなくて、環境条件や気象条件など複雑な要素を計算して狙撃するわけですが、そういったストーリーを見ていると、自分もゴルゴと同じように行動しているように錯覚することがあって、仕事をやり遂げた達成感を共有しているような気分になることがあります。あまりのめり込むと危ない人になってしまいますけどね(笑)。

――トレーニングを欠かさないゴルゴを見習って、土岐さんも長年に渡って登山やマラソンで身体を鍛えてきたそうですね。

土岐

まあ趣味のレベルですけど、40歳過ぎから夏山登山を始めて、八ヶ岳や白山、谷川岳、故郷山形の月山や鳥海山、以東岳など、毎年2回ほど2、3千メートル級の山に登ってました。
マラソンは20代後半から始めて、30kmの青梅マラソンに7、8回参加してからフルマラソンに出るようになって全国各地に行きましたね。60歳過ぎからは10kmマラソンをやりました。今はあまり走れなくなりましたが、長年マラソンをやってきたことで病気や大手術を乗り切れたようなところがあって、健康のためには良かったと思います。他にも40代から60代にかけて、大学の教職員チームに入れてもらって、軟式野球をやっていましたね。

――30代の頃から読み続けている『ゴルゴ13』がそうですが、登山にしてもマラソンにしても30年、40年と続けているものが多いですね。

土岐

『ゴルゴ13』以外では歌手の髙橋真梨子さんも40年以上のファンなんですよ。30代の頃からコンサートに行くようになって、ファンクラブに入るとチケットの優先予約ができるので、それから東京国際フォーラムで開催される毎年2回のコンサートに必ず行ってました。彼女の歌にもずっと励まされてきましたね。

――一度好きになると一途に応援し続けるタイプのようですね。

土岐

僕はわりとそうなんです。面倒くさがり屋というのもあるんですけど、車もほとんど買い換えないし引越しもしないので、長く同じペースで続くことが多い。その方が自分に馴染むと言いますか、生活の一部になるような感じがありますね。

新しいものにどんどん目移りするということがない分、変わらない楽しみをずーっと与えてもらえるという良さがあって、それが励みになることもあるし、自分にエールを送ってもらっているような気がするんですよね。

研究本を執筆するために入院中のベッドで全作品を読み返した。土岐さんにとって『ゴルゴ13』の歴史を振り返ることは、自分史を書くにも近いという。

――あらためて土岐さんにとってゴルゴとは、どんな存在ですか?

土岐

本でもちょっと大袈裟に書いたんですけど、「親友で同士」ですね。ゴルゴは苦笑いでしょうがね。それだけ自分の内面にはまり込んでいる感じがします。

――半世紀近くも見守ってきたわけですから、まさに「親友で同士」ですね。やはり長年のファンとしては『ゴルゴ13』は終わってほしくない?

土岐

それは当然ですよね。さいとう・たかを先生にはずっとお元気で描き続けてほしいです。

さいとう先生も最初はこんなに長く続けるとは思っていなくて最終回を想定していたそうですけど、半世紀を超えるような作品になると、幕引きもそう簡単にはいかないと思うんです。
これだけ長くファンとして惹きつけられたのは『ゴルゴ13』だけですから、ずっと続けていってほしいですね。読むだけでなく自分でゴルゴの本まで書きましたので、成り行きだったにしても深い縁を感じますね。

――本日はありがとうございました!

取材・文・撮影=浅野 暁

浅野 暁
浅野 暁 フリーライター

週刊求人誌、月刊カルチャー誌の編集を経て、2000年よりフリーランスのライター・編集者として活動。雑誌、書籍、WEBメディアなどでインタビューや取材記事、書評や企画原稿などを執筆。カルチャー系からビジネス系までフィールドは多岐に渡り、その他、生き方ものや旅行記など幅広く手掛ける。全国津々浦々を旅することがライフワーク。著書に矢沢ファンを取材した『1億2000万人の矢沢永吉論』(双葉社)がある。

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