2019年の茨城国体の文化プログラムで種目として採用されるなど、「eスポーツ」の社会的注目度は近年大きく高まっている。その裾野を支えるのは若年層だけではない。eスポーツは場所や体力を超えて楽しみを分かち合えるその特性から、高齢者に向けた活用法があちこちで模索されるようになった。
本連載第1回では株式会社NTTe-Sports代表取締役・影澤潤一氏に話を聞いたが、"高齢者とeスポーツ"に力を入れているのはなにも民間企業だけではない。超高齢社会となった日本において、大学などの研究機関や、各県、市町村といった行政機関までもがeスポーツの活用に光を見出している。
中でも富山県は、富山県立大学と株式会社ZORGEと共に高齢者向けeスポーツ体験会を実施するほか、全国初となるシニア向け全国eスポーツ大会の実施を予定。これらの取り組みは県の予算も拠出されるなど、全国的に見ても"高齢者とeスポーツ"が盛んな自治体といえるだろう。
今回は、これらの事業を推進する富山県厚生部高齢福祉課・中家立雄氏と富山県知事政策局デジタル化推進室・若林勇人氏に、富山県が高齢者のeスポーツ施策に注力する理由や取り組みを通じて得られたことについてうかがった。
――富山県ではどのような高齢者向けのeスポーツ事業を行っているのでしょうか。
私ども高齢福祉課では、令和2年(2020年)度より、富⼭県⽴⼤学と株式会社ZORGEと連携して、"通いの場"における高齢者参加型のeスポーツ体験会を実施しており、令和3年度は県内3市5箇所で実施しています。この「通いの場を活用したeスポーツ体験会」は、年度内に各地区で4回程度開催予定です。
"通いの場"というのは、介護予防を目的に、市町村において地域住民等が主体となり定期的に開催している交流の場です。一番メジャーな活動は高齢者が集まっての体操ですが、新たな取り組みとしてeスポーツの体験会を実施しています。体験会では『ぷよぷよ』『太鼓の達人』『グランツーリスモ』といった市販のゲームに加えて、富山県立大学が高齢者の介護予防を目的に研究・開発している『窓ふきの達人』というゲームをプレイしています。いずれもeスポーツを通じての、"心身の健康増進"や"多世代交流の促進"が目的です。
また、富山県と富山県eスポーツ連合などで実行委員会を組織し、高齢者を対象としたeスポーツ全国大会を開催予定です。大きな目的としては、"eスポーツによる地域活性化"と"競技人口の裾野拡大"が挙げられます。富山県のほか、全国5地域ほどから大会に参加していただく形で、コロナ禍ということもあっておそらく2022年3月頃にオンラインでの開催を検討しています。
――そうした高齢者向けのeスポーツ事業は、どのような経緯で始まったのでしょうか?
もともとは次世代の通信規格5Gの整備促進がきっかけでした。令和元年(2019年)5月に現・デジタル化推進室の前身である情報政策課にて、5Gの整備促進に関する有識者会議を設置しました。その会議には、県内でeスポーツ事業を精力的に取り組まれている堺谷陽平さんも参加されています。会議の場で、5G利活用の一環として、高齢者向けのeスポーツ事業を実施してはどうかとの提案がありました。
この提案が高齢福祉課に持ち込まれて、富山県立大学が介護予防に関わるゲーム開発をしていたことで、県立大学への委託事業ともなることが決定し、令和2年度に「高齢者向けeスポーツ等による介護予防モデル事業」としての取り組むことが実現しました。
シニア向け全国大会も、堺谷さんの発案に端を発しています。堺谷さんの活動はマスメディアにも先進的な事例として多く紹介されていて、行政としてもその取り組みが広がるよう支援していくべきではないか、という議論もあったと記憶しています。
――富山県は"高齢者とeスポーツ"に予算がついているという点で、非常に画期的だと感じました。
令和3年度は、eスポーツの体験事業に550万円、そして高齢者向けの新しいゲームを2種類開発しており、そちらに200万円と、トータル750万円の予算があります。"通いの場"への参加や多世代交流の促進、また高齢者向けゲームの開発によってゲーム開発者を志す若い世代のモチベーション向上もねらっています。
――eスポーツは前例のない取り組みだと思いますが、推進にはどんなところに期待が寄せられたのでしょうか?
要介護者が増加して介護保険がパンクしないよう、県としては「介護予防に力を入れる」という大きな政策目標があります。そこで、「"通いの場"にどうやって多くの方に参加いただくか」がひとつの大きな課題でした。
先ほど申し上げたとおり、従来は高齢者向けの体操を行なっていたのですが、どうしても内容がマンネリ化してしまう。マンネリを打破して、今まで参加いただけなかった方にお越しいただくためのツールとしてeスポーツには非常に期待を持っているのです。
実際に、"通いの場"における「男性の参加率が低い」という悩みに対して、eスポーツの導入が男性の参加を促す一つの良い動機づけになるのではと考えています。体験会には今まで出てこられなかった男性が参加されており、ちょっとした裾野の広がりを感じています。
――体験会にあたって、苦労した点などはありますか?
そもそも関係者の多くがeスポーツに関する知識が乏しい中で、まずeスポーツについて理解していただくことから始めるのが大変でした。
ほかに苦労した点でいうと、コロナ禍で緊急事態宣言が発出され、体験会の事業自体が半年遅れとなったことでしょうか。開催するにしても、大勢の関係者が出入りするため、感染対策についても厳しく留意する必要がありました。
――高齢世代ではゲームに対してネガティブなイメージを持っている方もいらっしゃるかと思います。そういった文化的な軋轢などはありませんでしたか?
確かに、実施前のアンケートには「ゲームに興味がない」と回答される方もいらっしゃいました。
それでも、ゲームを体験してみると、みなさん一様に楽しんでいらっしゃいましたので、頭で思っているほどゲームに対する心のバリアはないのかな、と感じましたね。
――実施後のレポートや効果測定といったデータ集計はどのように行っているのでしょう?
効果測定は県立大学の委託内容に含まれている部分でして、今年からは各地域のリハビリテーション拠点病院と連携して、体験会に理学療法士を派遣してもらっています。
理学療法士は、『窓ふきの達人』プレイ前後の腕の可動域を測定し、そのデータを富山県立大学と共有・フィードバックしています。そのほか、地区ごとに体験会を実施する際にはアンケートを取って、データを収集していく予定です。そうしたデータを何かしらの形で活用して、次のステップにつなげていきたいと考えています。
――富山県が"高齢者とeスポーツ"といった先進的な取り組みを行えるのには、どういった要因があるのでしょう?
まず素地として、富山県eスポーツ連合が高齢者を含めたeスポーツの普及に熱心で、積極的に働きかけを行っていたことがあります。さらに、従来から富山県立大学も介護予防を目的とする高齢者向けゲームの開発・研究を行っていたのも追い風でした。そこに、"通いの場"をより活性化したいという思いから一部の市町村が取り組み自体に非常に協力的でしたし、我々の想像以上に新しいことや楽しいことに意欲的な高齢者も多かったです。
最後に手前味噌ですが、介護予防に向けてのeスポーツ増進について、知事の理解があったのも理由のひとつだと思います。やはり、最後に県の事業として実施するかの判断をするのは知事ですので、そこの理解がないとなかなか難しかったのではないかと。
――富山県が先例を作ることで、今後は全国的に介護予防を目的とした"高齢者とeスポーツ"事業がより広まっていくかもしれません。そのためには何が必要だと考えていますか?
まだ"高齢者とeスポーツ"事業は始まったばかりなので、「eスポーツに熱心に取り組んだ高齢者の、介護認定の割合が下がった」といった数字やデータは出てきていません。しかし、まずは理屈抜きで「楽しむ」ということを目的にし、それが介護予防につながっていくという気持ちで進めていくのが良いと思います。"通いの場"での楽しい活動や社会参加へのきっかけとしてeスポーツに力点を置けば、上手くいくのではないでしょうか。
もしゲームを体験したことがなく、eスポーツ体験会への参加に二の足を踏んでいる人もいたら、ぜひ一度ご参加いただき、eスポーツで自分と周りが一緒になって楽しむという体験をしていただきたいです。それがきっとご自身の介護予防にもつながると思います。
――本日はありがとうございました!
カルチャー系を中心になんでも。某出版社にて雑誌とウェブの編集を経験した後、フリーランスに。
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