「体に負担をかけてまで処置することはないと思う。自然に任せた方がいい」
親が突然倒れた、さぁどうする?
会社員歴20年、その後クリエイティブコンサルタントとして独立し8年。
仕事一筋で生きてきた、介護のことなんてまるでわからない独身ワーキングウーマン、中村美紀。
突然母が倒れ、その半年後に父も倒れるという同時多発介護になったのが48歳。
その後、仕事と介護の両立にてんやわんやしながら、仕事人間としての特性を活かし、「ビジネス思考」でなんとか介護を乗り切っていくという、壮絶だけど、コミカルな記録。
介護施設に入居している母。
ある日突然、施設から連絡がきて「母の具合が悪くなり、緊急入院をすることになった」と言われました。
詳しく聞くと「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」という病気になったとのこと。
蜂窩織炎とは、皮膚に細菌が入り炎症を起こす病気で、患部が腫れ、痛みが発生し、発熱や悪寒、倦怠感などが表れるそう。
母は、これまでも何度か蜂窩織炎にかかったことがありました。
しかし今回は今までと違い回復傾向が見られません。医師の指示により入院となったということでしたが、私は「今まで改善してきたし、逆に入院すれば安心」と考えていました。
しかし、違いました。
数週間すると発熱は治まったのですが、食欲が一向に回復しないというのです。
そこで医師に言われました。
「回復の見込みがないと判断した場合は、経口摂取(口から食べ物を摂取すること)を諦め、別の対応を考えなければいけません」
えー? えー!? えー!!
口から食べるのを諦める? 一体どういうこと!?
高齢者にとって「食べること」は、生命維持のために必要な栄養を摂取するだけでなく、楽しみや生きがいを感じられる、とても重要な行為とのこと。
私は、「口から物を食べられる」ことが高齢者にとってどれほど重要か、親が介護になって初めて知りました。
その大事な「食べること」を諦めなければならないなんて!
口から食べ物を摂取することができなくなったときの対応として、医者から提示された選択肢は以下の3つでした。
① 胃ろう:胃に管を通し、直接栄養を流し込むこと。
② 栄養補給点滴:血管にカロリーの高い製剤を流し込むこと。
③ 何もしない:自然に任せること。
医師から説明を受け、意味はわかりましたが、それぞれの行為が母にどういう影響を及ぼすのかが想像できません。
私は「集めて編む」と書く編集者。判断ができないときは情報を集めます。この3つの選択肢について急いで調べるとともに、いろんな人に意見を聞くことにしました。
私が話を聞いた人数は計12名に及びました。親族6名、看護師さん3名、身内に胃ろう経験のある知り合い3名です。
いろいろ調べた結果、私は「栄養補給の方法を、口ではない方法で考える」ということは「延命措置を考える」ということだととらえていました。
であればと、まずは親族の意見を聞くことにしました。母の人生や命にかかわる話にもなり、どう考えているのか確認した方がいいと思ったからです。
母の姉妹、父、姉、義兄(姉の夫)それぞれ個別に意見を聞きましたが、みな結論は一緒でした。
「体に負担をかけてまで処置することはないと思う。自然に任せた方がいい」
元気な頃の母が「人工的に延命されるのは絶対イヤ、と言っていた」という話も聞けました。
本人の希望なら尊重したい、と思いましたが…私は簡単に諦めきれませんでした。
処置に詳しいプロなら、どんな判断をするだろう?
私は、詳しいであろう看護師さんにも話を聞くことにしました。
そこで看護師Aさんには、気になっていた処置の安全性を中心に聞いてみました。
「母の処置について悩んでいます。胃ろう、点滴、何もしない…どの方法が良いというような考え方はあるのでしょうか。例えば、それぞれリスクはありますか?」
「どの方法が良いかは考え方にもよるので一概に言えません。胃ろうを延命措置と考えるかも人それぞれだと思います。胃ろうは例えば炎症や、逆流して肺炎になる恐れ、点滴は感染や血管を痛める恐れがあり、どれもリスクが全くないわけではありません」
なるほど、トラブルになる可能性はどれもある、と理解できました。
次に別の看護師さんに、母の体への負担について聞きました。選んだ処置の影響で母の負担が大きくなるのは避けたい、これ以上つらい思いはさせたくない、と考えていたからです。
「医師から言われた3つの対応策について、母の体への負担や影響はどのくらいあるのでしょうか」
「胃ろうは30分程度の手術が必要になりますが、体への負担は軽い方です。胃ろうも点滴もセッティングさえしてしまえば、本人の痛みはほとんどありません」
胃ろうは手術が必要だが、維持については体への負担はそれほどでもないとわかり、私は少し安心しました。
そして看護師長さんに、気になっていた処置の維持について聞きました。母は介護施設入居が前提となるので、受け入れ先にどんな影響があるのか知りたかったからです。
「母は介護施設に再入居を考えているのですが、胃ろう、点滴、何もしない、の選択によって受け入れ先に影響はでるのでしょか?」
「胃ろうは管理しやすいので、介護施設も受け入れやすいでしょう。点滴は24hの管理が必要で、対応可能は介護施設か療養型病院となります。何もしない場合は看取りまで視野に入れることになると思いますが、療養型病院か…この病院を希望されるなら、私が院長に掛け合ってみます」
看護師長さんは私の苦悩を察してか、希望通りの結果が得られるかわからないが私ができることは協力します、と言ってくれました。
その気持ちだけでもありがたく、私は涙しました。
※一部筆者の意訳有
看護師さんの話を聞いて、介護施設受け入れを前提としている母は「胃ろう」が最善の選択かも、と思いました。
ですが、「生きがい・楽しみである口からの食事を、母から簡単に奪っていいのか」と判断に迷います。
今度は、身内やまわりに胃ろう経験のある友人に話を聞くことにしました。
「病気の夫は食べられなくなり、状況に応じて点滴や(胃からではなく)鼻から管を通す選択をした。でも今考えれば“胃ろうの方が楽だったかも”という思いもあり後悔している。私のように“やればよかった”と後悔したくないなら、胃ろうはやった方がいいと思う」
「祖母は看取るまで胃ろうだった。胃ろうにするとなかなか止めることができず、意識がないのに肌艶が良い祖母を見て、生きるってなんだろうと子供ながらに思ったのを記憶している。介護をしていた母は“自分は胃ろうをしてくれるな”と言う。私自身も胃ろうは希望しない」
「胃ろうをしながら経口摂取のリハビリをして食べられるようになった人もいた。私は、胃ろうは延命措置というより自分の希望を叶えるための手段ととらえている」
胃ろうは良い説、良いと思わない説、両方の話が聞け、なるほど「考え方はひとそれぞれ」というのはまさにこのことかと思いました。
大変参考になったものの、肝心な判断は…未だ迷ったまま。
あぁもう、神さま助けてー!
いろいろな人から話を聞くことができ、十分な情報収集は出来たと実感していたものの、いざ判断となると結論が出せずにいた私。
病院に返事をしなければならない期日が来ても、まだ判断に迷っていました。
すると病院から電話が来ました。
返事をくれという催促かと思い、憂鬱になりながら電話を取ると、「お母さまの食欲が改善して、お食事ができるようになりました」と言われました。
えー? えー! えー!! 信じられない!
驚きと感動で、涙が止まりません。
詳しく聞くと、医師も何かできないかと考えてくれおり、処方している薬を見直してくれたそう。
脳の手術をした母はてんかんを起こしやすくなっていて、薬を処方されていましたが、その薬は副作用として食欲不振を起こすそうで、薬の種類と量を見直したところ、食欲が改善されたとのことでした。
まさか、まさかの奇跡が起きた!と思いました。
こうして我が家は結局、決断せずに終わりましたが、逆を言うと決断できずじまいだった、ということ。
私は、今回母は運良く回復してくれたが、またこの先同じような決断を迫られる時が来ると思っています。
その時自分は決断できるのかーー。
自分でもわかりませんが、今回のこの経験で、どんな判断であれ「決断をする覚悟」だけはできました。
その時に備えて。今回のヒアリングは決して無駄にはしません。
(株)リクルートフロム エー、(株)リクルートに20年在籍し、副編集長・デスクとして10以上のメディアにかかわる。2012年に独立し、紙・WEBメディア設計、編集コンテンツ企画制作、クリエイティブ研修講師、クリエイティブ組織コンサルタントなどを請け負う。 国家資格キャリアコンサルタント/米国CCE,Inc. GCDF-Japanキャリアカウンセラーでもある。
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