親が乳がんになったら――注意すべきは検診、治療、詐欺、保険

今回は女性のがんの中で最も多い乳がんをみていきます。

乳がんは毎年10万人弱の方が罹患し、生涯のうち女性の9人に1人が罹患する女性のがんの中で最も多いがんです。女性で乳がんを気にしたことがない方はいないくらい身近ながんといえるのではないでしょうか。
しかし、しっかり乳がんについて理解されている方は意外と少なく、インチキ療法などに引っかかって悲惨な結末を迎えてしまう方が続出するがんでもあります。
ご自身や親御さん、姉妹や親戚など身内の方の中でも1人は罹患する可能性のあるがんですので、是非一緒にみていきましょう。

今回のtayoriniなる人
上松 正和
上松 正和 九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。

乳がんの波は2回来る~乳がんリスクが高い人の特徴~

乳がんは40代と60代でピークが二度来ます。

よく若い芸能人の方が乳がんであることを公表したり亡くなったりするニュースが流れるので、若い人がなるがんと思っている方もいるでしょう。しかし、実際は高齢の方もなる可能性のあるがんです。是非、親子で検診の結果を確認しあってほしいと思います。

国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)より筆者作成

特に以下に該当する方は、国が推奨する2年に1回の乳がん検診以上に、チャンスがあれば検診を受けていただきたいところです。

・飲酒・喫煙されている方

・30歳まで未出産の方

・閉経後肥満の方

・母親や子供が乳がんの方

乳がんには女性ホルモン「エストロゲン」が関連しており、エストロゲンの分泌期間が長ければ長いほど乳がんリスクが高まるといわれています。出産・授乳でエストロゲン分泌が抑制されるため、未出産だとエストロゲンの分泌期間が長く、乳がんリスクが高まるということです。

また、閉経後は脂肪組織でエストロゲンが産生されるため、閉経後肥満の方も乳がんリスクが高いといえるでしょう。

その他、乳がんの要因の一つに遺伝があります。乳がんのうち10%程度が遺伝によるものといわれています。

乳がん治療の詐欺に要注意

乳がん治療は歴史が古く罹患者も多いため、多くの研究が積み重ねられたがんの1つです。かなり治療成績が良く、stageⅠ、Ⅱの初期の段階(※)であれば9割は治癒に至ります。

※おおまかにみて、乳がんがリンパ節やそのほかに転移していない状態、あるいは腫瘍が5cm以下で少数のリンパ節転移に限られる段階

全国がんセンター協議会「部位別臨床病期別10年相対生存率(2004-2007年診断症例)」より筆者作成

乳がん治療の研究も進んでおり、新薬剤や、より良い薬の使い方なども開発されています。がんが進行していたとしても、かなりの余命が期待されるでしょう。そのため、通常がんの治癒は5年生存率を参考にしますが、乳がんの場合は10年生存率を参考にしていますし、今後その生存率はさらに伸びそうでもあります。

そこで注意して頂きたいのは、新たに乳がんに罹患する人、乳がんと一緒に生きている人が多いことに目をつけ、詐欺を働く輩が多いということです。つい先日、私のところにも食事療法とサプリで治ると悪徳クリニックに言われ、毎月数十万円を支払い、乳がんを悪化させた患者さんがいらっしゃいました。

あらゆるがんに言えることですが、最初に検討すべきは標準治療(※)ですので、そこはしっかり頭に入れておきましょう。

(※標準治療……科学的根拠に基づき、現時点で最良とされる治療のこと。一般的な患者に推奨される治療。)

基本は「手術+放射線+薬」のワンセット

昔は、乳がんはごそっと胸の筋肉ごと取るのが一般的でした。手術で多くの組織を取ると、どうしても望ましくない副作用(肩のこり、動かしにくさ、むくみなど)が大きくなります。

しかし、今は知見が蓄積され、手術もかなりアップデートしています。筋肉を温存することで、その後の生活も少しは楽になりました。さらに、小さいがんにおいては温存手術という方法を用いることで、乳房の大部分をそのまま温存し、かつ副作用を小さく抑えることが可能になっています。

ただし、温存術を用いた場合は乳房内に再発する可能性が出てくるため、放射線治療が必要です。

さらに乳がんの厄介なところでもあるのですが、初期の段階から一定の割合で、手術する場所や放射線をかける場所よりも遠くにがんが転移している場合があるため、薬を使います。薬は乳がんのタイプによって内容が変わり、ホルモン剤・ 分子標的薬・ 抗がん剤のいずれか、あるいは組み合わせになります。

まずはこの治療の基本を押さえてください。

通院回数が減り、利便性が上がった放射線治療

この一連の治療の中で、最近患者さんの利便性が上がったことがあります。それは放射線治療の回数が減ったことです。

乳房の温存術後は放射線治療を必要とするのですが、今までは通常の方で25回、再発リスクが高い方は30回の照射を行っておりました。しかし、知見の蓄積により1回あたりの放射線量を多くすることによって、リスクの低い方は15~16回、再発リスクの高い方は20回で済むようになりました。

通院回数が10回減ったということは、10日間の通院が省かれることと同じです。これは、特に仕事を続けながら治療をされる方には朗報となりました。

これまでは、仕事を続けながら平日に連続で通院することが困難な人が、やむなく放射線治療が必要ない乳房全摘を選ぶこともあったわけです。放射線治療の利便性が上がったことで、仕事を続けたい人にとって治療の選択肢の幅が広がったことになります。

また、短い照射の方が皮膚炎の副作用が減ったという報告(*1)もあり、現在では短い照射がスタンダードとなっています。最近では5回の照射でもいいのではないかという報告も出てきており、今後知見が積み上がれば放射線治療が5回になる可能性もあるでしょう。負担がさらに軽減されていきそうです。

切らない治療はあるのか

このように放射線治療が進歩していくにつれて、私のもとへ「手術をせずに放射線治療だけで治せないのか?」という問い合わせが多く来ています。

上述の悪徳クリニックに引っかかった方も「手術が怖くて逃げ出してしまった」と仰っていました。また「この歳になってまで手術をやりたくない」と仰るご高齢の方もいます。中には美容の面から手術で胸に傷をつけたくないと思っている方もいるでしょう。

結論を先に申し上げれば、手術が第一です。私の親が乳がんになった場合でも「温存手術+放射線治療+薬」を勧めるでしょう。あるいは「乳房全摘+薬」です。手術は大変なものではありませんし、審美的な側面を除けばその後の生活にも大きな支障はきたさないからです。

それでも手術したくない方へ

標準治療が一番と頭では理解していても、感情的に手術が嫌な方もいらっしゃると思います。ご家族が標準治療に納得せず、悪徳クリニックに騙されそうだという方もいらっしゃるでしょう。

その場合は、以下の治療を検討してみてください。いずれも標準治療ではなく、通常の治療には及びません。しかし、少なくとも詐欺クリニックに引っかかるよりは良い治療になると思いますので、こちらを検討されてみてはいかがでしょうか。

乳房RFA治療

最も知見が蓄積し、もう少しで標準治療の1つとなるかもしれない治療です。ラジオ波を用いて腫瘍を焼灼する治療で、肝臓がんなどにはすでに保険承認されています。

利点としてはメスを使用しないため傷がほとんど目立たず、1〜2年の間胸の中にしこりが残る程度で審美的にかなり優れていることです。欠点は、がんの大きさが2cm以下に限られていること、皮膚に近い部分のがんには使えない制限があることでしょう。

国立がんセンター中央病院などで行われています。

乳腺KORTUC治療

放射線増感剤である過酸化水素水を注入し、その後通常の放射線治療を行う方法です。イギリスである一定の安全性と有効性は示された(*2)ものの、まだまだエビデンスに乏しいといえます。

利点は、がんの大きさが2cm以上でも効果を示せそうなこと。欠点は何度もオキシドールを注入する必要があり相応に痛みがあることと、手技に依存するため施設によって治療の質にばらつきがあり、再現性に乏しいことでしょう。

神戸低侵襲がん医療センターなどで行っています。
 

重粒子線治療

まだまだエビデンスが乏しいですが、患者にとって最も楽な治療法です。重粒子線を用いて腫瘍を死滅させます。

放射線治療だけなので、数分横になるだけで治療が完遂する負担の少なさが利点でしょう。傷がないため審美性にも利があります。欠点は治療対象が2cm以下であること、動きが大きい部位だと確実性が低下することなどです。

QST病院などで行われています。

加入している民間保険に注意

最後に、読者のみなさんは通常の健康保険に加えて民間の「がん保険」に入っていらっしゃるでしょうか。

実は標準治療である温存術後の短い照射に対してお金を出せない民間保険があります。女性が最もがん保険を使う可能性の高い乳がんの温存術が保険の対象にならないとなると、そのがん保険に入る意味はありません。是非気をつけてチェックしてみてください。

がん保険には「照射線量が50Gy以上でなければ保険の対象ではありません」という但し書きが書いてある場合があります。短い照射は1回あたり2.66Gyで、16回行うと計42.56Gyになるため、保険の対象にならないというのが保険会社の言い分です。

しかし、その50Gyという境界を誰が決めたのかは不明であり、あくまで昔からの慣例で決められているようです。実際この50Gyに医学的意味はありません。

仕方なく「50Gy相当の治療だ」と医師が証明書を書いて保険がおりることが多いですが、それでもダメな場合があります。

今後も放射線治療が進歩してく中で、古い基準の保険に入る価値はありません。「照射線量が50Gy以上でなければ保険の対象ではありません」と書いてある保険には入らない方が無難でしょう。


*1) Leonard ChristopherSchmeel: Acute radiation-induced skin toxicity in hypofractionated vs. conventional whole-breast irradiation: An objective, randomized multicenter assessment using spectrophotometry
*2) SamanthaNimalasenaFRCR: Intratumoral Hydrogen Peroxide With Radiation Therapy in Locally Advanced Breast Cancer: Results From a Phase 1 Clinical Trial
 

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