「男性が最も罹患するがん」と言われて何が思いつくでしょうか。昔は胃がんが多かったのですが、胃がんの原因になるピロリ菌の感染が少なくなったため(それでも40代以上の方には40%程度はピロリ菌に感染しています)、胃がんの増加は鈍化しました。今では前立腺がんの数が多くなっています。
前立腺がんは加齢に伴って罹患しやすいがんのひとつで、80代以上の方には半数がなるというなかなか迷惑ながんです。この高齢化による発がんと、もうひとつの理由で罹患数が1位となっています。今回はこの前立腺がんについて考えていきたいと思います。
大切な事実があります。実は、前立腺がんは男性がん罹患数1位でありますが、死亡数1位ではありません(がん種別死亡数第6位)。
順位 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 |
---|---|---|---|---|---|
部位 | 前立腺 | 胃 | 大腸 | 肺 | 肝臓 |
罹患数 | 91215人 | 89331人 | 87019人 | 82880人 |
26576人 |
※国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん登録)
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
それは前立腺がんがゆっくり進むという特徴に起因します。
前立腺がんは初期で悪性度が低い状態であれば、10年は治療しようがしまいが前立腺がんで死ぬことはありません。それくらいゆっくり進行するため、高齢の方の場合は前立腺がんを患っていながら別の死因(心筋梗塞や肺炎、他のがんなど)で死亡する場合も多いです。
読者の方々にはまずは前立腺がんになってしまったと落胆せず、「前立腺がんはなるものだし、なってもゆっくり進行するから慌てない」ということを覚えて頂ければと思います。
ところで最近になって前立腺がんの数が急激に伸びています。これは急に日本人が前立腺がんになりやすくなったというわけではありません。便利な検査が普及して、今までより前立腺がんが見つけやすくなったことに起因します。PSA検診という血液検査で簡単に前立腺がんの可能性がわかるようになってきました。
つまり「早期発見が容易になったがん」の一つと言えるわけです。この検査のおかげで慌てなくてよい初期のがんがより多く見つかっているわけです。
初期のがんを見つけたとき、医師から勧められる治療は主に4つです。
① 前立腺をがんごと全て取り除く手術(前立腺全摘術)
② 外から放射線を当てる放射線療法(外照射)
③ 中に放射線を出す小物質を入れる小線源治療(組織内照射)
④ 治療はせずに検査だけをする監視療法
最後の監視療法は前立腺がん独特の方法です。治療には何らかの副作用があるため、前立腺がんのようなゆっくり進行するがんは治療せずに悪化するまで経過をみるという方法がリーズナブルな選択になる場合もあります。
とは言っても、がんをそのまま放置するというのは心理的に気持ち悪いということもあるので、多くの方は手術、外照射、組織内照射のいずれかを選ぶことになります。
それぞれの治療法には良し悪しがあり、治療効果もさほど変わらないため、今までは患者さんに好きな治療法を選んでもらうことが主流でした。
あるいは泌尿器科の先生方が前立腺がんの説明や検査を担当するため、泌尿器科医が詳しい手術療法を勧められるケースが多く見受けられました。ただ、現在放射線治療が劇的に進化しているため、放射線科医としては外照射を自信を持って勧められるようになりました。
外照射による放射線療法は今までは39回程度の照射が基本でした。平日1日1回の照射を2ヶ月程度続けることになり、手術での入院を避けられるとはいえ、今までは通院するのもかなり大変でした。
これが、放射線の照射方法が進化してきたことと、前立腺への照射の知見が蓄積されたことにより一回あたりの照射量を多くして、回数を39回から5回に減らしても効果も副作用も変わらないことが示されました。しかも1回の照射は数分で終了します。
放射線だけでなく手術も進化していて、ダヴィンチというロボット手術で体の負担が少なくなりました。しかし約11日間の入院を要し、さらに手術後のリハビリまであることを考えると圧倒的に放射線の外照射のほうがラクになりました。
各治療法で極端な副作用の差はないものの、それでも多少の差がありました。手術では性機能の低下や尿失禁が多くなり、外照射では直腸障害が多くなり、組織内照射では尿道痛が感じやすくなったりしています。しかし、放射線の副作用を減らす新たな医療素材が開発されました。
spaceOARといい、前立腺と直腸の間にゲルをいれることで直腸障害を減らすことが出来るようになり、これは2018年より保険適用されています。これにより、副作用の面でも放射線に分があるようになりました。
このspaceOARを入れることで手間が増えることになりますが、手技自体は1時間程度で済みますのでそこまで負担になることはありません。
外照射の場合、通院での治療が可能であることと、本人の自覚症状がほとんどないことから、仕事は続けたまま治療が可能です。働いている方の場合、治療のために収入が下がることがありません。
手術の費用は(保険なしの場合)159万8800円で、約11日の入院するため差額ベッド代などもこれに上乗せされます。外照射の場合は98万8000円(保険なしの場合)で、この他にかかる費用は交通費ぐらいです。
治療法 | ロボット手術 | 外照射(5回) |
価格(保険なしの場合) |
159万8800円程度 +差額ベッド代等 |
98万8000円程度 +交通費 |
この他にも「手術をしたあと再発したら放射線ができるけど、放射線したあとは手術ができない」と昔は言われていました。しかし今では知見が蓄積され、放射線治療後にも手術をする施設も増えてきました。そして外照射したあとでも小線源治療が出来る場合も増えてきました。また前立腺がんはゆっくり進行することが特徴のため、余命の関係上再発が問題にならない場合も多々あります。
これらのことから、放射線治療は特に高齢の方には勧められるようになりましたし、QOLの観点からも若い方にとっても勧められるようになっています。皆さんの親御さんが前立腺がんになっても慌てず、治療は出来るし体にも負担をかけることがないことを理解して頂ければ良いと思います。
外照射がいいなと思って頂いた方に気をつけて頂きことがあります。この5回の外照射は「定位放射線治療」といい、まだそこまで普及していません。
世界の前立腺がんの治療ガイドラインには明記されているのですが、日本の保険システム上、今までの照射の仕方(39回)の方が病院として利益が出ます(治療費は保険なしで182万8000円程度)。そのため積極的な導入にはならず、5回だけの照射を経験したことがない放射線治療医もいて、施設によっては断られることがあります。その場合、定位放射線治療を受けるためには他施設の放射線治療医に紹介してもらう必要があります。
私のいる東京大学病院のような大学病院やがんセンターなどでは、定位放射線治療を行っている可能性が高いですが、それでも事前に確認しておくことが無難でしょう。
今回登場した便利なPSA検査ですが、皆さんに押さえて頂きたいことがあります。
まず、この測定だけでは前立腺がんである可能性の高低しかわかりません。はっきりさせるためには超音波検査、MRI検査、生検(直接がん組織を採取する)検査をしなければなりません。ただ、このPSAは数ある腫瘍マーカーの中でも信頼できる数値の一つで、これが採血だけで行えるようになったことは画期的です。
そして採血でがんのあるなしがわかる腫瘍マーカー検診と称したボッタクリ検診があるので気をつけてください。
PSA以外にCEAやSCCなどを検診がわりに測定して、高い料金を請求する怪しいクリニックがあとをたちませんが、PSA以外は検診で役に立ちません。早期発見は大事ですが、ぜひtayoriniの読者の皆様にはそのようなデマ検診商法に引っかからないようにして頂ければと思います。
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