2人に1人はがんになる時代、自分の両親のどちらかが癌になる確率は極めて高いです。
がん治療において、最近は全体で6割程度治る時代にはなってきたものの、若いうちの治療ならば回復も早いのですが、年齢を重ねてからの治療になると、その治療や介護に疲弊してしまい、残された家族との時間が幸せなものでなくなってしまうことがしばしばあります。
そうならないように「親が○○がんになったら」ということを具体的に考えながら、楽しい時間が続けられるように知識の備えをしておきましょう。
それでは、放射線科専門医の目線で解説していきます。
肺がんはあらゆるがんの中で最も日本人の命を奪っている最も要注意ながんです。この肺がんはがんが大きくなってからだとかなり5年生存率が低くなります。
また当然のことですが、腫瘍が大きくなったり、リンパ節に広がったりする(=ステージが進む)と治療も負担が大きくなります。そのため高齢者にはかなりつらく、治療により体調を崩してしまう方も増えてきます(それでも治療したほうが良い結果が得られることが多いので治療を選択することになります)。
早期肺がんの治療の基本は手術です。但し、高齢者の方に限れば放射線治療のほうが良いケースが多くなってきました。手術と放射線治療を比較してみましょう。
手術による治療 | 放射線治療 | |
身体負担 | 負担大きい | 負担小さい |
入院/通院頻度 | 1週間程度の入院 | 4回の外来治療 |
費用(保険なしの場合) | 170万円程度 | 60万円程度 |
懸念点 | 入院や手術による、体力や身体機能低下の恐れあり。 | 放射線被曝の問題。 再発が見つけづらい。 |
むいている人 | 若者 | 高齢者 |
肺がんの手術では胸腔鏡という大きく胸を開けずに済む方法が普及してきて患者さんの負担は大分減りましたが、それでも片肺の1/3以上は切除し、1週間程度の入院も必要になるため、高齢者の方にとっては手術後に体力が急激に落ちてしまうことも多々あります。
一方で放射線治療では、機器の進歩により定位放射線治療という方法が確立しました。1cm程度の肺がんにのみ放射線を集中させて死滅させる方法で、患者さんはたった4回の外来治療で済むようになりました。
その外来治療も放射線治療機の台に数分横になるだけで、痛みを感じずに治療を終えることができ、リハビリも必要もなく元の生活に戻ることも出来ます。
肝心の治療成績ですが、手術ができない体力の人が放射線治療を行うため正確な比較にならず、手術と放射線治療を比べた厳密なデータは存在しません。しかし、過去の知見からは手術と遜色ない程度の治療効果が見込まれます。
このように高齢の方の早期肺がん治療においては治療も簡単でご本人の体力が保たれる放射線治療が、本人にとっても介護する家族にとっても良いでしょう。ただし、これは患者さんが「高齢者であれば」という条件つきです。
利便性の高い放射線治療が基本の治療(標準治療)にならない理由は2つあります。
1つは前述の放射線被曝の問題があります。腫瘍周辺のごく一部とはいえ、先程のCTよりも1000倍程度被爆することになりますので、やはりそれによる発がんも考慮に入れる必要があります。
2つ目は再発が見つけづらいという難点があります。放射線治療では肺を切り取らない代わりに、腫瘍周辺の肺組織を死滅させ、その部分がCTで白く写るようになります。そうすると治療後の腫瘍がちゃんと死滅したかを3ヶ月ごとにみるためのCTでも判別がつきづらくなる場合があります。
こういった事情から、特に若い方はまずは手術が基本で、「手術で体力の喪失が不安視される高齢の方」はやはり放射線治療が最適になってきます。
またお金に不安があるご家庭も放射線治療の方がお財布に優しいです。治療費は保険なしの場合は目安として手術が170万円程度で、放射線治療が60万円程度ですので保険を使用したとしても放射線治療のほうが有利になります。高齢者の場合、体力の低下で介護などにも費用が嵩むことを考えれば、やはり放射線治療がリーズナブルです。
治療法について解説しましたが、何よりも「早期に発見すること」が重要となります。
肺がんは国が推奨する5つのがん検診のひとつになっていますので、各自治体で無料もしくは一部の負担金で受けられる場合が多いです。具体的にはレントゲン写真をとります。基本としてこれを毎年受けることは必須でしょう。
肺がんが出来た場合、レントゲンを撮った際に肺の黒い部分に白い影が見えることになります。
※空気は黒く写り、肺がんのようなX線を透過させない物体は白く写ります。
実は、上記のレントゲン写真では早期発見に間に合わないことが多くあります。上のレントゲン写真を見て頂ければわかると思いますが、胸には肺だけでなく、肋骨・鎖骨・心臓・大血管・筋肉などがあり白く写ってしまう領域が多いのです。白く写るところと肺がんの位置が重なると見えなくなってしまいます。
そのためしっかりと見つけようとすると、もう一歩踏み込んだ検査が必要となります。それがCT検査です。
CTでは肺をミリ単位で一枚一枚輪切りにして撮影するため、通常のレントゲン写真と違って見落としが格段に少なくなります。また、肺がんはたとえ初期であっても小さければ小さいほど治療成績はよくなりますので、レントゲンでは見つけられない小さい段階で見つけられるのはかなりの利点です。
一方で、なぜこれが基本とならないかというと、被爆(人体が放射線にさらされること)の問題があるからです。
最近は技術進歩によってCTの被曝量は減ってきたものの、それでも1回あたりのCTでの被曝量はレントゲン写真より数十倍程度になります。胸部の被爆で最も気にしなければならないのは発がんです。
CTによって発がんする可能性はかなり少ないのですが、がん検診は健康な人全員がうけるものなので、一定数は発がんさせてしまいます。特に若い方はがんになりにくいことを考えれば、通常は毎年のCT検査は推奨されません。ただし、高齢者は別です。
高齢者はCTで検診を行うことで、かなり早い段階でがんを見つけることができるのです。発がんしてから問題となる大きさになるまで10年以上かかります。そのため若者とは違い、今後の発がんのリスクよりも、早期発見のためにCT検査が推奨されます。早期発見ができると、生存率の向上や治療による副作用を軽減することが可能となります。
また喫煙される方は肺がんのリスクがかなり高くなるので、発がんのデメリットよりも早期に見つけるメリットのほうが上回ると考えられるため、比較的若いうちからでもCTを利用したほうが良さそうです。
ここまで読まれた方で、「治療のことは主治医に任せればいいんじゃないの?」と思われた方は半分正解で半分不正解です。病気については主治医の先生がよくわかっていますので、勿論よく話し合って病気についての理解を深めて下さい。一方で主治医の先生が苦手とされる分野があって、それは放射線治療機器の進歩です。
今まで、特に日本においてはがんの治療といえば手術で病巣を取りきる外科手術が主流でした。近年になって放射線治療機器も高精細になってきて、がん治療に対する選択肢が増えてきています。
こうした状況であっても、患者さんが最初に受診して案内役になるのが外科や内科の先生が多く、絶対数の少ない放射線治療医は外科や内科の先生が「この治療には放射線治療が最適だ」と思った時に患者さんを受け持つ流れになっています。従って、放射線治療機器や技術の進歩に従って、放射線治療が最適になる患者さんは増加しているのですが、その技術を知っているのは放射線治療医だけという歪みが生じています。
もちろん、私達放射線治療医も機会を捉えながら外科や内科の先生に機器の進歩をお伝えする努力をしているのですが、それぞれが忙しい立場ですので全てを伝えきれてはいません。
そこでご本人やご家族から「放射線治療はどうでしょうか?」と聞いてみてください。そうすると「じゃあ、放射線治療医の先生にも聞いてみますか?」という流れになり、私達の診察を受けることになるのです。
如何でしたでしょうか。今回は死亡数第一位の肺がんをとりあげましたが、少し踏み込んで知るだけでも、検査や治療への見方が変わったのではないでしょうか。誰しもがなるがんという病気ですが、ちゃんと対策すれば怖さはぐっと減ります。
このシリーズではご家族が知っておいたほう良いがんを取り上げて解説していきたますので、一緒に学んでいきましょう。興味のある方は私のYouTubeチャンネルでも踏み込んで解説していますので遊びに来て下さい。それではまた次回。
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九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。
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