「先生、母はあとどれくらい生きられるのでしょうか」
よくドラマのシーンで描かれる場面ではありますが、実際のがん診療においても,よく遭遇する場面ではあります。もし、皆さんご自身が、あるいはご両親ががんになった時、余命を知りたいと思うでしょうか。
余命の宣告というのはかなり慎重を期するシーンでもあります。不意に「あと3ヶ月・・・」などと言おうものなら、その後の詳しい説明が耳に入らず数字ばかりが1人歩きしてしまう恐れがあります。
絶望してしまったり、あるいは怪しい治療に傾倒してしまったり、医療不信に陥ってしまったりと患者さんやその家族にとって悪い結果につながってしまう可能性があります。そのような事態を懸念して私たち医療者は安易に「余命は○ヶ月です」という事はお伝えしません。
がんという病気は実に多彩です。例えば同じ肺がんであっても、がんの種類(組織方)や肺の中でできた部位(大きな血管の近くにできた等)によって進行具合が違います。また、がんが増える勢いや治療効果なども人それぞれです。数日以内に亡くなりそうだという場合はさすがに分かりますが、年単位で予測する事は不可能に近いです。
以下のグラフを見てください。こちらは全国がんセンター協議会が出しているデータを参考にしています。全国がんセンター協議会が行った「生存率調査」では、過去の患者さんの生存率を、がんの種別ごとに集計されています。
縦軸は相対生存率で、横軸が生存期間です。この赤い線が下に行けば行くほど、亡くなってしまった人の割合が増えていることを示します。当然のことながら、年数が経過するにつれて亡くなっている人の割合が増えていることがわかります。特に注目してほしいのが、1年以内で亡くなっている方も多い一方で、中には5年以上経過しても生きている方がいる点です。
このグラフを見て、皆さんならどう余命を判断するでしょうか。1年以内が大半だから「余命は数ヶ月」と表現するのが正しいか、3年以内に9割の方が亡くなるから「余命は3年以内」と表現するのが正しいか、いや準備してもらったのに結局5年以上生きる事になってしまったら申し訳ないから「余命はわからない」と表現するのが正しいか。医師達はこのようなことに頭を悩ませながら患者さんとお話ししています。私がよくする回答は最後にお話ししましょう。
そうは言っても、「医師はもっと患者さんのことを見ているから正確に予測ができるんじゃないの?」と思われるかもしれません。
1つ面白い研究があります。国立がん研究センターの標準治療を終えても進行してしまったがん患者さん75人と14名の医師が対象で、医師による余命予測が当たるかどうか調べたものです。もちろん余命の日時をぴったりと言い当てる事は不可能なので、「余命予測が当たった」とするのは誤差が予測期間の1/3以内であれば当たったとしています。つまり余命予測が120日だとすると80日〜160日の間は「余命予測が当たった」とします。これらの患者さんの多くは数ヶ月しか生存しなかったことを考えると、これだけ広い当たりの期間を設けると、概ね当たるんじゃないかというのが大方の予測でした。しかし、たった36%しか余命予測が当たらなかったという驚きの結果でした。余命の予測は当たらないというのが今や医療界の常識でもあります。
【参考】Can oncologists predict survival for patients with progressive disease after standard chemotherapies? T.K. Taniyama, Curr Oncol. 2014 Apr; 21(2): 84–90.
それでも余命を知りたいというのは自然な欲求だと思います。私たちも、患者さんのその素直な気持ちを尊重したいと思っています。また、患者さんの介護をされている方にとっては、どれだけ一緒にいられるか、あるいはどれだけこれからも介護をしていく必要があるのかと、実生活の計画を立てる上でも重要な指標になる事は感じています。だからこそ、「どれくらい生きられるのか」という問いには慎重に応える必要があるのです。
患者さんから「どれくらい生きられるか」と問われた時には、私はまず相手が心の準備ができているかを見ます。がん患者さんにとっては身近な問いでもあるため、不意に医師に聞いてみたらショックな答えが返ってきたという状況になってほしくないからです。
次にどのような答えを期待しているのかを探るため、「どうして気になるんですか」と質問します。ここで返ってくる答えは様々です。
「孫の結婚式には出られるかなって」
「オリンピックが見られるといいなって」
「出来るだけ長生き出来たらいいなって」
このような答えは、患者さんの人生の価値観に触れる機会でもありますので興味深い一幕でもあります。
がんになった親御さんがご自身の余命を気にしていたとしたら、「何かやっておきたいことがあるのか」「どんな希望があるのか」をご家族にも理解していただきたいと思います。
なぜ知りたいかを聞いた時に、実は「命がある期間」だけを大事に思っているわけではないことも見えてきます。「命がある期間にしたいこと」があるのです。そこをきちんと拾い上げられると余命宣告をする時の伝え方が変わります。
例えば「来年の秋の孫の結婚式に出たい」という希望の場合は、「来年の秋までは今のままだったら出られるのは少し厳しいですが、食事をもう少しとるようにしてリハビリを続ければきっと出られますよ」という伝え方ををします。そうすると「あと半年くらいでお迎えが来ると思います」という伝え方より、ずっと前向きな気持ちになることができます。
前向きな気持ちになってもらった状態で、「がんの生存にはかなりばらつきがあり、ご本人の元気やがんの成長の仕方に左右されるので、2つのパターン(出席できるパターン、出席できないパターン)を用意しておいてください。」とお伝えすると、ご本人も支えるご家族も心の準備もできるようになってくるかと思います。
一方で「1分1秒でも長生きしたい」という方は結構困ってしまいます。
今の医療技術であれば太い血管から直接栄養を入れたり、逆に老廃物を取り除くことはできます。また、酸素の管を肺につなげれば一時的には生きている状態にすることもできます。しかし、これは麻酔をかける必要があり、意識や思考を失った状態で生きることになります。それが本当に「自分の生きたい姿」なのかは再度の問い直しが必要です。この場合は「死ぬのが怖い」という感情が先行してしまっていて、まだ具体的なお話をしてはいけない状態です。そのときは、ご家族だけにまずは今後の見通しをお伝えするようにして、ご本人の覚悟が決まった後にそれでも知りたい場合はお伝えします。
余命にはばらつきがあるとはいえ、それでもある程度の見通しを持っていたいと思い、ご本人であれご家族であれ余命を尋ねる事になると思います。ご本人やご家族の意向を汲みながら、まずは複数のパターンに分けてお伝えします。
例えば肺がんⅣ期の場合は「1年以内が半分くらいで、1〜3年が3割くらいで、5年以上生きる人もたまにいらっしゃいます」のような伝え方をします。それでも具体的な数字を示されないことに釈然とされない方もいらっしゃいますので、その場合は死に向かう準備をして頂くためにあえて具体的な数字を出します。
「今のがんの状態と今の体力を見てみると、凡そ半年くらいかなと思っています。もちろん今後次第で早くなったり遅くなったりしますが、しっかり準備をされてください」
そして、最後にこう一言お伝えします。
「ただ、最後にこれは覚えておいてください。医者の余命の予測は大体外れます。良い意味で予想が外れる事を期待しています。」
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九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。
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