「緩和ケア」と「がん治療」--生活の質だけでなく余命も伸ばす治療法

緩和ケアは諦めの医療!?

緩和ケア(緩和治療)と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

もう治る見込みがない人への看取りの前段階のようなイメージをお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。

私の専門である放射線治療でも「緩和照射」と呼ばれる苦痛や出血などの症状を抑えるための緩和治療があるのですが、この「緩和」という言葉を聞くだけで「もう自分はダメなんだ・・・」と辛い気持ちになってしまう方もいらっしゃいます。とても勿体無いなと思ってしまいます。

今回は緩和ケア(緩和治療)をうまく使ってがん治療を乗り越えていくのが、がんで苦しまない一つのコツである事を一緒に見ていきましょう。

緩和ケアはあらゆる苦痛を和らげるアプローチ

緩和ケアはがんやがん治療に伴う苦痛に対してケアをしていく事を指します。代表的なものが痛みや吐き気といった症状に対して薬を処方したり、鎮痛効果のある処置(手術、放射線治療など)を行う事があります。

また、医師だけに留まらず、食事の嚥下や発声など、機能喪失してしまった能力のリハビリや代替する方法の獲得や、経済的な困窮に対してのアドバイス、精神的な辛さに対して寄り添う事など、アプローチの方向は多岐にわたります。


 

役割
ケアマネジャー 在宅生活を整えます。
ソーシャルワーカー 経済的な問題や退院・転院に向けた不安に対応します。
医師

がんの治療を行う担当の医師や、体のつらさの緩和を専門とする医師、
気持ちのつらさの緩和を専門とする医師が対応します。

看護師 体や心のつらさを和らげ、生活を支えます。
薬剤師

薬の副作用へのふあんを和らげ、飲み方などをアドバイスします。

理学療法士
作業療法士
言語聴覚士
無理のない動きや生活の工夫をアドバイスします。
心理士 つらい気持ちを傾聴し、心のつらさを和らげます。
管理栄養士 食欲がないときなど、食事の工夫をアドバイスします。

(参考:国立がん研究センターがん情報サービスより引用)

外来でも入院でも在宅でもできる「緩和ケア」

緩和ケアは場所を選びません。

基本は担当医の医師により症状の緩和が図られますが、必要に応じてそれぞれの専門の職種を紹介されます。症状の緩和がより高度な知識を必要とする場合は、緩和ケアに特化した医師による「緩和ケア外来」を受診する事になります。

入院中であれば緩和ケアチームによる診療が行われますし、在宅であれば訪問診療や訪問看護を通じて在宅サービスが提供されます。いずれも保険診療内であり、治療を受けている場所によってつらさを我慢する必要はありません。

国立がん研究センターがん情報サービスより引用

心のつらさを相談できた人はたった3割!知られていない「緩和ケア」

2020年10月14日に国立がん研究センターがん対策情報センターがあらゆる地域/がんの種類/がんのステージの患者さん2万人に対して患者体験調査をした結果を発表しました。有効な回答が得られたのは7080名でしたが、それでも十分参考になるデータだと思います。

納得のいく医療選択をできたとした人は78.7%とまずまずの結果でしたが、一方でこうした緩和ケアを充実させていこうという動きがあるにも関わらず、身体的なつらさや心のつらさをすぐに医療スタッフに相談できると思うと答えた人は46.5%、32.8%と低調な結果でした。

またこのtayoriniでの連載(親ががんと宣告されたら実践したい3つの手順)で取り上げたがん相談支援センターを知っている人は47.7%と半分以上の人がその存在を知らないという勿体ない結果でした。

グラフは国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター発表より筆者作成

生活の質だけでなく余命も伸ばす「緩和ケア」

がん患者さんの生活の質を上げてくれる緩和ケアですが、延命効果も高いのではないのかという報告もされています。手術が難しい進行肺がん患者さんに対して抗癌剤治療のみを開始するグループと、抗癌剤治療に加えて月1回の緩和ケアグループにランダムに割り付けて、結果を追いかけた研究です。

緩和ケア外来を受診したグループの方が生活の質が上がっただけでなく、なんと余命を2.7ヶ月伸ばしたという驚きの結果でした。たった3ヶ月と思われるかも知れませんが、これは進行してしまった肺がん患者さんが対象なので抗癌剤のみで治療した場合は生存中央値8.9ヵ月しかありません。それを約3ヶ月緩和ケアだけで伸ばしたというのは驚異的な結果でした。

例えば、ノーベル賞を受賞した本庶佑先生が開発に関わったオプジーボが進行肺がんに対しての生存期間の延長は2.8ヶ月という報告があった事を鑑みると緩和ケアは画期的な新薬と同等の効果をもたらした事になります。

*3から筆者作成

進歩している「緩和ケア」

昨今では放射線治療もそうですが、この緩和治療はどんどん進んでいます。痛み止めの医療用麻薬も種類が増えてきて、がん患者さんの最大の悩みになりがちな疼痛に関してもコントロールできる範囲が広がってきました。

また疼痛コントロールのために医療用麻薬を使ったときは、便秘が問題になる事が多かったですが、それに対する薬剤の使い方が洗練され、新薬も登場して、患者さんの生活の質が上がってきています。

薬だけでなく、カテーテルを体内に刺入して痛みや閉塞を起こしている原因を取り除いたり、リハビリをしたり、声がうまく出せない人に発声機器を使ってもらったりと様々な角度からがん患者さんが快適に暮らせるようにと緩和ケア(緩和治療)が進んでいます。

がん治療とセットで考えて欲しい「緩和ケア」

今や男性の3人に2人、女性は2人に1人ががんになる時代です。がんになる事は前提で人生の設計をしていきたいところです。

理想的には治しやすいがんを早期に見つけて早期に治療すれば、がん治療に伴う苦痛もずっと少ないのですが、そのようながんばかりではありません。治療に苦痛が伴う前提で考えておくのが良いでしょう。その時に「緩和ケア」を知っておくだけでも生活の質がずっと良くなるチャンスが得られる事になります。

この時に緩和ケア=諦めの医療だと勘違いしてしまっていると、(例え、がんが完治したとしても)がんを治す間の苦痛や、後遺症を我慢し続けてしまう事になってしまうかも知れません。

特にご高齢の方には「緩和」という言葉に拒否反応を示してしまう方々が一定数いらっしゃいます。それは「治療出来なければ緩和ケアしかない」という「諦め」のイメージがついてしまっている事が影響しているのだと思います。

もしそういったイメージを持つ親御さんをお連れになる場合、「緩和ケア外来に行こう」と提案すると「まだ行きたくない」と逆につらいのを我慢してしまう事があります。

そこで私がよくやる方法として「痛みを取る専門の先生のところに行ってみませんか」とか「吐き気の薬に詳しい先生のところで相談してみませんか」というように「緩和」という言葉を出さずに、今困っている症状に対応する専門家のところに行きましょうという具合でお伝えします。

もちろん対応する診療科が「緩和医療科」だったり「緩和ケア科」だったりするのですが、そこで「行ってみる」と一言頂ければ、心のハードルを超えていますので大丈夫な事が多いです。

無理やり連れて行くのは逆効果になるので「一度だけでも行ってみない?必要なさそうならもう行かなくていいから」とプレッシャーにならないくらいで軽く背中を押してあげるぐらいがちょうど良いかなと思います。そして、実際に受診されるとがん治療の満足度があがる患者さんも多いです。

ぜひ、緩和ケアとうまく付き合って人生を充実させて頂ければと思います。

参考・引用

(*1)国立がん研究センターがん情報サービス:緩和ケア

(*2) 国立研究開発法人国立がん研究センター:がん患者さんの診療体験・療養生活実態をがん対策に反映 患者約2万人を対象に患者体験調査実施

(*3) Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer

上松 正和
上松 正和 放射線科専門医

九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。

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