前回は「がんはゆっくり大きくなっていきます。基本的に小さくはならないので、出血や痛みなどの症状は良くなることはありません。日頃のコミュニケーションをとりながらそういうサインを見逃さないようにしましょう」というお話でした。
これは真実ではあるのですが、現実的には難しい方も多いのではないでしょうか。
特に別居されているとお互い心配させないようにと「大丈夫よ」と言ってしまいがちになっているかなと思います。そのような方にも是非今回覚えていただきたいことが「がん検診」です。もちろんコミュニケーションがすでに十分出来ている方も盤石にするために覚えていただければ嬉しいことです。
皆さんは職場や自治体で「健診」と「検診」を受けられていると思いますが、この違いを意識したことがあるでしょうか。
「健診」はいわゆる健康診断のことです。体重や血圧から始まり、尿の異常な成分がでていなかや、採血で肝臓や腎臓の機能は大丈夫かをチェックしていきます。年齢を重ねていけばそれなりに異常な値が出たりするものですが、やはり早めに治療すれば治せる病気が隠れていたりするので、この健診も大事です。
ただ、年齢を重ねていくと、何かしらの疾患を抱えて薬を服用していて、かかりつけ医師が定期的に健診と同様のチェックを行っていることが多くあります。
このような体の状態の把握はあまり忘れられることはありません。
一方で「検診」はよく忘れられます。検診は私たちの生活に重大な影響を及ぼす疾患に対して「あるかないか」を判定してくれる「検査」のことです。代表的なものが「がん検診」になります。がんの疑いが「ある・なし」で返ってくるので医療に慣れていない方でもわかりやすく、また定期的に行うものなので「今年も合格だった」のように気軽に会話がしやすくなります。
自治体の多くで助成があり負担金がないか、少ないことが多いようです。是非、親御さんとの会話のきっかけにしていただいて、併せてがんのチェックをしていただければと思います。
それではがん検診について見ていきましょう。
「がん検診」と言っても、がんはあらゆる臓器に出来る可能性があり、現状では一括で調べられる便利な検査はありません。そこで、「検診をすることで死亡率が下がった」ものに絞ってがん検診を行うことになります。
実際には以下の5つが行われています。
種類 | 対象者 | 受診間隔 | 検査項目 |
---|---|---|---|
胃がん検診 | 50歳以上※1 | 2年に1回※2 | 問診に加え、胃部X線検査または 胃内視鏡検査のいずれか |
子宮頸がん 検診 |
20歳以上 | 2年に1回 | 問診、視診、子宮頸部の細胞診及び内診 |
肺がん検診 | 40歳以上 | 年1回 | 質問(医師が自ら対面により行う場合は問診)、 胸部X線検査および喀痰細胞診(ただし喀痰細胞診は、原則50歳以上で喫煙指数が600以上の人のみ。過去の喫煙者も含む) |
乳がん検診 | 40歳以上 | 2年に1回 | 問診および乳房X線検査(マンモグラフィ) |
大腸がん 検診 |
40歳以上 | 年1回 | 問診および便潜血検査 |
※1:当分の間、胃部X線検査に関しては40歳以上に実施も可
※2:当分の間、胃部X線検査に関しては年1回の実施も可
(引用:国立がん研究センターがん情報サービス「がん検診 もっと詳しく」)
胃がん・子宮頸がん・肺がん・乳がん・大腸がんが対象になり、それぞれ対象年齢と検診の間隔が決められています。この5つのがんは検診で死亡率が下がったと証明されているのですが、実際はどういう特性を持っているがんなのかみなさんにイメージしていただくために個別に見ていきましょう。
(がんの罹患数・死亡数は公表されているものを使用しますので罹患数は2017年、死亡数は2018年のデータを使用することをご了承ください)
胃がんは罹患率・罹患数は男女合わせてがんの中で2位(2017年)、死亡数は男女合わせてこちらも2位です。重要ながんの一つですが、早めに発見することでstageⅠにおいての5年生存率は97.4%(2018年集計)を達成しています。早めに見つけることができれば治る病気なのです。ピロリ菌という菌が原因で発症しますので、特に検査や除菌をしていない方は必ず受けることをお勧めします。
子宮頸がんは毎年1万人程度罹患し、3000人が命を落とされています。他のがん検診と比べても対象になる年齢が若いことが特徴です。
この子宮頸がんはマザーキラーと呼ばれ子宮を失い妊娠が不可能になったり、幼い子を持つ母親の命を奪ってしまうこともあります。そのため罹患数こそ他のがんには及びませんが、個人のQOLや家庭への影響が大きく、かなり重要視されるがんです。
実は子宮頸がんを予防する安全性の高いワクチンが2009年から接種開始されていますが、マスコミが誤解を招く報道を盛んに行ったことより、接種率はなんと1%まで低迷しました。今後もがん患者さんが増加していくことが見込まれます。
日本で子宮頸がんワクチンが発売されてから300万本のワクチンが接種された時点で(ワクチンの重篤な副反応が100万人に1人とされてますが)13000~20000人の子宮頸がんが予防され、3600~5600人の命が救われています。ワクチンの恩恵は十分大きく、現在でも小学校6年生から高校1年生までの女性は無料での接種ができます。また45才までの女性はワクチンの恩恵がありますので逃してしまった方は接種されることをお勧めします。
肺がんはがん死亡数が男女合わせて1位(2018年)のがんで、特に喫煙との関係が深いがんです。喫煙をしていれば通常のレントゲン検査に加えて、喀痰検査やC T検査を追加ですることもあります。仮に吸っていなくても、受動喫煙により肺がんの発生率は通常と比べ1.3倍に増加することが科学的に証明されました。
同居されている方が、たばこを吸われている場合は要注意です。
乳がんは女性の罹患率ががんの中で1位であり、女性の10人に1人は乳がんになります。早期に見つけて標準治療を受けられれば5年生存率がⅠ期では100%と良好な結果が得られます。しかし女性のがんの中で死亡数は5位で、初期の段階で見つけられず、あるいは(民間療法などに傾倒してしまい)対応できずに思わしくない結果になるケースが多く見られます。
検査はマンモグラフィという乳房を挟んでX線を用いて撮像をする方法があり、追加で超音波やM R I検査が行われることがあります。
大腸がんは男女合わせて罹患数はがんの中で1位(2017年)です。特に女性のがん死亡の中では1位(2018年)を占めており重要ながんです。検査としては便検査を行い、血が混じっているかどうかを検査します。第1回目で解説したようにがんが出血しやすいことを応用した検査です。
如何でしょうか。もし全ての臓器のがんを一括で調べられる検査があればそれが便利なのですが、現状はそのような検査はありません。そのためひとつずつ見ていくことになります。特に検診が有効だと証明されたものが、これら5つのがんです。
しかし、これだけ選び抜かれたがん検診ですが、実は悲しい現実があります。
(引用:国立がん研究センターがん対策情報センター)。
こちらの図でわかるとおり、がん検診の受診率は低いのが現実です。徐々に検診を受ける方が増えつつありますが、それでもおおよそ半数程度というのは驚きの結果ではないでしょうか。
子宮頸がん検診は20歳から、肺がん・乳がん・大腸がん検診は40歳から、胃がん検診は50歳からということを鑑みると、読者の皆様も対象になっている方も多いと思いますが如何でしょうか。内閣府のがん対策に関する世論調査(平成28年度)で以下のグラフが示されています。
(引用:内閣府政府広報室 「がん対策に関する世論調査」の概要)
これを見てみると実はがん検診そのものを知らないのは6.5%とかなり低く、実は皆さん知っているけど何かしらの理由で検診していないことがわかります。特に気になるのは上位3つの中の2つ「健康状態に自信があり、必要性を感じないから」「心配なときはいつでも医療機関を受診できるから」です。
がんの特性上、健康状態に影響を及ぼす程度になっているがんは、既に進行して大きくなっている可能性が高くなります。その場合は治療も大変で、数年以内に死亡する可能性も高くなります。心配になった時も何かしら異常を感じているわけで進行している場合が多いと考えられます。
また4番目の理由の「費用がかかり経済的にも負担になるから」とありますが、多くの自治体で助成をしており種類によっては無料で受けられるものもありますので是非活用して頂ければと思います。
結論を申し上げますと検診の対象年齢に上限はありません。ただがん検診は治療して余命を伸ばすことを目的としますので、すでにがん以外の病気が進行していて余命があまりない方は、検診の恩恵がないと思われます。
また老衰で余命が短い方も意味がありません。もちろん個人差がありますが、私は85歳くらいが目安かなと思っています。日本の平均寿命は男性が81歳女性が87歳ですが、85歳まで生きた方の平均余命は男性6.4年、女性8.4年になりますのでまだまだ元気一杯であれば検診を続けて頂ければ良いし、検診受けるのも辛く感じられる方は終了で良いと思います。
少し長くなってしまいましたが多くの人が忘れがちになっている「がん検診」の大切さと便利さを感じて頂けたら幸いです。私は対象ではないですが、乳がん検診で行うマンモグラフィを(無理やり自分の胸の皮膚を寄せ集めて)体験しました。その痛さを共有しながら患者さんとお話ししたりするとコミュニケーションが少し深まったりします。
「がん検診」を今まで受けたことがないという方は一度親子で受けられてみては如何でしょうか。きっと会話の種になってくれることでしょう。それでは、また。
九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。
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