「サ高住」のパイオニア・学研ココファンが目指す、高齢者住宅の新しい形と介護業界の未来とは

日本の人口の3分の1が65歳以上の高齢者になると予想される、2030年。

高齢化が加速していく中で、介護業界が生み出す課題解決やイノベーションに注目が集まっています。山積した課題をどう捉え、どのように未来に向けて取り組んでいるのか。

この連載では、介護業界で活躍するキーマンに、「2030年の介護」についてお伺いしていきます。

第1回目は、高齢者向け住宅の運営を中心に高齢者支援事業を手がける、学研ココファン代表取締役兼CEOの小早川仁さんに、LIFULL介護編集長の小菅秀樹がインタビュー。

学研ココファンを社内ベンチャーで立ち上げ、「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住)のモデルを築き上げた、立役者でもある小早川さん。設立当時の思いとともに、介護業界が抱える課題や未来への取り組みについて伺いました。

今回のtayoriniなる人
小早川仁さん
小早川仁さん 学研ホールディングス・常務取締役/学研ココファン・代表取締役 兼 CEO。広島県出身。1990年に明治学院大学を卒業後、学習研究社(現・学研ホールディングス)に入社。学習雑誌『科学』『学習』などを担当した後、04年に社内ベンチャーで学研ココファンを設立。09年に学研ココファンホールディングス代表取締役社長に。20年より学研ホールディングス常務取締役に就任。著書に『「高専賃」事業化ノウハウのすべて』ほか多数。18年に「東京マラソン」で初めてフルマラソンに挑戦して以来、ジョギングが趣味に。毎年元旦は、ジョギングで近隣の「ココファン」の拠点に挨拶回りを行う。

教育の学研がなぜ介護事業をスタートしたのか

小菅

2004年に社内ベンチャーとして、学研ココファンを立ち上げた小早川さん。その当時の思いや介護業界に興味を持たれたきっかけについて教えていただけますか。

小早川

会社を設立したのは2004年ですが、事業化のために動き出したのは2002年の頃です。

戦後まもなく創立した学研は、「今後の時代を担い、日本を支えるのは子どもたちであり、その子どもたちには絶対に良質な教育が必要だ」と考え、日本中の子どもが意欲的に学べるシステムとして、「学習」と「科学」という教材を創刊しました。

この教材は小学生がいる家庭向けに訪問販売を行い、日本全国に読者を広げてきたのです。

2002年当時、経営企画部にいた私は、全国に10万人いる訪問販売員、いわゆる「学研のおばちゃん」のマネジメントを担当していて、家庭を訪問する際にどのように挨拶やトークをしたらお客様に受け入れてもらえるか、販売効率を上げるためにどうしたらいいかなど、教育指導をメインに行っていました。

ところが、少子化と共働き家庭の増加によって、在宅率が減少。運よく会えたとしても「お年寄り」ばかりの状況になっていきました。

そこで、発想を変えて、全国のお年寄りの話をじっくり聴いてみたところ、
「最近、心身の状態が不安定でごはんも食べられなくなってきた」
「このまま要介護になったらどうしよう」
「息子夫婦と別居してるけど、旦那の介護が必要になってきてこれから先が心配」
など、さまざまな不安を抱える声が聞こえてきたのです。

さらに住み慣れた地域でこの先も暮らし続けたいという高齢者が多いこともわかった。そこに取り組むべき課題があると感じたのが、最初のきっかけです。

普通の年金世代が暮らせる住まいをつくりたかった

小菅

そうした声を拾い上げて、まずは高齢者向けの住まいに着目されたのですね。

小早川

はい。高齢化は一気に進んでいましたが、政府による高齢者向けの住宅政策が遅れていたことから、民間企業が有料老人ホームを次々とつくり始めている頃でした。

ただ、供給が需要に追いつかず、つくるとすぐに満室状態に。価格がどんどん上昇し、入居時にかかる前払い金は、数千万円に及ぶ施設も少なくありませんでした。

一方、特別養護老人ホームは、入居一時金がなく、月額の費用も安価ですが、待機が多く、何年経っても入居できない状況……。

そこで色々と調べてみると、現役時代に一部上場企業で管理職をしていた人の厚生年金は、15万程度だったんですね。
でも、その金額で十分に暮らせる施設が民間であるかというと、ほとんどないに等しい。一番のボリュームゾーンである、普通の年金世代の人たちが、安心して地域で暮らし続けられるような住まいの必要性を感じました。

とはいえ、私たちがつくりたいのは“施設”ではなく、あくまでプライバシーに配慮された賃貸住宅です。しかも入居時にかかる高額な一時金もかからず、24時間365日、何かあったときには必要な医療や介護サービスが受けることができる。

食事についても、希望に応じて提供できるようにし、たとえば朝食は自分でつくるけれど、昼と夕食は食堂で食べる、というように個々が自由に選べるスタイルにしたいと思いました。今でいうサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の原型となるような、高齢者向けの住宅をつくろうと動き出したのです。

前例のない事業に社内から反対の声も

小菅

元気な方から介護が必要な方まで暮らせる、これまでにない新たな住まいのあり方だと思いますが、事業の立ち上げ当初は、社内の反対もあったと聞きました。

小早川

そうなんです。02年に新規事業として事業計画書を経営会議に出しましたが、却下されまして。「なぜ、教育の学研が介護の事業をやるのか」「投資額も大きく、リスクだ」といった反対の声が挙がりました。反対が続き、心が折れそうになったときに助け舟を出してくれたのが、学研の創業者である古岡秀人の娘さんでした。

創業者はすでに94年に他界していましたが、娘さんは父が亡くなる前にこんな言葉を託されていたそうなのです。

「学研はこれまで教育を通じて社会貢献してきた。でも、これから高齢化が進んでいく中で、社会に貢献できる事業を考えないといけない。もし今後、そういう事業をやろうとする人が表れたら、応援しなさい。その人が困っていたら、俺の残したものを使っていいから」と。

娘さんは「父の遺言でもあるから」と、会社設立にかかる資本金と高齢者住宅の建設に必要な土地を譲ってくれました。その思いをありがたく受け取り、再提案すると、ようやく満場一致で可決。ここから学研の医療福祉事業がスタートしました。

第一号の高齢者住宅、南千束の「ココファンレイクヒルズ」は、提供してもらった創業者の邸宅跡地に開設され、私にとって“はじまりの地”として、今でも思い入れのある場所になっています。

学研が推進する「学研版地域包括ケアシステム」とは

小菅

高齢者向けの社会貢献事業は、創業者の思いでもあったのですね。御社では、学研ならではの「地域包括ケアシステム」を推進していますが、具体的にはどのような取り組みをされていますか。

小早川

私たちが「学研版地域包括ケアシステム」として推し進めているのは、高齢者だけにとどまらず、「0歳から100歳を超えるすべての人が地域で安心して暮らし続けられる街づくり」です。

地域の方の中には、お年寄りだけではなく、子どもを保育園に預けられなくて困っている人や、預ける場所がないから出産に二の足を踏んでいるという人もいます。また、障害のあるお子さんがいて、保育園や幼稚園に通わせることに不安を感じている人もいます。

子育て世帯が安心して子どもを預けられる環境づくりも重要なことから、地域の自治体や施設、団体などと連携し、多世代に向けた包括的なサポートをしていこうと考えました。

具体的には、拠点となる高齢者向け住宅に、保育園や学童保育、児童発達支援センターなどの子育て支援にかかわる施設を併設。さらに小学生には学習塾や学研教室、中学生には進学塾、大人向けには生涯学習の場や認知症の予防教室を開設するなど、生まれてから人生の終末期を迎えるまで、誰もが住み慣れた地域で健やかに暮らし続けるための取り組みを行っています。

小菅

街づくりの観点で、多世代が共生する地域コミュニティの形成に力を入れていらっしゃるんですね。

小早川

本来の地域コミュニティとは、さまざまな世代が触れ合いながらともに暮らすことです。高齢者だけが集まって暮らす形は、私たちが目指す街の姿ではないんですね。

以前、仙台市と東北大学と共同研究を実施し、70歳以上の独居高齢者と核家族の子どもが交流することによる影響について実験を行いました。

仙台市のある地域で一定期間、高齢者と子どもがコミュニケーションをとる機会を設けたところ、多世代交流に参加した高齢者は、参加しない高齢者に比べて、圧倒的に脳機能の活性化が見られたのです。

子どもについては成長とともに脳が日々活性化するため、明確な数値は出なかったものの、「集中力が増した」「我慢強くなった」「人の目を見て話すようになった」などの効果が表れました。

また、これまでは街ですれ違っても互いに挨拶しなかったのが、自然と「おはよう」「こんにちは」と言葉が交わされるようになった。明らかに街が変わっていく様子が見られたことから、多世代交流型の拠点づくりに積極的に力を入れ始めました。

日常生活で自然と生まれる多世代交流

小菅

御社が手がける高齢者住宅のココファンでは、実際にどのような多世代交流が行われていますか。

小早川

たとえば、子どもたちが練習してきた歌を高齢者の住宅で発表したり、高齢者がデイサービスで作ったメダルを子どもたちにあげたりなど、そうしたイベント事を通して触れ合うのも良いのですが、私たちは普段の日常生活の中で互いの会話が生まれるような土壌づくりをしたいと考えました。

ココファンのとある住宅では、高齢者が住んでいる部屋の隣に、保育園児がいる母子家庭の人が暮らしていて、自然とご近所付き合いが生まれています。
保育園が敷地内にあるので、お母さんが残業で遅くなるときは、隣のおばあちゃんがその子を預かって、交流ホールで一緒にお母さんを待っていることもあるんですね。

住宅内にあるコンビニのイートインコーナーには、学研の学習塾に通う子どもが宿題をしていたり、デイサービス帰りのおじいちゃんがくつろいでいたり、保育園のママ友たちがお茶していたりなど、普段の暮らしの中で自然と会話が生まれていく。

そうした多世代交流の土壌の上に、クリスマスやお正月など季節のイベントが加わることによって、より彩り豊かな時間が育まれると考えています。

人材不足の課題に直面。自社で介護士を養成

小菅

素敵な住環境ですね。そういった住宅が増えていくといいなと思いましたが、やはり課題となるのは、介護業界の人材不足の問題かと思います。これから2030年に向けてますます深刻化していく中で、御社ではどのような取り組みをされていますか。

小早川

介護職はどの会社も人材の獲得競争になっていて、業界全体の課題だと強く感じています。そのため、弊社では人材を採用するだけでなく、自社が運営する「学研アカデミー」で介護士の養成を行っています。自社にとっての人材養成はもちろんですが、良質な介護人材を業界全体に輩出していくことも大きな目的のひとつです。

学研アカデミーでは介護士コースと保育士コースを設けていますが、教育の学研だけあって、カリキュラムがしっかりと組み立てられているんですね。講座のテキストも、学研の参考書を作っていた社員が作成しているので、すごくわかりやすいんです。

全国にあるココファンで実際に現場に入って体験することもできるため、入職後のイメージもつきやすいのではないかと思います。

弊社では年間3500人程度、一般募集にて新規採用を行っていますが、採用者数の2割は養成できるように努めたいと考えています。

その一方で、新しく入った人や既存の職員の「定着率を上げる」取り組みも欠かせません。

弊社では独自の教育訓練プログラムを作っており、入社時にも必ず研修を行います。

「なぜ、学研が地域包括ケアシステムに取り組んでいるのか」「なぜ、自分たちは介護をするのか」といった動機づけも、仕事を続けていく上で重要なポイントです。

この最初の動機づけの部分については、私自身が講師を担当していて、毎月4時間程度、前月に入った全国の新規職員を集めてオンラインで話をしています。

最初は皆、「ここで頑張ろう」とやる気に満ちて入ってくるので、辞める決断を出すということは、働く中で「やりがいを見出せなくなったのだ」と捉えています。

そうなる前に、一人ひとりの職員がやりがいを持てるような職場づくりを実践したり、人間関係に悩んでいたら、話を聴くなど心のケアをしたりすることも大切です。それを日々行うのは現場をとりまとめる管理職になりますので、事業所長やフロアリーダー向けのマネジメント研修にも力を注いでいます。

今ある社会保障制度を持続可能にするために

小菅

では最後に、2030年の介護業界の未来を見据えた上で、どんな課題を感じ、それに対してどのような取り組みをしたいと考えていらっしゃいますか。

小早川

2030年には多くの団塊の世代が75歳を超えますので、介護が必要な人はますます増加の一途をたどるでしょう。
一方で、少子化の影響により生産年齢人口が減少し、税金を納める人は減ってくるけれども、税金を使わざるを得ない人が増えていく。社会保障費の増加に伴う、財政状況のひっ迫が、最も大きな課題だと感じています。

そのためには、少子化に歯止めをかけるための子育て支援に力を入れ、子どもを産み、育てやすい環境づくりが急務です。しかしながら、それ以上に社会保障費を使わざるを得ない要介護高齢者は増えていきますから、やはり今ある財源を有効に、効率的に活用しながらも、「質の高いサービスを提供するモデル」をつくっていく必要があります。

その一助となるのが、サ高住です。必要なときに必要な介護サービスを提供するサ高住は、有料老人ホームや養護老人ホームなどの定額制(包括報酬)でサービスを提供する特定施設に比べて、社会保障費が抑えられる側面があります。

弊社ではさらなる拡充を目指し、現在学研グループ全体で500カ所ほどある拠点を2030年までに1000拠点に増やしたいと考えています。

また、質の良いサービスを生むためには、ICT化に取り組む必要があります。弊社でもすべての高齢者向け住宅・施設の電子化を行い、現場の煩雑な手書き作業をなくしました。それによって作業効率が上がり、一人ひとりの高齢者のケアやご家族様へのサポートがより行き届きやすくなるでしょう。

財源が限られている中、今ある社会保障制度をいかに持続可能なものにしていくか。我々事業者は、市場だけを見て他社との競争にあくせくするのではなく、もっと大局な目で日本の将来を見据えながら、事業やサービスを生み出していくことが求められていると思います。

伯耆原良子
伯耆原良子 インタビュアー、ライター、エッセイスト

日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。

Twitter@ryoko_monokakinotenote.com/life_essay 伯耆原良子さんの記事をもっとみる

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