訪問看護師を今の5倍に。在宅医療の担い手を育てるためには

「訪問看護師は現在、全就労看護職の中の4%に過ぎませんが、将来的には20%まで増えてもよいのでは」と言う、聖路加国際大学・教授(在宅看護学担当)の山田雅子さん。

最終回の後編インタビューでは、在宅医療が抱える問題点や、山田さんが大学教授として教壇に立つまでの話について聞いてみることにしよう。

日本の訪問看護を知る上で、とても貴重なインタビューだ。

今回のtayoriniなる人
山田雅子(やまだまさこ)
山田雅子(やまだまさこ) 1986年、聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)卒業。新卒時から3年間、聖路加国際病院公衆衛生看護部で訪問看護等に携わる。その後大学院を経て、1991年にセコム株式会社に入社、医療部門に携わる。1994年にセコム在宅医療システム株式会社(現・セコム医療システム)に出向。1998年にはセコメディック病院の看護部長に就任。2006年からは厚労省医政局看護課在宅看護専門官として訪問看護や在宅医療の推進事業を担当。2007年より聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)教授となり主として生涯教育を担っている。地域看護専門看護師。現在、要介護5の母と暮らしている。

優秀な訪問看護師が育ちにくい環境とは?

──厚労省のデータ(「衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」)によると、訪問看護ステーションに勤務する看護師は、病院や診療所などに勤務する看護職全体の4%に過ぎないといいます。
山田さんは、どう思いますか?

山田

私は、今の4%が20%くらいになってもよいと思います。

──20%というと、今の5倍です。増やすのは容易でしょうか?

山田

決して簡単なことではないですが、挑戦してみることには価値があると思っています。

もちろん、そのためには越えなければならない壁がいくつもあります。
例えば、看護師の業務は保健師助産師看護師法によって「診療の補助」と「療養上の世話」と定められています。

具体的には、薬剤の投与やカテーテルの挿入、チューブ類の管理、医療機器の使用と操作、血液や尿などの採取、検査や治療時の介助、傷の手当てなど、多岐に渡りますが、これらは「診療の補助」に当たり、医師の指示が必要です。
一方、「療養上の世話」を行う場合は医師の指示は不要で看護師が自らの意志で行うことができるとされています

──現在、看護師の役割拡大が言われていますが、山田さんは訪問看護における役割の拡大についてどう考えますか?

山田

「療養上の世話」は看護師の裁量で実施できるわけですから、自由に広げていけばよいわけです。ここでは「診療の補助」についての課題について触れておきましょう。

例えば、尿道にカテーテルを挿入して排尿を促す方法は、看護師の「診療の補助」行為の範囲でできるはずですが、多くの看護師が行っていません。

尿道は、男女で形が違うし、男性高齢者では前立腺が膨らんでいることが多いので、出血させずに管を通すのにはそれなりの知識と技術を要します。
リスクを伴う技術だからこそ、習得するには経験を積む必要があります。

でも、「ミスが起こったら大変だから看護師は尿道カテーテルの挿入は実施しない」というローカルルールを作って看護師の成長の芽を摘んでしまうケースが多いのではないかと感じています。
実際、「やってはいけない行為」であると誤解している看護師も多いです。

これからますます医療者や介護職者の不足状況が厳しくなると思います。
それを考えると、看護師一人ひとりが発揮する力を広げるということが解決策の一つになると考えています。
ただ、今の看護師は「診療の補助」にしても「療養上の世話」にしても、法律が許している裁量のほんの一部しか発揮していないのではないかと私は考えています。
一人ひとりの看護師が持てる力を出すことができれば、尿道カテーテルを月に1回など定期的に交換するために、寝たきりの患者さんを高いタクシー代を払って病院まで連れて行く必要がなくなるかもしれないのです。

山田

看護実践にはリスクが伴います。
だから国家資格になっているわけですが、「危ないからやらせない」という哲学の看護管理者は少なくありません。
そうではなく、看護師が「診療の補助」行為を行うことで、患者さんの生活の質が向上する可能性もあると思っています。

このように、看護師が「診療の補助行為」を学ぶ場が少なくなっている課題もあり、看護師の「診療の補助力」の強化を目的として、厚労省が2015(平成27)年10月に「特定行為に係る看護師の研修制度」を設けました。
まだその動きは始まったばかりです。

カネやハコだけではダメで、ヒトを育てることが重要

──厚労省に入省して3年目の2007(平成19)年、山田さんは聖路加国際大学の在宅看護学を担当する教授に就任しますが、どんな理由があったのですか?

山田

簡単に言えば、大学から「在宅看護を教える教員のポストが空いているので帰ってきてほしい」と言われたわけです。
実は、教員へのお誘いはそれが初めてではなく、それまでは誘われるたびにお断りしていたんです。

その理由は、「在宅看護とは何ぞや?」という問いに納得のできる説明ができないと思っていたからです。

でも一方で、教える相手が大学院生やすでに看護師としての勤務経験がある方たちであるなら、「人を育てる」ことに注力してもよい時期かなという思いもありました。

実際のところ、厚労省では訪問看護推進のための事業費がついても、自治体からはなかなか手があがらず、訪問看護ステーションの質と量が思うように上がらないことに歯がゆい思いがありました。

訪問看護を推進するには、事業と言うハコをおカネをかけて用意するだけでは十分でなく、その事業費を活用して訪問看護を推進していく現場の看護師がいなければ、事は前に進まないということ、即ちその現場の看護師を育てるということをやっていく必要性があることに気づいたわけです。

──山田さんのところで、訪問看護についてもっと勉強したいという看護師にはどのような人が多いですか?

山田

前編のインタビューの冒頭で、私の母が祖父を自宅で看取ったことをお話しましたね。

でも、現代の日本人の8割は病院や施設で亡くなり、自宅で亡くなる人は10%前後に過ぎませんから、私のように「身内を自宅で看取ったことがある」という人は多くありません。

ただ、少ないながらも「自宅での看取りを経験したことがある」という人は、在宅看護の道に進む確率は高いかもしれません。
これは、看護学部の入学試験でも面接会場でもよく話題になることです。

また、意外なことかもしれませんが、訪問看護によいイメージを持っていないとか、訪問看護の経験がないながらに、私の研究室にやってくる方もいました。

学ぶうちに訪問看護に惹かれていく

──在宅看護によいイメージを持っていないのに、なぜ在宅看護を学ぼうとするのでしょう?

山田

最近ではどこの病院でも、患者さんの入院期間が短くなっています。
そのために例えば、簡単な生活指導を入院中に行い、後のことは訪問看護にバトンタッチする場合があります。

ですが、その患者さんがすぐに同じ病気で具合が悪くなって、また病院に入院するということもよくある話です。
「一体、訪問看護は何をやっているの!」と怒りに似た気持ちで訪問看護を学びたいという方がいらっしゃいました。

これも、前編のインタビューでお話しましたが、訪問看護は病院という非日常の環境から外に出て、患者さんの日常に入っていく仕事です。
そして、患者さんの「病気」を看るだけでなく、「暮らし」も含めて看ていきます。

そうした方は、大学院に進学して実習や研究を通して学ぶ中、病棟では自分がいかに患者さんの「病気」しか看ていなかったか、「病気」を治すには患者さんの「暮らし」を看ることがいかに大切か、ということに気づくのです。

地道な方法かもしれませんが、そんな気づきがひとりでも多くの看護師に起こることが、私のできる仕事のように考えています。

<山田さんは厚労省の依頼を受け、特別養護老人ホームや訪問介護職員向けの感染防止対策動画「訪問介護職員のためのそうだったのか!感染対策」の制作リーダーを務めた。>

──最後に質問です。山田さんはご自身の最期について、どんな理想を持っていますか?

山田

ピンピンコロリです。死の直前まで、自分の足で歩けて、自分の目でモノを見て、自分の舌で食べ物を味わうことができる。
でも、そんな理想通りの死を迎えられる人が、ほんのひと握りしかいないことはよくわかっています。

先ほど話に出た私の母ですけど、今、要介護5になって私と同居しています。
まだ元気だった頃、母は私に「あなたは看護師なんだから、私が要介護になったときには殺してちょうだい」と言っていましたが、そんなことができるはずないので一緒に暮らしているんです。
時々「幸せよー」なんて言ったります。
ほとんどの時間は認知症のため、宇宙語を話していますけど。

そんな母との暮らしで起こったエピソードは、私の講義を受けてくれている学生たちの教材にもなります。
認知症高齢者との暮らしの実際をちゃんと知ってほしいと思い、ときには学生を私の自宅に招くこともございます。

もちろん、母は教材になることに同意をして参加してくれます。
看護学生が「生きた教材」に出会う機会を失ってしまった今だからこそ、自分が経験していることを何とかして伝えたいと考えています。
社会保障費を消費するだけの高齢者ではなく、将来を担う若者にメッセージを伝えるために、看護師資格を持つ娘ができることを考えながら、母娘の二人三脚がもうしばらく続いたらいいな思います。

──興味深いお話をありがとうございました。

内藤 孝宏
内藤 孝宏 フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。

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