「在宅医療」にたずさわる医師が語る理想的な人生の終わらせ方

「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」という言葉をご存知だろうか?

命に関わる大きな病気やケガしたとき、どんな医療やケアを受けたいか、信頼できる人と話し合うプロセスを指す言葉だ。

厚生労働省はこれを「人生会議」と名付け、啓蒙活動を行っているが、充分に浸透しているとは言いがたい。

そこで、東京都港区で在宅医療を手がけている「はな医院」の開業医・原澤慶太郎先生とともに、この問題について考えてみたい。

また、原澤先生ら研究チームが開発した「もしバナゲーム」についても解説してもらおう。

今回のtayoriniなる人
原澤慶太郎(はらさわ・けいたろう)
原澤慶太郎(はらさわ・けいたろう) 1980年、北新宿生まれ。サンフランシスコ育ち。2004年、慶應義塾大学医学部卒業後、亀田総合病院に勤務し、外科専門医を取得。2011年4月より、亀田ファミリークリニック館山にて4年間の専門研修を経て、家庭医療専門医を取得。2011年10月、東日本大震災後の南相馬市立総合病院へ赴任。2013年10月、亀田総合病院の在宅診療科医長を経て、部長代理に。2018年10月、はな医院を開業して現在に至る。

望まない延命治療の歴史から生まれたACP

──「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」は、どんな社会背景から生まれたのでしょう?

原澤

もともとはアメリカ発祥です。1990年代、本人が望まない過度な延命治療が社会問題になりました。救急外来(ER)に運ばれてきた患者さんが、90歳だろうが、100歳だろうが人工呼吸器につながれ、体中に管を通される様子から「スパゲッティ症候群」という言葉も生まれました。

意識がはっきりしていて、自分の意思を伝える手段があれば、そのような延命治療を自身で拒むことができますが、病状が悪化して自分の意思を伝えられない場合、拒むことはできません。

そこで、人生の最終段階にどんな治療やケアを望むのか、「アドバンス・ディテクティブ(AD)」という事前指示書を書いて、残しておくことが推奨されました。

──事前に書面にして残しておけば、意思を伝えられない状態になっても、自分が望む治療やケアを受けられるわけですね?

原澤

その通りです。

アメリカの医療の優れたところは、新しいことを取り入れたとき、それがキチンと効果を発揮しているかを検証するところです。

そこで、「アドバンス・ディテクティブ(AD)」について検証を行ったところ、「思ったような効果が出ていない」という結果になったのです。

つまり、事前指示書があるにも関わらず、医師がそれを見ていないケースがあったり、「1度決断した後でも意思は変わり得るのではないか」とか、「5年前に書いた事前指示書は賞味期限切れではないか」といった問題が出てきたんですね。

そのような経緯を経て、生まれたのが「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」です。

ACPにまつわる5つの問題点

──「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」は、事前指示書(アドバンス・ディテクティブ/AD)とどう違うのですか?

原澤

「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」は、望む治療やケアを「決める」ということにこだわるのではなく、ご本人が医療以外の望みも含めて家族や医療関係者と繰り返し話し合って共有するプロセスのことを指します。

自分の意思や価値観というのは状況によって変わることがありますので、繰り返し話し合うという点が重要で、病気のことだけでなく、「私にとって、生きるとはどういうことか」、「どのように最期を迎えたいか」といった価値観についても共有することが望ましいです。

例えば、自分が亡くなった後の飼い猫たちのことだったり、窒息してもいいから大好きな鰻が食べたい、といったことです。

2018年にはガイドラインの改定があって、健康なときから話し合おうという気運が高まりました。

では、これによって終末期の医療に完璧な解答が出たかというと、残念ながらそうではないんです。

──「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」にも、やはり問題点があるのですか?

原澤

そうなんです。これまでに指摘されている問題点は、5つほどあります。

まずひとつは、医療のバックグラウンドがまったくない方に、「病気がどのような経過をたどって悪くなっていくのか」とか、「どのような治療を行うのか」といったことを理解してもらうのは、けっこうむずかしいものです。

「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」は健康なときから行うものですが、まだ罹っていない病気について、そのような知識を持つのはほとんど不可能です。

──確かにおっしゃる通りです。

治療やケアに対する希望は、変わることがある

原澤

ふたつ目の問題点は、事前指示書(AD)と同じで、自分の意思の変化に対応できないということです。

事前指示書で「自分は心肺蘇生も輸血も胃ろうもしてほしくない」と意思表示した人でも、自分の孫が産まれれば「孫が小学校に入学する姿を見てみたい」という希望を持つのは自然なことですよね。

僕自身、そのことを経験したことがあります。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんで、「呼吸器なんてつけるか、バカヤロウ」とべらんめい調で語っていた方が、最後の最後に「呼吸器をつけたい」と言われました。

「いよいよ死が近づいてきた」ということを実感したとき、それまでの価値観にゆらぎが生じるのはよくあることです。でも、健康で病気のないときからその価値観のゆらぎを想像するのはむずかしいことですよね。

──確かに、死は1度きりの出来事ですから、想像なんてできないのが当たり前です。

原澤

3つ目の問題点は、治療やケアについて自分の望みを1度決定してしまうと、それを撤回しづらくなるということです。

日本には、自分の意思をはっきりと声に出して言うことを指す「言挙げ」という言葉がありますが、意思というのは絶えず変化しますから、抵抗感なく言葉にするのはむずかしいですよね。

「自分には延命治療は必要ない」と意思表示をすることで、医療従事者から「この人は何もしなくていい人」というレッテルを張られ、医療から見捨てられるんじゃないかという恐怖感もあるかもしれません。

──医療のバックグラウンドがまったくない人にとっては、なおさらですね。

なぜACPは、充分に浸透しないのか?

原澤

4つ目の問題点は、余命が限られた段階にある人は、充分に話し合うことができない傾向があるということです。

がんなどの病気が進行すると、病気そのものや、薬の影響で意識がもうろうとすることがあります。相手に意思を伝えることが思っていた以上に困難になる場合があるのです。

──なるほど。確かにそうかもしれません。

原澤

5つ目は、いちばん残念な問題なんですが、医療従事者の側に「アドバンス・ケア・ プランニング(ACP)」を薦める金銭的なインセンティブがないということです。

ACPを診療報酬の点数として加算すべきだという意見は、すでにいろいろなところから出されてはいます。アメリカではすでに点数がつき、ACPが認知されるようになりましたが、最終的な解決策にはなっていません。

──病院も営利団体なので、「儲からないことはできない」というわけですか。何ともやるせないですね……。

価値観のゆらぎを体験する「もしバナゲーム」

──ところで、原澤先生は亀田総合病院の在宅診療科の大川薫先生、緩和ケア科の蔵本浩一先生と共同で一般社団法人iACPを立ち上げ、2015年に「もしバナゲーム」を開発していますが、これはACPの問題点を補完するためのゲームですか?

原澤

いえ、「もしバナゲーム」は、ACPをうながすためのものではありませんし、ACPとどんな関係があるのかもわかっていません。

これまで見てきたように、どんな風に最期を迎えるか? という問いに答えはありません。未来のことはわからないし、思いは変わります。そんな不確実な世界を生きていく上で大切なのは、選択肢が多いことや多様性への寛容などの「しなやかさ」だと考えています。

その体験ができるツールとして開発したのが「もしバナゲーム」なんです。

──実際にプレイしながら、説明していただけますか?

原澤

わかりました。

「もしバナゲーム」は、アメリカで生まれた「GO WISH」というカードゲームがもとになっています。

36枚のカードのうち35枚には、重病のときや死の間際に「大事なこと」とされている文言が書いてあります。

──「親友が近くにいる」、「お金の問題を整理しておく」、「家族の負担にならない」、「いい人生だったと思える」など、いろんな言葉がありますね。

原澤

「余命半年」という想定で、現時点での自分がどのカードを優先したいか、他のプレイヤーと対話しながら選んでいくゲームです。

1人でも2人でもできますが、僕は4人でやるのがいちばん楽しくプレイできる人数だと思っています。

4人の中に、医療関係者がいてもいいし、いなくてもいいです。自分のことをよく知っている家族や友人でやったほうが深い話ができるケースもあるだろうし、その反対に初対面の人たちのほうが気軽に話せるというケースもあるかもしれません。

手持ちのカードは5枚しか選べない

──4人プレイでは、どんな風にカードを選ぶのですか?

原澤

まずは、ジョーカーの役割をするワイルドカードを抜いて、トランプのババ抜きのように1人に5枚ずつ、ランダムに手持ちのカードを配ります。
そして、テーブルに5枚を場のカードとして並べ、残りの10枚を積み札として中央に置きます。

そして、4人の順番を決めて手持ちのカードに書いてある言葉の優先順位に応じて場のカードと交換していくのです。最終的に、優先順位の高い5枚を選んでいきます。

──今、先生は「呼吸が苦しくない」というカードを交換しました。こういうとき、「どうして換えたの?」と質問してもいいんですか?

原澤

いいんですよ。実は「呼吸が苦しい」というのは、痛みなどの苦痛より辛いと感じることが多いんですが、手持ちのカードの中にそれより優先したいことがあるので交換しました。

──手持ちのカードは5枚しか残せないだけでなく、他のプレイヤーに取られてしまうこともあるんですね?

原澤

そう、それも「もしバナゲーム」のおもしろいところですね。自分がいらないと思ったカードを別の人が取ったりすることもあって、自分とは違う価値観があるんだなぁと感じることもあるでしょう。

手持ちのカードに優先順位の高い、5枚のカードが残ったところでカード選びは終了です。

最後に、自分が選んだ5枚のカードの中で、特に大事にしたい3枚と、落としてもいい2枚を選んで、その理由を他のプレイヤーに説明することが「もしバナゲーム」の核心部です。

 深く考えず、その日の気分でカードを選択

──ではまず、落としてもいい2枚として、「清潔さが維持される」、「私を一人の人間として理解してくれる医師がいる」を選んだ理由を説明していただけますか?

原澤

本当は、どちらも重要なんですけどね。

特に「清潔さが維持される」というカードは、最初から手持ちのカードにあって、1度も交換しませんでした。実際、僕は同じ服を何着も持っていて、365日ずっと同じ格好で、個人の所持品もダンボール5箱分くらいしかないミニマリストですから、つねに身のまわりは整えておきたいし、体が汚れているのは嫌です。

ですから、日によってはこのカードが最も優先順位の高いカードになると思うんですが、今日の気分としては落としてもいいカードになりました。こんな風に深く考えずに、その日の気分でカードを選んでもいいんですよ。

2枚目の「私を一人の人間として理解してくれる医師がいる」についても、今日の気分で決めました。

自分のことを理解してくれる医師の存在って、とても大事なんですよ。自分が医師だから、なおさらその大切さもわかります。ただ、最悪、自分ができる範囲でもいいかと考えて優先順位を下げました。

あと、緩和ケアに長けた優秀なナースがいれば、充分に役目を果たしてくれるとも考えました。

人生の最後に答え合わせをしたい

──では、大事にしたい3枚として、「ユーモアを持ち続ける」、「家族が私の死を覚悟している」、「怖いと思うことについて話せる」を選んだ理由は何ですか?

原澤

まずは、「ユーモアを持ち続ける」について。

余命があと半年しかなくて、苦しい思いをしていたとしても、最後までユーモアは持っていたいと思います。イメージとしては、「明るい、ちょっとエッチな爺さん」といったところでしょうか。

ユーモアを持つことで、まわりの人を明るくすることができるし、それによって自分も明るく過ごすことができる。そんな最期が理想です。

「家族が私の死を覚悟している」の優先順位を上げた理由は、結婚して子どもが生まれたばかりだからです。

このゲームは「余命半年」の自分を想定していますから、1歳の誕生日をギリギリ祝ってあげられるくらいです。子どもに自分の死を覚悟してもらうのはむずかしいけれど、物心ついたときに妻から僕のことを話して欲しいと考えて、このカードを選びました。

──「怖いと思うことについて話せる」を選んだのは、なぜですか?

原澤

これは、今日の5枚の中でもいちばん優先順位の高い1枚。

医師という仕事は、多くの方の死に接する仕事ですから、人の死にくわしいに違いないと思われるかもしれませんが、当たり前の話ですけど、自分の死はまだ1度も経験していないんです。

ということは、自分自身が老いて、病気になって、だんだん死に近づいていく日々は、医師としての最後の答え合わせなのかもしれません。これまでの患者さんとの接し方がどうだったのか、至らなかった部分も含め、当事者として身をもって知ることができるわけですから。

そして、そのことを誰かに伝えられたら、理想的です。声を出せない状態になったとしても、そのときは筆談でもいい。いや、でも誰にも言わず逝くのも粋ですかね(笑)。

後悔ばかり語る可能性もありますが、きっと新たな発見もあると思います。
できれば「まぁまぁ頑張ったかな」と語れるといいなと思います。

──先生とお話できて、とても有意義な時間を過ごせました。ありがとうございます。

 インタビューは前編、後編を含めて90分に及んだが、その間、原澤先生の携帯電話には何度も電話がかかってきた。幸いなことに、患者さんからの緊急往診の電話ではなく、医療従事者との事務連絡だった。

内藤 孝宏
内藤 孝宏 フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。

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