「死を悼む人の心に寄り添う」それが納棺師の仕事

国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の年間死者数は「戦後最多」を更新し続けており、2040年前後に約168万人のピークを迎えるという。

「超高齢化社会」の次にやってくる「多死社会」を、私たちはどのようにとらえればよいのだろうか?

人生の最後を支えるプロフェッショナルたちと一緒に、その答えを探って行こう。
 

超高齢化社会に加え、年間130万人以上が死亡するという「多死社会」となった日本では最近、葬儀のやり方に変化が起こっているという。

葬儀のために機能的に設計された専用ホールを会場にして、たくさんの花や飾りが施された祭壇の前に多くの参列者が訪れる──。

そんな従来の葬式の形が好まれず、通夜・告別式を行わず、納棺後すぐに火葬する「火葬式」が増えているという。

そこで今回は、2015年に納棺士が葬儀をプロデュースする葬祭ブランド「おくりびと®のお葬式」を立ち上げた納棺師の木村光希さんに話を聞き、今後の葬儀の形はどうあるべきか? 納棺師とはどんな職業なのか? といったことについて、聞いてみた。

今回のtayoriniなる人
ディパーチャーズジャパン株式会社 代表取締役 木村光希(きむら・こうき)
ディパーチャーズジャパン株式会社 代表取締役 木村光希(きむら・こうき) 1988年生まれ。北海道出身。幼少の頃より、納棺士である父から納棺の作法を学び、納棺・湯灌専門会社にて納棺士としての活動を始める。その後上京し、アジア地域で納棺技術の指導を行う。2013年、株式会社おくりびと®アカデミー、一般社団法人日本納棺士技能協会を設立し、人生の終末期をサポートする人材育成にあたる。2015年12月、納棺士が葬儀をプロデュースする葬祭ブランド「おくりびと®のお葬式」を立ち上げ、全国で11店舗展開中。

医師や僧侶と同様、葬祭業者に世襲が多い理由

──納棺師のお父さんの家に生まれた木村さんですが、子どものころはお父さんの仕事について、どんなイメージを持っていましたか?

木村

あまり、意識はしていませんでしたね。父は家にいることのほうが少ない人でしたので、「忙しい仕事なんだな」と思うくらい。

それが具体的なイメージになったのは、中学1~2年生のとき、祖母が亡くなって、その葬儀に接したのがきっかけです。父以外にも納棺師をやっている親戚数名が集まってきて、祖母の遺体の着せ替えから湯灌などを取り仕切っているのを見たんです。「ウチの家系の男は、こういう仕事をやるんだな」と、初めて意識しました。

納棺師という職業は、徒弟制度によって受け継がれている面があって、父に弟子入りした人たちが家に住み込みで勉強しに来ていました。僕は4人兄妹の次男なんですが、そんなお弟子さんたちが納棺の練習をするのにまじって、遊びの延長で真似事をするうち、納棺師の所作などが知らず知らずのうちに身についていました。

──納棺師のほかに葬儀社で働く人も、親の仕事を子が引き継ぐ、世襲制をとることが多いようですね。それは、お坊さん、それからお医者さんにも同じことが言えます。なぜでしょう?

木村

どの仕事も、昔から地域と密着してきた職業ということが言えますよね。病気になったときはお医者さん、亡くなったときは葬儀社と納棺師、先祖を供養するときはお坊さんの助けを必要とします。

こうした人の生き死にたずさわる人たちが地域に根付いていって、世襲によって自然に引き継がれていったのではないでしょうか。

納棺師の地位向上のために学校を設立

──木村さんは、大学生のころから納棺・湯灌専門会社で納棺師としての仕事をしていたそうですね。実際、現場に出てみて、どんな感想を持ちましたか?

木村

これは、どんな仕事にも言えることだと思いますが、職業には良い面と悪い面の両方があります。

まずは、良い面のほうからお話ししましょうか。故人の着せ替えをして、お化粧をして、棺の中に納めるところまでが基本的な納棺師の仕事なんですけど、ご遺族の方々のほとんどが「ありがとうございます」と感謝してくださるんですね。

こちらは20歳前後の若造なのに、涙を流して喜んでくれる。この仕事が、単に「故人をきれいにする」という作業にあるのではなく、「死を悼む人の心に触れる」仕事なんだと強く実感しました。

その一方で、悪い面を言うと、納棺師という仕事が葬儀業界の中では末端の業者に過ぎず、業界内では重視されないことが多くありました。

それから、納棺師の仕事が徒弟制度に支えられてきたことはすでに申しましたが、そのために技術にバラつきがあるというか、この仕事にプライドを持って臨んでいる人が実は少ないんだという現実も知るわけです。当然、納棺師の待遇改善を求めて葬儀業界に働きかけるような動きはまったくなく、「葬儀社から依頼を受けるだけの下請け業者」という地位のまま、停滞しているような印象を受けました。

──このときの問題意識が、納棺師の人材育成のための教育機関「株式会社おくりびと®アカデミー」と、その技能試験を管理する「一般社団法人日本納棺士技能協会」につながるわけですね?

木村

はい、そうです。

 納棺師は尊厳をもって故人と接する

──「株式会社おくりびと®アカデミー」は、どんなきっかけで始まったんですか?

木村

優れた技術を持つ納棺師を育て、さらにその技術の向上につとめなければ未来はない、という問題意識を感じていたとき、たまたま中国の葬儀社から「スタッフに日本の納棺師の技術を学ばせたい」との依頼を受けたんです。

父が納棺師の所作指導をした映画『おくりびと』がハリウッドのアカデミー賞の外国語映画賞を受賞し、日本の納棺師の存在が世界的に話題になって、数年後のことです。

教える相手は、日本語の通じない30名の中国人スタッフの人たちですから、できるだけわかりやすいカリキュラムを作らねばなりませんでした。実地指導の場でも、通訳の方を介してのコミュニケーションです。

とはいえ、わかりやすさを優先して内容を簡略化したり、所作の裏にある意味を無視してマニュアル化するのでは意味がないと思っていましたので、カリキュラム作りは結構、骨の折れる作業でした。

──「所作の裏にある意味」とは、どういうことですか?

木村

例えば、故人の姿勢を整えるとき、腕でも頭でも、僕らは故人を下からすくいあげ、静かに置いてから一秒待ち、手を離します。そういう所作の決まりがあるんです。

すると、中国の人たちからこう質問されるんです。「なぜわざわざそういうことをするのか?」と。

この質問に、良い答えを返すのは容易なことではありません。そこで、「もし、故人が自分の両親だったとして、どのようにしたほうがいいか、考えてみてください」と問いを投げかけることにしました。

そして、人形の頭をモノのようにして持って、ゴンと床に置く動作と比較してもらったんです。そこにいる全員が「教えてもらった通り、丁寧にやるほうがいい」と答えました。

中国人スタッフとの研修は3カ月程度でしたが、みなさんの上達は早く、僕が父から受け継いできた所作をすぐに彼らはマスターしてくれました。最後に30人全員で実地トレーニングをしたんですが、全員がほぼ同じ所作で着せ替えから納棺までの所作を完璧にやり遂げるのを見たときには、鳥肌が立ちました。

その後、韓国、台湾、香港での納棺技術の指導をしましたが、そこでの経験を通じて、納棺師の技能を多くの人に伝えることは不可能なことではないということを確信したんです。

「納棺士コース」では、所作、宗教、衣装、メイク、遺体処置など、様々なシチュエーションに対応できる納棺士になるための基礎的な知識と技術を習得する
「『死』は決して避けることのできない人生一度きりの場。『死』を学ぶことで『生』を大切にする気持ちを持ってほしい」と語る木村さん

必ずしもスタートは好調でなかった納棺士学校

──「おくりびと®アカデミー」が開講したのが、2013年のこと。生徒さんはすぐに集まりましたか?

木村

いえ、最初はぜんぜんでした。当時、僕は23歳でしたので、そんな若造が作った学校で学ぼうと考える人がいないのは、当たり前なんですけどね。

それでも、第一期は2名から始めて、少しずつ生徒さんを増やしていったという感じです。中には葬儀業界に認知してもらうために、「無料でもいいので受講してください」とお願いして入ってもらった方もいます。

とにかく、地道に営業活動を続けていくうち、「日本初の納棺士養成学校」という存在が少しずつ知られるようになっていきました。

カリキュラムは一期6カ月なんですが、2020年の第9期の時点で受講生の数はのべ200名を超えました。でも、それくらいの規模で満足しているわけではなくて、まだまだこれからだと思っています。

木村さんとの取材の日、「おくりびと®アカデミー」では受講生が自主的に納棺の儀のトレーニングをしていた。お互いの所作を動画で撮影し、それを見ながら復習するという。

納棺士がプロデュースする葬儀ブランドとは?

──2015年12月には、「おくりびと®のお葬式」を設立して、納棺士がプロデュースする葬儀ブランドをスタートさせましたが、どんないきさつがあったんですか?

木村

学校を作った時点で、それは自然な流れだったかもしれませんね。

「おくりびと®アカデミー」で納棺士の仕事を学んだ人は、この仕事のやりがいや意義を理解することができると思うんですが、その受け皿となる葬儀社には納棺師にとって、必ずしも良い環境が整っているかといえば、そうではありません。収入面や待遇面をとって見ても、納棺師に恵まれた環境があるところは、むしろ少ないほうでしょう。

そこで、自らが受け皿となり、納棺士がプロデュースする葬儀ブランドを立ち上げたわけです。北海道札幌市の第1号店舗からはじめて、現在、函館、東京、神奈川、埼玉、千葉、静岡、愛知に11店舗を展開しています。

葬儀について大事なことは、選択肢が多くあるということ

──「おくりびと®のお葬式」での葬儀の特色は、何でしょう?

木村

納棺士が葬儀をプロデュースするわけですから、「納棺の儀」にはもっとも力を入れています。

故人の着せ替えとお化粧、そして納棺までにかかるのは1時間程度ですが、故人は状態に応じてさまざまな変化をします。「おくりびと®のお葬式」では、納棺士がスタッフをつとめますから、どんな変化にも対応することができます。

一般的な葬儀社が行う葬儀では、柩を閉じてしまい、遺影に手を合わせるだけで故人のお顔を見ることができないということもありますが、「おくりびと®のお葬式」ではそういうことは一切ありません。

──ところで、お葬式というと、最近では通夜・告別式を行わず、納棺後すぐに火葬する「火葬式」が増えているといいます。そうなると、葬儀業界の市場規模は、今後、かなり目減りしていきそうですが、木村さんはどう考えていますか?

木村

確かに、大規模な葬儀より、小規模な葬儀が望まれる傾向にあることは、僕も実感しています。

ただ、葬儀社が用意した、大規模で見栄を張るお葬式が選ばれることが多かった時代がかつてあったとすれば、今の時代のようにその人らしい、小規模な葬儀の選択肢が広がったということは、むしろ良いことだと思っています。

今の日本は高齢化が進み、葬儀に参列するのさえむずかしい人が増えています。そんな時代には、施設をバリアフリーにしたり、交通の便の良いところに施設を置くだけではダメで、「自宅で葬儀をしたい」とか、「介護施設で葬儀をしたい」という要望にも応えられるような、多様な選択肢を用意する必要があります。

自宅でも、介護施設でも、手作りの葬儀を行える

──「おくりびと®のお葬式」がこれまで行ってきた葬儀の中で、印象深かった葬儀の例を教えてくれませんか?

木村

26歳の息子さんを亡くされたご両親は、自宅葬をお望みでした。そこで自宅のリビングや応接室など、あらゆるスペースを使って自宅のみで葬儀を行う体制を整えました。ご両親は、自宅とはいえ、参列してくれた方々に料理も楽しんでほしいと希望されていたので、ガレージの広いスペースを使って食事会も行いました。

葬儀を終えた後、お母さんは「息子もきっと喜んでくれている」とおっしゃってくれましたし、お父さんは参列した方々が口を揃えて「今まで見たことのないお葬式だった」と感想をもらしていたことに対して、「そのおかげでみなさんが息子のことを忘れないでいてくれる」と語られていました。

──ご遺族の希望に沿った葬儀にしたからこそ、そのようなことが起こったわけですね?

木村

その通りです。今紹介した自宅葬だけでなく、介護施設でも葬儀を行った例がいくつもあります。

普通、身寄りのない方が介護施設で亡くなると、葬儀を行わずに火葬式で簡単に済ますことが多いようですけど、最近では施設の職員の方から「お別れ会を催したい」という依頼を受けることが少しずつ増えてきました。

故人をすぐに火葬場に運んでしまうのではなく、少しの間、施設内のスペースに柩を安置して、お別れを言える機会を作るわけです。

すると、故人の晩年の数年間を一緒に過ごしたお友だちや、前任の施設長が柩の前に集まって思い出話をしたり、柩に直接、メッセージを書いたり、思い出の品を故人のそばに添えたりする光景が見られるようになります。

すべての葬儀がオーダーメイドであるべき

──1950年代まで、日本人の8割が自宅で死をむかえていましたが、現代ではそれが逆転して、8割が病院で死ぬ時代になりました。でも最近、自宅や介護施設といった病院以外の場所での看取りが増えているといいます。葬儀もまた、そうした時代の変化についていくべきというわけですね?

木村

そうです。我々がやるべきことは、まだまだたくさんあります。

「どこで看取られたいか?」という選択の幅が広がっているとすれば、「どこで、どのようにして葬られたいか?」というニーズに応えられるだけの選択肢が必要なんだと思います。

もちろん、「こういうプランがあります。でも、それとは別に、こういうプランもあります」という具合にパッケージを増やして提供するようなやり方ではダメで、「故人の方は、どんな人だったのか?」、「ご遺族が故人に対してどんな思いを抱いているのか?」といったことを丁寧にヒアリングして、1回限りのオリジナルな葬儀を作り上げる努力が必要です。

それを納棺師の立場から実現したい。それが「おくりびと®のお葬式」の基本姿勢です。

葬儀は誰のためにあるのか?

──お葬式って、何のためにするものなんでしょう?

木村

むずかしい質問ですね。なぜなら、答えがいくつも思い浮かぶからです。

「葬儀はご遺族のためにある。なぜなら、葬儀という儀式によってご遺族は悲しみを和らげ、現実に向き合う勇気を得るからだ」という答えには多少の説得力があります。
でも、葬儀によって、かえって悲しみを募らせる人もいるでしょうし、ご遺族の死の悲しみを完璧に消せるわけではありません。

あるいは、「葬儀は故人のためにある。手厚く葬られることによって、故人は尊厳を保ちながらこの世を去ることができた」という答えにも、同じようなことが言えます。故人が満足したかどうかは、確かめることができませんから。

結局のところ、「何のために葬儀をするのか?」という問いに対する答えは、ひとつだけではないのです。

例えば、故人が「葬儀はこうしてほしい」と希望していたとして、その遺志の通りに葬儀をやろうとすることは「故人のため」ですが、それをやりとげた結果、ご遺族がそのことに誇りを感じ、悲しみを少しでも克服できたとすれば、それは「ご遺族のため」にもなっているんです。

また、その葬儀に参列した方が、それをきっかけに自分の人生のことを真剣に考えるようになったり、自身の死生観に新たな知見を得るようなことがあったとすれば、その葬儀は「参列者のため」としても成功したと言える。
その葬儀に携わったスタッフが、その経験をきっかけに自分の仕事に自信を持つことができれば、「スタッフのため」という側面も少なからずあるはずです。

──人類の文明の中で、葬儀はほとんどの民族が有している文化だといいますが、その背景には、「誰々のため」という答えがひとつでないことが理由なのかもしれませんね。

木村

そこまでむずかしく考えたことはないですけど、僕らが「みんながおくりびとになる」という言葉を合い言葉にしているのは、そういう思いがこの言葉にこめられているからです。

多様なニーズに応えることが葬儀業界の使命

──最後に、今後の木村さんの目標について、お聞きしたいと思います。

木村

今後も「おくりびと®アカデミー」、および「一般社団法人日本納棺士技能協会」で優秀な納棺士としての人材を育成することはもちろんですけど、その活躍の場である「おくりびと®のお葬式」を国内に広げて、日本一の葬祭ブランドにすることが目下の目標です。

そして、そこで培ったノウハウを海外に広げていくことは、当初からのビジョンとしてあります。もちろん、宗教観の違いから、日本の葬儀の形をまったく受け入れられない国や民族もあることを承知の上ですけどね。

最近、「終活ブーム」の流れでエンディングノートとか遺言書を作成する人が増えているといいます。おそらく、「のこされた家族に迷惑をかけたくない」と考えて、簡素な葬儀を望む人が多いようですが、自分がこの世を去るときの「最後のワガママ」を書いてもいいと思うんです。それを書くことで、「そのために最後の瞬間まで、どう生きればいいのか」という目標を得ることができるかもしれない。

そういう多様なニーズに応えることが、僕たちの使命だと思っています。

中央区入船の東京オフィスにて。つい最近、移転したばかりだが、おかげで初めて社長室を持つことができた。デスクには椅子を置かず、スタンディングスタイルで仕事をこなす
内藤 孝宏
内藤 孝宏 フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。

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