介護が働き方を見直すきっかけに? 前澤さんが選択した、ポジティブな「介護離職」

脳梗塞の母親と認知症の父親の介護を5年間続けたのち、勤めていた製薬会社を辞めた前澤さん。しかし、その経験談を聞くと、決してその「介護離職」がネガティブではなかったことがわかります。今回は、仕事と介護の両立を迫られ、「会社を辞める」という選択をした後のことを中心に、インタビュー。

介護離職を「介護に専念すること」ととらえるのか、「働き直しのきっかけ」ととらえるのかで、その後の人生が大きく変わることを、前澤さんは教えてくれます。

今回のtayoriniなる人
前澤弘子
前澤弘子 54歳。製薬会社の総務人事畑で勤務していたところ、母が倒れたことをきっかけに仕事と並行して5年間介護を経験し、2016年に退職。現在は介護のことを語り合うカフェの開催、講演活動、傾聴等の講師、グループホームの介護職員と、いくつもの仕事を同時進行させている。

介護とは関係なく、会社は辞めようと思っていた

――お母様が脳梗塞で寝たきりになり入院、認知症のお父様を自宅に引き取り、介護を続けて5年目に、会社を辞めたのですよね。

前澤

そうです。でも私、30代でも40代でも、「会社を辞めよう」と思った時期がありました。

30代のときは、お菓子作りが好きなので、とにかくカフェをやりたくて。お店を持つために、会社員として働いて貯金している、という感じでした。しかし、当時担当していた社員研修や社内広報の業務が楽しく、またキャリアカウンセラーの資格を取得し、社外の方たちと交流する機会ができてくると、他人のやりたいことへのサポートに興味を持ち、「カフェをやりたい!」という熱が冷めてしまって。結局貯めたお金はマンションの購入にあててしまいました。

40代になってからは、仕事は楽しかったのですが、何をやりたいのか定まらない思いがどこかにありました。40代半ば、担当部署が代わって管理職になり、上司や部下、周囲からの評価は高かったのですが、「この会社では本当にやりたいことは見つからない」と思い続けていました。

――そこに、介護が降ってきた……?

前澤

そうですね。だから、私の場合は「介護をする」ということと、「離職する」ということは別物だったのかもしれない。といいますか、介護をするということが、自分が「離職して自分らしいことをする」を、実行に移すきっかけになった、ということなのでしょうね。

両親の介護が始まってしばらくして、自分自身が介護や認知症に関する情報不足や相談相手がいないことに困った経験から、同じような立場の人たちをサポートするカフェをやりたいと思い始めて「介護者に、地域の居場所としてのカフェを作る」ことこそ、自分が本当にやりたいことなんだ、という思いがどんどん深まっていきました。

そこで、2014年夏から月1回、友人たちと介護と認知症をテーマにしたサロン(認知症カフェ)をボランティアで始めました。そのときに、これまで仕事で培ってきたスキルや知識が役立つことを実感しました。周囲からも、このためにこれまでの経験があったのだろうと言われました。そしていつか、会社を辞めてこの活動に専念しようと思っていました。

前澤弘子さん

――なるほど、介護は、その後の人生のステップボードだった、ということですね。

前澤

そうです。ちょうど介護を始めた47歳のころは、もやもやと会社を辞めようかと思っていたときでした。実際には、会社を辞めたのは、52歳のときですけれど。

――辞めようと考えてから、およそ5年。なぜそのタイミングだったのでしょうか?

前澤

その当時勤務していた会社には50歳~55歳を対象に早期退職制度があり、退職金の上乗せがありました。介護をする名目で自己都合退職を40代のうちにしてしまうと、退職金は1000万円ももらえません。けれど、50歳を過ぎて早期退職制度に手を挙げ、会社が認めれば退職金は3000万円になります。そのタイミングを待っていました。

会社が介護しやすいよう自宅から近い職場へ配置転換してくれたこともあり、その職場で任された課題を終えてから退職しようと考え、52歳になったということです。2016年3月のことでした。

生活を見直せば、給料が下がってもやっていける

――それでは、退職は介護に専念するためではなく、夢だった「地域の居場所づくり」に奔走するためだったのですね。しかし、それだけで生活をしていくとなると、今までの仕事と比べて大変だったのでは?

前澤

認知症カフェ(認知症の当事者やその家族が語らえる場)で生計を立てられないのはわかっていました。来てくれる人から大金をもらうわけにもいきませんし。通常の飲食店と併せてとも考え、店舗を探しましたがなかなか見つからず。

ちょうどその頃、地域包括ケア推進(高齢化問題に対する行政の施策の一つ)のために、自治体が生活支援コーディネーター(地域のささえあい活動を推進するもの)を募集しているのを知り、やりたことに近い仕事だと思いました。幸いなことに、やってもらえないかと声がかかり、月に15万円いただいて地域のために働くことになりました。

地域を知るチャンスになりますし、勉強もさせていただけてお金もいただいて、ありがたかったです。この生活支援コーディネーターの報酬をベースにして、認知症カフェの主催や、講演活動などやりたいことをやり始めました。

――立場的にはフリーランスのような働き方ですね。

前澤

そうですね。私はキャリアカウンセラーの資格も持っているので、その関係から傾聴やコミュニケーションなどの講師の仕事もいただくようになりました。その上で、介護もしていたのですから、介護離職はしたものの、介護と仕事を両立させる生活には変わりありません。

――でも、働き方はまったく変わりましたね。

前澤

はい。毎日会社に行くわけではないので、介護にとられる時間を含め、自分で何に時間を使うのか、決めることができます。これはもう、一度やったらやめられません(笑)。

ただ、決まった給料をもらえるわけでもないし、仕事が欲しくても黙っていてはやってこない、ということもあります。いくつもの仕事をするので、自己管理力が求められますし、自己管理したとしても、収入は定まりません。これがデメリットです。

でも、もう今となっては満員電車に揺られて会社員をする気はまったくないですね。以前は時間を提供してお金を得ていたと思います。今は、やりたいことを中心に毎日を送っています。

――決まったお給料をもらえないことに、不安はないですか?

前澤

生活支援コーディネーターの仕事は1年ごとの契約でした。それが終われば定期的な収入がなくなるので、2018年4月からは、介護職講習を受講し、グループホームで介護職員として働き、最低限の生活費をキープしています。介護の仕事は、認知症や介護の知識やスキルを身につけることができ、実生活でも役に立ちます。収入は週3回で月12万円くらいでしょうか。

このほかに講師などで数万円程度の収入があります。全体の収入としては、会社員時代よりもかなり少ないですが、退職金で住宅ローンを支払ったので、生活を見直して無駄をなくしていけば、意外にやっていけるものです。私は独身で子どももいないことや、両親の介護費用は年金と貯蓄で賄えていることも、生活費を削減できることにつながっていると思います。

ただ、私の場合はやはり早期退職金があったこと、以前から退職してほかのことをやりたいと考え心構えがあったので実現できたと思います。それがなかったら、話は別です。介護と会社員の仕事を両立させるのは大変ですが、発作的にやめてしまうと、先立つお金がなく、やりたいこともなくてお先真っ暗になります。冷静になって、人生設計・生活設計をしっかり立ててからやめないと、あとで大変なことになります。

介護は自分の仕事を見直すチャンスになる

収入をゼロにして介護に専念する、というのは考えないほうがいいと語る前澤さん

――自分にとって一番いい働き方とは何か、と考え、辞めた場合の家計費の試算をした上で、辞めたほうがよければ辞めるし、そうでなければそのまま仕事を継続するほうがいい、と。

前澤

そうですね。基本的には、収入をゼロにして介護に専念する、というのは考えないほうがいい。介護と仕事を両立しなければならないという現実を受け止めた上で、どういう働き方をするのか。ある意味、人生の棚卸をして、考えるということですね。私の場合、勤めていた会社で培った知識とスキル、退職前から作っておいた人脈が、やりたかったことの実現でもある現在の働き方と収入に繋がっています。

ただ、フリーランス的な働き方をしないと、介護ができないわけでもありません。今は会社員でありながら、自宅勤務が許されたり、フレックスタイムの仕組みを上手に使えたりする企業も多いです。会社員の方は、「つらくてもこの会社にしがみついていないと、生活の安定は望めない」と思い込んでいるかもしれませんが、そうした企業に転職する、という方法もあると思います。転職すると収入が減る場合がありますので、注意が必要ですが。

――では、最後に、仕事と介護を両立している方や、これから介護に向かう方々へひとことアドバイスをお願いします。

前澤

「介護が大変だから会社を辞めて介護に専念する」と考えないほうがいい。やりたいことがある、やりたい働き方がある、という思いがあり、生活していけるという確信があれば辞めればいいし、そうでないなら、衝動的に辞めるのは危険です。会社をやめたからといって、介護がうまくいくとは限りません。介護だけに向き合うと、その分ストレスも大きくなります。

急に介護が始まってしまうと、情報も知識もないために、よけいに大変と思ってしまう部分があります。ご両親が元気なうちに情報を集め、介護の知識を得ておくことをおすすめします。

地域包括支援センターなどを訪ね、しっかりと地元の介護情報を集め、介護保険サービスの内容を知っておくとか。介護施設ってどんなところなのか、見学に行ってみるとか。ご両親はどのような介護・看取りを望んでいるか。介護はいつか看取りという形で終わります。そのときを少しでも穏やかに迎えられるように。そうそう、ご両親の貯蓄や通帳のありかなども知っておくべきですね。

コトが起こってからではなく、あらかじめ情報を得ておく。そして、介護のためではなく、自分のために会社をやめるべきなのかどうか、考えてほしいと思います。

三輪泉
三輪泉 フリーランス編集・ライター

女性誌や子ども関連雑誌・書籍の執筆を長年手がけ、現在も乳児や幼児のママ向けフリーペーパーで食育の連載を担当。生涯学習2級インストラクター(栄養と料理)。近年は介護・福祉・医療関連の記事、書籍編集も数多い。社会福祉士資格を取得し、成年後見人も務める。福祉住環境コーディネーター2級。

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