誰しも、子どもの頃にはお気に入りのおもちゃがあったはずだ。僕の場合は野球盤だろうか。弟らと時間を忘れて遊んでいた。思い返せば、フォークボール機能のパカパカするプレート部分が故障して大いに落ち込んだものだ。
しかし、今なら頼れる団体がある。その名も「日本おもちゃ病院協会」。“おもちゃドクター”が壊れたおもちゃを修理してくれる全国組織のボランティア団体だ。
設立の経緯は? おもちゃドクターってどんな人? どれぐらいの確率で直るの? 気になる点が満載なので、会長に会いに行った。
向かったのは荒川区社会福祉協議会のボランティアルーム。今日はここでおもちゃ病院の“診療”が行われているらしい。部屋に入るとーー。
5人のドクターが壊れたおもちゃと真剣に向き合っている。
まずは、協会設立の経緯を聞いた。初代会長の松尾達也氏は、昔から趣味でおもちゃの修理を手がけていたそうだ。
「1984年に東京の中野に『おもちゃ美術館』、現在の『東京おもちゃ美術館』が開館すると、彼は館内でおもちゃ病院を運営。やがて、おもちゃドクターの全国組織が必要だと感じ、当協会の前身である『おもちゃ病院連絡協議会』を設立したんです」
三浦さん自身は子どもの頃、おもちゃを動かして遊ぶより、なぜ動くのかという機能に関心を持っていた。大学卒業後は自動車メーカーでエンジン周りの設計をしていたというから、おもちゃドクターはうってつけの任務だ。
受付時間は曜日ごとに決められており、ここ「荒川おもちゃ病院」の場合は毎週水曜日の10時30分から14時30分。この時間帯に壊れたおもちゃが続々と持ち込まれる。
「ボタンを押すと音声が出る英語教育用のおもちゃなんです。長女が使っていたんですが、次女のこの子が久しぶりに使おうと思ったら壊れちゃっていて」
ドクターの1人が症状を見る。「液漏れで電池が切れていますね」と言いながら、テキパキと手術し、「はい、直りました」。感動するお母さん。次女も嬉しそうだ。
次に持ち込まれたのは、電池で動くクマのぬいぐるみ。
「1人目の子どもの1歳の誕生日に叔父が買ってくれたものです。洗った際に水が入ったのか、動かなくなりました。これを気に入っていた下の子どもが残念がっちゃって」。
「分解すれば99%治りますよ」というか三浦さんの心強い言葉に、お母さんが何度もお礼をいう。これは後日の引き渡しとなった。
三浦さんが言う。
「今までで一番感動したのはオルゴール。年配の女性が来て、『亡くなった主人がフランスで買ってくれたものなんです』と言う。部品を元の位置にちゃんと戻して直してあげたら、泣いて喜んでいました。そりゃあ、私自身も嬉しいですよ」
おもちゃは分解して修理する発想では作られていない。そのため、半分力技だが直ったときの達成感が大きいそうだ。
「やりがいがありますね。定年後は趣味らしい趣味がなかったけど、これが趣味になっちゃった。頭も働かせるし、ぼーっとしてらんないです」
次に向かったのは三浦さんが紹介してくれた「ウィッシュ三鷹おもちゃ病院」。武蔵野市、三鷹市などで活動するNPO団体、ウィッシュ・プロジェクトが所有する部屋を借りている。
「これは難しいなあ」「いったんバラしてみたら?」。皆さん、相談し合いながら修理作業を行っていた。
手元のぬいぐるみに悪戦苦闘している。
「脚を動かすリンクが折れているんですよ。なんかいい方法ないかなあ」
村上さんは飛行機の整備士として勤務。定年後におもちゃドクターになった。
「みんな定年以降だから70代から80代。完全にボランティアだけど、仕事を退職した後のいい暇つぶしですよ」
他のドクターも「物好きな人がなんとなく集まった感じ」だという。メンバーは6人いるが、部屋が狭いので人数を絞って4人でローテーションを組んでいるそうだ。受付時間は毎週火曜日の10時から12時30分。
受付台帳には“患者”の症状が記されている。
ここで、子ども連れのお母さんが来院。
「翼が壊れて開かなくなったんです。3年前にサンタさんからもらって大事にしていたので、どうしても直したいなと思って。ネットで調べて調布から車で来ました」
すぐには治せない症状だったので入院ということになった。
ここでは運営費の一環として100円の診察料をいただく。
メンバーにはそれぞれ得意分野がある。部屋の一角では電気系に強いドクターが真剣な顔つきで作業をしていた。絵本の写真や文字を認識して音声が流れるタッチペンと格闘しているらしい。
しかし、しばらくすると「直った! 万歳!」という声が上がった。
聞けば、ゼロから図面を起こして直したそうだ。
向かいで万歳をしていたドクターは、まっすぐ走らなかったミニカーを修理した。
電気系のドクターがいる一方で、田中良明さんは元中高一貫校の教員。
「遊んでいるだけで、修理屋さんという意識はないんです。修理屋さんだったら私はやりません。ここで皆さんと話をしながら、壊れたおもちゃを直すのが楽しい」
彼はドクターを続けるうちに、いろんな修理道具が欲しくなって自腹で買い足している。
「今日は少ない方。他にもまだまだあります」とのこと。
このタイミングで家から持参したおもちゃを田中さんに見てもらった。
10年ぐらい前に購入したブリキ玩具だ。ゼンマイでラリーが始まるのだが、ずいぶん動かしていなかったため、動作が相当固くなってしまった。
ゼンマイを巻いてみた田中さんが言う。
「滑りが悪いなあ。底板を外してみてもいいですか? ちょっと傷付くかもしれないけど」
田中さんは底板を外して内部の機構に油を刺した。
再度、ゼンマイを巻くとーー。
そう、これが購入当時のスムーズな高速ラリーだ。ありがとうございます!
動画でもご覧ください。
定年退職後の“趣味”として、ボランティアのおもちゃドクターという道を選んだ皆さん。おもちゃを直して喜ばれることにやりがいを感じているようだ。修理部屋の雰囲気も和気藹々としており、じつに楽しそうだった。
それにしても、「おもちゃ修理」ではなく「おもちゃ病院」という名称がよいではないか。患者は壊れたおもちゃ。付添い人は子どもたち。全国に名医がもっともっと増えることを願う。
【取材協力/日本おもちゃ病院協会】
塾講師を経てリクルートに入社。2003年よりフリーランス。焚き火、俳句、酒をこよなく愛す。編著に『酔って記憶をなくします』(新潮文庫)など。
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