時速50キロの車いすー「WF01」は介護福祉の当たり前を変える

“車いすに乗っている姿”を想像せよと言われて、ポジティブなイメージを思い浮かべる人って、どれくらいいるのだろうか?

「歩行の不自由な人が、腰かけたまま移動できるように、いすに車をつけたもの」(三省堂国語辞典 第7版)と辞典にもあるように、一般的に車いすは「歩行の不自由な人」のための道具と認識されている。筆者のように、今のところ歩行に不自由を感じていない人ならば、できるかぎり“お世話に”なりたくない道具、と思っているはずだ。

しかし今回体験した「WF01」は、そんな車いすに対する認識を、思わず笑ってしまうほどに覆す衝撃的な存在だった。

目指したのは車いすではなく「誰もが乗りたくなる」モビリティ

歩行が不自由かどうかにかかわらず、誰もが乗ってみたくなるモビリティ(乗り物)を目指したという「WF01」。

敢えて「車いす」という呼称を避けているように、その外観は辞典で描写された「いすに車をつけたもの」とは、完全に一線を画している。パラスポーツに興味がある人なら、バスケットボールやマラソンなどで使用される競技用の車いすを想起することだろう。実際「WF01」の発売元であるRDSは、パラスポーツ向けのギアを競技者とともに開発するメーカーとしても知られている。

「一例を挙げると、北京パラ五輪(2008年)の車いす陸上で金メダルを獲得した伊藤智也選手を“開発ドライバー”として迎え、現在は2020年の東京大会へ向け、彼のマシンを製作しているところです」(株式会社RDS代表、杉原行里氏)

「WF01」と杉原行里氏
「WF01」と杉原行里氏
伊藤智也選手を開発ドライバーとして迎え、RDS社が製作した競技用車いす
伊藤智也選手を開発ドライバーとして迎え、RDS社が製作した競技用車いす

2012年のロンドン大会で3つのメダルを獲得し、いったん一線を退いていた伊藤選手は、今年で55歳。障がいの有無によらず陸上競技者として、かなりの高齢であることは否めない事実だ。しかし杉原氏は、そんな“事実”を軽く笑い飛ばす。

「伊藤選手のマシンを開発する際に、僕たちが着目したのはレースカーでいうところのシーティング・ポジションにあたる『姿勢』の考え方。ホイールを漕ぐ際のポジショニングや、手の使い方などを、すべて徹底的に解析しました。その結果、北京で金メダルを獲ったときの姿勢が、実は彼にとってベストなものではなかったということが判明したんです」

そこでRDSの開発チームは、伊藤選手の「姿勢」にあわせて徹底的にチューニングしたマシンを製作。その結果、現在では北京大会時点以上の記録を目指せるまでになったのだという。

「年齢を重ねることで身体能力が落ちてしまうことを仕方ないと捉えるのって、当たり前かもしれないけど、一方で面白くはないですよね。僕らは、その“当たり前”をテクノロジーによって覆してやろうと思っていて。55歳のパラリンピアンが、2020年に過去最高の記録を出せたら、こんなに痛快な話ってないじゃないですか。そして、それは決して夢物語ではないんです」

当たり前を、当たり前ではなくする。パラスポーツ向けマシンの開発で得た知見を活かした「WF01」もまた、そうしたRDSのモットーから生まれた“乗り物”なのである。

驚異の操作性を誇る「WF01」は、セグウェイのように楽しい!

車いすって、こんなに快適で楽しい乗り物だったのか!!

「WF01」に試乗した第一印象は、まさにこの一言に尽きる。既存の車いすのような背もたれがないため、着座姿勢が安定しないのでは? と思っていたのだが、実際に座ってみるとその安定感に、まず驚愕してしまった。

伊藤選手が操るマシンのように、本来はユーザーごとにシーティング・ポジションをチューニングするそうだが、自分用に調整されていないシートでも、すこぶる快適。チューニングされた状態だとどうなってしまうのか、ちょっと想像がつかないほどである。

ホイールの“軽さ”も感動的。以前、取材で何度か既存の車いすに試乗した経験があるのだが、操作性に関しては比較するのがためらわれるほどだ。進む、止まる、そして曲がる。移動に必要な操作のすべてが、我ながら「WF01」初体験とは思えないほど難なく、そして自在に行えてしまう。決して誇張ではなく、“普通に”歩くよりも確実に快適かつ移動のポテンシャルが高まるのである。

 先ほど、既存の車いすと比較するのがためらわれるほど、と書いたが、実際のところ比較対象としては、セグウェイのような最新モビリティのほうがしっくりする感じだ。今回は公道での試乗ということで、操作体験は基本的に手動によるものに限られたのだが、「WF01」は電動も可能になっており、現状での最高時速は、なんと50キロ超まで対応できるという。

 自動車なみの速度が出せる車いす!! 言い方は悪いが、ちょっとマトモじゃない。まるで、近未来SFに登場する乗り物である。「誰もが乗ってみたくなるモビリティ」という謳い文句にも納得だ。

自動車や洋服のように、車いすにも”選択肢”があるべきなのだ

当たり前を、当たり前ではなくする。「WF01」に試乗した結果得られた驚きと興奮は、逆の角度からみれば、筆者がそれだけ、車いすに対する“当たり前”に捉われていた証拠でもある。

歩行の不自由さを補うため“お世話に”なる道具なのだから、健常者レベルの移動とまではいかなくて“当たり前”。福祉用具なのだから見た目のカッコよさ、ましてや操作の楽しさなんて求めないのが“当たり前”。そうした“当たり前”の蓄積が「できれば車いすには乗りたくない」という意識につながっていたのではないか。
 

「でも、それってよく考えてみれば可笑しな話ですよね。さらに言えば車いすを、歩行が不自由な人のためだけの福祉用具に限定してしまう発想も残念。だって自動車やバイクのように、車いすにも多様な選択肢があって良いわけですから。スポーツカーのようにカッコよくて楽しい、“いつか乗ってみたい”と思えるような車いすがあることを知ったら、それだけでも人生が豊かになるじゃないですか」

歩行の不自由さを問わず、すべての人に移動の快適さや楽しさを与えることを目指す「WF01」。杉原氏は、このモビリティを「ミニ四駆のようなもの」とも表現する。
 

「メインフレームは基本的に同一ですが、そこから先のパーツやチューニング、そしてデザインなどは、ユーザーの身体的特性やニーズにあわせて自由にカスタマイズできるようにしているんです。実用的な部分でいえば、利用シーンとか。渋谷のように坂道が多い街と、そうでない平坦な街とでは、当然求められる性能が異なりますよね。また、スピードを重視したい人もいれば、安定性を重視したい人もいる。既存の車いすは、レンタルが前提になっている製品が多いため、パーソナライズに関しては目をつぶらざるを得ない点もありますが『WF01』は、逆にパーソナライズが前提。どちらが良いかというより、その違いもまた、車いすが持つべき選択肢だと思っています」

2000年のシドニー・パラ五輪では車いすバスケットボール日本代表のキャプテンを務め、現在は指導者としても活躍する根木慎志氏も、「WF01」のユーザーだ。彼がオーダーしたカスタマイズ内容は、このモビリティの本質を示すものといってもよいだろう。

「根木さんは靴が大好きなんですよ。そこで求められたのが『履いている靴が美しく見える』カスタマイズ。そこで足元がライティングされるようにしたんです。とはいえ、バッテリーのことを考えると常時ライトを灯すわけにもいかないので、ここぞというシーンで効果が出せるような工夫をして。いわば、パーティ仕様の車いすというわけ(笑)」

根木さんモデルのWF01
根木さんモデルのWF01

洋服やシューズのように、TPOにあわせて“着替える”ことができる車いす。もちろん、歩行が不自由ではない人が使っても構わない。

「『WF01』は、ユーザーのポテンシャルを拡張させるギアなんですよ。車いすだから、ここまでの性能でOKという、マイナスを補うような発想は、僕らの好みではありませんから。まだまだ開発すべき点は多々ありますが、もっともっと楽しい乗り物にしていきたい、拡張 していくプロダクトです」

パーソナライズが前提になることや最先端のテクノロジーを用いていることなどから、既存の車いすに比べ、かなり高価な部類に入るという『WF01』。しかし杉原氏は、「スポーツカーのように、貯金をしてでも欲しくなる車いすがあってもいいはず」と胸を張る。

そんな杉原氏の考え方の根本には、確固たる信念があった。次回は、RDSが手掛ける『WF01』以外のプロダクトにもスポットを当てながら、杉原氏がイメージする福祉や介護の未来像を紹介しよう。

撮影:大平晋也

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石井敏郎
石井敏郎

1970年生まれ。編集者・ライター・愛犬家。

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