シニアの域に達するまでもなく、すでにひざや腰に不調を抱えている人は少なくないはず。その原因のひとつが、これまで正しいと教えられてきた「立ち方」にあるかもしれないというから驚きだ。年齢を重ねても元気に動き続けるために、今から実践しておきたい「立ち方」改善術を専門家に教わった。
早速だが、まずは冒頭の写真を見てほしい。年齢を重ねても元気に動き続けるためのベースとして適している「立ち方」は、はたして左右どちらだと思うだろうか?
どう考えても、右側のほうがよい「立ち方」に見えてしまうのだが……。介護を必要としない体を維持するためのトレーニング指導などを行っている『うごきのクリニック』を主宰する後藤淳一先生によれば、なんとこの場合の正解は左側の立ち姿勢なのだという。
「パッと見の印象では右側の立ち姿勢のほうが、カッコよく思えるかもしれません。しかしこちらの姿勢は、いわば人に見せるためのもの。この姿勢を『正しい』と思いこみ普段から実践していると、体に余計な負担がかかり疲れやすくなるばかりか、腰痛や膝関節の痛みを誘発するリスクが高まるんです」(後藤先生/以下同)
背筋をピンとのばして胸を張るといえば、学校や職場で教わる「よい立ち姿勢」の基本。いわゆる「気を付け」の姿勢なのだが、後藤先生曰くこれはあくまでも礼儀を示すためのもの。
人間の体のしくみから見れば、「気を付け」の姿勢はかなり不自然な姿勢になるため、日常生活での立ち方には適していないというのだ。ちなみに、この「気を付け」を正しい姿勢として学校で教えているのは、世界でも日本くらいなんだとか。
「いちばんのポイントは背骨です。人間の背骨は、横からみると緩やかなS字を描いた状態が本来の姿。S字のカーブによって、重力を分散させ関節や首、脳への衝撃を吸収しているんです。
対して『気を付け』の姿勢では、背骨のS字カーブが失われてしまうため、衝撃を吸収することができなくなってしまうわけですね」
その事実を確かめるためのテストとして、先生に教えていただいたのが、2人で行う以下の「立ち方チェック」だ。
チェックされる人は、自分がよいと思っている立ち姿勢をとる。
チェックする人は、相手の肩に両手をのせ、まっすぐ地面に向かって押す。
結果は御覧のとおり。「気を付け」の姿勢では背骨がまっすぐな状態になっているほか、胸を張ることで「反り腰」気味になるため、上からの力を受け止めきれず、わずかな圧でも体が後方に倒れてしまう。
試してみればわかるが、ひざや腰への負担も思いのほか強い。「上からの力」を重力と考えれば、「気を付け」の姿勢を続けることで、体への負担が蓄積してしまうことが理解できるだろう。
では体への負担が少ない立ち方とは、どのような姿勢なのかといえば、後藤先生によれば、いわゆる「休め」がそれに近いフォームだという。ポイントは以下の7つだ。
【体に負担をかけない「正しい立ち方」のコツ】
① 背中と首は力を抜いた猫背気味に。背骨が自然なS字になるようにする。
② 視線が前に向くように、自然にあごをあげる。
③ ひざは曲げずにまっすぐ伸ばす。
④ 両足の間隔は、肩幅よりやや狭い程度に。
⑤ つま先をまっすぐ前方に向ける。このとき、踵とつま先が一直線になるようにする。
⑥ 足裏全体で地面を踏むようにする。
⑦ 踵と首を結ぶラインが直線になるように意識する。
この姿勢をキープした状態で「立ち方チェック」をしてもらうと……確かに自分がよい姿勢だと思っていた「気を付け」に比べ、はるかに踏ん張りがきくだけでなく、腰やひざへの圧力を受けにくくなった気がするではないか。
「背骨のS字カーブが衝撃を吸収しているほか、ひざを伸ばして踵と首を結ぶラインが直線になるように意識することで、大腿骨が体を支えやすくなっているわけです。骨で体を支える姿勢をとることで、老化による筋力低下をカバーできるようになるんですね」
なるほど、そういうことなのかと、納得してはみたものの……。実際に試してもらえばわかるのだが、この姿勢って見た目とは裏腹に結構キツいのだ。
特に、お尻やもも裏あたりの筋肉に力が入る感じで、むしろこれまで慣れ親しんできた「気を付け」よりも、姿勢の維持が難しい。疲れにくく、体に負担が少ない姿勢のはずなのに!
「この姿勢がキツいと感じてしまうのは、それだけ体が『正しい姿勢』から離れてしまっている証拠。つまり、正しい姿勢をキープするために必要な体の使い方が、きちんと身についていないんです」
と、後藤先生。つまり正しい「立ち方」を身につけるためには、それなりのトレーニングが必要になるわけだ。その第一歩となるのが、後藤先生が推奨する「ひざ上げチャレンジ」である。
【ひざ上げチャレンジ(準備)】
① 背中を壁につけるように立つ。
② 両足の間隔を肩幅程度にして、両足をまっすぐ前方にそろえる。足裏全体で地面を踏むようにする。
③ 肩甲骨の先を壁につける。腰と壁の間隔を、指一本程度あける。
【ひざ上げチャレンジ(実践)】
① 準備の姿勢をキープしたまま、片足を上げる。
② 4~5秒程度かけて、太ももは床と並行かつ、まっすぐ前方に、ひざは90度の角度になるように足を上げていく。このとき、もう片方の足のひざが曲がらないように注意する。
③ 4~5秒程度かけて、上げた足を地面に戻す。
④ 同様に反対側の足も、4~5秒ずつ上げ下げする。
と、手順自体は決して難しいものではないのだが、一発で両足の上げ下げができる人は、かなり少ないだろう。
大半の人は、筆者のようにひざが曲がってしまったり、体が左右にブレたりしてしまうはず。むしろ、実際には地面から足を離すことすらできない人のほうが多いかもしれない。
「最初のうちは、できなくても当たり前。しかし、まったく足を上げられなかった人でも、私が提唱する『立ち方ドリル』というトレーニングを続けることで『ひざ上げチャレンジ』を楽にこなすことができるようになるんです」
にわかに信じがたい話だが後藤先生によれば、足腰が弱ってきたシニアでも、指導どおりに正しいトレーニングを1日5分続ければ、3週間ほどで立ち方の姿勢改善が期待できるとのこと。いったい「立ち方ドリル」とは、どんなトレーニングなのだろうか。
今回は「立ち方ドリル」のなかから、いくつかの基本動作を教えていただいた。まずは「つま先・かかとMIX」だ。この動作を毎日10回ほど繰り返す“だけ”で、立ち姿勢のキープに必要なふくらはぎやすねの筋肉強化のほか、骨盤を動かしやすくする効果が期待できるという。手順は以下のとおり。
【つま先・かかとMIXの手順】
① 正しい立ち方をキープ。
② 片方の足のつま先を、かかとを支点として上げる。
③ ②と同時に、反対の足のかかとを、つま先を支点として上げる。
④ ②と③の動作を繰り返す。連続で10回を1日の目安に。
要するに、このような動作である。
って! これが、全然できないわけですよ。姿勢のキープはおろか、そもそも、両足のかかととつま先を別々に動かすことが、実に難しい。確かに、骨盤が日頃ならあり得ないほど動いているのはわかるが、そのぶん体はぐらつくし、お尻の筋肉がつりそうになってしまうのだ。
しばらくの間、繰り返し練習をした成果がこれくらい。なんとなく形になってきたが、この動作を10回連続で繰り返せるようになる自分の姿が、まったく想像できない。
ちなみに、いきなり「つま先・かかとMIX」から入るのは、やはり無理があるようで、慣れるまではかかとだけ、つま先だけというように、片方の動きを練習するものなのだそうだ。
次に教えていただいたのは「いすスクワット」。名前のとおり椅子を使ったスクワットの動作で、これを行うことにより、腰やひざに負担をかけずに立ち上がるための筋肉を鍛えることができるという。ここで鍛えられる筋肉は、もちろん正しい立ち姿勢にも欠かせないものだ。
【いすスクワットの手順】
① 足は肩幅、つま先をまっすぐ前に揃えた状態で、いすに深く腰掛ける。このとき、胸を張ったり腰をそらせたりしないように注意する。
② 足裏全体で地面を踏みしめながら、ゆっくりと上体を前に倒す。背中がそったり首や頭だけ前にいったりしないように注意する(写真ではできてないが、目線は前方に向ける)。
③ 足裏にしっかり体重がのるまで前傾したら、ゆっくりと4~5つ数えながら、お尻を上げていく。
④ お尻を上げる動作にあわせて、ひざをまっすぐ伸ばし、正しい立ち方の姿勢をつくる。立ち上がった際に、お尻を引き締めるよう意識すると、より効果的。
⑤ 正しい立ち方ができたら、今度は同じ要領で逆にお尻を下ろして①の姿勢に戻る。連続で10回を1日の目安に。
いわゆる体幹トレーニングを経験したことがある人ならわかると思うが、要するにこれって、通常のスクワット(ノーマルスタンススクワット)と、ほぼ同様の動作なのだ。
「つま先・かかとMIX」に比べれば、連続10回の目標達成に現実味はあるが、それでも容易にできるようになるまでには、結構な時間がかかりそうだ。
なお、「立ち方ドリル」は、ここで実践した動作のほかに「肩甲骨伸ばし」や「ひざ上げ」といった複数の動作によって構成されている。興味がある人は、後藤先生の著書『1回10秒ひざ上げドリル』(主婦の友社)をぜひ参照してほしい。
ここまでに行った2つの動作だけで、すでにヘロヘロなのは言うまでもないこと。そこにとどめを刺したのが、正しい「立ち方」とあわせておぼえておきたい、正しい「歩き方」の基本レッスンだ。
後藤先生によれば「歩き方」も「立ち方」と同様、正しい姿勢を身につけることで、ひざや腰への負担が軽減されるという。
まずは、自分がどれだけ正しく歩けているかをチェックするテストから。これもまた、手順は簡単。床にしるしをつけ、その上からずれないように、目をつぶりながら1分間、なるべくももを高く上げながら足踏みするだけ、なのだが……。
……決して、ふざけているわけではない。自分では、その場で足踏みをしているつもりなのに、なぜか体がどんどん前に進んでしまっているのだ。
「意識していないのに勝手に前進してしまうのは、反り腰になっているために、体重をつま先にかかってしまっているから。そして体が左側に回っているのは、足裏にかかるバランスが均等になっていない証拠です。どちらも、関節への負担が大きいのは言うまでもありません」
指摘されてみれば、確かに反り腰と左右バランスの悪さは、他の人からも注意されたことがある。このまま見過ごしていると、将来、ひざや腰へのダメージが大きくなるのは必至。これは、早めになんとか改善したいところだ。
「そのためにも、まずマスターしてほしいのが正しい『立ち方』なんです。お気づきのように『立ち方ドリル』で行う動作の大半は、最近流行している体幹トレーニングと同じもの。
大殿筋や腸腰筋といった、体幹を支えるために必要な筋肉を鍛えることで、姿勢がぶれにくくなり、正しい姿勢がキープしやすくなるわけですね」
実は後藤先生のキャリアの原点は、アスリートのためのフォーム改善指導。ケガの予防と記録向上につながるフォームを研究する過程で、アスリートに限らず万人に共通する正しい「立ち方」にたどり着いたのだという。
「僕が提唱する正しい立ち方って、実は解剖学的にみて人間本来のフォームなんですよ。つまり、自然な姿勢をとるのが一番ということ。しかし現代人の生活様式や文化が、人間本来のフォームを崩してしまっている。
たとえば、洋式トイレの普及によって、しゃがむ動作をする機会が減った結果、日本人の体幹が弱くなっているのは、その一例といえるでしょう。逆に言えば、正しい立ち方を意識していれば、体幹を支える筋肉もおのずと鍛えられるんです」
体幹を支える筋肉を維持し、なおかつ背骨や大腿骨、骨盤を正しく使うことでひざや腰などへの負担を軽減させる。これが即ち、年齢を重ねても元気に動くための秘訣というわけなのだ。
ちなみに先ほどの歩き方チェックで、位置や姿勢がブレてしまった人に有効なのが、『立ち方ドリル』とあわせて目を開けながらその場で足踏みをする運動を、毎日5分ほど続けることだそう。
こちらも、言うだけなら簡単だが、正しい姿勢をキープしながら5分間続けるのは至難の業。体感的には、20分のジョギングにも劣らぬしんどさである。
とはいえその後、毎日必ずとまではいかないものの、教えていただいた「立ち方ドリル」と足踏み運動を、ひと月ほど続けてみたところ、絶対できないと思っていた「つま先・かかとMIX」が姿勢を崩さずにできるようになったほか、足踏み運動の軸もかなりぶれなくなってきたのだ。
なにより嬉しかったのは、正しい「立ち方」を意識するようになったことで、確かに立ち仕事の疲労感が軽減されたこと。恥ずかしいので写真は載せないが、以前に比べお尻も引き締まってきたような気がする。
ぶっちゃけ、決して楽な運動とはいえないが、年齢を重ねても元気に動き続ける体を本気で手に入れたいなら、試してみる価値は十分あるだろう。
参考文献
今まで元気だったぼくが突然ケガをして気づいた、老いるまでに準備すべきこと
オタ活による健康維持効果!ジャニオタ入居相談員による高齢者タイプ別おすすめジャニーズグループ5選
1970年生まれ。編集者・ライター・愛犬家。
石井敏郎さんの記事をもっとみるtayoriniをフォローして
最新情報を受け取る