介護者にやさしくないニッポン 〜世界と比較してみると〜

関西の地方都市に住む看護師のAさん(35歳)は、今年の初め大きな決心をしました。一緒に暮らす70代の母親が、長年患っていた両ひざの具合がさらに悪くなり、昨年の後半から自力での歩行が困難に。それを機に、自宅で母親の介護をすることにしたのです。

平日は病院での勤務があるので、毎朝迎えに来るデイケアサービスに母親を送り出した後に出勤。夕方、帰宅直後に帰ってきた母親を迎え入れて、休日は自宅で母親の面倒を見ます。

ショートステイ(短期預け入れ)や訪問介護なども利用すれば、さほど難しいことではないとAさんは思っていました。

なぜなら、幸いなことに母親には認知症としての傾向はないので意思の疎通に支障はない。それに何よりも自分は看護師として10年以上働いてきたので、普通の人以上に知識や経験が豊富にあるというプライドもあり、母親一人ぐらいの介護なら難なくこなせると自信満々だったのですが…。

人とのつながりがなくなるのが辛い

「毎日、職場と自宅の往復で、仕事と介護ばっかりやっていて、嫌になっちゃうんですよね。」とこぼすAさん。

もちろんプロの看護師としてその介護の手際の良さは、デイケアの職員が「さすがですね」と驚くほど、無駄なくスムーズに行っています。しかし、日々同じことの繰り返しに時々うんざりしてくることがあるそうです。

「それまでは、仕事のアフターに友達や同僚と食事や遊びに行くことがよくあったんですけど、それもめっきり減りました。週末にオールなんて、絶対にムリ。合コンのお誘いもぱったりとなくなりましたし、そもそも自宅で母親を介護してますって飲み会で話したら、相手も引いちゃいますよね。仲間が楽しくやっているのに、私だけ出会いの場がまったくなくなってしまったというのも、本当を言うとちょっと寂しい気持ちがしています」

そのため、行き場のないうっぷんの矛先がついつい母親に向かって、つまらないことでケンカになることもしばしば。

「脚は悪くても頭はハッキリしているうえに、あっちも身体が思い通りにならない鬱屈があるものですから、些細なことから始まった言い合いがどんどんエスカレートしていくんですよね」と苦笑いするAさん。

LINEでのやりとりも愚痴っぽくなりがちなので、介護の話はスルーするようにしているそうですが、そうなるとこちらから発信するネタが一挙に少なくなるうえに、仲間の話題についていけなくなることも。

「そうやっているうちに他の人とのつながりがなくなって、自分という存在が職場や仲間内でどんどん希薄になっていくような感じがして、それがなにより辛いんです」Aさんはそう嘆いています。

忘れられがちな介護する人へのサポート

2025年には人口のボリュームゾーンである団塊世代が後期高齢者になり、高齢化社会の先進国といわれる日本。介護保険の整備や介護施設の拡充、人材の育成など、様々な課題が指摘されています。そんななかで見落とされがちなのが、要介護者を介護する家族や近親者など、つまり介護を受ける人の身近にいて無償でケアを行っている介護者「ケアラー」をサポートすることです。

介護する人を支援し、そのための「介護者(ケアラー)支援法」の制定を提案している一般社団法人日本ケアラー連盟の調査によると、介護している人の約6割は週に20時間以上、4人に一人は50時間以上介護に時間を費やしています。そのため約3割の人は、自分のために自由に使える時間が1日に3時間もありません。また介護者の半数以上が身体の不調を訴え、4人に一人以上が心の不調をかかえているとの調査結果も出ました。

ケアラーの心身の不調に関する調査グラフ
同居介護者の、悩みやストレスの有無に関する調査グラフ

介護をする人が少しでも休息を得るためには、Aさんも活用しているデイケアなどの通所介護や訪問介護、施設への短期入所(ショートステイ)などが必要です。いずれも介護保険の対象となっていますが、介護される相手のOKがあって初めて利用が可能になるもの。

つまり介護者が休息をする「権利」として存在しているわけではなく、もし要介護者が「嫌だ」と言ったら使うことは難しいため、それだけでは介護者のストレスの解消とはなりません。

社会の高齢化が進み、要介護者が増えてくるにつれ、80歳、90歳以上を60歳、70歳が介護する「老々介護」や、孫などの若い世代による「ヤングケア」、年齢高めで結婚・出産したため介護と育児が同時にやってくる「ダブルケア」など、介護者のありようも多様になってきました。

それと同時に、いつ、誰が介護者になっても不思議ではないというのが今の日本の現状です。

そうなると、うちの両親は今のところピンピンしているし、介護なんてまだまだ先の話、なんて言っている余裕は誰にもありません。「経済的な余裕のなさや心身の健康を損ねてしまうということはもとより、社会的に孤立してしまいがちなのが今の日本のケアラーが抱える大きな問題です」  と日本ケアラー連盟代表理事で日本女子大学名誉教授の堀越栄子氏は語っています。

一歩先を行く海外の介護者支援の動き

このような介護者への支援に対する海外での動きはどうでしょうか。 実は海外の方が一歩も二歩も先を進んでいると言わざるを得ません。

介護者支援の先進国といわれるイギリスでは、すでに50年以上前からケアラー運動が行われています。1995年に制定された「ケアラー法」では、介護者の権利の擁護や強化を謳い、それに基づいてさまざまなサービスが整備されました。政府からは介護者サポートのための予算も出ています。

オーストラリアでは「高齢者ケア法」により、「施設ケア」「在宅ケア」とともに「ケアラー支援」が介護をめぐる重要な柱として位置づけられており、さらに2010年の「ケアラー承認法」では、介護者の存在と権利が明文化されました。それに基づきサービスの充実が図られています。

同様の介護者支援の法律は、アメリカ、ドイツ、北欧諸国、台湾などでも施行されています。また単に法律の整備だけでなく、国、自治体やNPOなどが連携し、キメの細かい施策が行われています。

特に欧米では、要介護者のショートステイを施設だけに頼るのではなく、フォスター・ファミリー(里親)として一般家庭が自宅を開放するケースが多くみられます。それとともにホームヘルパーを派遣することも行われ、イン(派遣)とアウト(預け入れ)が一体化しているサービスが特徴となっています。

以上の介護者支援先進国に共通するのは、その支援策が具体的で、それが介護者の権利として法律で認められているということです。

たとえばイギリスでは介護者へ直接手当が支払われており、このような介護者への現金・現物支給はアメリカの「ライフスパン・レスパイト法」、スウェーデンの「社会サービス法」などでも実施されています。

また同じくイギリスでは、介護者が夜に十分な睡眠をとる権利、休日に教会に行く権利などが保障されており、そのために多様なニーズに合わせたサービスが用意されています。

社会の高齢化は先進国だけに起きている現象ではなく、長らく一人っ子政策を続けていた中国をはじめ、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの各国でも近い将来に必ず起きる問題として認識されています。それに伴って高齢者介護をどうするか、国ぐるみで取り組もうという姿勢が出てきているのです。

今こそ介護する人にも愛の手を

これからどんどん高齢者が増えていくというのは、誰もが分かっている事実です。でも要介護者が増えるということは、介護をする人も増えるということ。増加する介護の担い手がみな、悩み、疲れ、孤立してしまうなら、それは大きな社会的損失と言っていいでしょう。

自分の親や家族のことだから、その身内だけでするのが介護と思われがちですが、個人で対処するには限界があります。何より周囲とのつながりがなくなって、介護者と要介護者だけで孤立してしまっては、とても前を向いて進んでいくことはできません。

ではどうするか。

現在、介護者を支援する具体策として相談窓口や交流するための集まり、カフェなどが少しずつ広がりを見せています。それとともに介護者の実態調査、介護者支援法や条例の制定の動き、国会や自治体議会での質疑など、政官民を通した動きもじょじょにですが生まれてきました。

まだまだ多くの人が他人事だと思っている介護の問題。でも、いつかは自分も誰かを介護する日が来るかもしれない、そう思いながら介護をする人をいかに社会全体でサポートしていくか、今こそ考えていく必要がありそうです。

取材協力:一般社団法人 日本ケアラー連盟

古里 学
古里 学 フリーライター、エディター

大手出版社の編集者を早期退職後、2016年よりフリーのライター兼エディターに。主な活動フィールドは「なろうと、介護と、自衛隊」。「小説家になろう」に代表されるweb小説に編集及びかつての経験を活かした介護関係の記事の執筆、そしてなぜか自衛隊に関する取材記事を多く手掛けている。

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