ベトナムからの介護インターンを受け入れる横浜市の取り組み―想定外のプラス効果も

「ごはんを食べますから、お口を開けてくださいねぇ!」。利用者の耳元で声を出すリーさん。

急速な少子高齢化が進む日本。介護の現場では深刻な人材不足が続いており、団塊世代が85歳を超える2035年には、79万人の介護人材が不足すると言われている。

その対応策のひとつとして期待が高まっているのが、海外からの人材の受け入れだ。しかし、海外から見て日本の介護現場が魅力的な就労先なのか、また彼らを受け入れる介護事業者側にその体制が整っているかなど、受け入れには多くの課題が残されている。

山積みの課題や議論の中で見えづらくなるのは、現場で働く人や、受け入れる担当者の顔だ。彼らはこの大きな流れの中で何を考えているのだろう? 

『コンビニ外国人』(新潮社)で、大手コンビニチェーンで働く外国人と、彼らを取り巻く制度の諸問題に迫ったライターの芹澤健介が、介護現場で働く人々の「本当のところ」を取材した。

「採用する前は不安もありました」

横浜市磯子区にある特別養護老人ホーム「たきがしら芭蕉苑」で、新人のベトナム人スタッフが働いていると聞いて、施設を見学させてもらった。

リーさん(左)とジャンさん(右)。
リーさん(左)とジャンさん(右)。

ベトナム中部の都市・ダナン出身のツァン・カイン・リーさん(22)とブイ・ファム・トゥイ・ジャンさん(23)の2人だ。働きはじめてまだ5カ月だというが、施設での評判も高く、人気者だという。

利用者のひとり、中山シズエさん(93)は「本当にいい子たちですよ」と言う。「何より元気で、笑顔で、かわいいの。日本語だってね、こちらが言うことはほとんどわかるからまったく問題なし」と太鼓判を押す。

しかし、特別養護施設で外国人スタッフを雇うことに対して、受け入れる側はどのように考えていたのだろうか。いわゆる“特養”となれば、要介護度の高い利用者が多い。また利用者に対してだけでなく、日本人スタッフとのコミュニケーションなど、不安要素はなかったのだろうか。

そのへんのことを施設長の前田卓哉さんに伺った。

「正直に言えば、彼女たちを採用する前はちょっと考えましたよね」

横浜市から採用の打診があったあとも、答えはしばらく保留していたという。

外国人スタッフの加入で現場が活性化

「でも、いざフタを開けてみれば、まったくの杞憂でした。言葉も問題ないですし、よく働いてくれます。それから、彼女たちが日本人の職員と一緒に働くようになったことで、現場が以前よりも活性化したんです。これは想定外の大きなプラス効果でした」

施設長の前田卓哉さん
「リーさんとジャンさんのおかげで、外国人スタッフを雇うことにも抵抗はなくなりました」と施設長の前田卓哉さん。

リーさんとジャンさんが来てから、施設内の雰囲気が明るくなり、笑い声が響くことが多くなったのだという。

「これは2人の性格や雰囲気にもよるのでしょうが、スタッフ同士が仲良く、明るくなれば、自然と利用者の方にも伝わりますし、施設全体に活気が出ますよね。

それから、これは日本人の職員が言っていたことですが、彼女たちは『自分たちが忘れかけていたことを思い出させてくれる』と。

つまり、誰にでも笑顔で接することとか、食事の介助は丁寧に声をかけながら行うこととか、慣れてくるとどうしてもおろそかにしがちな基本なことを彼女たちはしっかりやっているんですね。

そういう真面目さに日本人のベテランスタッフもいい意味で刺激を受けている。だから、外国人ということで特別に心配することはないですし、むしろ、本当にありがたく感じています」

前田さんの話を横で聞いていた2人は、「いえいえ、そんな……」「とんでもないです」と恐縮しきりだったが、これでまだ日本語を勉強しはじめて2年だというから驚く。

3時から5時までは日本語の勉強

日本語の勉強は毎日欠かさない。

「午後3時から5時までは、ここで日本語の勉強をしています」(ジャンさん)

施設には毎朝9時から夕方の6時までいるそうだが、そのうちの2時間を日本語学習に当てている。実は、彼女たちは本採用の職員ではなく、ベトナムの大学の看護学部の学生で、インターン(実習生)として働いているのである。

インターンは9カ月という期限で来日し、その間の勤務経験が大学の単位に変換されることになっている。日本語の勉強も研修の一部だ。

「日本語は本当に難しいです」とリーさん。「いま、私たちは、日本語能力試験はN4ですが、がんばってN3に受かりたいです」

日本語能力試験とは、日本語を母語としない人の日本語能力を測るテストのこと(英検の日本語版だと考えればわかりやすいだろうか)。

勉強を始めたばかりの初心者であればN5、日常会話だけでなく高度な読み書きもできればN1というふうに5段階に分かれている(ちなみに、N4は「基本的な日本語を理解することができる」程度。N3は「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」程度とされている)。

入管法が改正されて新しく設けられた「特定技能」や、「技能実習」などの在留資格は、基本的にN4以上の日本語能力が必要とされており、リーさんとジャンさんの2人もベトナムでN4の資格をとって来日した。

ドンア大学の日本語の授業の様子
ドンア大学の日本語の授業の様子

リーさんとジャンさんにインタビューをしていると、たまに通じにくいと感じる瞬間もあったが、こちらが簡単な言葉で言い換えたり、ゆっくり話せばほとんど通じるので、2人とも次のN3の試験にはきっと受かるはずだ。

ちなみに、実質的には6時間の勤務で、月給は17万4000円(休日は月に10日)だという。

月に20日間の勤務として計算すると日当は8700円。時給に換算すれば1450円。現在の神奈川県の最低賃金は1011円なので、悪くはない額だろう。

「2人とも毎月貯金をして、家にも仕送りをしているそうですよ」(前田さん)

2025年には8500人の介護人材が不足

リーさんとジャンさんのように、ベトナム人の看護系大学生を短期で受け入れるインターンシップの仕組みを作ったのは横浜市だ。

横浜市は、全国の自治体に先駆けて、2018年7月にベトナムの3都市(ホーチミン市、フエ省、ダナン市)と覚書を結び、介護人材の確保に乗り出しているのである。

「現在、約375万人の人口を抱える横浜市の試算では、2025年には約8500人の介護人材が不足すると見込まれています」と言うのは、横浜市の佐藤泰輔・高齢健康福祉課長。

横浜市に限ったことではないが、“団塊の世代”が後期高齢者(75歳)に達することで、2025年以後は介護関係の人材が全国的に不足すると言われている。いわゆる“2025年問題”である。

そうした中で、横浜市は積極的に海外に出て、介護人材を求めようとしているのである。およそ5年で8500人の人材を確保しなければならない。

今後はさらに受け入れ拡大

「横浜市にはこれまでも介護職で働く外国人はいました。フィリピンやインドネシアなど、日本と経済連携協定(EPA)を結ぶ国から来日して、すでに介護福祉士の国家資格を取得したり、取得を目指している外国人がすでに250名ほどいます。また、それぞれの介護施設と独自に契約を交わして働いている技能実習生も90名ほどいます(※)」(佐藤課長)

しかし、これだけでは、近い将来不足が見込まれる8500人には到底足りず、「インターン」や「留学生」にも戦力として関わってもらおうというわけである。

佐藤泰輔課長
「子どもを外国に送り出す親御さんにとっても、横浜市と提携していることが安心材料のひとつになれば」と佐藤泰輔課長。

「もちろん、不足する8500人すべてを外国人で賄おうとしているわけではありませんが、積極的に外国人スタッフを受け入れていきたいですね。リーさんとジャンさんは、覚書を結んでいるダナン市のドンア大学という私立大学の看護学科の4年生で、インターンとしては第2陣です」(佐藤課長)

現在、横浜市が受け入れている「インターン」はまだ12人と中国から6の併せて18人に留まるが、今後は「留学生」や「技能実習生」などの受け入れも拡大していく構えだ。

(※)現在、介護に関する在留資格は、受け入れ国の制限もなく就労期間が最長5年で繰り返し延長ができる「介護」のほか、「EPA(経済連携協定)による特定活動」「技能実習 1号、2号、3号」「特定技能1号」など、就労期間や雇用の契約条件などもそれぞれに違い、非常に複雑である。「インターン」で介護職に就く場合は、「特定活動」の在留資格が必要となる。

横浜市が住宅費や学費も補助

横浜市の取り組みは全国の自治体に先駆けたユニークなもので、おそらく今後の「自治体と介護」の関係をめぐるひとつのモデルケースになるはずだが、そのベースにあるのは「介護人材を増やすためにできることは何でもやっていこう」という姿勢だ。

介護人材の確保については、自治体職員が「民間に任せる」と考えてしまえば何もせずに済ませることもできる。しかし、横浜市では、介護保険の運営責任はそれぞれに自治体にあることを踏まえて、積極的に対応策を考えているのだという。

「たとえば住まいの確保と住居費の軽減。これは外国人の人材に限った話ではないですけれども、市内の介護施設で新規に採用されるすべての職員を対象に、空きが出ているURや県・市の住宅供給公社の団地をあっせんして、介護施設が借り上げる際の家賃の2分の1(上限3万円/月)を補助します」(佐藤課長)

家賃の補助は最長5年間ということなので、日本人の介護職希望者にとってもありがたい話だろう。

リーさんとジャンさんは、横浜市が借り上げた、施設から徒歩10分というアパートに2人で共同生活をしている。こうした心配りの効いた対処は、送り出す側にとっても大きな安心材料になるはずだ。

また、横浜市は、留学生に関しては、家賃の補助だけでなく、日本語学校や専門学校の学費も補助するという。

「留学生の場合は、最初の1年間は日本語学校に通いながら、週に28時間まで各施設でアルバイトとして勤務することになるのですが、その学費も介護施設が立て替えたぶんのうちの35万円を上限に半額を補助。

その後は、介護福祉士の専門学校に通ってもらうことになりますが、そのぶんの学費の大部分は神奈川県社会福祉協議会の奨学金を受けることも可能です。

これは年に約80万円で、のちに介護福祉士の国家資格を取って、県内の福祉事業書で5年間働けば返済不要です。また、奨学金で足りない部分については横浜市が最大20万円補助します」(佐藤課長)

これだけでもかなり手厚いサポートだが、横浜市の支援はこれだけではない。

eラーニングや語学研修も

横浜市では、介護職に就く外国人や留学生に対して手厚いサポートを行っている。家賃や学費の補助をするだけでなく、eラーニングシステムを導入している。

「教材は学研さんが開発した介護用の問題集なんですが、いま、インターンにひとり1台タブレットを支給して、問題を解いてもらい、どの程度の効果があるか実証実験しているところです」(佐藤課長)

「日本語も問題ありません」と言う中山シズエさん(93)に「もっと勉強しますね」と答えるジャンさん。

教材には日本語とベトナム語が併記されており、リーさんとジャンさんも「とても勉強になります」と話していた。

また、来日前から介護に使う日本語の研修も試験的に行っている。もちろんこうした取り組みはすべて全国の自治体で初めての試みだ。

「またここで働きたいです」

横浜市としては、現在のベトナムとだけでなくほかの国とも提携して、介護人材を増やしていきたいところだろう。実際、すでに中国の3都市(山東省、臨沂市、瀋陽市)と覚書を交わしており、看護系の学校から留学生やインターンを受け入れることが決まっている。

「ベトナムも中国も介護職についてはまだまだ一般的ではありませんが、やはりすでに学校で介護や看護を学んでいる学生ならではのメリットは大きいと思います」と佐藤氏は言う。

「留学生の場合は、まず日本語を覚えるところから始まって、2年かけて介護の専門知識を学んでいくことになりますが、インターンの場合はすでに母国で看護の知識を学んできていますからね。そこは大きなメリットです」(佐藤課長)

「お風呂もやさしく入れてくれますよ」と小林ヤス子さん(94)とリーさん。

ただし、インターンは9カ月と滞在期間が短いのがデメリットだ。

「リーさんとジャンさんも、すっかり慣れたころに帰ってしまうんですよね」と施設長の前田さん。「本当なら、彼女たちに残ってほしいところですけど、無理にお願いすることはできませんしね……」

当の本人たちに聞くと、「またここで働きたいです」「横浜に戻ってきたいです」と言っていた。彼女たちの思いが本気であれば、来年の2月までは施設で働いて、大学を卒業した後に、「特定技能」か「技能実習」の在留資格で再来日することになる。

果たしてどうなるのか、今後も取材を続けていきたい。

おわりに

繰り返すが、横浜市のこうした一連の取り組みは全国の自治体としては先進的なものである。本来であれば、介護人材の確保や教育などは、国が率先して動くべき案件だと思うが、関係する省庁が多くてまとまりがつかなくなってしまうのかもしれない。

おそらく、これからは、横浜市のように自治体や施設がどんどん外国に出向いて、独自のルートで介護人材を確保していくのがスタンダードになるのだろう。

リーさんとジャンさんは「またここで働きたい」と言っていたが、彼女たちのような人材を確保できるかどうかは、自らの組織の魅力をどれだけ伝えられるか、どれほどの熱量を持って歓迎できるかが、キーポイントになるように思う。

撮影 中村宗徳

写真提供:横浜市

芹澤 健介
芹澤 健介

1973年、沖縄生まれ。茨城県育ち。横浜国立大学経済学部卒。 ライター、編集者、構成作家。NHK国際放送の番組制作などにも携わる。 長年、日本在住の外国人を取材するだけでなく、最新のがん治療法やスポーツなど、追いかけるジャンルは幅広い。

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