認知症のお父さんと、まだ幼い長男たー君を抱えたライターの岡崎杏里さんは、育児と介護を同時進行で行う、まさに「ダブルケア」の当事者です。
育児も介護も大変な状況がクローズアップされがちですが、幼い孫と認知症のじいちゃんが織りなす日々は、意外にも笑える場面が多かった!岡崎さんちの日常をお届けします。
「ダブルケア」から「トリプルケア」になった岡崎家。夏から始まった岡崎家の大きな変化は少しずつ落ち着いてきたものの、まだまだ忙しい日々が続いています。そんな大変な生活の中で発見できた幸せとは!?
約1年間、岡崎家の「ダブルケア」な日々をお伝えしていたこの連載も最終回。
連載が始まったころには想像だにしなかった、岡崎家の介護生活に大きな変化があった1年でした。
前々回、前回でもお伝えしたように、今年の夏、ずっと認知症の父さんを介護していた母さんが、体調を崩し寝込む日々が続きました。それにより私は、父さん、母さん、息子のたーくんのトリプルケアを担うことになってしまったのです。
母さんは元気になるどころか、体力に加えて気力もどんどん低下し、転がり落ちるように要介護認定を受けるまでに…。ほぼ毎日実家に通い、両親をサポートする時間が増えていきました。
「このままでは、私が倒れてしまう。なんとかしなくては!」
「父さんを在宅介護していくのは、もう限界。施設介護に切り替えよう…」
両親ともじっくり話し合い、母さんと二人三脚で行ってきた認知症の父さんの介護体制を、21年目にして大きく変える決断をしたのです。
さらに、私ひとりでは支えきれそうにない母さんの介護にも、ケアマネジャーの力を借りながら、介護保険による介護サービスの導入を進めていくことになりました。
現在、父さんは、申し込みをした特別養護老人ホームからの「入居可能」という連絡を待ちながら、老人保健施設やショートステイの施設で介護を受け、暮らしています。母さんも、訪問ヘルパーの利用や福祉用具をレンタルするなど、自身の急激な衰えを受け入れきれず戸惑いながらも、介護サービスを使い始めています。
こうして、夏から始まった岡崎家の変化は、冬が始まるころには、少しずつ落ち着いてきたのです。
一方で、まだまだ手が掛かると思っていた息子のたーくんが「母ちゃん、お休みしてね」と労わりの言葉とともに、布団を敷いてくれたり、寝る前にマッサージをしてくれるなど、逆に私のお世話をしてくれるようになりました。親バカを承知の上ですが、大声で「君は大変よくできた息子だ~!」と叫びたいくらいです。どうやら、たーくんは私の肉付きの良い背中(?)を見て、とっても優しく、頼りになる男の子に育っているようです。
やっぱり、ダブルケアは悪いことばかりではない。こんなふうに小さな幸せを発見しながら、私の“ダブルケア”な生活は、まだまだ続いていくのでしょう。
茨城県つくば市出身。池袋の近くと横浜市の内陸部を経て、つくば市在住。書籍編集・ライティング→IT関連企業を経て、2009年よりフリーランスのイラストレーターとして活動中。
書籍・雑誌・WEB・広告などの媒体をメインにイラストを提供しています。著書に「赤子しぐさ」「赤ちゃんのしぐさ」(共著)があります。
ダブルケアラー(介護と育児など複数のケアをする人)として、介護に関する記事やエッセイの執筆などを行っている。2013年に長男を出産。ホームヘルパー2級。著書に23歳から若年性認知症の父親の介護、ガンを患った母親の看病の日々を綴った『笑う介護。』や『みんなの認知症』(共に、漫画:松本ぷりっつ、成美堂出版)などがある。
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