――同性カップルのお部屋探しは難しい。
そんな話を耳にしたことがあります。「衣食住」というように、生活の根幹にある「住」の部分で困難を抱えるということは、大きな課題です。他にも、高齢者や外国籍の方も住まい探しは難航しがちだと聞きますが、それらはどのように解決していけばいいのか。
今回お話を伺ったのはLGBTsの方をはじめとしてお部屋探しに困難を抱える方のための不動産「IRIS(アイリス)」代表の須藤あきひろさん。
セクシュアルマイノリティの方が直面するお部屋探しの困難や対処法を伺っていくと、セクシュアリティによらない、住まいの問題が浮き彫りになってきました。
――LGBTs向けの不動産会社を始めようと思った理由を教えていただけますか?
最初のきっかけは、パートナーと同棲するときに、物件が全然決まらなかったことです。
12年前の2008年、当時はLGBTという言葉が出始めたばかりで、まだ浸透はしていませんでした。私自身も高校生までは女性が好きで、女性のパートナーもいたのですが、どこかで違和感を抱いていたんですよね。高校卒業後に上京し、働き始めた職場の上司がたまたまゲイの方で、同性を好きになることもあるんだと知ったことがきっかけで、自分の性的対象は男性なんだと思うようになっていたくらいです。
その後、男性のパートナーができて、子どもの代わりにとふたりで飼っていた犬も一緒に暮らせる家を探し始めたのですが、男性ふたりと犬が住める家がなかなか見つからない。
そのうえ、理不尽に思うこともいっぱいありました。たとえば、私たちが探していた広めの2LDKのお部屋で、男女のカップルや新婚さんなどと審査がバッティングしたときに「あなたたちは礼金を上乗せしてくれるならいいよ」と交渉されたり。
――同性同士というだけで、他の条件は変わらないのに……。
当時はそれでもいいから住みたいと思っていたので、了承するわけですよ。それでも、家探しは全部で5社回りました。不動産の知識は全くないので、不動産会社の方々の言う通りにするわけですが、「それっておかしくない?」と思うことは増えていって。
周囲の友人にその話をしたときに「僕もそういうことがあったよ」と言われたことも多かったんですよ。お部屋探しをするときに大変な思いをする人がこんなにいるんだということを20代の前半で知ったことが、IRISの立ち上げに繋がっていきました。
――ご自身の経験がベースになっているんですね。それからすぐに法人化されたんですか?
2014年からの2年間は金融業界で営業をしながら、IRISのほうは任意団体として、生活情報を発信するwebサイトを運営していました。ただ、当時の部長がそのサイトを見つけて、社内の人たちにアウティングしてしまって、「須藤さんはゲイなんですよね」とお客様に話してしまう人たちも出始めた。それが嫌で仕方なくて、会社と戦うか、辞めるかの決断を迫られたときに、僕は不動産業界に転職することを選びました。
それからしばらくして独立・法人化したのが2016年。2020年で設立7年目、法人化して5期目の会社です。
――実際に来られるお客様は、どのような悩みを抱えていらっしゃいますか?
他の不動産屋さんに行って、高圧的な態度を取られたり、同性同士の場合はルームシェアとしてしか入らせてもらえなかったりした方が弊社を訪ねてくるケースが多いですね。
私たちの仕事は同業者に接することも多いのですが、実際にひどい言葉を浴びせられたり、内見案内をしている最中に「内見をもうやめてくれ」と言われたりすることはけっこうあるんですよ。私たちもセクシュアルマイノリティ当事者なのでダメージを受けますが、それ以上にお客様にもつらい思いをさせてしまう。お客様のケアをするのも私たちの仕事ですが、そうした事態を未然に避けるために、交渉に注力しています。
――でも、IRISさんと他の不動産会社の仕組み自体は同じですよね。どのように物件探しをされているのでしょうか。
ソリューションではなく、マンパワーありきです。
まずは、お客様からご希望の条件をヒアリングします。その後、該当しそうな物件を調べて、管理会社に1件、1件お電話にて交渉し、相談可能と出た物件だけをお客様にご紹介させていただいています。
お客様の前で管理会社への交渉をすると、お客様に負担をかけてしまいますよね。ですから、ご来店は完全予約制にして、他のお客様の物件探しのやりとりも耳に入らないよう工夫しています。
――かなり労力をかけていらっしゃるんですね……具体的にはどのように交渉されていますか?
たとえば、「LGBT」とお伝えしても分からない方が多いので、アルファベットや横文字を使わず、「同性カップル」などと、やわらかい表現で説明する。また、最初から「ルームシェア可」とされている物件であれば、セクシュアリティを開示しないほうがスムーズでハッピーですよね。
ただ、14万円を超えてくる物件の場合は、違った交渉が必要になります。この場合、法的な婚姻関係を結んだ方や親族の方同士でないと入居が認められにくい。同性カップルは結婚したくてもできない状況ですから、代わりにパートナーシップ制度を交渉材料に使うこともあります。
パートナーシップ制度を適用できない場合は「男性2人の入居なので、おふたりの年収を合わせると他の入居候補者様よりも収入が安定しています」といったように、あらゆる切り口から交渉していきます。
――すごい……。
お客様はその物件に住みたいだけなのに、物件を貸してくださる管理会社さんや大家さんの中には頑なに拒む方もいらっしゃる。その理由を考えて、丁寧に説明して不安を解消してもらうために、おふたりの関係性を無理のない範囲で伺っています。
たとえば、「同性カップルってすぐに別れちゃうんでしょ?」と言われても、海外ですでに10年もお付き合いされてきた事実をお伝えすれば問題ないわけですよね。
それぞれが抱えている課題を弊社で巻き取って、分解して、整理して、アンサーを出す。不動産賃貸営業というよりはコンサルに近い要素もあるかと思います。
――IRISさんのお客様は、須藤さんと同年代の比較的若いセクシュアルマイノリティの方が多いのでしょうか?
年齢・セクシュアリティ問わず、本当に様々ですね。
セクシュアルマイノリティの方のご相談で多いのは、年齢差カップルですね。たとえば、30歳と60歳の方がお付き合いされていると、関係性がわかりにくく、お部屋が借りづらいことがあります。そうした方々が弊社を訪ねてきてくださることが多いですね。
また、年を重ねれば重ねるほど、セクシュアリティにかかわらず家を借りにくくなる傾向にあるので、ストレートの老夫婦からもご相談を受けることもあります。
――ご高齢になると入居が難しくなるんですね。過去には、どのような方がいらっしゃいましたか?
忘れられないご高齢のご夫妻がいらっしゃいました。
そのご夫妻は、生活保護を受給されている、一人暮らし用の部屋におふたりで住みたいというご希望がある、障害をお持ちであるという3つのマイノリティ性を抱えていたこともあり、物件探しが難航して半年以上経ってしまいました。その間に旦那さんが亡くなってしまったんですよ。それまで住まわれていた家は今にも床が抜けそうな木造の二階建てなのですが、奥様は「今の家で死にたい」と仰って。あのときは本当に苦しかったですね。
――行政はお部屋探しのサポートをしてくれないのでしょうか?
生活保護を受けている方であれば、引越しにかかる費用は行政から出るケースもあります。ただ、物件探しは行政の管轄ではないんですよ。区営の住居を提案してくれたらいいのにとも思うのですが、それも担当者次第です。
行政の方も一人でいっぱいの案件を抱えていて、提案がしたくてもできない人もいれば、最初から匙を投げてしまっている人もいます。
私たちはお客様が望む限り諦めませんが、何度も断られ続けると、お客様側が自分を否定されたような気持ちになってしまい、お部屋探しをやめてしまうこともあります。
ご高齢の方のお部屋探しは綺麗事だけでは済まないので、若いうちにどうすべきか、しっかり考えてほしいというのが私の願いです。
――いずれにしても、住まいについては早い段階で考えておいたほうがいいということですね。これからやっていきたいことはありますか?
セクシュアルマイノリティの方を含めて多様な方が入居する、介護サービス付アパートの運営は、実現したい夢のひとつです。
私だったら一人でいる時間も、みんなでワイワイする時間もほしい。だから、基本的にはひとり暮らしだけど、共有スペースもあり、訪問介護もときどき来てくれたらいいなと考えました。そんな施設があったら、グループホームに入らなくてもやっていけそうですよね。
――現在のライフスタイルの延長線上にあるようで、とても魅力的ですね。そうした施設を構想するきっかけになったできごとはあったのでしょうか。
IRISを立ち上げたばかりの頃、認知症の方が集まって生活するグループホームで介護職のアルバイトをしていたときに、面会のたびに名前や面会相手との続柄を書かなければいけないことを知りました。LGBTsフレンドリーでない介護施設の場合は、続柄を書くたびに関係性を質問されたり、パートナーとの仲を偽らなければいけなかったりして、つらい思いをされる方もいらっしゃるんじゃないかなと思ったんです。そう考えると、自分の老後がすごく不安になってしまったんです。
――だから、LGBTsの方が入居できる施設をつくりたい、と。
LGBTsに特化したというよりも、多様性にフォーカスしたおうちづくりの提供をしたいですね。
現在はLGBTの課題を可視化させるフェーズだと考えて、IRISを「LGBTsフレンドリーな不動産屋」と銘打っていますが、ほかにも外国籍の方や高齢者の方、シングルマザー・ファザー、会社に属していない起業家の方、フリーランスの方など、お部屋を借りにくい方はたくさんいらっしゃいます。そうした方々すべてに対してフェアでありたいと考えています。
*
LGBTsの課題が可視化されつつある現在でも、差別や偏見はまだまだあること、それらが「住居」という生きるうえで基礎となる物事に及んでいる事実に、改めて打ちのめされる思いがした取材でした。
さらに、住居の課題はセクシュアリティだけでなく、年齢や国籍、シングルマザー・ファザーといった“非定型”の多くの方に関わること、それでいて光があまり当てられてこなかったことにも新たな疑問を感じる機会となりました。
一方で、こうした住まいの問題は多くの人にとって「自分ごと」になりえるとも言えるでしょう。
――あらゆるバイアスを薄めることで、みんなが生きやすい社会になる。
須藤さんが取材の最後で語ってくれた言葉に、小さな光を見た気がしました。
文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。
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