LGBTという言葉が、若い人を中心に少しずつ広がっています。今でも同性婚が認められていないことなどをはじめ、市民権を得ているとは言い難い状況ですが、数十年前は今よりももっと厳しい状況だということは想像に難くありません。
今回お話を伺ったのは、コウさん(写真右)とヒロさん(写真左)。
おふたりは、生物学上の性別と異なる性自認を持つトランスジェンダーに当たります。小さい頃から性別に違和感を抱えながらも結婚し、子育ても経験し、今ようやく自分の人生を生きられるようになりつつあるおふたりから見た介護や老後とは、どんなものなのか。
これまでの半生を振り返りつつ、介護や老後、家族を取り巻くこれからの話を聞かせていただきました。
※FtMとは:女性から男性へ性別移行を望む人
※MtFとは:男性から女性へ性別移行を望む人
※「トランスジェンダー」は、外科的な治療は望まないがホルモン治療はする人を指しますが「FtM」や「MtF」、心と身体の性別に違和感を抱える「性別違和(性別不合)」、男性や女性ではない性を望む「Xジェンダー」などの総称としても用いられます。
――ヒロさんもコウさんもご結婚の経験があって、お子さんがふたりいらっしゃるんですよね。改めて今に至るまでのお話を聞かせていただけますか?
小さい頃から性別違和を抱えていて、若い頃はいわゆる「おなべバー」でホストのような仕事をしていました。
当時は女性とお付き合いもしていたのですが、ずっと一緒にいられると思っていた彼女に「あなたとは結婚できないから別れましょう」と別れを告げられたり、世間体を気にする実家の両親が「俺が(私が)育て方を間違った」と父と母のそれぞれが自分を責めるかたちで喧嘩していたのを目の当たりにしたりしたことなどが重なって、会社に入って“普通”の女性になる努力をしてきました。
その後、同じ職場の気の合う男性と結婚して子どもを産んだときには「これでいいんでしょ」というような気持ちだったと思います。女性が好きだったり性別違和を抱えていたりすることは死ぬまで誰にも言わずに生きていくんだろうと思っていましたね。
でも、なぜか戻って来ちゃった。
どうしてもダメなんだよね(笑)。私も若かったころはニューハーフが出始めで、男性の身体を持って生まれた人が女性として生きていくためには水商売しかない時代だった。
女性として水商売を始めても、その先の人生に不安があったので性別違和に関しては胸に秘めて生活しようと思って、男性として女性と結婚したんだよね。私は今も家族4人で仲良く暮らしているけど、性転換手術やホルモン治療の情報が耳に入ってくるようになってからは男性のまま死ぬのは嫌だなと思い、女性側に少しずつ近づいています。
自分も、一人目の子どもを産んだくらいのタイミングでインターネットが普及し始めて、自分に近い悩みを持つ人を見つけてからは、少しずつ自分らしく生きられるようになりました。結婚しているのにおかしな話かもしれないですけど、SNSを通じて女性のパートナーができたことも大きかったです。
「子どもを産んだのにこれから自分の人生を生きようなんて何を考えているんだ」という意見もたくさんある中で葛藤もあったのですが、女性を生きようと頑張っても本来の自分が出てきてしまうので、意を決して離婚したのが13年前です。
夫とは仕事の関係で別居していて育児も丸投げ状態だったので、子どもたちも夫に懐いていなかったですし、離婚自体はスムーズにできました。
――自分の人生を生きたいという想いはもちろんですが、旦那さんとの関係なども離婚の追い風になった印象ですね。
夫が子どもの面倒を見てくれていたら離婚の危機も乗り越えられたのかもしれないなとは思いますね。「これからこの人の親の介護をするのか」と考えたときにできないなと思ったことは大きいです。離婚するなら今だ、と思いました。
――ご家族や親御さんにはご自身の性別違和についてお話されていますか?
奥さんと下の子へのカミングアウトはまだですね。今はホルモン治療も始めて、化粧もしているし、何となく気づいているんじゃないかなとは思うけど。
上の子は、彼氏を家に連れてくる機会があったので、事前に「私はトランスジェンダーだけどいいの?」と聞きました。そしたら「そんなことで差別する人とは付き合わない」と言ってくれた。
それ泣くね。
それはすごくよかった。娘としては、私と奥さんがうまくやってくれるかどうかのほうが心配みたいで、権利を主張するときは義務が生じるから権利ばっかり主張したらダメだよって諭されたくらい(笑)。親にはカミングアウトしていないです。
うちも子どもたちふたりと弟には話していますが、親には話していないですね。でも、離婚してすぐに女性と暮らし始めたから、何となくはわかっているんじゃないかな。彼女とは家族として暮らしてきて、自分の両親も家族行事や親戚の集まりのときには彼女を呼んで可愛がっていましたし。離婚してひとりぼっちよりも誰かとそばにいてくれたほうが安心だと思ったのかもしれない。
――若い頃は心配されていたのに不思議ですね。ご両親の介護は始まっていますか?
母はまだまだ元気ですね。父は亡くなって4年経つんですけど、入院して1ヵ月後にそのまま亡くなってしまって、自分も見舞いにしか行っていないので介護は経験していないんです。
うちは両親ともに健在で、父が弱っているところはあるものの、今のところ大きな病気もしていないですし、いずれは……って感じかな。実際に始まってみないと何が必要なのかもわからないから。でも、いざ介護が必要になったら近くに住んでいる妹夫婦にお願いすることになるのかな。
うちも持病がないから心配はまだしてないんだけど、もしも何かあったときに面倒を見るのは弟ではなく、子どもの手が離れた自分かなと思っています。ただ、母親は自分や弟に面倒を見てもらいたいとは思っていないと思う。
多分うちらの親くらいから変わってきているよね。「終活するから粗大ゴミを捨てるの手伝って」とは言われるけど、それも「自分のことは自分で」という気持ちから来ていると思うし。
いつ何があってもいいように「ここにこの書類があるから」とかは言われるよね。でも、面倒見てくれとは言われない。実際に倒れたらどうするんだろう。考えなきゃいけないとは思っているんですけどね。
――まだまだお若いのに、こんなことを聞くのは失礼かもしれないのですが、ご自身の老後について考えたことはありますか?
全くないです。
ないです。子どもに面倒見てもらおうとは思っていないかな。むしろ日本が住みにくかったら海外に行ってほしいと思っているくらいなので。
私も子どもに見てもらいたいとは思わない。パートナーと一緒に暮らすことは考えているけど、それ以外のことを具体的にどうするのかはわからないですね。
同性パートナーがいても結婚していなかったら病院の見舞いや老人ホームの訪問を断られることも絶対にあるよね。行政書士に頼んで書類を作ってもらえたら病院には行けるようになるかもしれないけど、同性婚が認められているほうが生きやすくなる人は増えるだろうな。するしないは別として、選択肢のひとつとしてね。
今の話を聞いて思ったけど、子どものお世話にならないにしても病院や老人ホームといった施設に入らないといけないことはあるかもしれない。でも、そうなったときにLGBTへの偏見があるようなホームには入りたくない。つい最近、老人ホーム内でLGBTに対して排他的な人が多いと聞いたばかりなんですよ。入居者の中で「あの人、こっちじゃない?」という噂が流れて居づらいという話を聞きました。
――LGBTブームが少しずつ広がっていますが、上の世代の方には偏見を持っている方もまだまだ多いんですね
今盛り上がりつつあるLGBTブームと呼ばれるものも、基本的には若者中心のムーブメントなので、50歳や60歳のセクシュアルマイノリティがいるとは思っていない方は年齢関係なく、たくさんいますよ。
いずれにしても、差別や偏見から離れられて、ようやくのびのび生きられるようになったのに、最後にまた差別かと思うと、孤独死でもいいし、何なら殺してほしいくらい。
――既存の老人ホーム以外の方法として、どんなものがあるでしょう?
セクシュアルマイノリティだけのシェアハウスをつくったらいいのかな?
今後出てくるだろうけどね。それにしても、まだ老後がイメージできない。いい年なんだけど。
そもそも老後はあるのかという感じ。定年の年齢が引き上げられているし、私たちが年金をもらえるとしても80歳とかになっているかもしれない。
介護保険も返ってこないだろうな。……それより、今直面している悩みは、子どもが結婚するパートナーさんの親御さんとの関わり方についてなんですよ。
――たとえば、どんな問題がありますか?
上の子はもうすぐ結婚すると思うんだけど、お相手の親御さんが私たちよりも上の世代なので、私の同世代以上にLGBTに対する偏見が強い可能性もありますよね。だから、どう関わっていけばいいんだろうって。
結婚式なんかに呼ばれたら……。
だから、お母さん死んだことにしてくれないかなって言ってるんですよね。まぁそれも無理な話だから、ハワイで2人で挙式してきなとか色々言ってるんだけど……レンタル家族とかしようかな(笑)。
おふたりのお話を伺う中で最も強く感じたのは、LGBTはシニア世代から難色を示されることがまだまだ多く、若者を中心としたLGBTブームと呼ばれるものも真の意味で浸透してはいないということでした。シニア世代のLGBTの方々の中には、今も自分の本音を押し殺して苦しんでいる方も数多くいるかもしれません。
また、セクシュアルマイノリティが集まるシェアハウスなどのお話があったように、高齢者になればなるほど「居心地の良い人たちが集まるコミュニティ」が重要になってくるとも感じました。
LGBTへの自治体のサポート体制も少しずつ動き出し、LGBT高齢者に向けた老い支度(終活)を支援する団体 も設立されてきていますが、コミュニティ、医療、法律・金銭面など、私たちが考えていかなければいけないことはまだまだありそうです。
写真・文 佐々木ののか
文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。
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