2月25日(金)LIFULL 介護主催によるウェビナー「親が認知症!? 離れて暮らす場合の介護はどうする?」が行われました。このウェビナーでは、東京と岩手間を行き来しながら、認知症の母の介護を約10年間続ける介護作家・工藤広伸氏をお招きし、遠距離介護の苦労やコツなどついて話を聞きました。
当日の様子をレポートでお届けします。
イベントでは、工藤さんが自身の介護経験について主に以下の3つのテーマに分けて語りました。
1. 10年間の介護経験
2.「親の介護、見守り、お金 7つのコツ」
3.「離れた親の介護、3つの意外なメリット」
工藤さんは、2012年から実家である岩手に住む認知症の母親の介護を行なっています。遠距離介護というと「施設にあずけている」と思われることも多いですが、工藤家の介護は自宅で行われています。
コロナ以前は、東京2週間・岩手1週間というペースで介護を行い、年間20往復程度していたという工藤さんですが、コロナ後は東京2ヶ月・岩手1ヶ月のペースでだいたい年間4往復程度になったといいます。
工藤さんは、自身が34歳の時に、父親(現在はすでに他界)が脳梗塞になったことで1度目の介護離職を経験しました。そして、2012年、40歳の時に祖母の子宮頸がんが見つかり余命半年を宣告されると同時に、母親が認知症を発症。当時の勤務先を転職後わずか9ヶ月目で退職することを余儀なくされました。
それ以来、10年にわたり、シャルコー・マリー・トゥース病という手と足の筋肉が萎縮する病気と認知症により要介護3に認定された母親の遠距離介護生活を続けています。
こうした状況の中でも、東京を拠点に執筆や講演など様々な活動をしている工藤さん。工藤さんには、岩手の実家から1時間程度のところに暮らす妹がいますが、介護のキーパーソンとなっているのは東京在住の工藤さんだといいます。
工藤さんが遠隔での介護を続けるには大きく3つ理由があります。
一つは、これまで一度も岩手から出たことがないという母親の意向です。二つめは、住み慣れた場所から移転することによる「リロケーションダメージ」を避けるためです。そして、三つめの最大の理由は、「自分と家族を最優先するため」だといいます。
「これは講演などでもよく話しているのですが、私は親の介護を『親孝行』としてやっているつもりはありません。ただ単に自分が後悔したくないから、つまり自分のために介護をしています。だからこそ全ての決定において、自分と自分の家族である奥さんを優先しています」(工藤さん)
しかし、離れた親の介護には「緊急時に駆けつけられない」「親の様子がわからず不安」「交通費がかかり、移動で疲れる」という3つの壁があります。この3つの壁を超えるためのポイントとして、工藤さんがあげたのが以下の7点です。
1.親の見守りは確実な人で固める
2.親が住む地域の「包括」に相談
3.介護チームのリーダーに徹する
4.道具も使って介護を強化
5.介護仲間を見つけ、孤立しない
6.介護休業の意味を間違えない
7.エンディングノートを書く
以下で、それぞれについて解説していきます。
まず、介護の前段階として、「親も歳をとってきたし、そろそろ見守りも必要かな」というぐらいの時期を考えてみます。その時の候補としては「自分」「兄弟」「親戚」「民生委員」「ご近所」「町内会」などの選択肢が挙がりますが、それらを「確実な人」と「頼りにならない人」で分類します。
工藤さんの場合、確実な選択肢は、「きょうだい」と「自分」だけでした。こうして、確実に親の見守りができる人を固めた上で、日曜日から土曜日まで、それぞれ24時間の中に、当てはめて考えてみることが遠距離介護の第一歩となります。
工藤家では、当初、妹さんが日曜日に3時間、工藤さん本人が土曜日の5時間ぐらいで、ほとんど見守りの時間を確保できませんでした。1週間は24×7=168時間ありますが、この状態だと合計8時間(全体の4.8%)しか見守れてないということになります。
ただ、本当の介護が始まる手前ぐらいの状態であれば、親もまだ元気ですし、この程度でも問題ないかもしれません。
ただ、認知症の気配が見えてくると話が変わります。工藤家の場合は、同じものを何個も買ったり、留守電を何回もかけてくるという兆候があったそうです。
そこで、親が住む地域の地域包括支援センターに相談することが重要になります。具体的には、以下のような内容を相談します。
呼び方は地域によって異なりますが、だいたい「包括」と言えば理解してもらえるそうです。地域包括支援センターに相談しに行くと、保健師さんと主任ケアマネさんと社会福祉士さんといった方々とお話しすることになります。
保健師は主に医療系、主任ケアマネは介護保険、ヘルパーやデイサービスについての専門性を持っています。そして、社会福祉士は、いわゆるその高齢者の虐待や成年後見制度といった問題の専門家です。
こうした、それぞれの専門家に相談し、その結果、「ちょっと要介護認定を受けた方がいいですね」という話になれば調査員の方が家などに来て、チェックをするという流れです。このように包括に相談すると親を見守るためのカードが先ほどより増えるのです。
介護をプロジェクトだと考えたときに、最初は親を自分と兄弟とご近所で支えるというのが一般的なステップだと考えられます。そして、「包括など行政に相談することによって自分がプロジェクトのリーダーになることが重要」と工藤さんは語ります。
「リーダーになって、親を人と医療と介護制度を使って支える。つまり、自分は『体に汗をかくメンバー』から『脳に汗をかくリーダー』になって介護の仕組みを整えていくということです。そして、『家族にしかできないこと』に集中してほしいと思います」(工藤さん)。
例えば、「在宅介護と施設介護のどちらが良いか」という方針やお金の使い方を決めるのは家族にしかできません。また、親と一緒に思い出を作るために旅行に行くといったことは、医療介護職の方々には決められません。
だからこそ様々なサポートを受けながら、リーダーとして方針を示し、「家族にしかできないことに集中してほしい」と工藤さんは言います。
下図は、2022年1月現在の工藤家の介護保険の利用状況です。
このように日曜日から土曜日まで様々な人が見にきてくれることで、工藤さんは東京で安心していられるようになっています。しかし、それでも誰かがみている時間は、週168時間のうちの14.5時間、たったの8.6%に過ぎません。そのため、残りの92%をどうカバーするのか、ということを考える必要があります。
工藤さんは、様々な道具を駆使することで介護を強化し、負担を軽減しています。中でも「めちゃくちゃ役に立っています」と語るのが固定電話。
工藤さんの母親は認知症のためスマホの操作が困難なことに加えて、充電切れのリスクがありますが、固定電話であれば、こうした問題を解決できます。さらに通話の自動録音機能で会話の内容を後から確認できるというメリットもあるのです。
また、コロナ禍の影響で、増えている特殊詐欺対策として有効です。工藤家にも、太陽光発電から健康食品など、全国から特殊詐欺と思われる電話がかかってきます。しかし、工藤家の電話は、登録した電話番号以外、呼び出し音がならないように設定されているため、母親が特殊詐欺の電話に出ることはありません。
この他にも工藤家には様々な機器が導入されています。3台設置されたスマートリモコンを使えば、季節ごとに室温の見守りが可能になり、熱中症を防ぐことができます。また、スマートスピーカーは、その日の予定がわからない母親に音声で予定を伝える役割を担っています。
工藤さんは、こうした電子機器や道具を「気遣い不要の介護スタッフ」だと語ります。
「様子がわからなければ電話するか直接いって確かめるという話になりますが、その必要もありません。私は1日何回カメラをチェックしていますが、移動する手間とコストに比べればかなり楽だと思います」(工藤さん)
また、以前は誤ったボタンを押してしまい、テレビ画面が映らなくなった母親が自分に何回も電話をかけてくるといったトラブルもあったそうですが、スマートリモコンを導入することで解消されたそうです。
このように工藤家では「道具」を活用することで、1週間のほとんどの時間を見守りできるようになっているのです。
工藤さんは、同じ状況にある人たちと交流を持つことで、ストレスが軽減されたことも多いと語ります。そして、置かれた状況ごとに仲間を見つけることができる場所の例を挙げました。
こうした場所を活用することで孤立を防ぐことができます。様々な種類の会合がありますが、参加して介護について話し合うだけでもかなり気持ちが楽になるそうです。
育児介護休業法は就業規則に記載されていなくても、どの会社にも適用されます。そして、介護の休みというのは大きく2つあることを理解しておいた方が良いと工藤さんは指摘します。
具体的には1人つき3回、通算93日休むことができる「介護休業」と1人につき年5日、2人であれば年10日取得でき、1日もしくは時間単位で休むことができる「介護休暇」です。
ポイントは、介護休業の場合、態勢を整えるための休暇であるため、自分で介護してはいけないという点。あくまでヘルパーさんを利用したり、デイサービスに行ってもらうという介護態勢の整備のためであり、決して自分で介護するための休みではないということを覚えておくべきだと語りました。
エンディングノートを親と一緒に書くことで、親の意思を確認することができます。聞きづらいかもしれませんが、預貯金の額、暮らしたい場所(最後まで自宅が良いのか、施設に行くのか)、延命措置、葬儀についても確認しておくべきでしょう。
「『葬儀なんて縁起でもない』と言いますが、それこそ亡くなる直前に聞く方が縁起でもないことだと思います」(工藤さん)
離れて暮らす親の介護にはデメリットしかないだろうと思う人も多いでしょう。しかし、工藤さんはメリットもあると言います。
一つは、認知症の症状が落ち着くというメリット。これはリロケーションダメージを避けると同時に、家族と距離をおくことで喧嘩することによる認知症の悪化を避けるという側面があります。また、自立した生活そのものがリハビリにつながっているそうです。
「我が家の場合、母親の1人暮らしなのですが、はっきり言って家事はメチャクチャです。それでも『自分で何かやらなきゃいけない』と考えて行動することがリハビリになる部分があるんです。
かかりつけ医の先生などから『いや、工藤家はすごいですよね。10年経っていて認知症も重度だけれど、概ね生活できている』とよく言われるのですが、その理由はおそらくこの自立した生活にあるではないかと思っています」(工藤さん)
また、離れて介護を行うことで、介護保険上のメリットもあります。例えば、買い物や洗濯、掃除といったヘルパーさんの生活援助は同居の家族がいる場合は原則利用することができませんが、離れていることで、この生活援助を利用することができます。
また、特別養護老人ホームの入居順位が高くなるというメリットもあるそうです。
そして、何より大きなメリットは、「自分の人生を大事にできる」こと。離れて介護をしていると、必ず誰かに頼らなければなりません。結果として、孤立しないですむということが大きなメリットになります。
また、認知症の介護を在宅でしていると、どうしてもイライラすることもあるそうです。そうした場合でも、一度東京に帰ってきて、反省とリセットをして、また岩手にいくということができると工藤さんは語っていました。
最後に、工藤さんは、10年にわたる遠距離介護の経験から伝えたい言葉として以下を挙げました。
500kmというのは東京・岩手間の距離を示しています。工藤さんは、「今一緒に在宅介護されている方も『もし自分の親が500キロ離れたところにいたらどうするか』というスタンスで態勢をつくっていくかを考えてみて欲しいです」と語ります。
離れていれば様々な人に頼らざるを得ず、そうすることで自然と仕組みづくりにつながり、結果として自分の介護負荷が軽減されていくそうです。
そして、「生きてさえいてくれれば、大体のことは何とかなる」。これまでの工藤さんの介護生活では本当に様々なことがありました。「母親が包丁で指を切って大量出血した」「牛乳の契約を勝手にした」など挙げればキリがありません。それでも、大体のことはなんとかなってきました。
そんな工藤さんが「唯一どうしようもできなかったこと」は「父が亡くなった」という一報をもらったときだというのです。長年の遠距離介護を通じて、様々な苦労を経験してきた工藤さんの「生きてさえいてくれれば何とかなります」という言葉に勇気づけられた参加者も多かったのではないでしょうか。
本イベントは平日夜にもかかわらず、200名以上が参加し、事前に募集した質問の応募数も50を超えるなど、「遠距離介護」に対する関心の高さを伺わせました。介護に関する情報を集めているという人は、様々な媒体で発信を行なっているという工藤さんの活動をチェックしてみてはいかがでしょうか?
またLIFULLが運営しているLIFULL 介護 では、介護に関わる様々な情報を発信していますので、こちらも参考にしてみてください。
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