Nさんは、いわゆる「同人活動」をしているときに、出版社からスカウトされ、マンガ家としてデビューしたそうですね。その同人活動の背景にも就職難があったそうですが。
先が見えない、老後の世界。モヤモヤを晴らして可視化すると、今できることがわかるかもしれません。ライターの藤谷千明さんが「氷河期世代」と呼ばれるその人の、暮らしや大切なことを聞いた上で、専門家と共にライフプランを見通します。第1回は、45歳の漫画家の男性からのご相談です。
「就職氷河期世代」とは、バブル崩壊後景気が悪化した1993年から2005年頃に新卒で就職活動をしていた世代を指します。また、リーマンショック後の2010年から2013年頃にかけて就職活動をしていた世代を指すこともあります。
筆者は81年生まれの高卒、つまり就職氷河期ドンズバ世代です。高校3年時に就職を考えたものの、学校に来る求人票はペラペラでした。当時は「高卒だし田舎だしな」と考えていましたが、数年後大卒のクラスメイトや都会に出た友人たちの就職状況も散々で、100社近く試験を受けても採用されないだとか、留学経験があり英語ペラペラだけど契約社員をやっているだとか(なお、職場で外国人研修生の通訳をやっていてもそれは給料に反映されなかったと聞きました)、さすがに「嘘だろ」と思った記憶があります。
最近、ニュースなどで氷河期世代の老後問題が取り上げられているのを見るようになりました。「年金すらもらえない暗黒の老後」「単身女性の大半は生活保護レベル」などなど、WEBメディアの扇情的な記事は大きなバズを生んでいます。その一方で「じゃあ、どうすればいいの?」と思っても、そういった記事には「社会の問題として取り組んでいきましょう」的なざっくりとした提案しかありません(もちろん社会の話も大事ですが)。それでは個人の不安を煽ってしまうばかりではないでしょうか。
これまで一応当事者なりに「氷河期世代」のニュースや記事を読んでいて、ずっと気になっていたことがありました。彼ら彼女らの顔が見えないのです。いや、プライバシーの問題でモザイクかけているとかそういうんじゃなくて。「可哀想」な面ばかりが強調され、皆同じ顔に見えたのです。本当はそれぞれの考えや人生があるはずなのに。どんな人生を送ってきたのか、どんな不安を持っているのか、それに対してどう策を練ればいいのか、そしてそれは可能なのか。そういう話が知りたいのです。
この記事は「氷河期世代」の人の話をじっくり訊いて、専門家の方と一緒に考えるためのものです。他の誰かの参考になるかもしれないし、ならないかもしれない。できれば不安になりたくないけど、問題を先送りにはしたくない。曖昧な内容になるかもしれませんが、興味のある方はお付き合いください。
Nさんは、いわゆる「同人活動」をしているときに、出版社からスカウトされ、マンガ家としてデビューしたそうですね。その同人活動の背景にも就職難があったそうですが。
何十社も面接を受けにいっても不採用ばかりで、ヤケになってリクルートスーツのまま、アニメ専門店に行くこともありました(笑)。上手くいかない就活の現実逃避的にマンガを描いていたら、小さな出版社に声をかけられて、仕事としてマンガを描くことになりました。
当時といえば、アニメやゲームなどのオタク的な文化が注目を浴び始めた時代でしたよね。いわゆる「萌え」系の漫画雑誌も続々と創刊され、新しい描き手が求められて……。私の友達もそれでプロになった人がいます。Nさんはそこから順調にマンガ一本ですか?
そうなんです。今は電子コミックの売上が好調なんですけど、逆に会社勤めの経験がないから、将来のことは想像つかないですね……。
未来のことは誰にもわかりませんからね。とはいえ、せめてお金のことは予想できるのではないか……と、専門家の方をお呼びしました。
こんにちは。ファイナンシャルプランナーの遠山です。
まずはライフプランを設計するために、現在の収入と支出、資産状況をお聞きしたいと思います。
世帯主収入 | 600万円 |
税・社会保険料 | -188万円 |
収入合計 | 412万円 |
生活費 | 148万円 |
住宅費 | 85万円 |
その他 | 40万円 |
支出合計 | 273万円 |
現預金 | 639万円 |
金融資産 | 156万円 |
負債 | 0円 |
資産合計 | 795万円 |
昨年の年収は600万円くらいです。電子書籍の調子がいいので、今年はもう少し上向きかな?という予感はしています。貯金はだいたい640万円くらいかな? 少し前に周りの友人たちがやっているので興味を持って、株式投資を少しやっていますが、勉強して運用してるわけではないので……。iDeCoの資料はとりよせたものの、面倒で放置しています(苦笑)。保険の類は現在加入していません。
iDeCoは申し込みが色々と面倒ですよね。書類を書いたり揃えたり、そういう細かい事務処理が苦手だから会社勤めをしてないというのに!
そうなんですよね。
家賃:約7万円
生活費:約12万円(漫画家としての経費を含む)
▼生活費の主な内訳
食費 約5万
趣味 約1万
交際費(冠婚葬祭ふくむ) 約0.8万
その他被服、日用品、水道光熱費などトータルして約12万円
生活費の中でも大きなウェイトを占める食費ですが、Nさんはどんな使い方を?
なじみの店に行ったり、他の職業の友人とご飯を食べたり……。やっぱり家にこもりがちな仕事ということもあってか、外食にはお金を使っちゃいますね。
作家さんにとっては、人とコミュニケーションをとることもインプットといいますからね。
そうなんです。高い服や車にはあんまり興味がないけど、外で人に会ったり、ご飯を食べたりすることは大事にしたいです。あとは、光熱費、通信費、家具家電の一部は経費として扱っていますね。趣味もマンガ代などに関しては経費に計上しています。
私も仕事のための書籍代は減らせないですね。ちなみに会社員の方で時々誤解してる人もいますが、個人事業主の「経費」は、確定申告をすれば税金が安くなるけれど、お金が全部戻ってくるわけではないんですよ。
Nさんの収支を見ると「収入も多いし安定してるじゃないか」と思う読者の方もいるかもしれませんが、個人事業主、つまりフリーランスは、いつまで仕事があるかわかりませんし、体調を崩してしまったら会社員以上に収入に直結します。
本当にそこが不安です。他にも60歳になってもできるのか、今のように流行を意識してマンガを描き続けるのかといわれると自信がありません。今の時代、自分だけでも作品を発信できるとはいえ、出版社の力を借りて仕事をするのが僕には合っているような気がして……。だけど、60、70歳になった僕と若い作家を比べたら、出版社からすれば後者がいいだろうし。でも僕はマンガを描くのが好きだし、自分にはコレしかないと思っているから、自分のペースで同世代に向けた仕事を続けていくのが理想ですね。
私も健康なうちは、ライター業を続けたいですね。他には何が不安ですか?
僕は一人っ子で、両親が亡くなっているから身寄りがないんですよね。預金ももう少しあったけれど、親の介護でかなり削ってしまいました。実家含めてずっと賃貸だったけれど、保証人になってくれる人も思い当たらないし、結婚して世帯を持つ予定も今のところは無いですし。独り身の高齢者は賃貸が借りにくいと言うじゃないですか。やっぱり家のことは心配ですね。
そうなんですよね、都市部では高齢者でもOKという賃貸も増えていると聞きますが、地方だとまだ少ないかもしれません。
具体的に購入する計画はないのですが、住みたい地域の物件情報はちょっと見たりしています。だいたい800万円前後で、買った方がいいのかな〜と悩んでますね。
まずNさんのライフプランをシミュレーションしてみましょう。何歳までお仕事をされたいですか?
定年がない仕事なので、描き続けられるならどこまででも続けたいです。とりあえず70歳までは収入があるといいな。
では、収入のピークはどこにしましょうか。なんとなくの予想で大丈夫ですよ。
うーん、正直本当に「わからんな〜」としか言えないのですが…固く見積もるとピークはないにしても、55歳くらいまでは現状維持を目指したいですね。
では70歳まで収入があり、55歳までは現在の収入ペースを維持しているシミュレーションを作りますね。プランは90歳まで作っています。「そんなに長生きしないよ」って言う人も多いけれど、今の時代、長生きしてしまうんですよ。むしろそれがリスクなんですよね。
まずは、家賃7万円の賃貸を借りて、70歳からサービス付き高齢者住宅に行くパターンです。
「サービス付き高齢者住宅」とは?
自宅と同じように自由に生活しつつ、何かあったときの見守りや生活支援、配食など様々なサービスを受けられる高齢者向けの住宅のことです。Nさんのお住いの地方都市ですと、家賃は12万円くらいからありますね。
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)とは?費用や入居条件、他施設との違い
業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護
シミュレーションすると、84歳のときに、資産がゼロになってしまうんですよね。
お、おう……。言葉にならない気持ちになりますね。しかもこれは、70歳くらいまで仕事をしていたケースですよね。それでこうなっちゃうのか〜。
なぐさめにはならないと思いますが、Nさんだけじゃないんです。フリーランスじゃない方でも、ある程度計画性を持ってないと、マイナスになってしまうことが予想されます。
次に、Nさんが気になっていらっしゃった800万円の住宅を購入した場合のプランを考えてみます。頭金200万円と考え、ローンは月3万円くらいになります。ちなみに、賃貸の家賃の何割かは経費にできますが、この場合は経費にできなくなります。メンテナンス代や固定資産税、リフォーム代や保険代などがかかります。
それでも90歳手前でマイナスになってしまうんですね。ちなみに、マイナスになってしまった場合はどうなるんでしょう?
たまにそういう相談も受けるのですが、最終的には生活保護になりますね。FPの仕事の領域ではないので、そうならないように対策をうつのが私達の仕事ですね。
こうやって見ると、自分は何も考えてなかったんだなあと気づきました。ぼんやりこのまま人生が進んでいくもんだと思ってたけど、当然そうじゃないんですよね。コレを見て「どっちにします?」って選ばないといけないわけじゃないけど、考えないといけないことが多いんですね……。
「何も考えていない」とおっしゃっていましたが、投資を始めていたり、そもそもこういう企画に参加される時点で、すでに考えていらっしゃるわけで。ここから「家計の寿命を伸ばす」ために考えていきましょう。
家計の寿命を伸ばすには基本的に、
収入を増やす
支出減らす
資産運用
の3つです。できること、続けられることを探してみてください。私がNさんのすべてを知っているわけではないから、「今日からNetflixの契約を解除してください」みたいなことは言えません。
自分で考えないとダメってことですよね。う〜ん、純粋な趣味というものは実は少なくて、例えばNetflixでアニメを見たり、マンガを読んだりは、仕事の経費に入るものもあります。他に趣味といえば、お酒や食事くらいかな……。外に出ない仕事だから、近所にお酒を飲みに行ったりするのは大事な人間関係のひとつです。家で飲んでたら使うお金は減るだろうけど、メンタルも削られるでしょうね。
人間関係はマンガのヒントにもなるでしょうし。
それこそ、両親の介護でまったく外に出られなかった時は、面白い漫画を思いつくことができなかったんです。週に3回飲みに出かけるのを、2回に減らすとか。
交際費や食費などを削るのは長続きしないですし、人生が楽しくないですよね。社会と接点がないと老化も早まると言われていますから、削らないほうがいいと思います。「削ってもいいもの」「そうでないもの」を見極めていくことが大事ですね。逆に家にいることが多いのであれば、Wi-Fiが使えるので、キャリアから格安SIMに変更すれば、通信費みたいな固定費は減らしやすいのではないでしょうか。たとえば月1万円減らしたら、12万円減らせるわけで。
確かに通信費は余地があるかな。でも、それ以外の支出は……。住居にも家具や服にもこだわりがないから、頻繁に買い換えたりもしないし。う〜ん、どうしたらいいのか。マンガで一発当てたら全部解決するんですけどね(笑)。
もちろん、このプランは確定事項ではありません。1年で1回でもいいので、ご自身の支出を点検する時間を作るのがいいのかもしれません。あとは資産運用、iDeCoなどは取り入れられてもいいのかなと思います。賃貸の方がお金がかかる試算が出ていたので、iDeCoを運用した場合も作ってみました。
マイナスに転じるタイミングが84歳から86歳に少し伸びてますね。
Nさんのようなフリーランスの方の場合、1年、いや2年分は生活防衛資金として現金を残しておいた方がいいと思います。ただ、預金額を考えても、もう少し投資に回してもいいと思います。月1万円でも2万円でいいのですが、今回は一例として月額3万円をiDeCoで積み立てした場合をシミュレーションしています。
興味はあるんで、資料をとりよせたりしていたのですが、たくさんの商品がありすぎて、どれを選べばいいのか……。
一般的にはインデックスで手数料が安いもの……、うーん、むずかしいですね。私は金融商品をおすすめできる立場ではないので、一般的に積立投資に向いている商品の解説になりますが、それにしても、もっとお時間をいただいて、きちんと誤解ないように解説する必要があります。今回はお時間がないので割愛しますが、中立な意見が書いてある書籍を読めば、ある程度まで選び方も理解できると思います。
勉強しないとですねえ。
こうやって振り返ると、人生について考えてしまいますね…。
自分はこれまできちんと年金も払っていたし、奨学金も30代の間に完済して、真面目にやってきたつもりなんですけど、こうやってみるとその日暮らし感がありますね(苦笑)。
正直私も似たようなもの……というか、貯金額などはもっと少ないです。
結論としては、これからも自分の力で頑張っていくしかないですよね。
ただ、そうやって「自己責任」になっちゃうのも、なんだか不安ですよ。
そうですね、たとえば出版業界にはマンガ家が原稿料だけでは食べていけないという問題がずっとあるんです。原稿料はなかなか上がるものではないですし、“上げてくれ”って訴えると編集さんに“使いづらい作家”と思われてしまうかもしれないというプレッシャーがあります。
“オタク文化は日本の宝”と語る政治家もいますが、マンガ家の原稿料だけでなく、ゲームクリエイターやアニメーター、あとはフリーライターも(苦笑)……。コンテンツ制作の世界は実力主義とはいえ、業界構造からくる待遇の低さはずっと問題になっていますね。そういう問題に言及する政治家もいますが、まだまだ少ないような。
昔は出版不況といわれていたけど、紙の本は売れないと言われていたんです。それが、新型コロナウイルスの影響で外出できなくなったせいか、電子書籍の売上が増えたんです。この”まさか”が、自分の人生に追い風になりました。遠山さんも“不確定要素が多い”とおっしゃっていましたが、マイナスのことも起こりうるけど、プラスのことも起こり得ますよね。未来はわからないですから、できることをやっていくしかないですよね。
イラスト:蟹めんま
1981年生まれ。自衛官、書店員、DTPデザイナーなどの職を節操なく転々として、フリーランスのライターに。趣味と実益を兼ねたサブカルチャーの領域での仕事が多い。共著に「すべての道はV系へ通ず。」(シンコーミュージック)、「想像以上のマネーとパワーと愛と夢で幸福になる、拳突き上げて声高らかに叫べHiGH&LOWへの愛と情熱、そしてHIROさんの本気(マジ)を本気で考察する本」(サイゾー)など。
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