見えない苦しさを抱える家族──地域包括支援センターが介入した虐待ケース

「『あなたがしていることは躾ではありません、虐待です!』と、時には高齢者を虐待する家族に対して厳しく指摘することもありました。介護は介護のプロに託すのが一番です」

そう語るのは、元地域包括支援センター(以下、包括)のセンター長で、現在は介護業界に特化した社会保険労務士として活躍する山本武尊さん。今回は、包括センター時代に家族による虐待ケースに関わった経験について話を聞いた。

今回のtayoriniなる人
山本武尊
山本武尊 地域包括支援センターの元センター長。介護の現場で長年働いた経験をもとに、介護業界の低い待遇や人手不足といった課題を解決したいと考え、介護に特化した社会保険労務士として独立。現在は、介護事業所の採用や人材育成、職場づくりのサポートを行うコンサルタントとして活動。介護に関する執筆や監修など幅広く活躍している。

高齢者への虐待というと、マスコミが報じるのは、介護施設で起きたケースが中心だ。しかし、厚生労働省の調査によれば、令和5(2023)年度の高齢者虐待と認められた件数は、介護スタッフ等によるものが1,123件だったのに対し、家族や親族、同居人など養護者によるものは17,100件と、圧倒的に家族による虐待が多い

(図)令和5年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果


虐待の傾向は主に2つに分かれるという。1つは、年金の搾取や、それに伴うネグレクト(介護放棄)といった「経済的依存タイプ」。もう1つは親の衰えを受け入れられず手や口を出してしまう「過干渉タイプ」である。山本さんから、それぞれに該当する2つの事例を伺った。
(※プライバシー保護のため、固有名詞等は一部変更しています)

 “介護していないなら関わるな” 妹を遠ざけ母を虐待した50代の息子

家族からの虐待で一番多いのは、息子によるケースだ。厚生労働省のデータによると、高齢者虐待事件の38.7%が息子によるものであり、次いで夫が22.8%を占める。娘や妻による虐待はそれぞれ18.9%と7.6%であり、息子や夫が虐待者となる割合が高い。     

山本さんが担当したケースでは、介護のキーパーソンだった50代の男性が、母親の年金を搾取していた。さらに、大声を上げたり叩いたりするなど、身体的な虐待も行っていたのである。

「息子さんは、勤務していた会社でリストラされ、無職。アルバイトや転職活動をする様子もありませんでした。離婚もし、お母さんの月15万円の年金を頼りに、2人で暮らしていました。『要介護1』の母は80代。80代の親が50代の子どもの生活を支える“8050問題”(高齢の親が中年の子を支え、孤立や困窮を招くケース)の典型例です」

母親は身体機能・認知機能の両方が低下していた。週1回のデイサービスに通い、居宅介護サービスも週2〜3回利用していたという。

2人兄妹だったが、男性は妹にすら「介護をしていないのだから関わる権利はない」として、母に会うことを禁じた。そのうち、妹に暴力を振るうようにもなり、虐待は「実家にすら入れない」と娘がケアマネジャーに訴えたことで発覚した。

加害者も“支援対象”に チームで挑んだ虐待の根本解決

完全にネグレクト(介護放棄)をしているわけではないので、介入が難しかったです。被害者本人の判断能力が低下していたので、どう関わっていいか悩みました」と山本さんは振り返る。

男性は、自分の生活費を優先し、母親に本来必要な施設の利用を、経済的な理由からためらっていた。完全にネグレクトしているのであれば、行政は虐待として介入もしやすい。だが、最低限の介護保険サービスは利用していたため、関係者は頭を抱えたという。

そんな中、デイサービスの職員が、ただの転倒ではできないようなあざを発見する。デイサービスとケアマネジャーが連携し、虐待の証拠を少しずつ集めていった。

こうした介入困難なケースに対して山本さんは、関係機関を交えた話し合いを開き、行政・警察・病院・地域のケアマネジャーなどとチームで対応した。時には厳しく叱責する支援者として、別の場面では加害者に寄り添う支援者として、役割を分担していた。近隣住民にも、大きな声が上がったら通報してほしいと依頼していたという。実際、住民からの通報で警察が駆けつけることもあったが、一時的に虐待が止まるだけだった。

山本さんは、高齢者支援だけでは限界があると感じ、根本解決には加害者側の問題にも目を向ける必要があると考えた。

「僕は、虐待事案を扱うとき、加害者も含め“どちらも被害者”という視点で支援にあたっていました。根本の原因である『息子の経済的な依存』を解消しなければ、問題の本質は変わらない。だからこそ、役所の高齢者に関する部署だけではなく、生活福祉課も巻き込んで支援計画を立てました」

長男という立場が追い込む、虐待と介護離職の落とし穴

このケースでは、男性の生活費は生活保護受給で賄い、母親と引き離すかたちで事態は収束した。

なぜ、実の息子が虐待加害者として最も多いという統計が出るのか、山本さんに尋ねた。

「身体的な暴力だけではなく、年金の搾取をするのも息子が多い印象があります。長男として大切に育てられると、プライドが高くなりがちです。“親の老後は息子が看る”という家制度の名残も大きいと思います。また、もともと仕事をしたくなかった人にとって、親の介護はもっともらしい離職理由になる。だから僕は、介護離職はしないほうがいいと思っています」

地域のリーダーが加害者に——母を支配した完璧主義の娘

次に、二つ目の「過干渉タイプ」の虐待事例を聞いた。

虐待していたのは50~60代の娘。80代の母親の近所に住んでいたが、その後実家に住み込んで母親の介護を担うことになった。娘には弟や夫もいたが、彼女の気の強さに圧倒され、意見できる人はいなかったという。外見や態度からは虐待するような人には見えず、地元では尊敬されている教師でもあった。

女性は、母の教育熱心さの影響で、地域でもリーダー的な存在として知られていた。

「理想を他人にも押しつけがちな完璧主義な女性で、母親を虐待していながら、地域の介護家庭にはアドバイスに行くような人でした。何にでも首をつっこみたがり、虚栄心が強く、包括センターの職員を敵視していました。僕が担当していたケースですが、『要支援』の段階で、彼女に担当を切られてしまいました」と山本さんは苦笑いする。

その後、彼女の態度はより高圧的になり、山本さんの部下に対し「職員としてなっていない」などの説教や、地域のケアマネジャーへの人格批判をするまでにエスカレートしていった。

母親は当初、介護認定は比較的軽い「要支援」だった。だが、5~6年で症状が進み、「要介護」になった。その頃から、娘が母を怒鳴る大声が聞こえたり、母親の身体にあざが見られるなど、虐待の兆候が表面化していった。

「あなたがしていることは躾ではない、虐待です!覚悟してください」

山本さんが母親への虐待について問い詰めると、女性は「虐待ではない!躾だ!」と呆れた言い訳をした。

このとき「叱責する支援者」の役割を担っていた山本さんは、強い口調でこう伝えた。

「あなたがしていることは躾ではない、虐待です!あなたは認めないかもしれない。でも、包括センターは虐待だと判断しています。覚悟してください」。さらに、「虐待が止まらなければ、行政判断で母親を措置入院させてでも守る」と最後通告をした。

「親が老いたという現実を受け入れられない人は多いんです。その女性は、身体機能が落ちて歩けない母を、無理やり歩かせていました。認知機能の低下で失禁したときは、『そうじゃないと言ったでしょう!』と大声で責め立てていた。偉大で、完璧だった母の理想の姿が崩れると、まるで自分が否定されたような気持ちになったのでしょう」

結局このケースは、ケアマネジャーと山本さんらの説得により、母親が自分の年金で施設に入ることで解決した。「女性がかつて親にされていたことを、今になって親に返してしまった面もあったのではないか」と山本さんは振り返る。

「女性には、『お母さんは、あなたにとってどういう存在だったのでしょうか』と心情に寄り添ったこともあります。『無理に独りで抱え込む必要はありませんよ』と伝えたこともありましたが、その声は届かず、一蹴されてしまいました。でも、その頑なさに、彼女の孤独や脆さを感じたんです。支援者のエゴですが、彼女のことも救いたいと思い、接していました」

山本さんは、「虐待とは、弱い立場の人が、さらに弱い人にする行為なのです」と語る。また、50代男性も同様に「親の老いを受け入れたくない」という思いがあったのではないかと振り返る。

このように、親の介護やその虐待には、成育歴も大きく関わってくる。

ケアは“ひとりで抱えない”時代へ——支え合う仕組みが動き出した

2020年3月、日本で初めて「ケアラー支援条例」が埼玉県で施行された。

ケアラーやヤングケアラーを明確に支援対象とし、孤立防止や支援体制の整備を県全体で進めている。全国初のヤングケアラー実態調査(高校2年生対象)を行い、その結果を政策にも反映している。自治体単位の取り組みも始まり、神戸市ではヤングケアラー専用の相談窓口や専門部署を設置。少しずつ、支援の輪が広がり始めている。

親の介護は、愛情があるからこそ冷静さを失います。だから僕は、介護は家族だけで抱えずに介護のプロに任せるのが一番だと思っています。介護離職の問題も企業へのアプローチが大切です。そして、プロと地域が力を合わせれば、ケアラーも家族も笑顔になれます。僕はそんな日が来ることを楽しみにしています」と、山本さんは穏やかな笑みを浮かべて語る。

厚生労働省の『地域包括ケアシステム』の理念とも共鳴し、誰もが安心して老後を迎えられる未来は、もうすぐそこまで来ている。

田口 ゆう
田口 ゆう ライター

マイノリティWEBあいである広場編集長兼ライター。2023年4月に「認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実」原作者として竹書房より出版。主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。日刊SPA!で連載や週刊プレイボーイ等に寄稿している。

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