「訪問美容」で自分らしさをあきらめない──外出できなくても、ヘアスタイルも気持ちも晴れやかに

trip salon un.湯浅さん、大坪さん

美容院へ定期的に通い、身だしなみを整えることは介護する側、される側の双方ともに負担が大きく、悩みの種になりがちです。

この悩みの解決方法として注目されるのが「訪問美容」。この訪問美容サービスについて、東京・南青山を拠点として首都圏で展開する「trip salon un.」を運営する株式会社 un. 代表取締役CEOの湯浅一也さん、スタイリストの大坪やよいさんにお話を伺いました。

今回のtayoriniなる人
湯浅 一也
湯浅 一也 株式会社 un. 代表取締役 CEO
介護美容研究所 主任講師
東京福祉専門学校 特別講師
東京ベルエポック専門学校 教育課程編成委員

2008年「Studio V」原宿店に入社。新人売り上げ1位を獲得。セミナー講師として技術指導も手掛ける。 2012年にtrip salon un.を立ち上げ。イベントや講演活動も行っている。介護職員初任者研修課程修了。
大坪 やよい
大坪 やよい 都内有名店を経て、un.に入社。社内ではサービスカスタマーを担当。さまざまな企画を新たに打ち出している。介護職員初任者研修課程修了。

介護施設で「美容院と同じ環境、同じサービス」を

──「訪問美容」はなかなか聞き慣れない用語かと思いますが、具体的にどのようなサービスを展開されているのか教えてください!

湯浅

高齢であったり、妊娠中・子育て中であったりなど、何らかの事情で外出できず、ご自身で美容院に行くことができない方を対象に、 ご自宅や病院、介護施設などに私たち美容師がお伺いし、美容院と同じサービスを提供しています。

2012年に、私ともう一人の代表とともに南青山を拠点として会社を設立しました。当初は2名でスタートしましたが、現在(2018年9月取材時)は社員が6名、登録スタッフが15名、合計21名です。サービスの利用者はこれまでに、のべ2万名を超えました。

── 訪問美容で気を配っているのはどのようなところでしょうか?

大坪

美容院と同じ環境、同じサービスを受けられるようにすることが基本です。ヘアカットだけでなく、カラーリングやパーマ、ネイルのメニューもあります。病院や介護施設の会議室などをお借りしてサービスを提供するのですが、美容院によくあるような観葉植物や雑貨、雑誌を持参して、オープン前に空間を作り込みます。

サロンの準備中
大坪

アロマをたいたり、BGMを流したりもします。ご案内の看板もあるんですよ。

湯浅

施設にいるお客さまは、毎日が単調になりがちです。私たちのサービスを利用していただくお客さまには、訪問美容をイベントだと思ってもらえるようにしたいな、と。非日常の空間を体験してもらいたいんです。

看板もあります

「自分が受けたくない」と思ってしまう訪問美容を変えたかった

── 訪問美容という事業を立ち上げようと思ったきっかけ、立ち上げるまでの経緯を教えていただけますか?

湯浅

自分の地元は北海道で、札幌の美容専門学校に通っていました。その授業で「どのような美容院を作りたいか?」という内容があったんです。同級生はいろいろな理想の美容院を語っていたんですが、僕には「自分の美容院が欲しい」という感覚があまりありませんでした。けれど、「社長になりたいな」「移動式の美容院なんていいな」なんてぼんやりと考えていました。

また、別のタイミングで「雪の多い季節には高齢者の皆さんはどうやって美容院に通っているんだろう?」とふと考えて、インターネットで調べた時に、「訪問美容」というサービスがあることを知ったんです。これはなかなか面白そうだと感じました。

── そのタイミングでは起業はしなかったんですね。

湯浅

当時はまだそこまで考えてはいませんでした。「まずは美容師としての技術を磨きたい!」という思いが強かったので、原宿の大規模な老舗美容院に就職し、スタイリストとして5年間働きました。そんな中、担当するお客さまから「自分の母親が施設で変な髪型にされてしまった」という話を伺ったんです。その時に自分の中で「訪問美容」という単語が再び浮き上がってきました。

湯浅さんとun.ロゴ
湯浅

再び、インターネットで訪問美容業界や福祉業界について調べてみたのですが、学生時代に自分が興味を持っていた頃と状況が全く変わっていなかったんです。5年もたっているのに、サービスが全然向上していない。これは問題だぞ、と思いました。そんなサービスは自分自身も受けたくないし、家族にも受けてほしくない。

── 問題意識が出てきたと。

湯浅

そこで「僕だったらこの業界を変えられるんじゃないか?」という変な自信が生まれてきました。ただ、そこでいきなり起業するわけにもいかなくて……。5年働いていると、自分の担当するお客さまもそれなりに増えていたんです。僕の都合だけでお客さまにご迷惑をおかけするわけにはいきません。

……などと考えていた矢先、上司から「この店がなくなる」という衝撃の話が飛び込んできたんです。なんと倒産です。かなりショックだったのですが、逆にこの機会を何とか生かせないかと考えました。そこで退職を選び、準備期間を経て2012年8月に起業しました。

── 立ち上げから6年たちました。順調に進んだのでしょうか。

湯浅

当初は営業のやり方も会社経営の仕方も分からず、美容師一筋だったのでビジネスマナーもパソコンの操作も分からない。介護士さんなど介護関係の知り合いすらもいない。「やりたい」という気持ちだけで会社を立ち上げました。だから設立直後は空き時間だらけ。本を読み、パソコンを学び、勉強会に行き、気になった人にFacebookで連絡して会いに行きました。

湯浅さん

── 知り合いがいないところからスタートしたんですね!

湯浅

空いている時間にできることはとにかくやっていきました。そんな中、前職のあるお客さまから連絡をいただきました。お店を辞める時、お客さま全員に訪問美容の会社を立ち上げるというご挨拶をしたのですが、それがご縁となって施設をご紹介いただいたのです。そこが私たちのお客さま、第一号。

さらに、そこの事務次長さんがとても良い方で、会社を作るに当たり、たくさんのアドバイスをしてくださいました。un.のコンセプトも一緒に作ってくださいました。その後は片っ端から飛び込み営業をして、少しずつ取引先が広がり、スタッフも増えていったんです。これまでの6年間は本当にあっという間でした。

美容院のサービスも美容師の技術も、すべて介護施設に持っていく

── 大坪さんは、いつun.に入られたのでしょうか。

大坪

ジョインして約1年になります。それまでは、都内の美容院で10年間働いていました。在職中から訪問美容で働きたいと考えるようになり、検索しているうちにun.を見つけたのがきっかけです。

── 訪問美容に興味を持ったのはどのような理由でしょうか?

大坪

もともと母親がケアマネジャーで、介護の話題が日常に入ってくる家庭でした。大手美容院に勤務していた頃、休日に母が所属していた施設の利用者さんのご自宅に伺い、髪を切らせていただいたことがありました。

その時、限られたスペースであるご自宅という環境と、持参する道具の少なさで、自分としては満足いく結果になりませんでした。利用者さんには非常に喜んでいただけたのですが、環境が整っていたらもっと良いサービスにできたはずなのに……という反省が大きかったんです。

大坪さん
大坪

また、訪問美容という勤務形態であれば、美容院勤務と比べると拘束時間が短く、妊娠・出産後に仕事へ復帰しやすいんです。だとしたら、結婚前でしっかり仕事ができる状況のうちに、自分の環境を整えておいた方がいいかもしれないと考えるようになりました。

── 介護への関心と、美容師としての働きやすさからだったのですね。

大坪

他の会社も検討しつつ、最初に面接があったのがun.でした。その席で、湯浅の話を聞いて、ここしかないと思いました。

単に髪を切るだけではなく、「美容師のクリエイティブ」を利用者へ届ける

── un.に入ってからの大坪さんの率直な感想をお聞かせください。

大坪

実は正直な話、湯浅と出会う前は、「訪問美容にはクリエイティブが求められていない」と考えている部分も若干あったんです。言い方は非常に良くないんですが、「ちゃんと切ればいいだろう」「短ければいいだろう」というような。

でも、湯浅と話してそれは間違いだと気づいて、反省しました。誰もが同じようにきれいになりたいし、同じように美容のサービスを受けたいですよね。

湯浅

自分としては、「訪問美容だから」という言い方が嫌いなんです。美容院で受けられるサービスが、介護施設では受けられないということが普通になっている。カラーもパーマもできない。そこが僕の中では訪問美容の問題点だと思うんです。

介護保険制度がスタートする前は、看護師さんやヘルパーさんが、いわゆる「特養カット」で利用者さんの髪を切っていた。本人の意思というよりは、介護する側の「介護しやすさ」で髪型が決まっていた。この現状を変えたい。そうであれば、美容院で受けられるサービスも、美容師の技術やポテンシャルも、すべて介護施設にそのまま持っていけばいいと考えたんです。大坪とそういう話をしました。

大坪

湯浅に「利用者さんのためになることなら何でもやっていいよ」と言ってもらったのも大きかったです。自分の考えている理想のサービスが提供できるような気がしたんです。

訪問美容で、理想のサービスを実現したいというお二人

訪問美容をきっかけに元気になり、訪問美容を「卒業」する人も

── 先ほど「拘束時間が短い」というお話が出ましたが、どのような仕組み作りをしているのですか?

大坪

un.に登録しているスタッフの中には、お子さんを持つ方もいます。お子さんのお迎えの時間などで勤務時間に制限があるのですが、そこを会社側で調整して、安心して働いてもらえるようにしています。今のうちから制度を整えれば、将来、自分が結婚して子どもができたとしても働きやすくなりますから。

湯浅

利用者さんのライフスタイルに合わせての訪問ですので、勤務時間はほぼ日中、平日のみなんですね。また、基本的に直行直帰です。

登録スタッフさんにも、お任せできるところは積極的にお任せして、責任とやりがいのバランスを取るようにしています。先日、寝たきりの利用者さんのカットをしていた際、顔に付いてしまう細かい髪の毛が取りづらくて悩んでいたんです。そこにまつエク(まつ毛エクステンション)が得意なスタッフが、粘着力が弱いまつ毛用のテープがあることを教えてくれまして。それを使ってみたら、細かい毛を取り除くのにとても便利でした! サービスをより良く、仕事もよりやりやすくなるよう、みんなで話し合える環境を作っていきたいと考えています。

大坪

いろいろな美容院でさまざまなテクニックやノウハウを培ったメンバーがそろっているので、いろいろな知恵を出し合えるんですよね。

訪問美容の様子

── ちなみに、サービスを利用される方の人気ヘアスタイルなどはあるのですか?

湯浅

こちらからはその時々のトレンドを取り入れたご提案をしています。高齢の方からは、ご自身の若かった頃の髪型や、昭和の人気俳優さんの髪型を希望される場合が多いですね。

大坪

ご家族が写真を持ってきてくださったりもするんです。自分の好みの髪型になると、年齢や性別関係なく、皆さんとても満足されていますね。

湯浅

お客さまの中に、サービス利用当初は要介護度が高く、移動に介助が必要だった方がいました。以前は非常に身だしなみに気を使っていたそうです。

un.を利用されてから、「またおしゃれをしたい」という気持ちに火がついて、リハビリに対して非常に熱心に励むようになったそうです。その後、その方はお会いするたびに元気になっていき、ついには自力で美容院に通えるようになって、私たちのサービスから卒業されていきました。こんなにうれしいことはないですね。

── 介護を受ける方にとって、美容が与える影響は大きいんですね! 今後の訪問美容に対する展望をお聞かせください。

湯浅

施設にいらっしゃる方、外出が難しい方、それぞれが美容院を訪れたときと同等のサービスを受けられるように、首都圏だけでなく、関東、関西、本州、国外へと広げていきたいですね。髪の毛を整えるだけで、人はとても前向きになれる。前向きになれば、よりはつらつと毎日を送れます。今後も視野を広くして活動を続けて行きたいと思います。

── ありがとうございました!

テーブルに広げられたサロンセット

取材・構成:浦島茂世

撮影:中辻隆史

編集:はてな編集部

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