BL(ボーイズラブ)を通じて女子高生と75歳の老婦人が親しくなる『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)。息子&孫夫婦との住居問題から、家出を決意し、新たな人生を切り開いていく『傘寿まり子』(講談社)。70歳で初産を迎える夫婦を描いた『セブンティウイザン』(新潮社)など、最近は高齢の女性を主人公とした漫画のヒットが相次いでいます。
「少女漫画の主人公=若くてかわいい女の子」というこれまでの概念を覆す、これらの漫画にはどんな魅力があるのでしょうか? 大人女子マンガ研究をしているトミヤマユキコさんに聞きました。
――なぜ今、高齢の女性が主人公の「老女漫画」が増えていると思いますか?
漫画家と読者の年齢が上がってきているのではないかな、と感じています。昔だったら、学生時代にプロデビューした作家さんに同世代の読者がついていって、大人になったらお互い漫画のメインストリームから少しずつ離れていったように思うんですよね。でも今は、描く方も読む方も、いくつになっても漫画を卒業する必要がないですよね。
――確かに、漫画は「大人の趣味」として受け入れられるようになりました。
となれば、これまで「思春期の恋」をメインに描いてきた漫画家も、年齢を重ねるにつれ、描きたいテーマが変化するのは自然なこと。例えば、舞台が「学校」「バイト先」から「職場」「家庭」になったり、「恋愛」は「結婚を前提とした恋愛」に、さらに「夫婦」「出産」など、さまざまなライフステージが描かれるようになったりする。となると、「老女漫画」が増えるのは当然な流れなのかもしれません。
――そもそも、以前は老女が登場する漫画が少なかったのでしょうか。
少ないというか、登場人物を脇から支えるキャラクターが多かった気がしますね。着物を着て、髪を結って、おじいさんと一緒に慎ましい暮らしをしているおばあちゃんがどうしても描かれがちで、ステレオタイプばかりの暗黒時代がけっこう長かったような。でも、最近話題になっている作品はどれも、老女が主人公として、自分らしく輝いています。
『メタモルフォーゼの縁側』の雪さんのように「BLが好き」とか、『傘寿まり子』のまり子さんのように「ネカフェに寝泊まりしても意外と楽しんじゃう」キャラクターを描いても、世間に受け入れられるとわかった。多様なヒロインを描けて読める、良い時代になったなと思います。
――ヒット作の老女たちは、見た目も性格も、それぞれの魅力的なキャラクターばかりですよね。
本当は、「歳をとったおばあちゃん」をチャーミングに描くのは、なかなか難しいはずなんですよ。「かっこいい」「素敵」「かわいい」と思わせる画力があるからこそ、作品もより魅力的になるのかなと。服装や髪型もそれぞれに個性があって、自分らしさを大切にしている。そういった絵を見る楽しみもありますね。
――では、老女が主人公だからこその面白みは、どういった点にあると思いますか?
人生経験が少ない若いヒロインだと、当たり前ですが世間知らずな状態から物語が始まります。その点、老女漫画の場合、すでに人生で積み上げてきたものがありますから、「成熟した主人公」を読む楽しみがありますよね。あと、含蓄のある人が、ぽろっと言うセリフの重みが好きですね。かと思えば、制服ヒロインばりのピュアなセリフのギャップ萌えもあります(笑)
老いているからってすべてが枯れるわけではないし、「老後は安泰」とか「自分はもう何も変わらないだろう」と思っていた人にも、思わぬ人生の番狂わせがある。そこに老女がどう対処していくのかという面白さは、未熟な少女にはなかなか出せない部分でしょうね。
――漫画はリアリティに共感する面白さもあると思いますが、それとはまた違った楽しみ方ですね。
私は、漫画は思考実験だと思っているんです。例えば、『セブンティウイザン』は、70歳で初産を迎えたら、世間はどう見るのか、医療的にどういう壁があるのか。リアリティというよりも、もしそういう世界だったらどういうことが起こるのかを、読者に考えさせてくれるなと。絶対にこういう未来がくるからこうしようぜ、というハウツーではなく、いろいろと想像することで頭が活性化する作品として、私は読んでいますね。
あと、老女ではないのですが、『ゆりあ先生の赤い糸』(講談社)は50歳の女性が主人公。手芸教室の先生をしながら、夫と義母と幸せに暮らしている漫画なのですが、夫がいきなり倒れてコミュニケーションが取れなくなったり、長年連れ添っていても知らなかった一面が出てきたり、ジェットコースターのような展開が続くんですよ。「老後」までいかなくても、もしかしたら近い将来、こういう予期せぬ「変化」が起こる可能性もゼロではないのだな、と気付かされますね。
――なるほど。ある種、参考としての面があると。
そうですね。漫画の良いところは、自分の中でストーリーや登場人物たちのイメージを勝手に伸び縮みさせても失礼に当たらないところ。いい意味で架空の人生なので、都合良く解釈して、自分の人生に重ねたり、応用したりする自由がある。まだ自分事ではないストーリーも、実際に起こったらどうなるのかという視点で楽しく読めますよ。
――老女漫画を読んでいて、共通して感じるメッセージはありますか?
「年齢を重ねてからも、心が活性化するような何かが必要だ」というメッセージですかね。歳をとった後もけっこう人生は続くわけです。長い人生でどういう風に楽しみを見つけていくべきか考えて、好きなものや生きがいをしっかり持っておきたいと、作品を読んでいて改めて思いましたね。
私も、「将来どうなるんだろう」と不安に感じるし、そこに「老い」があるのは確実なことですよね。だから、ある種のロールモデルというか、こうなれたらいいなという姿を想像できる作品を読ませてもらえると、精神的な備えにもなります。「備えあれば憂いなし」じゃないですけど、少し気持ちに余裕ができるというか。
――ちなみに、トミヤマさんがこうなれたらいいなと思うキャラクターはいますか?
『傘寿まり子』のまり子さんは、パワフルですよね〜。一緒に何かやってみたい、付いていきたい先輩って感じ。『セブンティウイザン』の夕子さんも考え方に柔軟性があるし……それぞれ学ぶべき点はたくさんあるんですけど。
やっぱり、『メタモルフォーゼの縁側』の雪さんに憧れますね。知らないことや慣れていないことを否定せず、BLを読んでも「応援したくなっちゃうのよ」と言える、その受け取り方が素敵だなと。こういうおばあちゃんになれたら、良い老後が過ごせると思いますね。
――架空といえど、理想の人生の先輩ですね。
そうですね。所属している会社やコミュニティにもよるかもしれませんが、今の時代、高齢者と触れ合う機会って少ないと思うんですよ。となると、ロールモデルが血の繋がっている親や親戚しかいない。それだと視野が狭いし、選択肢も限られますよね。
――トミヤマさんも周りにロールモデルはいないんですか?
年上の友だちがたくさんいるわけじゃないですし、昔習っていた茶道の先生も、残念ながらだんだんと疎遠になってしまいましたね。そう考えると、漫画という良質なフィクションがあってくれて本当に良かったです。
――最後に改めて、老女漫画の魅力を教えてください。
老女漫画って、あんまり心臓に負担がかからない漢方のような存在なんですよね。「誰もが老いて死んでいく」ということは事実でも、そのイメージだけを持って生活するのは、正直しんどい。でも、老女漫画を通して、どんな人にも生きる中で培ってきたその人なりの魅力があるし、それは自分にもあると信じることができるかな、と思います。
――「老いる」=失うものばかりではないですよね。今の日本では、「老後」に対するネガティブなイメージが強すぎるように感じることもありますが…。
老いることをただネガティブに語っていたら、この先の日本はかなり辛いですよね。これからの超高齢社会、制度的なものだけで自分を支えるのはもう難しいですよ。それに、高齢者を対象にしたヤバイ自己啓発本もいっぱい出るような気がしているんです。
――不安がつのって、ついそういった本を手にしてしまう人もいそうです。
そういう本がたくさん出てくる前に、もっと老人が主人公の漫画が増えればいいなと思いますね。良質なフィクションに抵抗勢力として頑張ってほしい。よくわからない自己啓発本より、よっぽど人生に効くぞと。
――そうですね! これからも、いろんな作品に出合いたいですね。
ね。老女漫画、まったく飽きないですよ。理想のおばあちゃんは、もっといると思っているので、私もまだまだいろいろな作品を読みたいですね。楽しみに待っています。
編集:ノオト
撮影:小野奈那子
2015年からコンテンツメーカー有限会社ノオトのライター・編集者として活動。企業のオウンドメディアなどで記事を執筆。「マンガを介したコミュニケーションを生み出す」ことを目的とした「マンガナイト」にも所属する。
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