自分探しは続いても、明るく生きたい。55歳の大槻ケンヂさんが語る“老い”とこれから

ロックミュージシャンとしても作家としても、唯一無二の存在感で第一線を走り続けている大槻ケンヂさん。大槻さんがボーカルを務めるバンド「筋肉少女帯」はデビューから33年を経た現在もライブを続け、活動の幅を広げています。

そんな中、個人としても40代で新たにアコースティックギターを始めたり、コロナ禍でTwitterやInstagramといったSNSを一挙に始めるなど、年齢を重ねる中で次々と新しいチャレンジを続けている大槻さん。その背景には、40代を過ぎ、50代になった現在もずっと「自分探し」をしている感覚があるそう。しかし50代を迎えたことで、以前よりも前向きな気持ちが芽生えてきたと語ります。

今回そんな大槻さんに、歳を重ねたことでの心境の変化や、50代ならではのバンドマン事情、これからしたいと思っていることなど、50代からの生き方について伺いました。(※取材はオンラインで実施しました)

今回のtayoriniなる人
大槻ケンヂ
大槻ケンヂ 1966年東京生まれ。1982年に中学校の同級生とロックバンド・筋肉少女帯を結成し、1988年にメジャーデビュー。2000年からはロックバンド「特撮」のボーカリストとしても活動。音楽活動のみならず、エッセイスト、小説家としても活躍。

「なぜかデビューしちゃった」ことへの葛藤

──大槻さんは2020年で55歳になられたんですよね。いま振り返って、20代から40代というのはそれぞれどんな年代でしたか?

大槻:僕は22歳で大学を中退して、そのまま筋肉少女帯っていうバンドでメジャーデビューしたんですけど、当時のバンドブームの波に乗れたこともあって、けっこう速いスピードでワーっと売れちゃったんです。

そのときはもちろん楽しかったんだけど、予想のつかないスピードで世に出ちゃったものだから、対応しきれないところはありました。周りはちやほやしてくれるから調子に乗りたくなるけど、このままなわけないよな……と冷静に思う自分もいて。

──大槻さんはそもそも、音楽活動をしたいとかバンドでデビューしたいという気持ちがそこまで強くなかったそうですね。

大槻:そう、中高生の頃にパンク・ニューウェーブというジャンルを知って、既成の音楽概念を打ち破れ、という思想にガーン! ときたんです。最初は音楽だけじゃなくいろんな自己表現をしてみたいと思ってたんだけど、その中でもいちばん手っ取り早く人前に出られる方法はライブだなと思って。で、ライブハウスに出るために暫定的にバンドを組んだら、それがなぜかデビューしちゃって、いつの間にか自分がボーカルという肩書きになっちゃったっていう。

筋肉少女帯

だから、音楽以外にもっと自分に向いてる表現の方法があるんじゃないか、っていうのは筋肉少女帯としてデビューしてからもずっと悩んでました。テレビタレントさん的なことをさせていただいたりもしたし、小説を書いたりもしたし。

──いろいろ悩まれたこともあって、20代後半からはうつの症状も感じられていたとか。

大槻:僕ね、最近になって自分で分かってきたんですけど、調子のいい時期と悪い時期が長いタームで交互にくるタイプなんだなって……。多分、20代後半から30代くらいまではうつの時期だったんだろうな。でもまあ、これだけ生きてくると自分の性分も分かってくるので、いまはもう慣れたかもしれないです。落ち込むことは多々ありますけどね。

──そういうときって、どうやって気持ちを引き上げられているんですか?

大槻:落ち込んでいる自分を客観視するのが大事ですよね。いまの自分はたまたまそういう状態にあるけれど、それが本質ではないっていうのを俯瞰(ふかん)で見るようにする。あとはまあ、どうにか楽しい方に気持ちを持っていこうとするしかないのかなあ。

40代を過ぎても「このままでいいんだろうか」という焦燥感が常にあった

──大槻さんはデビューから約20年を経て、40代でアコースティックギターを始められたんですよね。このタイミングでギターをやってみようと思ったのは、どうしてですか?

大槻:さっき言ったとおり、僕は気がついたらボーカルになっちゃってたので「音楽ができないこと」がずっとコンプレックスだったんです。周りには楽器の天才みたいな人たちがいっぱいいるんですけど、僕は「全音符って何?」みたいな感じだったから。

そのコンプレックスは40代になっても常に頭にあったんですけど、考えてみると、いまいる場所とか友人とか、全てを僕に与えてくれたのは音楽だったわけです。これはちょっと、「分かんない」と言ってるだけでは音楽に悪いなと思うようになって。

試しにアコースティックギターを買ってみたら、まず美術品としての面にやられちゃって。それでずっと触ってるうちに、簡単な弾き語りくらいはできるようになりました。

──ギターを始めた時点では、コードや奏法などの知識はほとんどなかったそうですね。

大槻:なかったです。それまでは、自分の曲も全部鼻歌で作って、メンバーに伝えていたから……。あらためて自分の作ったメロディーがどういうコードなのかを周りのメンバーに教えてもらったり、ギター教室の先生に教えてもらったりしたときは、強烈なショックがありましたね。

僕にとって音楽というのは、エモーションでありパッションだったわけです。ところがちょっとかじってみると、実はそこに理論があった。

──それまでは、周囲の人たちから「音楽理論を学んだ方がいい」と言われたりすることってなかったんですか?

大槻:なかったなあ……。ロジックで音楽を理解している人ばっかりだと、バンドって意外に成り立たないところがあるみたいで。周りは音楽的に高みにいる人だらけなんだけど、そこに奇妙なパフォーマンスをして奇妙な詞を書いてなんか騒いでる僕みたいな人が一人いると、異化効果(※日常生活で見慣れたものを、異様なものに見せる効果のこと)が生まれて面白くなるっていうのを、彼らは知ってるんだと思います。

僕いま喉の調子があんまりよくないんですけど、ついこの前もライブのアーカイブ動画を見たメンバーに「このときの大槻はメロディーを探りながら歌ってるように見える。そんなの気にしないで歌いなよ。大槻は音程なんかどうでもいいんだよ!」って言われました。

──(笑)。

大槻:ああ俺、音程なんかどうでもいいんだって(笑)。なんか、そういう要員がときどきパンク界には必要みたいですよ。

──でも、だからこそ大槻さんは、歳を重ねられても自分の殻に閉じこもらず、新しいことにも抵抗なくチャレンジされているのかもしれませんね。

大槻:そうかもしれない。何かしら新しいことにチャレンジして常にアドレナリンを出してないと、落ち込んじゃうんですよ。子どもの頃、近所のお祭りのお囃子が自分の家まで聞こえてくるんだけど、自分は用事があってそこに行けない、みたいな日ってあったじゃないですか。そういう「自分は何をしてるんだろう、このままでいいんだろうか……」っていう焦燥感が、人生の中に常にあるんですよね。

──そういう焦燥感にかられて始めたことって、ギター以外にも何かありますか?

大槻:もう、たくさんあります。コンプレックスが多くて、ずーっと自分探ししてる人ってたまにいるじゃないですか? 僕、完全にそうなんです。いまだにそうだな。

子どもの頃から運動が苦手だから、何か武術や格闘技にチャレンジしてみたいって気持ちも強くて、20代後半くらいからジムや道場の見学をして回るっていうのもよくやってました。護身術とか中国拳法とかいろいろ行ってみたんですけど、結局続かないんですよね……。太極拳とかもやってみたけど、すでに教室に生徒のコミュニティーが出来上がってるところが多くて、そこに入るのは難しいなっていうのも感じましたね。

──確かに、コミュニティーにあとから入っていくのってちょっと億劫ですよね。

大槻:そうなんですよ。僕、ライブをすごい本数やってるのも、少人数のコミュニケーションが苦手だからなのかなって思います。人付き合いがうまくなくて、1対1とか1対5とかはいやだなあって思っちゃうんですけど、1対1万とかになると、わりと大丈夫なんですよ。

ステージに立ってるときの方が、メンバーともお客さんともコミュニケーションを取りやすいんですよね。だから、人とのコミュニケーションが苦手っていう人は少なからずいると思うんですが、意外にステージに立っちゃうといいかもしれない。軽はずみに言いますけど……。

言いたかないけど、50代になって2時間のライブは大変です

──メンバーともステージ上での方がコミュニケーションしやすい、というお話がいまありましたが、やはり何十年も一緒にいると、普段はそんなにしゃべらなくなるものですか?

大槻:うん、あと加齢も関係してると思うんだけど、おじさんってほんとにしゃべらなくなるんですよ。

──過去のインタビューで「ミュージシャン同士も、歳を重ねるとだんだん健康や老いについての話をすることが増えてくる」とお話しされていました。話をするとしても、そういった話題が多いんでしょうか。

大槻:ほんとそうです。ミュージシャン同士で会うともう、「足が痛い」「いや、俺は首」「俺は腰だよ」とか痛み自慢が止まらないんですよ。そこからちょっと踏み込んだ仲になると、親の介護なんかの話も出てくるし。誰に聞いても、わりとヘビーな話が多いんだよな……。

──ファンの方からもときどき、そういったお手紙が届くそうですね。

大槻:親御さんやお連れ合いの方の介護の合間にライブに行ってます、筋肉少女帯を聴いてますって言ってもらえることは多いです。多分、大変な日常から少しでも解き放たれる瞬間として、ライブの時間を使ってもらってるんじゃないですかね。

……だからほんとはあんまり足が痛いとか首が痛いとか言っちゃいけないと思うんだけど、若いときに作った曲ってやっぱりキーも高いし、むちゃくちゃだし……。作ってから30年たっても歌ってるとはまさか思わないじゃないですか。言いたかないけど、50代になって、それを2時間ライブでやるって大変ですよ! ほんとにやばいんですよ。

──そうですよね……。ライブが続くときって、体調維持はどうされてるんですか?

大槻:最近はね、コロナ禍の影響もあって、ライブが終わったらすぐに家に帰ってるんです。そうしたらものすごく体が楽になった(笑)。30代くらいまではライブの余韻に浸りつつ、必ず大勢でワイワイ打ち上げをしてたんですけど、もう最近はそのまま帰って、アド街とか見て寝ちゃうようにしてて。体も気持ちも切り替えられるので、50代にもなってくるとその方がいいなって。

……なんか、例えばポール・マッカトニー先輩とかミック・ジャガー先輩なんて、あのお年であれだけライブをやってるわけじゃないですか。あの人たちがずっと元気だと、僕らも「もう無理」とか言いづらいんですよね。

──ミック・ジャガーさんとか、信じられないくらい元気ですもんね。

大槻:信じられないほんとに。だから早くくたばってくれないかな、なんて(笑)。……まあ、僕なんかはライブ中にバテちゃってもそれで笑いを取ったりするタイプなんで、まだいいんですよ。そういうことを言えない人はみんな歯を食いしばってやってるんだと思うと、本当にすごいですよね。

──確かに大槻さんは、そういった心境についても率直にMCで吐露したり、歌詞に書かれたりもしている印象です。

大槻:もう若くはないミュージシャンがいつまでも若いことを歌い続けて、リスナーの方に力を与えるっていうのも素晴らしいことなんですけどね。僕はわりとそのときどきのことを歌う方なので、例えば今後、「老い」とか「介護」という直接的な言葉を使うかは分からないけど、そういうことも少しずつ歌詞に出てくるんじゃないかな。切実な問題ですから。

──大槻さんがそういったテーマを歌ってくださるとしたら、励まされるファンの方は多いと思います。

大槻:そうだといいですよね。……あと、周りのミュージシャンでもこれを言う人ってけっこう多いんですけど、将来的にはリスナーやファンの人たちと老人ホームを作って、そこで一緒に暮らすのもいいかもなって思います。もしかしたら、そのうちそういうコンセプトのアルバムを1枚作ってもいいかもしれないな。

50代なんてまだまだこれからじゃん、って思う

──50代になられたいま、これまでとの心境の変化を感じられたりしますか? 以前「40代までの頃よりは少しポジティブになってきた」とお話しされているのを拝見したんですが。

大槻:50代半ばを過ぎてから悲観的な気持ちになっちゃうと、ほんとにやばいんだろうなって気がするんですよ。この歳になってくると、先輩ミュージシャンがどんどん病気になられたり、同世代の友人も急に亡くなったりするから……。だからできるだけ明るい気持ちでいたいなと思うようになりました。

……UFO研究家のジョージ・アダムスキーって人がいるんですけど、ご存じですか? 1950年代に、UFOと遭遇して宇宙人に会ったことを公表して有名になった人です。彼が初めて宇宙人に会ったのが62歳の時らしくて。それまではただの「不思議なおじさん」だったのが、宇宙人に会って本を出したことで、60代でようやく世界的に有名になった。

──60代で初めて、なんですね。意外と遅咲きというか……。

大槻:そうなんですよ。だから僕、アダムスキー的に言えばまだ宇宙人にすら会ってない年齢なんです。だから50代なんてまだまだこれからじゃん、って思いますね。

──じゃあ大槻さんは今後、音楽活動や執筆活動以外にも、全然違ったジャンルのことをされる可能性もありますか?

大槻:何かまだあるかなあ。僕、コロナ禍になってからSNSを始めたんですよ。Instagram、note、Twitter、YouTube、ツイキャスと一気にやるようになって。YouTubeとツイキャスはなかなか難しくて続かなくなっちゃったんですけど……。

でもYouTubeはまたちゃんとやり直したいですね。最近、うちのバンドの内田くんが「YouTubeは面白いね」と言い出して。彼はもともとテレビすら見ないようなタイプだったので、それを聞いてびっくりしたんです。周りのミュージシャンもYouTubeをどんどん始めてるし、前にVTuberの月ノ美兎さんって方に歌詞を書いたりもしたので、自分ももう「分からない、難しい」で済ませちゃいけないなと思ってます。パスワードも分からなくなっちゃったので、今度はパソコン教室とかに通って……。

──YouTubeやツイキャスといった媒体での発信が増えていくのも、いまからとても楽しみです。

大槻:大人になると、世の中の流れに乗ろうとしてみるか、意固地になるかで道が大きく分かれると思うんです。もちろん「これはいかがなものか」って疑ってみるのも大事なんだけど、あんまり意固地になり続けると、いつの間にか過去だけに生きる人になっちゃう。

いまって、一人で曲を録音して配信している若いミュージシャンの方がいっぱいいるでしょう。ああいうのを僕もちょっとやってみたいなと思ってるんです。いずれは簡単なトラックを作って、そこにポエトリーリーディングを入れて、みたいな……。若いミュージシャンも同世代のミュージシャンもみんながんばっているから、もっとどんどんコラボしたい。最近はそんなことを考えてますね。

取材・構成:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
 

インフォメーション

筋肉少女帯 New Album「君だけが憶えている映画」
2021年11月3日(水)発売
TKCA-74993 CD+DVD(初回生産限定盤)¥4,950(税込)
TKCA-74994 CD only(通常盤)¥3,300(税込)

1.楽しいことしかない
2.無意識下で逢いましょう
3.坊やの七人
4.世界ちゃん
5.COVID-19
6.大江戸鉄砲100人隊隠密戦記
7.そこいじられたら〜はぁ!?
8.ロシアのサーカス団イカサママジシャン
9.ボーダーライン
10.OUTSIDERS
11.お手柄サンシャイン

【筋肉少女帯】楽しいことしかない / 【Kinnikushoujotai】 Tanoshiikotoshikanai

【発売情報】

■「20thアニバーサリー・リベンジャーズ」Blu-ray/DVD
発売日:2022年2月6日(日)

「20thアニバーサリー・リベンジャーズ【豪華版(Blu-ray2枚組+特撮オリジナルパーカー)】」
品番:ECB-1434
価格:¥13,800(tax in)

■特撮オリジナルパーカー
仕様:プルオーバーパーカー
素材:8.0 oz(270g/m2)・ 綿50%/ポリエステル50% ・裏起毛
サイズ:身丈76/身幅66/裄丈93 (cm)

 [Blu-ray収録内容]

本編映像
・「20thアニバーサリー・リベンジャーズ」 2021年10月14日(木)新宿BLAZE公演

特典映像
・「20thアニバーサリー・リベンジャーズ」TOUR MAKING VIDEO
・「夏のデビル〜スリーストーリーズ発売記念LIVE!」TOUR MAKING VIDEO
・「オーバー・ザ・レインボー〜僕らは日常を取り戻す」MUSIC VIDEO
・「ミステリーナイト」MUSIC VIDEO

封入特典
・特撮マガジン
・ステッカー

ご予約はこちら

【初回限定版(Blu-ray2枚組)】
品番:KIXM-90486~7
定価:¥9,000(tax in)

[収録内容]
豪華盤と同内容

封入特典
・特撮マガジン
・ステッカー

【通常版(DVD)】
品番:KIBM-901
定価:¥4,500(tax in)

[収録内容]

本編映像
・「20thアニバーサリー・リベンジャーズ」 2021年10月14日(木)新宿BLAZE公演

ご予約はこちら


 

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