学ぶことで世界は広がる。65歳で修士号を取得した私が、還暦を過ぎてからの「学び直し」で得たもの

「学生時代に、もっと勉強しておけばよかった」
「実は新しく学んでみたいことがあるけれど、なかなか重い腰が動かない……」

年齢を重ねる中で、そんな思いを抱えている方は少なくないかもしれません。

20年にわたって書評などを続けてきた人気ブログ「極東ブログ」の筆者・finalventさんは、60代で放送大学の大学院に入学し、念願だった修士号の取得を成し遂げました。

年齢を重ねて体力・知力の衰えを感じる中、finalventさんはいかにして学び直すことができたのでしょうか。また、年齢を重ねてから学び直すからこそ、得られたものとは? 大学での経験と、現在の思いをつづっていただきました。

人生の「やり残し」に始末をつけた日

2023年3月25日、雨の渋谷。この日、65歳の私は大学院で修士号を得た。人文学修士。青春の夢が達成できた。40年かかった。人生のやり残しにひとつ始末をつけた。

大学院は放送大学の修士課程である。卒業式に相当する学位授与式は渋谷のNHKホールで行われた。紅白歌合戦も行われるというその会場に入り、もの珍しさもあってきょろきょろと見回した。誰かに見られているだろうかとも思った。この日、私はちょっとコスプレをしていたからだ。

といっても、ハロウィンのような奇抜なものではない。アカデミック・ガウンにマスターフードを付けた衣装だ。ハリーポッターの映画に出てくるようなあれ。さすがにそんな衣装はこの広い会場に一人だけ。目立つなあ、恥ずかしいなあ、という思いもしたが、うれしさの方が勝る。

これを着たいとずっと思っていた。国際基督教大学の大学院で学んでいた20代の頃からだ。同大学の学部卒業式では、米国のアイビー・リーグ(米国北東部にある8つの有名私立大学)のようなアカデミック・ガウンを着る。過去に皇室の眞子さま(当時)と佳子さまがこの厳かなガウンを着た姿は、新聞やテレビ・ニュースで話題にもなったので、あれか、と分かる人もいるだろう。私も40年前、これを着た。バチェラー(学士)は黒一色で、修士は背に装飾されたフードが伴う。40年ぶりに袖を通す日を心待ちにしていた。

とはいえ、放送大学には国際基督教大学のような正式なアカデミック・ガウンの指定はない。なので、無難なガウンをAmazon(アマゾン)で購入した。念願のマスターフード(ひと目見て修士だと分かる被り物)は既製品がないので、「こんなデザインにしてほしい」と妻に頼んで手作りしてもらった。だから、コスプレなのである。

修士号を手にして、もうひとつ自分が得たものがある。安堵感である。40年間、学問を中途半端にしてしまった不安からの解放であった。それと、65歳にして、500頁という大部の研究論文を書き上げることができる自分も、少しばかり誇らしく思えた。

還暦を過ぎて沸き起こった「再び学びたい」

ハリーポッター風コスプレの65歳男。そんな私は、昭和32年(1957年)生まれである。気がつくと昭和はずいぶんと昔になっている。

19歳のとき、偶然のように国際基督教大学に入り、言語学を学び、大学院にも進んだ。そのまま研究者になるだろうと夢見ていたが、人生は甘くない。いろいろと青春の蹉跌(さてつ)があった。失恋とかも。それでいったん中退し、職業人となりながらも勉強を続け、30歳で復学したが、またも失敗。こんどは親族関係が原因だった。家族の大怪我、民事裁判、父親の死去。くたくたになって修士は諦めた。

その後就職はうまくいかず、いつしか、フリーランスのライターになって糊口を凌ぐことになった。36歳まで独身。今後、結婚することも子供を持つこともないだろうと思ったが、偶然のように結婚し、沖縄に転居し、子供が4人生まれた。人生なにがあるか分からない。

1994年、沖縄出身の女性と結婚し沖縄で式を挙げ、現地っぽい正装で写真に収まった。これもコスプレ感はある

これが自分の人生だ、十分だと思えるはずだった。しかし60歳も過ぎ、4人の子育ても終わりが見え、そして自分の父が62歳で亡くなったことを思うと、人生の遣り残しを考えるようになった。遣り残しはひとつ。修士号である。しかし、自分にはもう無理だと初めは思っていた。

その後は育児の手が減り、老いて仕事も減って、何をしたらよいだろうと途方に暮れることが増えた。そもそも自分という人間には娯楽的な趣味がない。勉強が好きなのだ。もっと、きちんと勉強がしたくなった。

2022年、末子の成人式に合わせて、夫婦で和装の写真を撮った。コスプレ感で撮ったつもりだったが、ふつうに老夫婦の写真となった

その頃、次男が入学した早稲田大学を調べてみると、社会人教育コースがあることを知り、興味本位で入ってみた。日本の大学ってどういうものだろうという関心もずっとあった。私の出た国際基督教大学は一風変わった大学というか、かなり日本離れしていて、日本の大学というものがさっぱり分からないでいたからだ。

早稲田大学の社会人教育コースに入ってみると、存外に面白い。年をとって大学に通うのも悪くないと思った。なにより良いのが、大学の図書館がけっこう自由に使えることである。これに味をしめて、各種大学の社会人講座を渡り歩いた。明治大学、上智大学、東京外国語大学、アンスティチュ・フランセ。そして放送大学に行き着いた。

放送大学で40年ぶりに学生となり、勉強やサークル活動に勤しむ

大学院に再挑戦した若い日のICUの図書館証と現在の放送大学学生証。この間、30年の開きがある。現在も放送大学の選科生として学ぶ日々

放送大学について一通りの知識はあった。たまにラジオでの講義を録音して聞いていたりもしていた。国際政治学や数学史、健康医学、経済学など。それでも、放送大学は自分とはあまり関係のない存在だと思っていた。

しかし見直してみると、各種大学の社会人講座のように、個別単位でも受講できるし(科目履修生)、1年間の受講(専科履修生)もある。2019年の春、試しに1単位履修して、放送大学というものの中に入ってみた。教養学部の学部生となったわけである。

想像の範疇を超えずにいた放送大学というものが、だんだん分かってきたのはそこからだ。放送大学というから、誰もが「放送」というイメージを持つ。実際、放送は原点なのだが、現代はインターネット時代。ほとんどの講義がオンラインで受講できる。しかも、聴講でも大半の講義が学べる。各地にはスクーリングのための学習センターもあり、対面授業も充実している。大学らしく、授業以外の活動もあり、各種サークル活動も盛んである。

試しに、茶道部と合唱部に入った。サークルの参加者は同年代が多い。つまり、60歳以上である。ちなみに、合唱部での私の合唱のパートはテノール。年をとって大した声も出ないだろうと思っていたが、やっていくとベートーヴェンの『交響曲第9番』の合唱やフォーレの『レクイエム』なども通して歌えるようになった。ドイツ語やラテン語が、それなりに分かるというのも楽しかった。長く語学を学んできたメリットがそんなところにもあった。

今、挑戦しなければ二度とチャンスはないかもしれない

放送大学在籍中の3年間で使った教科書の一部。ブルーの表紙は大学院で使用したもの

転機が訪れた。2019年2月の合唱発表会の打ち上げ懇親会で、偶然、放送大学の大学院生の話を伺う機会を得た。彼女は70歳の女性で美学を研究していた。聞くと、高齢者でも大学院で人文学が学べるらしい。

2000年代に放送大学に大学院ができたことはなんとなく知っていたが、自分には縁がないと思っていた。我ながら迂闊(うかつ)というか無知だったのだが、放送大学の大学院は社会福祉に特化していて、自分の関心分野である人文学は学べないと思い込んでいたのだ。

実際に学んでいる人が目の前にいるのを知り、胸のざわつきを覚えた。「ひょっとすれば、これは修士号が取れる最後のチャンスなのでは」という思いが、頭をもたげてきたからだ。

ちょうどその頃、末子の国立大学進学が決まった。子供4人、大学に入れた。これで大方の子育ては終わる。大きな節目だ。それに、フリーランスの仕事も枯れてきた。今、大学院に挑戦しなければ、もうチャンスはないかもしれない。

妻に思いの丈を話すとあっさり賛成してくれた。と、さらっと言ってしまったが、振り返ってみると、妻の賛成は大きかった。それなりに費用もかかるので、普通はそういかないかもしれない。妻に感謝したい。

放送大学大学院の学費は他の機関に比べれば安価だが、それでも約466,000円(臨床心理学プログラムは約530,000円)。その他、研究にかかる実費もそれなりに大きい。どうしても手元において参照したい学術書は万単位の金額だし、図書館を利用するにも毎回、交通費はかかる。放送大学図書館を通して部分的な資料の取り寄せをするのにも、毎回1,000円以上かかる。ノートパソコンなどデジタル機器を刷新する必要もあるだろう。

人によっては、大学院での学習のために、仕事量も減らさなければならず、収入面でのマイナスもあるかもしれない。なにより、65歳を過ぎての老年期での修士号はキャリア形成に生かせることも少ない。(いや、中にはそうでもない事例もある。放送大学大学院で同年代だった同級生は、高校教師を退職した後、修士号があることで大学の教官になった。がんばれ!)

結局、私は2年かけて放送大学の大学院に通い、修士号を取得するに至った。今振り返ってみてもあの日々は、学ぶことに夢中になれた時間だったと思っている。むしろ、40年前よりも純粋な気持ちで学問に向き合えたかもしれない。

修士論文。500ページにもなり、バインダーで閉じる限界だった

今の自分だからこそ感じた「学ぶことの価値」

むろん、年齢を重ねるからこその変化もある。一つには、知性が「発酵」していくということ。ワインやウイスキーを何年も「熟成」させる、あの感じに似ている。

半世紀以上も生きていると、自分の人生が世界の歴史の一部になる。「ああ、50年前はこうだったな。こんなに世の中は変わったな」とくっきりと分かる。この「分かる」という実感は、残りの人生でもさまざまな場面で得られるだろう。

さらに学ぶ上では、100年前すら身近に感じられることもあった。修論では、1世紀前の英文の論文を読み、著者に「あなたのこの論文から100年後の日本人が研究を引き継いでいますよ」と心の中で語りかけもした。もともと西洋の歴史ドラマを随分見たこともあって、バラ戦争(1455年から1485年まで、イングランドで王位継承をめぐって起きた内乱)の時代もチューダー朝(バラ戦争に勝ったヘンリー7世が即位して創始した王朝)もリアルに分かる感じがする。トマス・モア(イングランドの法律家)も身近に感じられる。

もう一つ、年齢を重ねて、若い時と変わったなという点がある。うまく言えないのだけど、学問の価値を素直に信じられるようになった。学生の頃は、「学問は知的には重要だし、自分も学びたいけれど、こんな分野は実際には意味ないんじゃないか。それに学者になっても、どうするんだ」といった雑念がいろいろあった。青春にまつわる人間関係も混乱していた。

しかし年を取った今、もうそんな思いはない。学問それ自体の価値になんの疑いもなくなった。自分がそのことを確実に信じられるようになっていた。

もちろん、世の中のあらゆる人が特定の学問領域を理解できるかどうかは分わからない。私が取り組んできた研究だって、ある学問領域のほんの一部でしかないかもしれない。

でも今確かに感じるのは、学問それ自体にはまだまだ私が知り得ない価値があり、それを知る喜びを与えてくれるということ。そしてそれは学び直しの過程において、奇妙なほどはっきりと、私に生きている実感をもたらしたのだった。

もう一度学び直したいなら、その気持ちを実現しよう

ある程度年を取ってから、学び直したいと思う人は少なくないだろう。学び直しには、大別すると3つくらいの意味があるかもしれない。

1つ目は、リスキリングだ。リスキリングとは、re(再び)skilling(技能習得)ということ。情報技術革新やビジネスモデルの急速な変化が進行する現代社会、若い時代に大学で学んだ知識や技能だけでは、その後の長い職業人生を送ることが難しくなった。だから人生の節目節目で、新しい職業技術や技能(スキル)を学ぶ必要がある。そうした中で、中年期における学び直しはリスキリングとしても大きな意味を持つ。社会人の大学院学習もリスキリングに役立つことは間違いないだろう。

2つ目は、人生の見直しである。現在から退職までの残り時間を考えて、満足のいく第二の人生のために学び直すことである。例えば、あなたが現在45歳で、これまでそれなりのキャリアを積み上げてきていても、「本当にやりたかったことはこれではないのでは」と思うようなら、転身を考えてもいいだろう。25歳から45歳までは20年、そして45歳から一般的な退職年齢である65歳までも20年である。折り返し地点にある。学び直せば十分新しい挑戦もできる。「経営学の神様」と言われるピーター・ドラッカーも、人生後半についてこう言っている。

もはや、三十歳で就職した組織が、六十歳になっても存続しているとは言い切れない。そのうえ、ほとんどの人間にとって、同じ種類の仕事を続けるには、四十年、五十年は長すぎる。飽きてくる。面白くなくなる。惰性になる。耐えられなくなる。周りの者も迷惑する。
《ピーター・ドラッカー『明日を支配するもの』(ダイヤモンド社)より》

ではどうしたらいいのか。ドラッカーはこれに対して、3つの解決策を提示している。

①  第二の人生をもつこと

②  並行してできる第二の仕事をもつこと

③  篤志家(社会に貢献する人)となること

いずれにしても、その基礎は学び直しである。「とはいえ、思い通りにいかなかったとしたら?」 ドラッカーはそこを逆に見ている。むしろ、人生には挫折がつきものだから、何度でも学び直して新しい挑戦ができる自分であるべきなのだと。

そして3つ目は、学び直すことで、純粋に学ぶことの喜びを知れるということだ。どのように学んでもいい。独学には限界があるが、もし大学や大学院で学べるなら、その限界を超えることもできる。そして、大学院で学ぶなら、学部では学べなかった研究ができる。私がまさにそうだったように。

学問をすることは、それ自体に生きる喜びがあると思う。もし、あなたも学びたい思いがあるのなら、ぜひ実感してみてはどうだろう。学び直しに踏み出せば、思いがけない世界が広がってくる。

学びを深めるにつれ、世界がなんというか、“重層感”をもってくるのだ。

当たり前のように接していた日常生活も、その文明の背景に、多数の学問的研究が感じられるようになる。それに新しい関心分野ができれば、大学院で学んだアカデミック・トレーニングを応用して、きちんとした情報や研究論文に当たることもできるはずだ。

歳を重ねれば、身体はどうしようもなく衰えてくる。脳の素早い反応も徐々に失われていくだろう。若い時のように感覚的な刺激をそのまま快感に結びつけることはできなくなる。でも、この身体と心が受け取る世界の美しさ、深遠さ、そういうものは、学問によって小さくであっても、少しずつ開かれてくる。

そもそも老いてなお、学ぶことができる。それ自体がたとえようもない幸福となるのだ。

編集:はてな編集部

finalvent(佐藤信正)
finalvent(佐藤信正)

ブロガー。1957年東京生まれ。20代にプログラマーを経験。30代半ばに沖縄に移住。2003年8月15日から「極東ブログ」を始める。「finalvent」はその頃見ていた仮面ライダーの必殺技から拾ったもの。関心分野は、60歳を過ぎてからは、文学・歴史など文系領域がメインになった。国際基督教大学卒業。同大学院進学。放送大学大学院人文学修士。専攻・言語学。著書に『考える生き方』(ダイヤモンド社)など。

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