Webメディア「デイリーポータルZ(DPZ)」編集長の林雄司さんは、1971年生まれの48歳。31歳の頃に立ち上げたDPZは今もなお、おもしろ系読み物サイトのフロンティアであり続けています。
好奇心や発想力といった「感性」がものをいうインターネットの世界で、活躍すること17年。間もなく50歳を迎える林さんに、「老い」をテーマにお話を伺いました。
―― インターネット黎明期から約20年にわたり活動している林さんに、今回は「老い」についてお話を伺いたいと思います。
老い。ついに自分にもこういうテーマがきたかと、感慨深いものがありますね。
―― DPZは17年前、林さんが31歳の時にスタートしました。そして、2019年現在は48歳になられた。
今年が年男なんですけど、干支がもう一周したら次は還暦なんだということに驚きます。考えてみると、こうやって表に出てくるネットメディアの人間で、僕がもう最年長くらいになっちゃったんですよね。同世代の人はほとんどみんな辞めちゃって、他はみんな若いですからね。
―― 「老い」を感じることはありますか?
老いというか年をとったなと思うのは、こういうインタビューの時に、事前にもらった質問に対してメモを用意するようになったこと。年とともに、どんどんマジメになってます。寝坊もしなくなったし。
でも、メモを用意するとメモ通りのこと言っちゃって話が盛り上がらないんですよね。
―― では、あまりメモを見ずにお願いします(笑)。周囲の同世代がWebメディアの現場から離れていく中、林さんはなぜ続けてこられたのでしょうか?
いきなりメモしてない質問が来ましたね、どうしよう。……辞めない理由は「他の仕事ができないから」だと思います。自分でサイトやって、そこで好き勝手に記事を書いているだけ。編集長という立場なので記事をボツにされることもないし、最高ですよね。辞める理由がない。
―― ただ、17年の間でDPZも何度か危機があったとか。運営会社も変わっています。運営会社が変わることで、サイトに求められること、期待されることも変化してきているのでは?
それはずっと変わってきてます。最初は「人を集める」、それから「会社のブランディングの向上」とかになって、今はわりと「お金を稼ぐこと」が求められている。だから、今さらバナー広告を勉強しています。
―― これまでのDPZはお金のニオイがしないというか、林さん自ら「儲かってない」と言い続けておられましたね。
これまでは稼いでなくても「(DPZは)インターネットの文化ですから」みたいな言い訳が何とか通じていたんですよね。でも正直、自分で説明しながら「無理あるな」って思ってました。儲かってないと会社にそういうインチキくさい言い訳をしないといけないから、実は「稼いだ方が楽なんじゃないか」と最近思い始めたんです。
―― それは大きな心境の変化ですね。
DPZのようなメディアが儲からないと、このジャンルの将来が閉ざされちゃうじゃないですか。こういうメディアでも大人がちゃんと食べていけないと。おもしろおかしく記事を書いて、月30万円とかもらえるものにしないといけない。それは、ここ数年考えています。儲からないのになくならない文化って、結果的に書き手を不幸にしてしまうと思うので。
―― そこは林さんが年齢を重ねて変わってきた部分かもしれませんね。DPZだけじゃなく、業界全体のことを考えるようになったと。
そうですね。ただ、金儲けは昔から大好きなんですけどね。会社にはもっと給料くれとか言うし、老後に向けて投資信託も始めたし。
―― 2002年のDPZスタート時と今とで、「おもしろい」と感じるものが変わっていたりはしますか?
2002年ごろって、まだインターネット特有の文化とかテキストサイト時代のノリがあったと思うんですけど、ああいうのは全くやらなくなりましたね。それはインターネットが普通のインフラになったから。
今やみんなが使っているのに「昔のインターネットはよかった」みたいに振る舞っちゃうのは、違うかなって。だから、ちゃんとアップデートされたインターネットのお笑いにしていこうと。
―― 林さん自身が取材する対象、興味を持つものも変わってきていますか?
それはあまり変わってないかな。ただ、興味はあっても身体がしんどくて取材がつらいことはあります。昔は寒いのとか全然平気で、日本一寒い町とか取材したけど、今はしんどいから行かなくなりました。
好奇心は今でもあるんですけど、単純に肉体的な老いですね。あとは、食べ歩きみたいな企画も避けるようになりました。量が食べられなくなったので。やっぱり老いてますね。それでも、おもしろい料理とかのネタは今も集めてますよ。
―― ライター陣には初期の頃からのメンバーもいます。年齢を重ねることで、昔のように書けなくなる人はいますか?
年齢はあまり関係ないかな。みんな、年をとっても昔と同じような企画を同じようなテンションで書いてますからね。逆に若くても、数回書いたら「もうネタがないです」っていう人もいます。年齢どうこうより「おもしろがり力」がどれだけあるかじゃないかな。
―― 確かにDPZのライターはみんな、おもしろがり力が高いですね。
だから、デイリーのライターたちと一緒に歩いていると、ぜんぜん目的地までたどり着かないんですよ。みんなキョロキョロしながら歩いて、ここのレンガがあーだ、この道はこーだとやってたり、あげくには地図を広げて調べ始めたりする。そんな人が多いですね。
―― では、若いライターの企画で理解できないと思うことはありますか?
理解できないというか、昔はアイドルのようなマニアが多いジャンルは閉鎖性があるように思えて、あまりやらないようにしていました。でも、最近は若いライターがよくアイドルネタを持ってくるので、ありってことにしてます。若者の勘を信じるというか、若者が強く言ったらそうなのかなと思っちゃう。
―― サイトのポリシーを突き通すことと、新しい風を取り入れること。そのジャッジは難しいですね。
ポリシーがあって突き通すのか、自分が頑固になっているだけなのか、その見極めはけっこう大事ですよね。ただどっちにしても、40代後半の人から強く駄目だと言われたら、若者は言うこと聞かざるを得ないじゃないですか。だから今は、若い人にあまりプレッシャーを与えないようにしなきゃと思ってます。老害だと思われるのが一番こわいです。
―― 林さんはいつも朗らかで、老害とは一番遠いところにいるイメージです。
年をとったら自分を安っぽく見せるというか、本当にこの人ばかなのかな? と思われるくらいがちょうどいいんじゃないかと。Facebookで社会への意見を書いたりしないよう注意しないと。かといって、おしっこ漏らしちゃったとか、そんなことばっかり書いてたら心配されるから、そこのさじ加減は考えますけどね。
―― 老後について、どんなイメージを抱いていますか?
伊豆とかに、変わった博物館があるじゃないですか。オルゴール博物館みたいな、テンションの高い館長がやっているところ。あれが僕らの将来なんじゃないかって、DPZのライターでもある北村ヂンさんとよく話したりしますね。
北村さんは『コロコロコミック』を全冊集めてしまうような人で、僕も変なモノをすごくたくさん持っている。博物館でも作らないと収まりつかないなって。そして、そこにみんなで住む。それは老後というより、今すぐにでもやりたいですね。
―― DPZのライターみんなでそこに暮らすと。
そう。年をとったらライターとしての仕事も減るじゃないですか。だから、みんなで一緒に住んで助け合いながら暮らしたらいいんじゃないかな。サイト名も「グループホーム デイリーポータルZ」にして、おもしろおじさんが集まって記事を書く。所ジョージみたいにかっこよくはならないけど、幸せな老後ではある気がします。
―― もうすぐ50歳。何か思うところや、意気込みみたいなものはありますか?
あんまりないです。「健康に気をつけよう」くらいですね。人間ドックは毎年受けてて、肝臓の値が悪いのでジョギングを始めました。今のところ大病はせずにここまで来ています。あ、でも痔はやりましたね。あれは、すかっと治るからいいですね。
健康以外は特に、「50歳になったからこうしよう」とかはないですね。さっき老後に向けて投資信託を始めたと言いましたけど、「蓄えを作らなきゃ」みたいに焦ったりはしていません。
―― 夫婦で老後プランについて話し合うこともない?
むしろ、妻(イラストレーターのべつやくれいさん)の方が無頓着ですね。財産への執着がない。僕が1万円のシャツを買うかどうか迷ってたら、妻は「明日食べるものがなくならないんだったら買えば?」って。それくらい先の見通しがない夫婦です。
―― 将来のことよりも、今を楽しもうという感じでしょうか。
老人になってから豪華客船で豪遊するより、身体が元気なうちに楽しいことをやりたいかな。でも、今遊び過ぎて老後に働かなきゃいけなくなるのも嫌ですけどね。
時間が30代の頃からずっと止まってる感じはありますね。それは仕事も同じで、やってることも、一緒にやってるメンツも31歳の時から変わってないからだと思います。たぶん10年後、60歳くらいになっても「明日(公開)の記事がないね。どうしよう」とか言ってるんじゃないかな。
―― 林さんよりも上の世代で、かっこいい年のとり方をしている人はいますか?
ライフネット生命創業者の出口治明さんはいいなあって思いますね。インテリで歴史に精通している人なんですけど、常に最新の歴史研究を勉強している。司馬遼太郎作品で終わらずに、常にアップデートしているところがすごいなあと。それでいて、ぜんぜん偉そうじゃない。
あと、ファミレスで昼間から酒盛りしているおじいさんグループとか見ると、うらやましいです。「今日なんか混んでるなあ、ああ日曜か。ゲラゲラ」みたいな感じで、曜日の感覚すらなくビール飲んでる。最高だな、この人たち!って思います。自分もああなりたい。
―― 確かに、楽しそうです。
海外に行くと、年配のおじさんが楽しそうなんですよ。特に中国やアメリカで、道行くおじさんが鼻歌を歌ってたり、腹出して歩いてたり、やけに堂々としているなと思います。片や日本って、年をとることにどこか罪悪感がありますよね。「こんな年寄りでいいんですか?」とか言ったりするじゃないですか。あれがすごく嫌なんですよね。
―― もっと堂々と年をとってほしいと。
老いることに遠慮しなくてもいいんじゃないかなと思います。僕自身は、楽しそうな老人になりたいですね。
取材・構成:榎並紀行(やじろべえ)
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
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