「自分の母は認知症かもしれない…」脳科学者でも母の病気発症にうろたえるー治らないと覚悟したその後

恩蔵絢子

自分の母は認知症かもしれない――。日常生活で起きる小さな歪みはやがて無視できないものになり、一緒に暮らす家族に不安をもたらします。家族が受けるショックは、たとえ社会で成功している人でも専門家でも一般の人でも変わることはありません。

今回話を伺うのは、『脳科学者の母が、認知症になる 〜記憶を失うと、その人は“その人”でなくなるのか?』を上梓した脳科学者の恩蔵絢子さん。

前編は、変化する実母の様子を見て率直に感じたこと、いざアルツハイマー型認知症と診断されてから、脳の専門家としてお母さまとどう過ごしてきたのか。じっくりお話を聞きました。

今回のtayoriniなる人
恩蔵絢子さん
恩蔵絢子さん 1979年生まれの脳科学者。専門は自意識と感情。2007年に東京工業大学大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻博士課程を修了、学術博士。現在、金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学にて非常勤講師を務める。著書に『化粧する脳』(茂木健一郎との共著/集英社新書)、訳書にジョナサン・コール『顔の科学−自己と他者をつなぐもの』(PHP研究所)、茂木健一郎『IKIGAI−日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』(新潮社)がある。

専門家として知識があっても怖いものは怖い

――御著書を拝読しました。この御本は恩蔵さんが脳科学の専門家として認知症のお母さまの症状を分析したものですが、今までの本と違うのは、まずは一緒に暮らすお母さまの生活を細かく観察したうえで書かれていることです。お母さまと過ごされて、初期の頃に「おや? 変だな」と感じたきっかけを教えていただけますか?

恩蔵

もともと母は仕事をしていて、家事も完璧な人でした。私は実家に住んでいますので、家のことは母に任せっきりだったのです。

2015年1月のある日、いつものように「お母さん、洗剤がないよ」と言うと、母は「じゃあ、買ってくるね」と言いながら、洗剤とまったく違うものを買ってきていました。以前から勘違いはありましたが、これ以降、小さな「ん?」という違和感が毎日どんどん積み重なる。「母は何か大変な病気かもしれない」と気づき始めました。

ものすごくショックでしたね。母の違和感のある行動パターンと自分の脳科学の知識とを結びつけると、どうも新しい記憶を作る脳の海馬が縮んだり、少し傷ついたりしているんだろう……。これはきっとアルツハイマー型認知症だろうと検討がつくわけです。

でもまだアルツハイマー型認知症には治す薬がありませんし、なぜそのような症状がでるのか、メカニズムもきちんとわかっていません。私は大学院以来17年間、脳について学んだにもかかわらず、母の病気を防ぐこともできないし、進行を止めることもできない。

一体、今まで何のために勉強をしてきたのか? 本当に“なんにもできない娘”という感覚だけが残りました。

――その頃のお話で「認知症について書かれたWikipediaですら見ることが怖かった」と本に書かれていました。脳科学の専門家でも一般の方と同じ検索をされることに驚きました。

恩蔵

文献や論文検索は慣れているのですが、まずはWikipediaからでしたね。開いてみると、目立つところに「平均余命3−9年」などと書いてあるのが見えてしまって。

自分の気持ちとしては調べていろいろと確認したいのですが、知りたくない情報もいっぱい載っているんですよね。衝撃的な言葉も並んでいますし、母の余命のことまで言ってほしくない。自分の病気を宣告されるような気分で、怖くなってWikipediaを閉じてしまいました。

あと私は脳と心の関係について、長らく研究をしているのですが、「認知症という脳の不具合が具体的に生活の中にどう現れるか」は教科書にも論文にも書かれていない。ましてや日常生活の「ん?」という小さな違和感については、なおさらです。自分の持つ知識と一番よく知る家族が実際に病気になるギャップに苦しみました。

治らないなら、母が楽しくいられるように

――その後、お母さまとすぐに病院に行かれたのですか?

恩蔵

いえ、実際に病院に行ったのは同じ年の11月で。怖くて10ヵ月ぐらいずっとモヤモヤしていたんですよ。母の病気が決定してしまうのかな、映画『わが母の記』で樹木希林さんが演じたお母さんのように徘徊してしまうのかなと。

周りの脳科学者に相談したら、「餅は餅屋だよ」と言われて。私たち科学者は脳の研究をするけれど病院の先生ではないので、私自身認知症の患者さんをたくさん知っているわけではないんですよね。「多くの患者さんと接するお医者さんがお母さんを診たら、家でできることも変わってくると思う。病状を確定させたほうが、気持ちも楽になるよ」と声をかけられて、病院に行く気になりました。

――実際に病院に行ってみて、いかがでした?

恩蔵

母の海馬が縮んでいる画像を見た時には、もうしょうがないなと。これは確実に病気であり、逃げ回るわけに行かない、病院で出来ることは進行を遅らせる薬がもらえるだけだということが、はっきりしたわけです。

治らないことが決定したのなら、母が楽しくいられることを考えよう。もうそれしかないんだと思ったら、楽になりましたね。私だけでなく、母も自分の変化に理由づけができて、ちょっと安心したようでした。

目の前のことを理解すれど、記憶として定着しないメカニズム

――海馬が縮んでいる画像を見せられたら、むしろ開き直ったというお話がありました。ここで一般の人にも理解できるよう、海馬を中心とした記憶のメカニズムをわかりやすく教えていただけますか?

恩蔵

アルツハイマー型認知症になると、本人は言われた内容を理解しないと思われがちですが、実はそうではないのです。

例えば「私、明日あなたの妹に会うわよ。結婚式で」と認知症の本人に言ったとします。言われている間は内容を理解している。その内容は通常海馬を使って、後々まで残る記憶となって脳に定着するものですが、海馬が縮んだり傷ついていたりすると、記憶として蓄えることができなくなります。

だから、その場では理解ができていても、記憶として定着せずに流れていってしまうんですね。本人が答える瞬間には、最後のほうに出てきた「結婚式」だけしか残っておらず、それを頼りに言葉を紡ごうとして、「最近、結婚する人がたくさんいるわよね」などと、少し変な返答になってしまう。理解できるということと記憶できるということは違うのです。

――一般的に、認知症の方は今現在の記憶より昔の記憶をよく覚えている印象があります。これはどういうことでしょうか?

恩蔵

海馬は新しい事を覚えるときに使われる組織です。海馬が傷つくと、新しい事が覚えられなくなるのですが、傷つく前に貯えられていた記憶には問題がでないのです。ただ、昔の記憶を思い出す際にも海馬が使われることがあるので、海馬が傷つくことによって、昔のことを覚えていても変なタイミングで記憶を取り出したり、正しくない文脈で使ったりすることはあります。

――アルツハイマー型認知症の方によくある行動で、自宅に同じ商品があることを忘れて、何度も買い続けてしまうことも海馬に関係しますか?

恩蔵

関係しますね。例えば、私たちがスーパーマーケットで商品を見ると、「これは家にあったな……」と自宅の記憶を呼び起こして、「まだ家に2個あるから今は買うべきでない」と判断することができます。

でも海馬に問題があると、記憶のストックを適切に参照することができなくなるため、商品を見ると、「よし、これは必要だ」「ないと困るから買っておこう」となるのですね。海馬に傷がついていれば、当然起きる行為なのだと思います。

母が楽しくいられることとは何か

――先ほど「治らないことが決定したのなら、母が楽しくいられることを考えよう」とおっしゃっていました。日常生活でどんなことをされたのでしょうか?

恩蔵

散歩と料理です。治らないとわかった時に考えたことが2つあって、1つは母が喜ぶことを日常生活で見つけていくこと。2つめは記憶に問題があるのなら、私が母の記憶の代わりをしようということでした。

脳科学の面からも、散歩はデフォルト・モード・ネットワークという脳内の記憶の整理に関係する部位の働きを活発化させることがわかっていました。それで父と毎日散歩をしてもらうことにしました。

定年退職した父はやっと穏やかで楽しい暮らしができると思ったら、母がこのような状況になって、すごく絶望していたんです。でも、父にも母と一緒に無理なく楽しめることがあった。

散歩って、取り立てて会話する必要がないですよね。歩くだけで景色は変わりますし、「桜が咲いたね」などと目に入るものを互いに拾っていけばいい。二人で歩くのは、双方にとってとても楽しい時間になっているようです。

――料理のサポートはどうされたのですか?

恩蔵

料理上手な母でしたが、作り始めても最後まで完成できなくなっていました。でも、包丁を使う技術がなくなったわけではない。料理ができなくなったのも、やはり海馬が原因だと思いました。

味噌汁を作ろうとして大根を切っていても、途中で本来の目的を忘れてしまいます。ならば、目的を思い出してもらうために「お味噌汁を作るんだよ」と私が言い続ければいいのかなと。
実際私と二人で立つと母は料理がまたできるようになりました。
でも、困った問題も出てきました。母の後ろに立って、私が彼女の記憶代わりになることで、母も私も2人で1人みたいな感覚になってしまうんです。自他の区別がつかなくなる。母が何かをするたびに私が必ず手助けする状態は、互いを苦しくさせます。

母は大人としてのプライドがあります。自分が親として娘の私を守ってあげなければと思っている。しかし実際は、私が後ろに立ってあれこれ指図をするので傷つく。大人相手に子どものように接してしまいがちなのが、介護の難しいところですよね。

――初めはなかなか、どっしりと構えて見守ることができないですよね。その後、お母さまとの関係性はどうなりましたか?

恩蔵

私も失敗を繰り返してわかったことですが、「母はここまで指図されるとイヤなんだ……」「私もここまで手伝うのはさすがに無理だな」と、一緒に過ごしながら互いの気持ちの良い距離感を勉強していきました。

最初の頃私は母を見ながら、予測のつかない毎日に戸惑っていました。日常生活をどうしていけばいいのかを教えてくれる本が見つけられなくて。アルツハイマー病の初期の、最も不慣れな時期を乗り越えるための本、そういった思いでこの本を書きましたね。

***

脳科学の研究者でありながら、お母さまの日常生活の微細な変化を丁寧に見つめ続けた恩蔵さん。

次回は、認知症になっても伸びる部分はあるのか、感情を起点とする記憶はなぜ残りやすいのか。介護のヒントについて考えます。

恩蔵さんの著作が好評発売中。『脳科学者の母が、認知症になる 〜記憶を失うと、その人は“その人”でなくなるのか?』

横山由希路
横山由希路 ライター

フリーの書籍ライター・編集者。人の心理を対話で優しく掘り下げることを得意とし、「東洋経済オンライン」「週刊『SPA!』」などで介護、ビジネス、演劇記事を執筆する。広瀬宏之「『ウチの子、発達障害かも?』と思ったら最初に読む本」(永岡書店)で一冊構成。認知症である実母の成年後見人も務める。

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