「親にはいつまでも現役でいてほしい」「自分の好きなことや生きがいを持って、毎日を生き生きと楽しんでくれたら……」。高齢の親を持つ子世代からは、そうした声が度々聞こえてきます。でも、実際にシニアが生きがいを持って働ける場所があるかというと、そうそうないのも事実です。
そこで、シニア世代が生き生きと働く場づくりをしようと、立ち上がったのが桑原静さん。2011年に「BABA lab」(ばばらぼ)の事業をスタートさせ、その第一弾として、おばあちゃんたちがシニア目線で使いやすい商品を手づくり・販売する「BABA lab さいたま工房」を同年に開設しました。
「BABA lab さいたま工房」では、実際にシニアたちがどのように働いているのか? その場づくりの舞台裏とともに、家に閉じこもりがちな親世代を「外に連れ出すコツ」についても伺いました。
――シニア世代の働く場として、「BABA lab さいたま工房」を立ち上げようと思ったきっかけについて聞かせてください。
大学卒業後、Webコンテンツの企画・運営の仕事をしていましたが、その中でWebコミュニティの研究にも携わるようになりました。掲示板などネット上で互いにやり取りできる場というのは、当時は非常に画期的で面白かったのですが、次第にネット上だけではなく、リアルなコミュニティづくりにも興味を持つようになったんです。
その時たまたまテレビで、徳島県のおばあちゃんたちが里山で集めた葉っぱを料理の“つま”として全国の料亭に出荷する「葉っぱビジネス」のことを知りまして。私自身、おばあちゃん子というのもあり、「地域のおばあちゃんたちが元気になるコミュニティビジネスっていいなぁ。そうしたシニアが活躍できる場をいつか作りたい」と思うようになりました。
ただ、何の知識もないところから起業するのは難しいと思い、コミュニティビジネスの支援を行うNPO法人コミュニティビジネスサポートセンター(CBS)で経験を積むことにしました。
その後、出産し、子育てしながら地元・埼玉と都心の職場を往復する中で、「やっぱり地域に根差したコミュニティビジネスを立ち上げたい。おばあちゃんたちの活躍の場を作りたい」との思いが高まり、独立を決意しました。
――事業はどのようにしてスタートしたんですか?
まずはこの事業の企画段階から携わってくれた中森まどかと、「保育園や学童を開設しておばあちゃんたちに見守りしてもらうのはどうか?」「カフェや惣菜店を作ってそこで働いてもらうのは?」などとアイデアを出し合っては、様々な事業者さんを視察して回りました。
結局、私自身がカフェや惣菜店をやりたいと思えるほど料理が好きではなかったというのと(笑)、うちの祖母(当時82歳)にも協力してもらうことになるので、祖母が好きな「裁縫」でものづくりをしていこうと、ようやく方向性が決まりました。
おばあちゃんたちがこういう商品があったらいいなと思うものを自分たちで手づくりし、それを売ったお金をお給料として渡す。そうしたモデルをつくりたいと思い、「BABA lab さいたま工房」の事業をスタートさせました。
――軌道に乗るまで、どのような苦労が?
働き手となるおばあちゃんが祖母以外にいませんでしたし、そもそも資金がなかったので、活動場所も裁縫道具も何もない状態でした。とはいえ、この活動自体を知ってもらわないことには何も始まらないので、まずはチラシを作り、前職の仲間を総動員して、「シニアが楽しそうに働いている風」の集合写真を載せました(笑)。さらに、そのチラシに「空き家を探しています」と書いて、活動場所を募集したんです。
すると、使わなくなった実家を提供してくださる大家さんがすぐに見つかり、一軒家を“工房”として借りられることになりました。でも、肝心のおばあちゃんたちがなかなか集まらず……。
近所の人からすると「あの家に他の人が出入りしているけど、一体何をやってるんだろう」と、警戒されてしまったんでしょうね。しばらくの間、工房でうちの祖母とお茶を飲みながら、ぼんやり過ごしていました。
――おばあちゃんたちはどうやって集めたのですか?
引きこもっていても人は集まらないので、こちらから外に出ていこうと、地域の公民館などで手芸のワークショップを開催することにしました。そこに参加してくれた、手芸好きのおばあちゃんに声をかけて、「うちの工房で手づくりの商品を作っていこうと思っているので、よかったら来ませんか?」とスカウトしていったんです。
ぽつりぽつりと来てくれたものの、最初の頃は作る商品もなかったので、楽しくなかったんでしょうね……1人入ってはまた1人減りの繰り返しでした。
そこで祖母にも協力してもらい、1週間に2~3回、工房の和室で手芸のワークショップを開催して、とにかく活動を盛り上げていきました。
― おばあさま、大活躍ですね。初めて作った商品は何ですか?
工房初のオリジナル商品として、赤ちゃん用の「抱っこふとん」を制作しました。そのおふとんで赤ちゃんを抱っこすると、長時間でも疲れにくいので、腕力が弱ってきているおじいちゃん、おばあちゃんにも使いやすいんですね。まさにBABA labが手がける商品としてピッタリだと思い、制作を開始しました。
次第に工房での活動が新聞やテレビなどから取材されるようになると、じわじわと「抱っこふとん」の人気も出始め、ようやく4、5年目で収益が出るようになりました。
――手づくりの商品って、温かみがあってすごくいいですが、作り手側からすると品質を維持するのは相当大変なのではないでしょうか。
おっしゃる通り、その点は苦心しているところです。当初は、うちの工房で働きたいという人を全員受け入れていたのですが、やはり裁縫レベルに差が出てきてしまうので、最初の段階である程度、技量を見させてもらうことにしました。
技術的にいきなり制作に携わるのが難しい場合は、「見習い」として入ってもらい、技術を習得しながら商品の包装や発送する作業などを手伝ってもらっています。商品の制作に携われるようになるには、1年以上かかる人もいますね。
商品ごとに工程を洗い出し、どの作業にいくらかかるか、賃金を割り出した「作業メニュー表」を作成しています。難易度が高い作業は数十円単位で金額が上がっていく形になっていて、その作業代とかかった時間給(家内労働の時間給)を本人にお支払いしています。
難易度によって作業内容を細かく分け、それに応じた金額を明記することで、「次はもうちょっと技術を磨いて新たな作業にチャレンジしてみよう」とやる気につながりますし、逆に年齢を重ねて針仕事が厳しくなってきた場合には簡単な作業にシフトすることもできます。作業工程の細分化は、高齢になっても働き続けるための一つのあり方だと考えています。
――人生の大先輩でもあるおばあちゃんたちに「この部分をもっと綺麗に作ってほしい」など指摘しづらい部分もあるのかなと思いますが、いかがですか?
それはありますよね。年齢に関係なく、誰しも人に上から言われたくないと思うので、指摘するよりも気づいてもらうということを大事にしています。たとえば、お客様から寄せられた感謝のお手紙を見せたり。海外の製品と自分たちが作ったものを見比べてもらいながら、「うちで作ったもののほうが綺麗じゃない? こういうところをお客様が褒めてくれているんですよね!」と度々シェアしてモチベーションにつなげています。
技術を磨こうと裁縫が上手な人に教えてもらったり、自分が習得した技術をまた別の人に教えたり。そうやって互いに学び合う姿を見ると私もうれしくなります。実はBABA labの商品だけでなく、それぞれ自身が作った作品も工房やイベントで販売する場を設けているんです。なので皆さん、創作意欲が満々です。
――BABA labの活動に来たことで元気になるシニアも多いのでは?
ここに来るようになって明るくなる方が多いです。旦那さんを亡くして一人で過ごしている方もよくいらっしゃるのですが、ここで同じ境遇の人たちと出会い、話をして元気を取り戻す。そんな姿も時折見かけます。
最初は「自分はもう年だからダメよ」と一歩引いていた人が、ここで裁縫の先生として教える立場になったり。今までスマホやパソコンに触れてこなかった人が、私たち世代の手ほどきを受けてLINEやZoomでオンライン上のやり取りができるようになったり。日々進化している姿を見ると、「人間ってどこまででも成長できるんだなぁ」と胸が熱くなります。
「私なんて、何もできないわ」と思っているシニアは多くいますが、そういう人を表に引っ張り出して、その人がもともと持っている経験や知恵や魅力を引き出したい。地域に眠る「空き家」ならぬ、「空き人」を探して、その人たちを活かしていこうという取り組みも最近始めました。
――「空き人」ですか! 地域にたくさん宝が眠っていそうですね。特に男性の場合は定年後、活躍の場がなくなり家に閉じこもってしまう人も多そうです。
それって、日本だけじゃなくて世界共通の課題だそうですよ。男性の多くは所属意識、役割意識を求める傾向があるので、「自分はこの組織の中で、こういう仕事で役立っている」という感覚が必要なんだと思うんですね。それだけに自分の居場所が見つからないとつらく感じてしまう人も多いです。
ただ、一度自分の居場所と役割を得たら、水を得た魚のように生き生きされますし、そのコミュニティに“一途に”貢献し続けてくれるのも男性の特徴です。
BABA labのYouTubeチャンネルの動画制作やオンライン配信の技術サポートなど、裏方の多くは男性陣。年配のおじさまたちが粘り強く作業してくださるのでとても助かっています。
一方、女性の場合はフットワークが軽いのが長所ですが、その分、いろんなコミュニティに参加しているのでその時々の状況で来たり来なかったりと、コミット具合が変わる印象があります。それぞれ男女で違いがあるので面白いですよね。
――なるほど。年配の男性だと心を開いてもらうのに苦労しそうですが、コミュニケーションでどんな工夫をされていますか?
男性の場合はプライドがあるからか、誘っても「俺はいいよ」と断られるケースは多いですよね。実はうちの父も定年後、ずっと家に居たので「どうしたものか」と考えあぐねていたんです。なんとか外に連れ出したいと思うものの、ストレートに言っても聞き入れてくれないので少々悩みました。
そこで、BABA labが当時事務局を担当していた、さいたま市の「シニアユニバーシティ」という高齢者の学びの場に「どんな様子か見に行ってきて!」とお願いしたのです。その場に足を運んでさえくれれば、きっといろんな出会いがあって楽しいだろうと思っていたので、表向きは「私たちの仕事を手伝ってもらう」という名目で行ってもらいました。すると案の定、楽しかったらしく、そこで友達まで見つけてきたんです。
趣味や学びのコミュニティには必ず「面倒見のいい人」「リーダー的存在の人」が一定数います。その面倒見のいい、リーダー格の人が父に声をかけてくれて、それから一緒にご飯に行くなど度々外に出かけるようになりました。
――お父さん世代の方はプライドをうまくくすぐって、場をおぜん立てするというのも大事なのかもしれませんね。
以前、「老年社会学」を専門とされる澤岡詩野さんに取材をさせてもらった時に、シニア世代の方たちには「銀座の一流クラブのママになったつもりで接するといいですよ」とアドバイスをもらったんです。一流クラブのママのようにプライドをくすぐりつつ、上手に相手を立てて、その気にさせる。これは自分の親に対しても有効だと思いました。
そして、親を外に連れ出すための「場の紹介」をする際には、「くどくない程度に何度でも」声をかけるのがいいそう。人それぞれ動くタイミングは異なるので、根気強く投げかけることである時フッと行動につながるようです。
――BABA labは今後、どんな展望を描いていますか?
これまでは今のシニア世代の活躍の場を作ることにまい進してきましたが、今後はその子世代、いわば団塊ジュニア世代である私たちが「長生きしたい」と思える取り組みをしていきたいです。今40代半ばなのですが、この時期って子育ても介護も重なる大変な時で、将来に対しても「どうせ自分たちの老後は年金もらえないだろうし」と悲観している人が多いんですね。「できれば長生きしたくない」と思っている同世代も結構います。
だからこそ、私たち世代が「長生きするのも悪くない」って思える社会にしたいし、そういうメッセージを強く発信していこうと思っています。
――すごくわかります。私も40代ですが、将来への明るい展望が描きにくいというか。年金もあてにできないので、それなら元気に楽しく死ぬまで働き続けられないだろうかと思っているところです。
ホントそうですよね。これからのシニアの働き方として、一つおすすめしたいのが、「グループ就労」です。先日、市内の企業さまから「BABA labのシニアの皆さんに事務作業を手伝ってほしい」と依頼されたので、2~3人のグループで現場に行ってもらったんです。
グループ単位だと仲間もいて心強いですし、もし体調不良になって現場に行けなくても、誰かがその部分を補ってくれるという安心感があるんですね。
それに高齢になるとどうしても記憶力の衰えが出てきますが、現場の上司に何度も同じことを聞くのはやはり気が引けてしまうものです。でも、仲間がいれば「これってどうやるんだっけ?」と気軽に聞くことができるので、心の負担が軽くなるメリットがあります。グループ就労は、シニア世代の働き方として一つのモデルとなると確信しています。
――年齢が行けば行くほど、様々な不安要素が出てくるので、グループで働くメリットは大きいですね。
今後、シニア層をターゲットとするビジネスはますます増えていくでしょう。たとえば、スーパー・コンビニエンスストアの棚づくりなど、シニア目線の意見やアイデアは求められていくと思うので、そういったマーケティングにも対応できる「課題解決型のシニア人材派遣」もできたらいいなと考えています。
私もいずれシニアになるので、若い人たちから「次はこの職場に行ってください!」と派遣してもらえるように、今からその仕組みをつくっておきたいです(笑)。そういう楽しい未来があったら、きっと私も長生きしたいと思えるかなって。私自身が「長生きしたい!」と思えるようになったら、BABA labの一連の事業は成功だと思っています。
撮影:佐々木睦
日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。
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