ここ数年、社会問題としてメディアで多数取り上げられている「8050問題」。80代の親が、自宅にひきこもる50代の子どもの生活を支え、経済的にも精神的にも行き詰まってしまう状態のことを指しています。
行政の支援が行き届かないまま、親が要介護状態、あるいは亡くなってしまうことで一気に生活が成り立たなくなり、最悪の場合、子どもが死に至ったり、親の遺体をそのまま放置して逮捕されてしまったりするケースも少なくありません。
2019年に発表した内閣府の調査結果によれば、 40 歳~64 歳の「ひきこもり中高年者」 の推計は、約 61 万3,000人 にのぼると言われています。今はまだ問題が顕在化していなくても、親に万一のことがあれば多くの8050世帯が危機的状況に陥ってしまうでしょう。
新たな悲劇を生まないためにも、これからどんな支援が必要なのか? ひきこもり当事者や家族が幸せに生きるためには何が大切なのか? 20年以上もの間、当事者やその家族に取材を重ねてきたジャーナリストの池上正樹さんに、2回に渡ってインタビュー。前編では、「8050問題」が起こる背景や親の介護が訪れる前にやっておくべきことについてお話を伺いました。
――「8050問題」の背景には「中高年のひきこもり」の問題が潜んでいます。そもそもひきこもり状態に陥ってしまう原因とは何でしょうか。
池上
様々な要因が考えられますが、主に「雇用環境の変化」が背景としてあると考えています。
40歳以上でひきこもり状態にある人の多くは、一度も社会に出ずにずっと家にこもっているかというと、そういうわけではありません。
これまでに正社員や派遣社員、パート・アルバイトで何らかの就労経験がある人がほとんどです。実際、内閣府の調査では7割以上の人が「正社員で働いた経験がある」と答えています。
では、なぜ職場を離れてひきこもることになったのか。それは長引く不況による業績の低迷が大きく影響しています。
企業の多くは生き残りをかけ、リストラや非正規雇用の活用などコスト削減に踏み切りました。限られた人員・予算で成果を上げるために従業員はノルマや超過勤務を強いられ、ますます労働環境は悪化していきます。
パワハラやセクハラなどハラスメントも起こりやすくなり、そこで傷つけられた人たちは攻撃やストレスから自分の身を守るためにも、自宅にこもるという選択を取らざるを得なくなってしまうのです。
もちろん、ひきこもる原因は人それぞれ違うので一概には言えませんが、多くの当事者に見られる傾向として「真面目で優しく、繊細な性格である」ことが共通しています。
そのため、理不尽な要求をされても断ることができなかったり、周囲にも助けを求められなかったりして、自分一人で抱え込んでしまうのです。
――そうなると働くことが相当つらくなりますし、恐怖にも感じてしまいますね。
池上
そうなんです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えてしまう人も多いでしょう。次の職場でもまた同じような目に遭うと思うと恐怖で動けなくなりますし、そのまま無職の期間が長くなればなるほど再就職も厳しくなります。
一度レールを外れてしまうと簡単に元には戻れない社会構造になっているのも、ひきこもりが長期化する要因になっています。
ただ、親からすると、子どもがいつまでも働きに出かけず、家にこもり続けていること自体がなかなか理解できません。
高度経済成長の中で勝ち抜いてきた成功体験がある親世代は、「今の状況に陥っているのは本人の根性や頑張りが足りないからだ」と思い込みがちです。
すると、自分の子がひきこもりの状態にあることを「教育に失敗した」とか「恥」だと捉えてしまい、周囲にひた隠しにしてしまう……。誰にも相談できずに、親子だけで孤立してしまうことも、「8050問題」をより深刻化させていると言えます。
――ひきこもりの当事者や家族に対し、行政ではこれまでどのような支援がされてきましたか。
池上
従来のひきこもり支援と言えば、39歳以下の若者を対象とした「就労支援」が中心でした。40歳以上の人はそもそも自治体の相談窓口で受け付けてもらえなかったり、相談に乗ってもらえたとしても就労を目的とした社会復帰のプログラムにつなげられたりと、当事者がますます追い詰められてしまう状況にありました。
65歳以上や障害者を対象とする公的支援はあっても、40~64歳までの当事者たちが利用できる制度がありません。中には精神的な疾患や障害を持っている人も少なくありませんが、病院に行って診断を受けることに抵抗感をおぼえる人が多く、未診断の状態が続いてしまいます。
そのため制度の対象にならず、必要な支援を受けられない状況になっています。
まさに制度の狭間に取り残されているのが、この世代の当事者と家族たちです。
――そんな中、「ひきこもり支援」を謳う民間の業者が、本人の意向を無視して無理やり施設に連れ出すような悪質なケースも起こっているようですね。
池上
そうなんです。公的な支援に頼れず、どうにかして子どもを自立させなければと焦った親が「引き出し屋」と呼ばれる悪質な業者に依頼してしまい、トラブルに陥るケースも目立ってきています。中には業者から数百万円もの多額の請求を受ける例もあります。
家から無理やり業者の施設に連れ出された当事者は自由を奪われ、事実上軟禁状態になることも。脱走する人も多く、その後もトラウマに苦しんだり、業者に送り込んだ親を恨んで家族関係が崩壊してしまったりと、ひきこもりの状態をより強固にさせてしまっています。
こうした悪質な業者に頼ってしまう家族を増やさないためにも、公的な支援の充実が不可欠です。
――行政による支援に変化は見られましたか。
池上
私が所属するKHJ全国ひきこもり家族連合会においても、行き場を失った当事者や家族の多様なニーズに対応できる支援制度を作ってほしいと行政に度々働きかけてきました。
「中高年のひきこもり」の存在も社会に顕在化してきたことで、ようやく内閣府が40歳以上のひきこもりの実態調査に乗り出し、2019年3月29日に調査結果を発表。40~64歳の「ひきこもり中高年者」の推計人数や生活状況を明らかにしました。
また、厚生労働省が「地域共生社会の実現」を理念に掲げたことにより、行政の支援体制も少しずつ変わっていきました。
ひきこもりに特化した一次相談窓口として、「ひきこもり地域支援センター」をすべての都道府県や指定都市に設置したほか、年齢の制限や障害のある・なしにかかわらず、誰でも抱えている悩みを相談できるよう、「断らない相談窓口」が各自治体で作られ始めました。
――「8050問題」を抱える世帯は、もし親が倒れて介護状態になった場合、生活が成り立たなくなる恐れがあります。親の介護が訪れる前にどういう対策をとったらいいでしょうか。
池上
当事者である子どもの側からアクションを起こすことは難しいですので、親自身が元気なうちに、まずは自治体の相談窓口(ひきこもり地域支援センター、各自治体のひきこもり相談窓口、生活困窮者自立支援制度の窓口など)に相談しておくことが肝心です。
現状抱えている悩みや不安、自分がもしもの時はどうしたら良いかなど、あらかじめ相談しておくことによって必要な支援やアドバイスが受けられるでしょう。
子どもに対しても、「もし自分の身に何かがあった時はここに連絡を取ってみてほしい」と担当者の名前や連絡先を伝えておく。とにかく、公的な機関とのつながりを持っておくことで、いざという時に必要なサポートを受けやすくなります。
――実際に介護が始まった後も子ども自身がなかなか外部に助けを求められず、ストレスを抱えてしまいそうです。その場合はどうしたら?
池上
実際、介護の悩みを誰にも相談できずに一人で抱え込み、追い詰められている当事者も多いと聞きます。
介護で睡眠時間が削られるなどすれば、適切な判断ができなくなる可能性もあるので、例えば介護に携わる方たち(ケアマネジャーや介護ヘルパーなど)が自宅を訪問した際に、「何か困っていることはないですか? 良かったらお話を聴きましょうか?」と、本人に声をかけてあげることが大切かと思います。
外部の人と話すのが怖くて、すぐに部屋にこもってしまう人もいますが、その場合でもあいさつだけはしたほうがいいですね。自宅を訪れた際にまず「お邪魔します」「こんにちは」と、声をかけることが関係性を築く第一歩。部屋から出てこなくても、「今日は〇〇の用件で来ました。次は〇月〇日に来ます」とメモを置いておけば、本人も安心するはずです。
ひきこもる本人にとって親は唯一頼れる存在でもあるので、一日も早く元気になってほしいと願っているものです。介護者はそうした思いに寄り添い、「お母さん(お父さん)に早く元気になってもらえるようにサポートしていきますね」と、“味方”であることを伝えることによって、少しずつ心を開いてくれるのではないかと思います。
――次回、後編では「8050世帯」がより幸せに生きるために何が大切なのか、じっくりとお話を伺いましたので、ぜひご覧ください。
<「8050問題」のリアルな実態と当事者・家族の本音がわかる書籍>
著者:池上正樹
出版社:河出書房新社
発売日:2019年12月20日
日経ホーム出版社(現・日経BP社)にて編集記者を経験した後、2001年に独立。企業のトップから学者、職人、芸能人まで1500人以上に人生ストーリーをインタビュー。働く人の悩みに寄り添いたいと産業カウンセラーやコーチングの資格も取得。12年に渡る、両親の遠距離介護・看取りの経験もある。介護を終え、夫とふたりで、東京・熱海の2拠点ライフを実践中。自分らしい【生き方】と【死に方】を探求して発信。
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