65歳以上が警戒すべきは、BMIから見る「メタボ」より「フレイル」である!食事制限の落とし穴

サザエさん一家の大黒柱、磯野波平さんの 設定年齢が54歳であることは有名な話。

現代の有名人で波平さんと同じ年なのは、 ヒロミ・松本伊代夫妻をはじめ、爆笑問題の大田光さん、 ウッチャンナンチャンの南原清隆さん、女優の沢口靖子さんなど。 そう考えてみると、日本人の年の取り方が昔と今では 大きく変わってきたことがよくわかる。

東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)はこの点に着目し、 大規模高齢者フレイル予防研究(通称・柏スタディ)を実施。 現代の高齢者の実態調査に乗り出した。 この調査によって、これまでの認識をくつがえす新事実が 次々と明らかにされたというのだが、 果たしてそれは、どんな事実だったのか?

高齢者2044名に260項目の健康調査を行う「柏スタディ」

東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)の飯島勝矢教授ら研究チームが千葉県柏市と連携して行った大規模高齢者フレイル予防研究(通称・柏スタディ)が最初に実施されたのは、2012年のこと。日本老年医学会が「フレイル」を提唱する2年前のことである。

調査の対象になったのは、柏市在住の65歳以上の高齢者2044名。男女比率は1対1で、平均年齢は73歳(当時)。

1人ひとりの調査内容は、260項目にもおよぶ。例えば口腔機能だけでも、歯の本数、唾液の細菌数、舌の厚み、ガム・グミ咀嚼の能力など16項目の測定が行われた。

飯島勝矢教授

「協力していただいたのは、住民基本台帳から無作為抽出した方々ですが、すでに要介護になった方については、最初から除外しています。なぜなら、私たちが知りたかったのは、健康で自立して生活できる人がどのタイミングでフレイルになっていくか、現時点でフレイルの状態の方がどのようにして要介護の状態に移っていくのかということだったからです」と飯島先生は説明する。

調査は年に1回、同じ人を対象に追跡していき、現在も継続中だが、この調査からフレイルチェックが生まれたように、これまでの認識をくつがえす、さまざまな新事実が浮かびあがってきた。

高齢者が警戒すべきは、「メタボ」より「フレイル」

肥満傾向を示すボディマス指数(BMI)は、国民によく知られた指標だろう。

体重(kg)÷〔身長(m)×身長(m)〕=BMI

という計算で簡単に知ることができる。日本人の標準は22とされ、それより数値が高いほど肥満度が高く、メタボリックシンドロームにともなう重篤な病気につながることもある。

ところが、「BMIが高いとメタボが心配」というこの認識、フレイルが心配される65歳以上の高齢者には当てはまらないケースがあると飯島先生は指摘する。

「例えば図1のグラフは、65~79歳の日本人、約2万7000人のBMIと死亡率を調べた結果です。もっとも病気にかかりにくいとされるBMI20~23を基準に見てみると、BMIがそれ以上の人、すなわち太り気味の人はBMI 30を超えるまでは死亡リスクに変化はありません。

ところが、BMIが低くて痩せている人は、BMI 20を切った途端に死亡リスクが高くなるのです。『BMIは低いほうがいい』という従来の認識とは逆のことが起きているわけで、私たち研究者はこの現象を『BMIパラドックス』と呼んでいます」

図1

実際、「柏スタディ」でも、BMIには問題はなくても、CT画像で太ももとふくらはぎのCT画像を見てみると、筋肉量が減ったサルコペニアの状態になっている人が少なからず見られたという。

つまり、中年期から高齢期前半をイメージしたメタボ対策であればBMIは有用だが、高齢期後半のフレイル対策では、BMIを見るだけでは充分ではないのだ。

タンパク質の1日の必要摂取量は80~90g

現在、自治体が行っているメタボ健診(特定健康診査)は40~74歳が対象だが、「65歳を過ぎた人の場合、過栄養に気をつけたほうがよい人と、低栄養に気をつけたほうがよい人がいるので、個別に対応しなければいけません」と飯島先生は言う。

中でも注意が必要なのが、血や肉となるタンパク質摂取の絶対量不足だ。 日本人の標準的な食卓には肉や魚、それから豆腐や納豆といった大豆食品や卵料理など、タンパク質を含むメニューが普通に並ぶため、「自分は充分にタンパク質をとっている」と認識している人が多いかもしれない。

だが、フレイル予防に必要な1日のタンパク質の摂取量は、体重1kgあたり1.2~1.5g。つまり、体重が60kgの人なら80~90gということになるが、これを食べた食品のグラム数と同じであると誤解している人が多いという。

「高齢者を対象にした市民公開講座などの場で話をするとき、私は『200gのステーキにはどれだけのタンパク質が含まれていると思いますか?』と質問します。すると、『200g』と答える人がどの会場でも半分はいるのです。実は、200gのステーキに含まれるタンパク質は、『35~40g』が正解。つまり、ステーキだけで1日に必要なタンパク質をとろうと思えば、200gのステーキを2枚も食べなければならないのです。高齢者にはとうてい無理な話で、ステーキ以外の肉料理、魚料理、豆腐や卵などとうまく合わせて、幅広い食材で摂取していかなければならないわけです」

見逃せない噛む力の衰え「オーラルフレイル」

高齢になると食欲が減退して、食が細くなるのは当たり前──。

そんな風に考えている人は多いかもしれないが、フレイルを予防するには、その考えを改めなければならないようだ。

「私は東大病院の老年病科で週に1回、外来を担当していますが、90代の男性が杖をつかわずに元気にいらっしゃる姿を見かけます。いろいろ話を聞いてみると、毎日、肉を食べているそうです。1度にたくさんは食べられないから、毎食、少しずつ食べる工夫をしているといいます。実は、タンパク質を肉からとっている人と、そうでない人とも差は、けっこう大きいのです」と飯島先生。

その大きな違いは、アゴの力や咀嚼力などの噛む力だという。

「高齢者は自分の歯が少なくなって歯の間に隙間ができたり、奥歯が欠けていて噛むのに不自由を感じるようになると、白身魚や豆腐など、やわらかくて噛まずに舌ですりつぶして食べられるような食事に偏る傾向があります。すると、口腔機能は自然に衰えていき、かろうじて食べられていた『さきいか』や『たくわん』といった硬さの食べ物も翌年には食べられなくなっていきます」

口腔機能の衰えは、「年だから仕方がない」と片付けてしまいがちな軽微な現象として現れる。飯島先生らはこれを「オーラルフレイル」と呼び、フレイル予防の重点項目に位置づけている。

オーラルフレイルになると、死亡リスク、要介護リスクは2倍に

「柏スタディ」では、オーラルフレイルを次の6項目で評価したという。

・残っている自分の歯が20本未満

・咀嚼(かむ)力が弱い ・舌の力が弱い

・滑舌の低下(舌の巧みさ)

・硬い食品が食べづらい

・むせが増えてきた。

この6項目を「ある・ない」でチェックして、3つ以上「ある」に該当した人を「オーラルフレイル」、すべて「ない」に該当した人を「オーラルノンフレイル」という2つのグループに分け、4年間の追跡調査を行った。

すると、オーラルフレイルの人たちは、オーラルノンフレイルの人たちと比較して、死亡リスクも、要介護リスクも、新規にサルコペニアになるリスクも2倍以上だったことがわかったという(図2)。

図2

「オーラルフレイルの人たちは、4年前に追跡を始める時点では健常者に分類されている人たちですから、口腔機能の衰えはフレイルの危険信号として決して見逃せない要素なのです」と飯島先生は説明する。

エネルギーの「制限」から「適切な摂取」へのギアチェンジ

中年期からBMIなどの指標をもとに「メタボにならないようにしましょう。カロリーの摂りすぎに気をつけましょう」と言われ続けたせいか、フレイルに警戒しなければならない高齢期になっても「肥満は怖い」と思っている人は多いと飯島先生は言う。

「これも、高齢者を対象にした市民公開講座などの場でのことですが、『みなさん、目をつぶってください』とお願いした上で、『体重を2~3kg落とさなければならないと思っている人は手を挙げてください』とうながすと、全国どこの会場でも6割強の人が手を挙げるんです。

そこで、高齢期になってからの体重減少は、フレイル予防の大黒柱である筋肉を失う可能性があることを説明して、『過栄養のメタボ予防』から『低栄養のフレイル予防』への意識のギアチェンジを呼びかけています。エネルギーを制限するのではなく、適切な摂取を心掛けることがフレイル予防の第一歩です」

内藤 孝宏
内藤 孝宏 フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より25年間で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ニッポンを発信する外国人たち』『はじめての輪行』(ともに洋泉社)などがある。

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