子育てと介護のように、複数のケアが重なった状態を「ダブルケア」と呼びます。
多くの家庭が共働きである昨今、仕事と子育ての両立の大変さを見聞きする機会も増えていますが、子育てと介護が重なる大変さについてはまだまだ注目されていません。それゆえに問題が認識されておらず、当事者の負担を軽くする方法にまでたどり着くのが難しい状態です。
ダブルケアとはどんなものなのか、ダブルケアを担いやすい人はどんな人なのか。どんな困難があり、どのように解決していけばいいのか。一般社団法人ダブルケアサポートの理事で、ご自身もダブルケアの経験もある植木美子さんにお話を聞きました。
――ダブルケアとはどんな状態を指すのか、教えていただけますか?
植木
密接な関係の中に複数のケアがある場合は、ダブルケアと定義されることが多くなってきています。たとえば、介護を受ける人と同居していなくても近居であったり、多少離れていても関係として近しかったりする場合はダブルケアです。
――小さなお子さんの子育てと介護が重なるケースだけが、ダブルケアなのかと思っていました。
植木
従来のダブルケアの定義は、育児と介護の同時進行の方で且つ、6歳以下の未就学児を持つ方を指していました。ただ、介護をする方の子どもは当然ながら成長していきますし、思春期の子どもを持つ人のダブルケアはまた違った大変さがありますよね。
また介護をする中で、パートナーや自分の病気、更年期の症状、親ではない親戚の介護などが始まるケースもあります。そうしたさまざまなケアが重なってつらい思いをしている人を前にして「あなたはダブルケアじゃないですよ」という線引きはできないですよね。そういうわけで、現状のより広い意味での定義になっていった経緯があります。
――ダブルケアならではの困りごとはどんなことなのでしょう?
植木
まず、選択を日々迫られます。たとえば、子どもの懇談会と介護のケア会議が重なったときに、どちらを優先するかを考えなければいけません。ケア会議のほうは日にちをズラせるかもしれませんが、日程の再調整にも手間がかかりますし、何とか両方こなせそうなときはすべてこなしてしまおうとしてキャパオーバーしてしまうこともあります。
当事者の方のお話ですごく印象的だったのは、「毎日ギリギリの綱渡りです」という言葉です。幼稚園への送りをしたらダッシュで家に帰ってデイサービスの送り出しをし、パートに向かって、終わったらすぐにデイサービスのお迎えをして、幼稚園にお迎えに行く……こうした綱渡りの生活に、さらにイレギュラーな予定が入ってしまったときに対応するのは大変ですよね。
しかも、あとから後悔する可能性も考えながら一方を選ばなければなりませんし、子どもや介護を受ける人が発する何らかのサインを見落としてしまうこともあります。介護と子育ては自分に余裕がなくてはできないものだと理解してほしいですね。
――子育てを優先すべきか、介護を優先すべきかという葛藤に苛まれることもありそうですね。
植木
私が当事者の方に「子育てと介護のどちらを優先したいですか?」と聞くと、ほとんどの方は介護を優先したいと仰るんです。お世話になった人に恩を返したい気持ちが強いんでしょうね。
それから、子どもはある程度大きくなると「待って」がきくようになる一方で、介護は命にかかわるかもしれないからと考える方もいます。ただ、子どもが大きくなってから「あのときもっとお母さんと話したかった」と言われることも多いんですよね。
後悔される方が多いので、私は子育てを優先させたほうがいいと伝えていますが、それを決めるのは当事者の方ですから。自分の親を介護している場合はとくに、「施設に入りたくない」と言われてしまうと施設に入居させることに罪悪感を抱く人もいらっしゃると思います。
――サービスを利用すれば、負担が減るのでしょうか?
植木
身体介護などの負担は軽減される可能性はあります。ただ、先ほど話した「調整」などのケアマネジメントの要素は残ってしまいます。
それから、介護に関するきまりごとがきっちりしすぎているおかげで、十分なサポートを受けられない方もいます。たとえば、ヘルパーさんは要介護の方のサポートしかできません。同居している他の家族の食事をつくることや、家族の部屋の掃除をすることはできず、家事は完全にはなくなりません。
デイサービスのお迎えの時間も、子育てをしながら介護することが想定されておらず、保育園の送りの時間と被りやすくなっています。そういった意味で、ダブルケアの方はサービスの恩恵を十分に受けられないこともあるんですよね。
――お話をお聞きする中で、家族の中でダブルケアの担い手になりやすい方は母親であったり、嫁や娘であったりする女性なのかなと感じました。女性がダブルケアの担い手になってしまいやすいことに理由はあるのでしょうか。
植木
一つは、「育児介護は女性がするもの」という社会規範の強さがあると思います。象徴的な話として、ダブルケアの講座に参加してくださった男性が「うちの妻がダブルケアなんです」と仰ったことがあります。つまり、家庭の問題を自分事として捉えられていないんですね。
社会全体がそうした考え方だと、女性の側も「私がやらないと」と思わされてしまう。「ダメな母親」「ダメな嫁」と言われたくなくて頑張っている方も多いですよね。また、子育てをしていて仕事をセーブしている時期にダブルケアが始まって「私しか看れる人がいない」と引き受けてしまうこともあります。
かつての私もそうでしたが、自分がダブルケアの当事者だと気付けないことも、問題が改善しない要因の一つだと感じます。
――なぜ自分がダブルケアの当事者だと気付けないのでしょうか?
植木
そもそもダブルケアという言葉を知らないことがまずあります。それから、突然ダブルケアになったら、やるべきことをこなしていく感じになるので「これがダブルケアかも?」なんて考える余裕がない、という現実もあります。身体介護でなく、日程の調整やケアの方針を決めるケアマネジメントがメインになっている方も気づきにくいですね。
あと、これはヤングケアにも言えることですが、それが本人にとっての「ふつう」だから、「助けてもらおうという発想」がない、というほうが適切かもしれません。他の人の話を聞かない限り、自分の日常が「他の人とは違うかも?」とはなかなか思えないですよね。
さらに、介護の話は人に気を遣われやすい話なので、リアルでもSNS上でもしにくく、自分の日常を相対化できる機会が少ないこともあります。
――当事者の方の負担を少しでも減らすにはどうしたらよいのでしょうか?
植木
自分のしていることはダブルケアで、「自分は助けを求めていい存在なんだ」と気づくことがまず大切です。もしもご自身で負担を少しでも感じたら、ダブルケアにまつわるタスクを一度書き出してみてください。「自分はこれだけ頑張っているんだ」と自分をねぎらうきっかけにもなりますし、それらを家族や専門職の方と共有することで解決策の糸口をつかめるかもしれないからです。
とはいえ、自分で気付くのはなかなか難しいので、やはり周囲が支える必要があると思います。たとえば、最近の行政には「育児」「介護」と課題ごとに対応していくのではなく、課題全体を捉えて関わっていく「重層的支援体制」が求められてきています。こうすることで、育児と介護で分断されて零れ落ちていた課題やニーズを拾い上げることができます。
また、「どうして自分で面倒を見ないの?」という世間の風潮をなくすことも大切です。「家族のことは自分でなんとかしないと」と考える当事者や、そうした責任を押し付けがちな親族はやはり現実にいます。そうした方々に「無理に家族だけで介護を抱えて、共倒れしてしまったら全員が困る」と専門職がきちんと伝えていけるといいですよね。
――ダブルケアで悩んでいる人は、具体的にどんな方法をとればいいのでしょうか。
まずは地域包括支援センターか役所へと案内しています。この2つが地域に根差した介護の相談ができる場所だからです。情報はインターネットからも得やすくはなりましたが、子育てや介護は生活に密着しているので、地域の資源や行政のサービスを知らなければ、物理的には解決しないんですよね。
ただ、インターネットが活用できる場面もあります。例えば近所のママ友に話しにくい話題を、オンラインお話会で発散して不安を解消することもできますし、専門家の話をオンラインで聞く方法もあります。ご自身に合った場所を見つけていただけるといいなと思います。
――最後に、当事者の方に向けて伝えたいことがあればお願いします。
介護について私に教えてくださった方の言葉でとくに印象に残っているのは「介護は30%でいい」と「介護は4人のチームで行いなさい」でした。その方はこれらを実践しながら、コロナ禍になる以前は、介護をしながらも海外旅行に毎年行っていたんですね。
実際には旅行に行かないにしても、「介護をしていても旅行にも行ってもいいんだ」とか「チームで介護を行えば、旅行にも行けるんだ」と思うと少し楽になりますよね。自分にも周りにも完璧を求めすぎないように、とはお伝えしたいです。
*
取材を通して最も印象的だったのは、ダブルケア当事者の負担を減らすには「自分は助けを求めていい存在なんだ」と気づくことが大事でありながら、それはとても難しいというお話でした。
「ダブルケア」という言葉を知らないから、考える余裕がないから、介護について話しにくいから……と、当事者自身が「支援の必要性」に気づかない理由はたくさんあります。だからこそ、本人も気づけない大変さを感じ取ることが、周囲の人にできることなのではないかと感じました。
いくつものケアが重なって大変そうだなという方を見かけたら、役所や地域包括センターを案内するなど、小さなことから始めていきたいと思います。
文筆業。「家族と性愛」を軸に取材記事やエッセイの執筆を行うほか、最近は「死とケア」「人間以外の生物との共生」といったテーマにも関心が広がっている。文筆業のほか、洋服の制作や演劇・映画のアフタートーク登壇など、ジャンルを越境して自由に活動中。
佐々木ののかさんの記事をもっとみるtayoriniをフォローして
最新情報を受け取る