eスポーツが高齢者の健康をサポートする!? 最新の研究現場から見えてきた、高齢社会ならではの可能性

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eスポーツが、将来的には健康寿命の増進に役立つかもしれない。

かつては「ゲームで学力が低下する」「心身の発達に良くない」など、ネガティブなイメージが先行していたゲーム。しかし、eスポーツの隆盛と共にプレーヤーの裾野は高齢者まで広がり、さらにヘルスケア分野での活用を目指して学術的研究まで行われているという。

今回は、高齢者向けの「eスポーツ体験会」を元にした研究プロジェクトを行う、慶應義塾大学環境情報学部の加藤貴昭教授を取材。高齢者向けのeスポーツ活用の分野では、現在どのような研究が行われ、そこにどんな未来が待っているのか、お話を伺った。

ゲームをしている中で向上する能力がある

――加藤貴昭教授は、東京都品川区大井町の「みらいのまちをつくるラボ」でe-Sports解析プロジェクトを展開しています。その具体的な内容についてお教えください。

加藤貴昭教授(以下、加藤)

「みらいのまちをつくるラボ」では、高齢者施設等におけるレクリエーションを手がける株式会社プレイケアさんと一緒に、2019年5月頃から2020年2月まで、毎週月曜の朝10〜12時に、地域のみなさんを対象とした健康講座を開催していました。体操とレクリエーションの時間があって、レクリエーションのうち月1〜2回ほどを「eスポーツ体験」として実施していたのです。開催当時は20〜30人前後の参加者がいました。

eスポーツ体験ではゲーム『太鼓の達人』を使って、参加者には実際に体を動かして楽しんでもらっています。また、研究のテーマとして「eスポーツ」に取り組みたかったので、赤外線カメラを内蔵したアイトラッキング装置をつけてもらい、体験している人の視線を計測するなどして、プレイする人の視線のデータも計測、研究しています。

みらいのまちをつくるラボ プレイケアセンター大井町のフライヤー
プレイケアセンター大井町のイベント開催風景

――レクリエーションの中で、実際にゲームが与える身体・認知的な影響を調べているわけですね。

加藤

この健康講座だけでなく、2019年にはゲームによる認知機能の向上などを研究するため、10週間かけて実証実験を行いました。被験者の方に毎週『太鼓の達人』をプレイしてもらい、3種類の手法で実験の計測を行いました。

一つは「眼球運動計測」で、先ほど言ったように「プレイヤーがどこを見ているのか」をデータとして集めます。この実験で、プレイヤーは最初のうちはターゲットを叩くべきタイミングの直前あたりで見ているのですが、プレイに慣れていくうちにだんだんと視線が先に移っていくことがわかりました。

つまり、だんだんと先を読もうとする動きになってきて、先読みや予測する能力が向上しているように見受けられたのです。私たちはこれまでリアルなスポーツ競技者の動きも研究していて、そこでも上手な選手は相手の選手やターゲットを見るのではなく、次のプレイを予測する動きをしていました。

このテストからは、予め知識を持って学習するのではなく、ただゲームをプレイするだけで先読みのスキルを自然に獲得できているということがわかり、非常に興味深かったです。

『太鼓の達人』を楽しむ参加者の様子

また、ゲームのプレイと並行して、「TMT(Trail Making Test)」と「ストループ検査」という注意機能の検査も実施しました。「TMT」はバラバラに配置された数字を順番に結びつけていって出来るだけ早くゴールにたどり着くというテストで、「ストループ検査」は"緑に塗られた赤"や"青に塗られた黒"など、違う色で塗られた文字を瞬時に答えてもらうものです。

その結果、実験期間が進むにつれて、いずれも劇的にタイムの向上が見られました。どちらもテストのための脳トレをするのではなく、ゲームをするだけでワーキングメモリや実行能力といった能力の向上が見られ、非常に面白い結果だったといえます。

こうしたデータをもとに、2019年には「東京ゲームショー」にて、プレイケアが展開する日本アクティビティ協会(JAA)と一緒に「健康ゲーム大賞 第1回大賞作品」として『太鼓の達人』を表彰させていただきました。

リアルスポーツと、eスポーツの関係性

――お話にもあったように、加藤教授の専門は「eスポーツ」だけでなく「スポーツ科学」でもあるとうかがっています。加藤教授の研究について、詳しく教えてください。

加藤

私の専門はスポーツ心理学や人間工学といった分野でして、人間のいろんな意味での"行動"をさまざまな形で計測し、数値的に求めていく研究となります。これまでビデオゲームやeスポーツに関する研究では、「暴力描写で社会的に負の影響を与える」といった意味合いの論文などが多かったのですが、ここ10年くらいではゲームのポジティブな影響に関する研究や論文が急激に増えてきています。

その中で、私たちは、ゲームにおける視覚機能や知覚、認知、記憶といった分野に着目しています。リアルなスポーツの研究に加えて、大学で「eスポーツ論」という授業を行いながら、先のJAAの方と共に、高齢者向けのeスポーツの取り組みを実施しています。この研究が進めば、新しい方向性のeスポーツの形が出来るのではないか、と考えています。

2018年からはプロのスポーツ選手やeスポーツ選手に、サッカーゲームといったプロスポーツのゲームをプレイしてもらい、プロがゲームの中で何を見てどう判断しているのか、といったことなどを計測し、研究を進めています。

――リアルなスポーツとeスポーツには、どのような相関関係があるのでしょうか?

加藤

フィジカルなリアルスポーツとeスポーツは、多くの意味で相互作用を及ぼしてくれる可能性があります。

実際にフィジカルスポーツで伸び悩んでいた選手がプロのeスポーツになった事例や、反対にeスポーツの選手がプロのアスリートになることもあります。有名なところだと、イギリスのプロレーサーであるヤン・マーデンボロー選手は、もともとレーシングゲーム『グランツーリスモ』のプレイヤーでした。『グランツーリスモ』の優秀なプレイヤーが、プロのレーシングドライバーとして養成するプログラムに参加したことで、現在はプロのレーサーとして活躍をしています。

eスポーツは「健康」を目指せるか

――eスポーツがリアルな身体能力にもプラスに働きうる、ということですね。その上で、高齢者とeスポーツの関わりについてはどのようにお考えですか?

加藤

日本はeスポーツ後進国と言われていて、アメリカや中国がやっているような何億円もの賞金を出して大規模な大会をやるというのは、現状なかなか難しいと思います。

一方で、日本独自のeスポーツの発展の仕方があると思っています。"高齢者施設での活用"といったヘルスケアの文脈や、「通いの場」といった地域密着型で多世代交流のツールとして、eスポーツが活用できることに期待しています。先の実証実験の結果からもわかるように、脳機能を向上させるために専門的な技能を磨くのではなく、みんなが楽しめる市販のゲームを通じて、注意機能や実行機能が向上する可能性を示せたことが重要だったと思っています。

私たちは「eスポーツ for all」というキーワードを掲げていて、すべての人がeスポーツを楽しむことで、それがウェルネスやヘルスケアに貢献できる可能性を感じているんです。

画像提供:PIXTA

――今後も研究によって、eスポーツを通じた身体へのポジティブな影響が明らかになっていくことを期待します。また、そうやってeスポーツの利点が実証されていくと、将来的にはどのような未来像が考えられますか?

加藤

JAAでは認定資格として、「健康ゲーム指導士」といった高齢者向けeスポーツのインストラクチャーの育成を進めていたりします。プレイケア代表の川崎陽一さんは、「健康ゲーム指導士」をゆくゆくは国家資格にしたい、という壮大な夢を持たれていますね(笑)。

実証実験や研究はまだまだこれからなので、具体的にゲームが健康機能にどう影響を及ぼすかははっきりと言えないところも多いです。それでも、eスポーツが高齢者向けのヘルスケア分野として発展していく可能性は大いにあると思っています。

単純に、eスポーツを活用することによって、高齢者や若い世代が一緒に集まれる"楽しく交流できる場"を作れる、というのも重要です。私たちが行っている健康講座でも、みなさんゲームを通じて楽しそうに交流をしています。今後はさまざまな高齢者向けのサービスとも連携をして、地域交流などと合わせて研究を進めていければと考えています。

また、今のプロスポーツ選手は10〜20代が中心ですが、その人たちのキャリアは当然中年以降も続いていきます。もともとオランダ・プロサッカーチーム「アヤックス」のユースアカデミーに選手として所属していたボブ・ファン・ウーデン氏は、現在プロサッカーチーム「サガン鳥栖」にeスポーツプレイヤーのアヤックス ボブ選手として所属するなど、リアルなスポーツからeスポーツ選手に転身して新しいキャリアを送ることができています。

eスポーツの特徴の一つとして、身体機能が伴わなくても対等にトッププレイヤーとして活躍できたり、また、障害者の方のプロeスポーツプレイヤーもいたりするので、本当の意味でのバリアフリーなのだと思います。

今後は高齢者だけでなく、広い世代を対象にeスポーツやリアルスポーツの相互関係やその影響を研究・実証していくことができれば、eスポーツの世界はより広がっていくと思います。

須賀原みち
須賀原みち フリーの編集・ライター

カルチャー系を中心になんでも。某出版社にて雑誌とウェブの編集を経験した後、フリーランスに。

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