死ぬまでゲームができる社会を目指してー高齢者×eスポーツの未来をNTTe-Sports影澤氏に聞く

2019年の茨城国体の文化プログラムで種目として採用されるなど、「eスポーツ」の社会的注目度は近年大きく高まっている。その裾野を支えるのは若年層だけではない。eスポーツは場所や体力を超えて楽しみを分かち合えるその特性から、高齢者に向けた活用法があちこちで模索されるようになった。

人生100年時代と言われる現代、気が遠くなるほど長い人生を少しでも楽しく過ごしたいと思えば「老人ホームに入っても、死ぬまでゲームがしたい」なんて願望も、真剣味を帯びてくる。

自身が実現したい”ゲーミング老後シーン”に向けてeスポーツの高齢者向け事業に取り組む人がいる。2020年1月にNTT東日本らの共同出資によって設立されたeスポーツ事業を展開する株式会社NTTe-Sports代表取締役副社長であり、格闘ゲームプレイヤーとしても著名な影澤潤一氏(通称、かげっち)である。

影澤氏に"高齢者とeスポーツ"を手がける意義や、「死ぬまでゲームができる社会」実現に向けた課題、そして展望まで話をうかがった。

eスポーツは年齢も、障がいの有無も超えて人をつなぐ

NTTe-Sports代表取締役副社長・影澤潤一氏

――”ゲーミング老後シーン”の確保を掲げている影澤さんですが、現在の活動を始めた経緯をお教えください。

株式会社NTTe-Sports代表取締役副社長・影澤潤一(以下、影澤)

私はもともとゲームが好きで、プライベートでは格闘ゲームの大会に出場したり、実況やイベント運営もやっていたんですね。ただ、あくまでもそれは趣味であって、仕事は仕事としてNTT東日本に勤めていました。

一方で、NTTグループには「地域活性化」「社会問題の解決」というのが一つの大きなミッションとしてあって、2018年頃から、いろいろな自治体から「eスポーツをフックに地域や社会の課題を解決できないか」という声をいただいていました。

この頃には、私が格闘ゲーム界隈で活動していることも会社の上層部が知るところになっていたので、NTT東日本代表取締役社長の井上福造から「NTTグループの持つ通信サービスや設備、各地域の局舎を活用し、eスポーツの事業化を検討しろ」と言われたんです。

それで、1年かけて株式会社NTTe-Sportsを立ち上げました。趣味だったものがくっついて仕事になった、というところですね。

――NTTe-Sportsでは、どのような"高齢者×eスポーツ"事業に取り組んでいるのでしょう?

影澤

高齢者向けのeスポーツ活用には大きく2つの軸があって、一つはゲームをプレイすること自体が脳の活性化や健康寿命を延ばすことにつながるという点。もう一つが、コミュニケーションツールとしての活用です。お孫さん世代が高齢者施設を訪れて、ゲームを通じて世代間・地域交流を深めていく。

実際に高齢者施設でカーシミュレーショーンゲームを楽しんでもらう取り組みを実施したり、テレビ会議システムをつなげて高齢者施設間で通信対戦を行う施策などを提案しています。

高齢者施設や自治体から「レクリエーションとして、ゲームやeスポーツをやりたい」といったお話をいただいて、NTTe-Sportsがeスポーツイベントや施設の環境構築を手がけるようなイメージですね。ゲームタイトルの選定や開催にあたりゲームメーカーさんとの交渉なども行っています。

ゲームタイトルの選定には2パターンあって、高齢者が子どもたちと一緒に遊べるタイトルを選ぶ場合と、高齢者よりも今の子どもたちに人気のあるタイトルが選ばれるケースがあります。前者はeスポーツタイトルというよりも、将棋やリバーシ、落ちものパズルやスゴロク系のゲームが多いですね。後者は今だとFPSや対戦格闘ジャンルのタイトルが挙がってきます。

多くのイベントは2部構成になっていて、前者のタイトルで一緒に楽しんだ後、子どもたちが好きなタイトルを高齢者が見て、子どもに教えてもらう、といった形です。

――ゲームイベントを実施して、高齢者の方々の反応はいかがでしたか?

影澤

最初はやはり、60代以上の方だとゲームに対してネガティブな思いを持っている人も多いでしょうし、なかなか受け入れてもらえないのでは?という不安がありました。

しかし、現場で聞いた話では、カーシミュレーションゲームをプレイするレクリエーションでは、普段レクリエーションへの参加率が低い男性入居者の参加率が上がったとか。男性入居者がリードして女性入居者に教えようとするなど、僕らとしても予想外の効果が出ていたみたいです。

――ゲームが高齢者同士や違う世代をつなぐツールとして機能するわけですね。

影澤

リアルなスポーツだと、どうしても体格差や性別差が生じてしまいます。でも、eスポーツやゲームの良いところは、画面だけを見ていれば相手がどんな人かわからなくても一緒にプレイできます。「高齢者向け」や「障がい者向け」というのは、ある意味バリアブルとも言えるんです。しかしゲームであれば、互いの状態がわからずとも一緒に取り組める。終わってみたら、相手がどんな人だったかがわかってさらに理解や交流が深められる、というのは非常に面白いと感じています。

高齢者×eスポーツの流れを進める上での課題は?

――"高齢者×eスポーツ"事業を進めていくにあたって、現在はどのような課題がありますか?

影澤

大きく2つあります。

まず、一つはノウハウが浸透していないことです。介護者や施設の運営側は世代的にもゲームが好きで、施設内でゲームイベントをやることに興味は持っているけれど、何を用意して、どういった手順で……といったイベント運営のノウハウがわからない。これに関しては、ソリューションとして「NTTe-Sportsにお任せください」と言うことはできます。

しかし、ここでネックとなるのが2つ目の課題でもある"お金"の問題です。高齢者施設でのレクリエーションにはリハビリテーションの役割を果たすものがあって、そうしたものには介護保険上の施設への報酬として加算がつく。しかしeスポーツ・ゲームイベントは新しい取り組みということもあって、現在は介護報酬の加算対象外です。ですから、実施できるのは比較的資金のある施設ということになってしまいます。なので、相談件数自体は多くても、すべての提案が実現できているわけではありません。

こうした高齢者向けのeスポーツ事業は、自治体や行政、地元企業がもっと後押しをしてくれるようになれば、今よりも進んでいくと思います。

NTT e-Sportsが、幅広い層へのeスポーツの文化の定着とコミュニティの形成を目指して運営している施設「eXeField Akiba」(写真提供:丹青社 撮影:御園生 大地

――行政や自治体まで巻き込んで、"高齢者×eスポーツ"の制度自体を整備していこう、と。

影澤

超党派の「オンラインゲーム・eスポーツ議員連盟」や官公庁への働きかけも続けています。現在は「教育」、「介護」、「福祉」といった分野も注目を集めていますし、政治家や行政、法律に携わる人々とも協力し合っていければと。弊社には"NTT"という看板があり、ある意味、話を聞いてもらう敷居が低かったりもするので、そういった働きかけをすることもできます。

そのほかにも、大学や病院と手を組んで、高齢者へのeスポーツ活用の実証実験を進めていたりもしました。しかし、コロナ禍で実証実験の実施が難しく、今はストップしてしまっていますね。

――eスポーツをめぐっては大会賞金に関する法の見直しが叫ばれているなど、新興分野ゆえに現在進行系で行政や法律面との調整が進んでいる状況なのでしょう。先ほどおっしゃっていたように、ゲームイベントを開催するためにゲームメーカーと交渉する際も「NTTe-Sportsなら大丈夫だろう」といった安心感があると思います。

影澤

昔からメーカーに無許可で各施設独自でゲーム大会を行っていたこともあると思うんです。でも、今はちゃんとイベントやレクリエーションをやろうとなった時に、昔と比べてさまざまな面でやりやすくなっているはずで、NTTが間に入ることで、ひとつハードルが下がる部分もあるのかな、と。

この事業自体がそもそもすごく儲けるサービスとして展開しているわけではないですし、メーカー側も健康や交流目的でやるのであれば無償だったり、安価で許諾をしてくれたりします。そうやって交渉をして、最終的に可能な形で各イベントを実施しています。

――お話を聞いていると、近年のゲーム実況をめぐる状況とも似ているように感じますね。ゲーム実況はシーンの盛り上がりを受けて、メーカー側もゲーム実況や収益化配信へのスタンスを公表したり、プラットフォームや配信者の事務所と許諾契約を締結するなど、急速にシステムが構築され始めています。

同じように、今後はメーカー側も高齢者向けのeスポーツ活用を踏まえて、利用許諾の承認フローを構築するといった動きも起こりそうです。

影澤

大きく言えば、同じような流れにあるはずです。

ただ、ゲーム実況・収益化配信のシステムが整備されていく今の流れは、ゲーム実況を通じて、プラットフォーム経由でメーカー側にもお金が入るマネタイズのモデルが出来てきたからだと思います。

かたや高齢者向けのeスポーツ事業でいうと、まだ今はCSRの観点が強い。もしそれをビジネス化できたら、今度は高齢者向けの新しいマーケットとして立ち上がってくるはずですが……そもそも本当にビジネスにすべきかどうかも議論の余地があるでしょうね。

高齢になっても好きなタイトルの新作がプレイできる環境を目指して

――そのほか、今後”高齢者×eスポーツ"事業を展開するにあたって注目している動きなどはありますか?

影澤

可能性を感じているのは、子ども向けのデジタルリテラシー教育を上手く活用できないか、というところですね。高齢者はデジタルリテラシーが低いことも多く、ゲームをするにしてもゲーム機やPCを操作すること自体が一つのハードルになっています。そこで、現在急加速している子ども向けのデジタルリテラシー教育を、高齢者向けに転用することができるんじゃないかと思っています。

また、反対にゲームやeスポーツを通じてデジタルリテラシーを身につけることも出来るでしょう。そうやって高齢者のデジタルリテラシーが向上していくことで、さまざまな可能性が生まれてくると思います。例えば、高齢になってからのキャリアの選択肢にIT専門の指導員や管理者が入ってくることだってありえます。

――国内外で高齢者のeスポーツチームが結成され話題になったりもしていますが、今後はeスポーツのコーチを務めるシルバー世代などが出てきてもおかしくないかもしれません。それだけでなくて、例えば「eスポーツの強い○○さんが入居している、あの高齢者施設に入りたい」といった人が出てくる可能性もありますね。

影澤

そういった現象は、すでに中学や高校、大学や会社といった全レイヤーで起きていて、「eスポーツの部活動があること」が志望理由の一つになっていたりします。高齢者施設でも、しばらくは目新しいものとして"eスポーツやゲームができる施設環境"というのが目玉になると思います。

今後、リテラシー教育や環境の整備が進んでいけば、eスポーツやゲームに限らず、高齢者施設のデジタル機器を使って自由にプログラミングやお絵描きができるような環境も出来ていくんじゃないでしょうか。

――デジタル機器によって、eスポーツだけでなく老後の過ごし方の選択肢も広がっていくわけですね。最後に、影澤さんが75歳になる未来に"高齢者×eスポーツ"の関わりはどのようになっていたら良いと考えていますか?

影澤

子どもの頃は、自分が40歳を越えてまだゲームで遊んでいたり、仕事でゲームに携わっていたりなんて考えてもいませんでした。それがだいぶ時代も変わり、我々ゲーム好きが自分の好きなものを選んで活動しているように、これからの超高齢社会は、自分たちが好きなものを核にコミュニティを作れるようなシーンが求められてくるのだと思います。今はその素地を作っているところです。

個人的には、自分が高齢者になってプレイするゲームもゲームだったらなんでもいいわけじゃなくて、やっぱり自分の好きなジャンルやメーカー、タイトルをプレイしたいわけです。スポーツと違って、eスポーツゲームはサービスが終了してしまうと遊べなくなることだってある。だから、自分が歳を取った時に好きなジャンルやタイトルの新作は出るような状況であってほしいんです。そのために、個人としても会社の人間としても出来ることをやっています。

自分たちが75歳になった時に好きなゲームをプレイ出来て、周りにはそれを受け入れてくれる仲間がいる。そうやってより良く楽しい生活ができるような環境を作っていきたいですね。

須賀原みち
須賀原みち フリーの編集・ライター

カルチャー系を中心になんでも。某出版社にて雑誌とウェブの編集を経験した後、フリーランスに。

note須賀原みち 須賀原みちさんの記事をもっとみる

同じ連載の記事

おすすめの関連記事

介護が不安な、あなたのたよりに

tayoriniをフォローして
最新情報を受け取る

ほっとな話題

最新情報を受け取る

介護が不安な、あなたのたよりに

tayoriniフォローする

週間ランキング

ページトップへ