認知症専門医として長らく診療にあたっていた名古屋フォレストクリニックの河野和彦先生。ある時から、認知症と発達障害を合併している患者さんがいることを知り、発達障害の猛勉強を始めます。
前回インタビューで語られたのは、認知症と発達障害はなぜ誤診されるのか、誤診されるとどんな困りごとがあるのかまで。
今回は、発達障害と認知症の違いをどう見分けるかなどについて、お聞きしました。
前回:認知症だと思ったら発達障害だった…?誤診されやすいワケとは
――前回のインタビューで発達障害と認知症は誤診されやすいお話を伺いましたが、発達障害と認知症の違いをどう見分けるのでしょうか。
認知症と発達障害見分けるには、まず多くの患者さんを診ないとわかりません。私はADHDの方を300人以上診たので今では理解ができますが、その段階に達するまでは注意深く患者さんの様子を見て記録することだと思います。そこで共通点を見つけていきました。
まず「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」を行います。
レビー小体型認知症とADHD(※)の方は、「即時記憶」が苦手です。たとえば「数字の逆唱」や「5つの物品を隠して、その名前を言わせる問題」に弱い。さらにADHDの方は8割方、5つの物品を隠した後に1個も思い出せない。一方、アルツハイマー認知症は「短期記憶」に難があります。例えば、桜・猫・電車と言ったものを「後で思い出してください」と言うと思い出せないのです。
逆にピック病(※)は、「改訂長谷川式」が満点に近い。でも行動障害型で、周辺症状主体の認知症なので、診療に来た時のご本人の様子やご家族からのヒアリングで判断していきます。あとは年齢ですね。65歳以下の方だと、アルツハイマーとピック病は半々ぐらいの割合なので。ところが「改訂長谷川式」の点数は低いままなのに、日常に問題のない認知症もあるんです。
※ADHD=発達障害の1つで、注意欠陥/多動性障害のこと。行動が落ち着かないなどの「多動性」、思ったことをすぐ口にしてしまう、衝動買いをしてしまうといった「衝動性」、ケアレスミスや忘れ物が多く、仕事や作業を順序立てて行うことが苦手などの「不注意」の面がある。
※ピック病=脳の前方と横の部分が萎縮したり、機能が低下したりする認知症。脳の神経細胞に「ピック球」という物質が出来ている。ピック病を正しく診断できる医師が少ないため、アルツハイマー病と誤診されたり、うつ病や統合失調症と間違えられたりするケースが少なくない。記憶力の低下を主な症状とするアルツハイマー病に対し、怒りっぽくなるなどの性格変化や、同じことを繰り返すなどの日常生活での行動異常が特徴。次第に記憶障害や言葉が出ないなどの神経症状が表れる。最終的には重度の認知症に陥る。
――どういうことでしょうか?
「SDNFT」「DNTC」「AGD」というアルツハイマー病理のない認知症があって、この3つは脳の神経毒を出さないので、なかなか進行しないのです。これがアルツハイマー型認知症とよく誤診されます。なぜ誤診されるかというと、神経原線維変化がたくさんあり、海馬が萎縮している画像を見ると、誰でもアルツハイマーだと思ってしまうからです。
では「SDNFT」とアルツハイマーをどう見分けるかというと、初診時に「改訂長谷川式」が10点以下というのが鍵で。実は初診時に「改訂長谷川式」が30点満点中7点で、そのまま10年間点数の変わらない高齢のおじいさんがいるんですよ。
要は30点満点中10点以下になるまで、自宅で生活をして問題がなかったということ。怒る、妄想が出る、徘徊するといった周辺症状が出ないんですね。だから「改訂長谷川式」の点数が1桁になるまで、医師にかからずに済んだわけです。
「SDNFT」の方は生活能力が意外とある。他人への気遣いや感謝ができる。あと診療時に挨拶ができる。アルツハイマーの方はあんまり挨拶されない。でも決定的に「SDNFT」がわかったのは、積み木のテストをしたことでした。
――積み木のテストですか?
私の子どもが使っていたドイツ製の積み木をテストに使いました。「ビルディングブロックテスト・ナゴヤ」というテスト名で、自分で考案した検査です。
見本の積み木と同じものを作ってもらいます。パーツが9個あって9点満点。なかには見本を触ってしまう患者さんもいるので、見本の玄関や屋根は装着しないでおきます。見本を取る患者さんは、かなり重症なわけです。
でも「SDNFT」の人は積み木ができる。ここで編み出したのは「積み木ができる人は生活力が高い。施設などに入らなくても自宅で生活できる」ということです。
あとは時計描画テスト(CDT)もあります。
――それはどういったテストですか?
テストは3段階あって、(A)真っ白な紙に時計の文字盤を描く (B)8cm直径の円の中に数字を描く (C)完成された文字盤に10時10分の針を描く というものです。
老人性うつ病ですと時計の描写ができる方が多いので、レビー小体型認知症、ピック病、ADHDを知る補助手段として使われます。
下の図はアルツハイマーとレビー小体型と「SDNFT」の患者さん1000人を調べてわかった、「改訂長谷川式」と時計描画テストと積み木のテストの平均点を出したものです。「改訂長谷川式」は言語性知能、時計描画テストと積み木は動作性知能を調べるものですね。3つの認知症は「長谷川式」の数値に差がなくても、「SDNFT」だけは動作性知能が保たれている。こうやって1つ1つ判断をしていくのです。
――発達障害の例としてはADHDを挙げていましたが、アスペルガー症候群はいかがでしょうか?
レビー小体型認知症とADHDは生物学的に近い印象があるのは、前回のインタビューでお話ししましたが、たまにレビー小体型認知症にアスペルガーの症状(※)が強く出ることがあります。レビー小体型認知症は妄想を起こしやすい。さらにアスペルガーが併発すると「もう、警察に連絡する!」と激しい言動になって表れてしまう。患者さんやご家族との会話や日常生活のヒアリングで導き出し、「衝動性」があって「拒否的」な発達障害だろうと思われる方に、気分の上がり下がりに応じたサプリメントや薬などを処方して、薬との相性を見極めながら、アスペルガーっぽいのか、ADHDの要素が強いのかなどを判断していきますね。爆発性を秘めた激昂する患者さんに気分の上がる薬を出したら、それこそトラブルになってしまうから。
※アスペルガー(アスペルガー症候群)=自閉症スペクトラムの1つ。社会的なコミュニケーションや他の人とのやりとりが上手く出来ない、興味や活動が偏るといった特徴があり、問診や心理検査などを通して診断される。
それから多くの発達障害は、多かれ少なかれ2つの要素を持っています。例えばADHDの要素が8割ぐらいで、アスペルガー2割とか。人それぞれ持つ要素が違います。ADHDだけど、アスペルガーの要素が強い人もいます。それが上の「ADHDと他の発達障害の関係」の図ですね。
認知症と発達障害の違いで補足すると、認知症は脳の海馬が萎縮しているために新しい記憶が入りにくい。加えて記憶の貯蔵庫で脳の外側にある大脳皮質の部分に問題があるから、記憶が貯蔵庫から取り出しにくい。だから記銘や想起が弱いんですね。
一方、発達障害の1つであるADHDは、海馬の隣にある扁桃体と呼ばれる感情とともに記憶する部分が、幼い頃から脆弱なんですね。ですから精神的なストレスに弱く、言われた仕事が続かない、嫌いな上司に口頭で指示されると跳ね除けてしまうという、ちょっとしたトラブルが起こるわけです。だから記憶の悪い印象に見えるというメカニズムなんですね。
――発達障害と認知症を家族で見分けることは可能でしょうか?
見分けは難しいですが、ご家族も介護職員の方も観察することで、私よりもプロになれると思います。
――家族もプロになれるというのはどういうことでしょうか。
前回のインタビューでも話した通り、医師の仕事は問診が95%です。だから問診で聞かれるような日常の観察は、ご家族でもケアマネジャーさんでも介護職員の方でも誰でもできる。むしろ医師はわからない。患者さんと普段から接している方が、医師よりもその道のプロになれると思いますね。
――家族としてできることは、まず生活をつぶさに見つめることですね。
「物忘れ」で外来に来られた方に、「整理整頓って、若い頃からできましたか?」と1つ質問するだけで、発達障害の可能性が出てきます。ご本人が答えられなかったら、ご家族が答えたっていいですし。診察室に入って来られる瞬間から様子を見て、問診をたくさんして、それから脳の画像を見て、海馬が萎縮していないかを確認する。発達障害単独の方は、海馬が萎縮していませんからね。また「この方、こだわりがものすごく強いなあ」と思っていても、アスペルガーの方は、自分を「そうだ」とは言ってくれませんからね。
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認知症だけでなく発達障害との見分け方は「患者さんの詳細なヒアリング」「改訂長谷川式」「時計描画テスト(CDT)」「ビルディングテスト・ナゴヤ」「薬、サプリメントの効き方」で判断をする河野先生。次回は、発達障害と認知症を併発している場合の特徴などついて伺います。
次回:「発達障害と認知症を併発した際の特徴」とは
町田育ちのインタビューライター。漫画編集、ぴあでのエンタメ雑誌編集を経て、2017年に独立。週刊誌編集者時代に母の認知症介護に携わり、介護をはじめて13年が経った。2020年にひとりっ子でひとり親を介護している経験から、書籍「目で見てわかる認知症ケア」(2刷)を企画・構成した。
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