スマートスピーカーにネットカメラ…介護エンジニアが「家族の見守り」をIT化したら

介護や福祉関連のサービスを開発している、介護エンジニアの福村浩治といいます。

私の兄は、私が小学2年生の頃、ジャーミノーマという脳にできる胚細胞腫瘍の一種を患い、右半身不随の知的障害者になりました。私はそれ以来、2016年に兄が44歳で亡くなるまでの30年以上にわたって、両親とともに在宅介護を経験しました。

介護にあたっては、さまざまな場面でエンジニアとしての知識や経験を生かしてきました。そこで今回は、介護エンジニアの私が実践してきた、介護や高齢者の見守りにおけるITツールの活用法を紹介します。

私の家族が在宅介護を選んだ理由

障害や病気、老化などで家族の介護が必要になったときの選択肢として、施設に入居してもらうという方法があります。しかし私の実家では両親の強い意思で、在宅介護の道を選びました。当時から介護施設や障害者施設の入居者に対する虐待などのニュースを耳にする機会もあり、もちろん全ての施設がそうでないのですが、両親としてはできる限り自分たちの目の届く範囲で兄の面倒を見たいと思ったようです。

正直に言うと私自身、中高生のときなどは特に、介護よりも自分のやりたいことを優先させたくて、家にいる兄を疎ましく思った時期があります。しかしこの在宅介護の経験が、のちに介護エンジニアとして働くきっかけにもなったので、今となっては在宅介護を選択してくれた両親に感謝しています。

介護離職しないために、介護エンジニアの道へ

現在私は、地域の介護資源の見える化を目的としたケアマネージャー向けのサイトや、AIでケアプランを作成支援するプロダクトが主力の介護テック企業に勤めており、直近では自社が運営する放課後等デイサービスの業務改善などを行っています。前職では約10年、介護請求ソフトの開発をしていました。

 もともと私がエンジニアという職に就いたのも「技術力があれば、兄の介護をしながら在宅でも仕事ができるのではないか」と思ったからでした。私が就職活動をしていた約20年前は超就職氷河期。さらに私は今後の兄の介護についても考える必要があり、将来への不安がありました。そんな中でIT企業は当時でも比較的門戸が広く、技術力さえあれば柔軟な働き方ができそうなエンジニアという仕事に魅力を感じたのです。私自身はもともと文系だったのですが、一から勉強してエンジニアとして仕事を始めました。

その後、介護の領域に特化したエンジニアになったのは、30歳頃。きっかけは、リーマンショックの影響でそれまで請け負っていた仕事が激減してしまったことと、兄の介護を主に担当していた両親の高齢化です。

時間とともに兄の体力は弱まってより多くの助けが必要になり、一方で介護する側の両親は高齢化していきました。両親が60代になった頃「体力的にもう介護するのがしんどい」と、私が中心になって兄の介護をするように頼まれました。

私としては「とうとうきたか」と思いつつ、世の中の介護をとりまく事例から、ここで安易に介護離職してしまっては自分の人生の選択肢をぐっと狭めてしまうと感じました。さらには仕事が激減して行き詰まっていた時期でもあったため、今の状況で介護離職せずにエンジニアとして働き続けるなら「介護で得た知識とエンジニアとしての技術、両方を同時に生かせないだろうか?」と考えたのです。

そうしてなんとか介護テック企業の求人を探し出し、前職の介護請求ソフトベンダーに転職しました。

介護エンジニアが実践した、いつでも家族を見守るための5つの方法

日々状況が変化する家族介護の大変さを身をもって知った経験から、できるだけ介護する側もされる側も無理しなくていいように、自分の知識と技術を生かしながら在宅介護を続けていこうと思いました。

その中で「介護エンジニアとしてのキャリア」と「兄の介護」を両立させるためには、外出先でも家族を見守るための環境を整える必要があると感じました。私が外出している間に、兄はもちろん、高齢の両親にも何かあっては大変だと思ったからです。

そこで、自分が慣れ親しんでいるITツールを見守りに生かすことに。具体的には、家にいる兄や両親の様子を外からいつでも確認できるようにしたり、IT機器にそこまで詳しくない両親とでもテキストやビデオで会話できるデバイスを設置したりしました。

ここからは、私が実践してきた5つの事例を紹介します。

【目次】

1.何はなくとも、まずはWi-Fiを導入

2.外出先や別室からの見守りに便利なネットワークカメラ

3.スマホから送ったテキストを音声で再生してくれるロボット「BOCCO」

4.高齢者には、簡単なアプリでスマホとタブレットに慣れてもらう

5.介護や見守りにおける、スマートスピーカーの可能性

1.何はなくとも、まずはWi-Fiを導入

当初の自宅のインターネット環境は、私が持っていたポケットWi-Fiのみでした。しかしさまざまなIT機器を介護に活用するには、Wi-Fi環境が不可欠です。なので、まずはWi-Fi環境を構築する必要がありました。親と離れて暮らしている方も、実家にWi-Fiを導入しておくといいでしょう。

「都道府県名 光ファイバー(光回線)」といったキーワードで検索すれば(離島など一部のエリアを除けば)そのエリアで利用できるサービスの情報が出てきます。プランを検討する際は、価格.comなどの比較サイトも参考にすると良いと思います。

2.外出先や別室からの見守りに便利なネットワークカメラ

私が会社にいる間、家で兄が転倒していないか、両親が介護疲れで倒れていないかなど、気になることがいっぱいでした。外にいるときでも自宅の様子を「見える化」することが必要だと考えました。

そこで有効なのが「ネットワークカメラ」です。

家にいるときでも、1人が四六時中つきっきりで見守ることは不可能です。相手から離れてトイレに行ったり、家事をしたりする必要もあるでしょう。ネットワークカメラがあれば、別室からでも外出先からでも、スマホやタブレットを使って離れた場所から見守ることができます。複数人で同時に見守ることも可能です。

設置場所については、ある程度広範囲に見たいなら、高い位置を選んだ方が良いと思います。私の家では、食器棚の上などに設置していました。

ネットワークカメラの機能としては、下記のようなものがそろっているといいでしょう。

・録画できる
・パン(360度近く回転)できる
・動体検知または人体検知ができる
・検知をプッシュ通信などで知らせてくれる
・音が聞ける
・マイクを内蔵しており、遠隔から声をかけられる

現在販売されている一般的なネットワークカメラであれば、1万円以内の価格帯で、多くの機種がこれらの条件を満たしていると思います。

例えば私が直近で購入したネットワークカメラは、ドン・キホーテのプライベートブランドから発売されている「スマモッチャー(SMAMOTCHER)」です。購入時の価格は3,980円(税別)。先に挙げた条件に加え、自動追跡の機能(動く対象物を自動で認識し、カメラが回転して追いかけながら撮影する機能)があります。
 

これで会社にいても自宅の様子が分かりますし、ちょっとした会話も可能です。

3.スマホから送ったテキストを音声で再生してくれるロボット「BOCCO」

ネットワークカメラを設置して、スマホを通じていつでも家にいる家族と会話ができるようになりました。しかし電車での移動中など、音声での会話が難しいタイミングもあります。

そこで、スマホから送ったテキストメッセージを音声で再生してくれる製品を探しました。「できれば月額料金はなく、手の届きそうなものを……」と探したときに見つけたのが、ユカイ工学のコミュニケーションロボット「BOCCO」です。

BOOCOは、スマホから送ったテキストメッセージを合成音声でしゃべってくれるロボットです。人の目を気にすることなく、スマホから文字を打つだけで、いつでもどこでも家にいる人に声をかけらます。

BOCCOの胴体にある、向かって左側の再生ボタンを押すと、スマホから届いたテキストメッセージの内容をしゃべってくれます。向かって右側の録音ボタンを押して声を録音すれば、BOCCOからスマホにメッセージを送ることも可能。スマホでは音声とテキストの両方でメッセージを確認できるので、スマホを持つ人が音を出せない環境にいても、内容を把握できます。

 操作方法がシンプルなので、IT機器に詳しくない両親でも操作できました。

4.高齢者には、簡単なアプリでスマホとタブレットに慣れてもらう

こういった製品を導入するにあたって、両親にもスマホとタブレットを渡して使ってもらうことにしました。特に、両親が外出する際などにはネットワークカメラで家の様子を見てもらいたいと思ったのです。見守る人数が増えれば増えるほど、一人一人の負担を軽減できると思います。

複雑な操作に抵抗がある高齢者は多いと思いますが、ネットワークカメラやBOCCOのようにアプリを起動して見るだけでいいものであれば、ハードルは低いと思います。事実、私の母は最初のうちはアプリを見る程度でしたが、今やメールを打ったり、検索したりといったこともできるようになりました。

スマホやタブレットも、最近は安価なモデルがあります。アプリを見る程度の用途であれば、そこまで高性能でなくてもかまいません。両親へのプレゼントに、スマホやタブレットを選んでみるのもおすすめです。

5.介護や見守りにおける、スマートスピーカーの可能性

ここ数年、私が介護や高齢者の生活に活用できそうと思って注目しているガジェットの一つが、Google HomeやAmazon Echoなどの「スマートスピーカー」です。

Google HomeとGoogle Nest Mini

高齢者がいる家庭でスマートスピーカーを使うなら、高齢者自身にメモや調べ物に活用してもらうのがおすすめです。忘れやすいこともスマートスピーカーに「~とメモして」と言えばメモしてくれますし、天気や交通情報なども調べてくれます。今後もきっと、できることはどんどん増えていくでしょう。

私の両親はテレビを見ながら「この俳優、今いくつだっけ?」となったときに、スマートスピーカーに聞いていました。スマートスピーカーがあることで、両親間の会話が弾んだりもしています。

スマホ、タブレットへの入力が難しかったり、画面の文字が見にくい高齢者でも普段会話するのと同じような感覚で操作できるので、ITツールに慣れる第一歩にもいいと思います。

Clova FriendsとClova WAVE

 また最近ではEcho Showなどの画面付きスマートスピーカーも増えており、テレビ電話やネットワークカメラのような使い方もできるようになりました。

Echo ShowとEcho Show 5

画面付きスマートスピーカーがあればビデオ通話で顔を見ながら話せるので、特に遠距離からの見守りに有効だと思います。高齢者の自宅に画面付きスマートスピーカーを設置しておけば、見守る側はスマホを使って、どこからでも簡単に音声通話やビデオ通話をつなぐことができます。

またAmazonのEchoシリーズには、スマホから呼びかけるだけで、スマートスピーカー側で応答操作をしなくても自動的に通話を開始できる「呼びかけ」機能があります。あらかじめ設定が必要ですが、スマートスピーカーの応答操作も難しい高齢者と通話したい場合などに、便利な機能です。

他に、ネットワークカメラと連携して、ネットワークカメラの映像をスマートスピーカーの画面に映すことも可能です。高齢者や介護が必要な家族の部屋にネットワークカメラを設置し、リビングやキッチンからスマートスピーカーで見守る、といった使い方ができます。

ツールを導入する際のポイント

現状(というか、将来的にも)、これを導入すればすぐに介護の問題が解決するということはありえないでしょう。しかし、少しずつ負担を少なくする、負担を分散することは可能だと思います。

今回ご紹介したように、ここ数年、介護や高齢者の生活支援に活用できる、見守りをメインとしたさまざまなツールが増えてきました。ツールを選ぶ際には「無理なく購入できる範囲でまず使ってみる」ことが重要だと思います。使う環境は人それぞれのため、他の人の環境では有効でも、自分の環境では役に立たなかったということもありえます。

事前に情報収集することも重要ですが、そういったツールを介護に使ってみた感想などを紹介するサイトは、まだまだ少ないのが現状です。月額費用がかからないものなど、できるだけ無理のない範囲で、まずは使ってみてはいかがでしょうか。

おわりに

ここ2、3年で、10年前とは比べ物にならないほど、介護テック企業が増えてきました。しかしそんな中で、介護の現実、介護保険制度、IT知識などを幅広く有している人材はまだまだ少ないのが現状です。

私は介護エンジニアとして働く傍ら、「VUI Fukuoka」というエンジニア向けのコミュニティーを運営しています。スマートスピーカーに関する情報交換や助け合いの場として、さまざまな分野のエンジニアに参加してもらっているのですが、私としてはこのコミュニティーを通じて、介護に興味のあるエンジニアを増やしたいと考えています。

今後も介護エンジニアとして、こういったコミュニティー運営をはじめ、介護に困っている人の一助となる活動を続けていきたいです。

編集:はてな編集部
 

福村浩治
福村浩治

介護エンジニア。障害者の兄の在宅介護を30年以上経験し、介護に特化したエンジニアに。 介護保険制度・障害福祉サービスからクラウド・IoT・ロボットまで、幅広い領域で介護を見つめつつ、「システムは手段、いかに高齢者の生活向上を図るかが目的」を信念にしています。福岡では、コミュニティ「VUI Fukuoka」を運営中。

ブログ:介護×IoTTwitter@fukumura_kaigoコミュニティVUI Fukuoka 福村浩治さんの記事をもっとみる

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