親が突然倒れた、さぁどうする?
会社員歴20年、その後クリエイティブコンサルタントとして独立し7年。
仕事一筋で生きてきた、介護のことなんてまるでわからない独身ワーキングウーマン、中村美紀49歳。
大好きな母、馬が合わない父の、突然の同時多発介護にてんやわんやしながら、仕事人間としての特性を活かし、「ビジネス思考」で介護を乗り切っていく、壮絶だけど、コミカルな記録。
母が突然倒れ、入院。
一時は不安定だった容態も、数カ月経ってやっと安定し始めました。
今までは、ほぼ毎日病院に通いつめ、日々乗り切ることで精一杯でしたが、そろそろ現実と向き合い「父と二人の日常生活をどう安定させるか」を考えなければいけません。
その頃です。今度は父の様子がおかしくなりました。
昔から、母が風邪をひいたりして具合が悪くなると、心配するからなのでしょう、父も一緒に具合が悪くなっていました。
子供の頃には笑い話として、父に「こんなにお腹がヘコんだよ」とゆるくなったズボンを見せられ、よく自慢されたものです。
今回も、母が倒れてしばらくすると、「具合が悪い」と言ってきたので、またか〜と高を括っていました。
「気持ちが悪い」「胃がおかしい」「便秘でお腹が痛い」など、何かしら訴えてきましたが、消化の良いものを食べればダイジョブ、などと諭し、ホント手がかかる〜くらいにしか思っていなかったのです。
父も当初は、自らかかりつけ医に相談し、胃の検査や便秘の対処をしていました。
しかし。
しばらくすると、元気がなくなり、大好きな庭いじりを一切せず、家に籠もりがちになり、人との関わりを「めんどくさい」と言うようになりました。
さすがにこれはいつもと違う、と気づいたのは、母が倒れて半年が過ぎた頃です。
「ぼーっとする」「頭がもやもやする」「食べたくない」「味がわからない」「よく眠れない」など、頭・食・睡眠障害の話が出てくるようになりました。
となると、話は違います。
日常生活に支障が出てくるレベルであれば、専門家に相談した方がいいと思いました。
父にもその旨を伝えてみました。ですが、いくら言っても「はーはーへぇ」という聞き流し。真剣に聞こうとしてくれません。
これはまずい。
何も打ち手が打てないままでは、悪化する一方です。解決の道のりは一筋縄じゃいかなそう…と思いました。
嵐の予感です。
父は何の病気で、診てもらうべき診療科目は何だろうと、ネットで調べてみました。
すると、「認知症」と「老人性うつ」に該当しそう、という見当がつきました。
診療科目は、認知症なら「脳神経外科」「神経内科」「精神科」「もの忘れ外来」「メモリークリニック」など、老人性うつなら「心療内科」「精神科」など、とあります。
しかし、この二つは症状が似ていて、専門家でも見分けるのが難しいようです。
●認知症とは
脳細胞の死滅や活動の低下によって認知機能に障害が起き、日常生活が困難になる状態のこと。記憶の消失だけでなく、理解力や判断力の低下・支障がみられる。物忘れの自覚に乏しい。
●老人性うつとは
一般的に65歳以上の高齢者がかかる「うつ」のこと。記憶力や意欲の低下がみられ、認知症の症状と似ている部分が多く、判断しにくいとされる。早期に正しく治療をすれば治る病気ではあるが、気付かれずに適切な治療を受けないと重症化する。物忘れの自覚がある。
※著者調べ
ここで、問題解決思考で考えてみます。
父は78歳。年齢的に認知症になってもおかしくないお年頃。だとしたら、まずは認知症かどうか「体(脳)」の検査をし、その後必要なら「心」の検査をするといいのでは、筋道を立てました。
そして、大きな壁は「父の説得」。本人が受診しようという気にならなければ何も始まりません。これがなかなか大変そう。心して説得にかからないと、と覚悟を決めました。
「父の説得」決戦開始です。戦いに挑みます。
●「父の説得」ラウンド1
< 対戦相手:次女(私)/結果:完敗>
腹をくくり、再び私から説得開始。
「一度診てもらった方がいい」「何もなければそれで安心するから」と繰り返し伝えてみました。
嫌な顔をされても耐え、しばらく毎日説得し続けました。
しかし、父は変わらず「はーはーへぇ」の聞き流し。一向に行動に移す気配はありません。
完敗です。想定通りなかなか手強い。
調べてみると、「認知症」にしろ「老人性うつ」にしろ、早期発見が大事、とあります。娘としては、この暖簾に腕押し感は相当焦ります。
早々に、自分だけでは限界があると判断。姉を頼ることにしました。
遠方に住む姉には、電話でまず「父の現状」「私が調べた父の病気仮説」「診てもらった方がいい診療科目仮説」を共有。
加えて、母だけでなく父も体調不良となると、家族対応も倍になり不安を覚えるという、主介護者としての「私の懸念」も合わせて伝達。
そして、姉からも父に「受診の説得」をしてほしいと頼みました。
姉はとても理解が早い。一瞬で「わかった」と言いました。さっそく父の説得を試みます。
●「父の説得」ラウンド2
< 対戦相手:長女(姉)/結果:大敗>
次の対戦相手は姉。
父に「姉から話があるみたいだよ」と電話を渡し、様子を伺います。
しかし反応は、またもや「はーはーへぇ」の繰り返し。
そして「俺はなんともねぇ!」との発言。
あらら〜と思っていたら、「はいよ」と父から電話が戻ってきました。
姉に様子を聞いてみると、「ぜんぜんダメだった〜」とのこと。父は、私より姉の方が強気に出るようで、「俺はなんともねぇ、と一蹴された」とのこと。
うちの父相手に娘たちは無力。撃沈です。
このまま普通に「ラウンド3」を迎えても、勝てる気配が一向にない。
なんとか工夫した打ち手を考えないと、受診までたどり着けない、と思いました。
そこで原点に立ち返ります。
ゴールは「専門機関での受診」。
到達するには、専門家から紹介してもらうのが一番です。であれば、「かかりつけ医から紹介状を書いてもらう」のが一番いい、と気づきました。
そこで、「伝える」という行為を「構造化」とらえ、かかりつけ医に紹介状を書いてもらうにはどうすればいいかを考えます。
「伝える」行為は、「話し手」「聞き手」「話す内容」「話す手段」に分解できそうです。
次に、「かかりつけ医に専門機関を紹介してもらう」というゴールに向けて、各パートでできる「工夫」を考えます。
「話し手」は、撃沈した娘たちに変わって、同性である「義兄」に変更する。
「伝える内容」は情報が詳しく伝わるよう項目を洗い出す。
「話す手段」として、その内容が的確に伝わるよう「お手紙」にする。
そして「聞き手」である「父」に対しては、「工夫しない・できない」と割り切ることにします。
①「話し手(誰が)」の工夫
同性の「義兄(姉の夫)」から、受診を勧めてもらう
②「聞き手(誰に)」の工夫
受け手である「父」本人はそのままで。工夫を期待しない・できないと割り切る。
③「話す内容(何を)」の工夫
かかりつけ医に、専門機関受診の必要性を訴えるために、父にまつわる情報をできるだけ詳しく・正しく伝える
<伝える情報>
・「父の病状説明」
・「家族の不安」
・「専門家への紹介状依頼」
など
④「話す手段(どうやって)」の工夫
かかりつけ医に伝えたい情報は、「お手紙」にして渡す
打ち手がまとまってきました。
これでラウンド3を迎えられそうです。
戦略プランはまとまりました。
義兄は快諾してくれましたし、父に持たせる、かかりつけ医宛の「お手紙」も準備できました。
いよいよラウンド3、開始です。
●「父の説得」ラウンド3
< 対戦相手:義兄(姉の夫)/結果:快勝>
対戦相手は義兄、大本命です。
話を聞いた義兄は、姉・甥っ子たちと一緒に遊びに来て、直接父に受診を勧めてくれました。
同時に私は、父に、かかりつけ医宛の手紙を説明し、渡してほしいと伝えてみました。
すると父は、「わかった」との反応。
これまでの聞き流しが嘘のように、さっくり後日受診に行きました。
かかりつけ医にもきちんと手紙を渡せたようで、「『もの忘れ外来』を勧められた」と報告をくれました。
数日後、紹介状を持ち「もの忘れ外来」受診へ。「認知症診断テスト」も受けました。こちらもびっくりするほどスムーズ。
あまりの順調さに驚いて、逆に不思議になりました。
なぜ父は、あれだけ聞き流していたのに、いきなり行動に移せたのでしょう。父の目線で考えてみます。
まず、説得を、娘でなく「義兄」という、同性の、身内だけれど第三者にしたこと。「娘」より説得力が増した気がします。
そして、病状を「手紙」にしたためたこと。父は「説明する」「人の話をじっくり聞く」のが大の苦手。「手紙を渡せばいい」ことで、説明しなければいけないプレッシャーから解放されたのは大きかったかもしれません。
加えて、かかりつけ医に専門機関を紹介してもらったこと。かかりつけ医からの紹介という形は、「いきなり知らない専門機関に行かなくていい」という面でも、「医者から言われたら仕方がない」という納得感の面でも、功を奏したのでしょう。
結果、父がなんとなく感じていた「イヤだ」という部分を取り除けたのが大きかったのだと思います。この「イヤ」な部分は、高齢者特有の老化によるものも大きいのかな、と思いました。
つまり要は、我々若手が高齢者の特性を理解し、不安と思われる要素を取り除き、行動しやすい環境を作れるかどうかにかかっている、ということです。
そして、最初から不安を取り除ければ、今回ももっとスムーズだったのかも〜と反省しました。
・話者を「義兄」という、身内だけれど同性の第三者にした
・病状説明を「手紙」にし、高齢の親本人が説明しなくてもいい環境を作ることで、「自分で説明しなくても良い」というプレッシャーから解放した
・「直接知らない病院に行く」など、「初めて」となる要素をなるべく取り除いた
・「かかりつけ医からの勧め」という納得感(逃げ場のない感?)を作れた
父の、認知症診断の結果が出ました。
判定は「該当せず」。
別病院の脳神経外科で、脳MRIも撮りましたが、「異常なし」でした。
「認知症」ではないことがわかり、一安心。
ですが、原因があきらかになっていないので、打ち手は講じきれていません。
今度は一緒に「精神科」に行き、診察を受けました。
父の説明がままならない部分は、私が説明をしました。診断結果は「老人性うつ」。原因は母が倒れたことによるもの、とのことでした。
気持ちを安定させるために、入院することになりましたが、適切な対応を受けることができたと思いました。医師によると「老人性うつ」は治る病気とのことなので、退院に向けて回復を待つばかりです。
加えて医師には、「認知症」と「老人性うつ」の判断の難しさと、早期発見でよかったことなどの説明を受けました。
母も入院、父も入院となり、一時は私も落ち込みましたが、二人とも病院で治療を受けている状態が一番安心、と気を取り直しました。
模索しながらのゴール到達で、だいぶ遠回りしてしまったのではないかと心配もしましたが、医師から「早かった」との説明を受け、やっと、少し、安堵したのでした。
認知症の症状と進行のしかた
業界最大級の老人ホーム検索サイト | LIFULL介護
・相手に動いてもらいたいなら、相手の目線で考えることが必要
・特に高齢者は、我々と違って、老化による体の動かしづらさや、理解のおそさ、反応の鈍さなどがある。これは「特性」としてとらえ、我々との違いを「我々が」学ぶべき
・高齢者である親に、「こうしてくれるだろう」という過度な期待はしない。「変わらなければならないのは自分たち」と心得る
・高齢者である親にマッチする「伝え方」も、人それぞれ。一回で説得できないと諦めず、手を替え品を替えちょっとずつ工夫し、長い目でゴール達成を狙うのが大事
次回、「介護認定調査を嫌がる親! ビジネスの基本『相手目線』を応用して、高齢者への『説得方法』を編み出す」をお届けします。
「介護認定調査」を嫌がる親!ビジネスの基本「相手目線」を応用して、高齢者への「説得方法」を編み出す
(株)リクルートフロム エー、(株)リクルートに20年在籍し、副編集長・デスクとして10以上のメディアにかかわる。2012年に独立し、紙・WEBメディア設計、編集コンテンツ企画制作、クリエイティブ研修講師、クリエイティブ組織コンサルタントなどを請け負う。 国家資格キャリアコンサルタント/米国CCE,Inc. GCDF-Japanキャリアカウンセラーでもある。
中村美紀さんの記事をもっとみるtayoriniをフォローして
最新情報を受け取る