「介護甲子園」が介護業界にもたらしたもの、介護スタッフを変えたものとは?

「介護甲子園」というイベントをご存知だろうか。介護甲子園は、全国の介護事業所が自分たちの取り組みを発表し、その成果を競う大会だ。

2012年の第1回、135事業所の参加で始まった本大会は、2020年に7600以上の応募を集め、一大イベントに成長した。介護甲子園のこれまでの道のり、そして参加事業所にどのような影響を与えているのか。

主催者の平栗潤一さんと第九回介護甲子園施設部門最優秀賞チーム「グループホーム あおぞら」の浅野安希子さんにお話を伺った。 

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今回のtayoriniなる人
平栗潤一さん
平栗潤一さん 一般社団法人 日本介護協会・理事長。

大学を卒業後、介護士を育成する専門学校に勤めていたが、卒業生の離職率の多さを知り、介護業界を変えることを決心して退職。講師としての経験を生かし、介護事業所への研修やセミナーの実施、マーケティングの支援事業などを行う。

現在は、自身も複数の介護事業所を運営。認知症予防研究を大学と提携したり、高齢者向けのネイルサロンを経営したりするなど、幅広い事業を行っている。
浅野安希子さん
浅野安希子さん 看護学校で看護師の資格を取得後、病院の産婦人科で勤務。結婚後、夫の仕事を手伝うため離職するが、親類が認知症になったのをきっかけに介護に興味を持つようになる。その後、知人に請われ、「グループホーム あおぞら」に就職。

現在は施設の管理者となり、グループホーム運営の中心的役割を担うほか、行政と連携した認知症の啓蒙活動などを積極的に行っている。

介護スタッフが生き生きと働ける環境を作りたい 

――「介護甲子園」というイベントが始まったきっかけについてお聞かせください。

平栗

「介護甲子園」は日本介護協会の先代の理事長が始めたイベントです。先代の理事長が「どうしたらスタッフが生き生きと働けるだろうか」という話を居酒屋でしていたところ、店員さんがとても明るく笑顔で接客していることに感激。

「なぜ、そんな楽しそうに働けるの?」と聞いたら、「私たちの夢は『居酒屋甲子園』で優勝することだからです!」という意外な答が返ってきました。

先代の理事長は早速「居酒屋甲子園」の事務局にアポイントを取り、経緯を聞きました。そこでわかったのは、飲食業界は介護業界と同じ悩みを抱えているということ。

まず、飲食業界は慢性的な人手不足に悩んでいる。そして、離職率が高い。採用しても一週間もすれば辞めてしまう人もいる。何とか、業界の活性化を行いたいと始めたのが「居酒屋甲子園」でした。

人手不足も離職率が高いのも介護業界が抱える悩みと同じ。じゃあ、私たちもやろうじゃないかとなりました。

「介護甲子園」を開催するに当たっては、3つの目標を作りました。一つ目が業界の活性化。二つ目が介護スタッフの離職の防止。三つ目が新しい人材の獲得です。

大きなイベントになり、多くの人の目に止まれば、介護に興味を持っていないの若い世代の方にも注目してもらえると考えたのです。

身内のイベントと言われるのが悔しくて 

――イベントは始めからうまく軌道に乗ったのでしょうか?

平栗

第1回は135事業所が参加。会場も満員になり、運営スタッフも満足していました。利用者さんや介護スタッフの家族も応援してくれて、とても盛り上がりました。

ところが、何度か会を重ねた頃に、ある人から「これじゃあ身内の会じゃないか」と言われたそうです。 その言葉にショックを受けた先代の理事長は、最初の目的に立ち返り、介護業界の外にいる人たちに向けてこのイベントを発信することをもう一度考えました。

――どのような打開策を講じられたのですか?

平栗

一般企業向けの展示会を運営する会社に協力をお願いし、介護業界以外の人への広報に力を入れてもらいました。また、大会の審査員には雑誌の編集者や大学の教授など、幅広い人材を招くことにしました。最終審査会場もインテックス大阪という大きな舞台にし、なるべく業界以外のお客さんに来てもらい、華やかなイベントになるよう演出しています。

おかげさまで認知度も上がり、2020年の大会の応募総数は7000以上。2300人を収容する会場も満員で、大盛況でした。2021年の応募も始まっているのですが、すでに8000以上のエントリーが集まっています。

 大勢の前で発表することに意義がある 

――審査方法について具体的に教えてください。

平栗

介護甲子園は各事業所での取り組みを発表し、そのオリジナリティや成果を競うイベントです。一次審査はエントリーシートを提出して審査する書類選考。ここで30チームまで絞ります。

二次予選は事業所のスタッフが自ら撮影・編集した動画をインターネットで公開し、一般の視聴者による全国投票で行います。 そして、二次審査で6チームを選出。

最終審査で参加者はプレゼン形式で自分たちの取り組みを紹介します。そして、会場にいるお客さんの投票により、優勝チームが決定します。

――最後はプレゼン大会なのですね。見せ方は自由なのですか?

平栗

はい。全く自由です。各チームの持ち時間は15分間。事業所で撮影した写真をスライドで使いながら発表したり、ビジネスマン顔負けのパワーポイントで発表したり。事業所の個性が存分に発揮されたプレゼンばかりで、私も毎年感激しています。なかには、歌やダンスを盛り込んでくるチームもあります。

――それはお客さんも見ていて楽しいですね。

平栗

会場のお客さんは最終審査の審査員。みなさん、どこに投票しようかと思いながら見ていますので、自然に前のめりになりますよね。

何より介護スタッフたちの熱い思いにふれることができるので、お客さんにとっては感動の連続だと思います。イベント終了後のアンケートもお客さんの熱い感想がいっぱい集まります。

介護甲子園の目的は、介護業界で働いている人が夢や誇りを持てること、そして業界以外の方に「介護ってカッコいい!」と思ってもらうこと。だから、大きな会場でたくさんのお客さんの前で行うことに意義があります。

これまで在宅部門と施設部門に分かれていた審査方法を次回からはテーマ別に変更し、より多様な取り組みを紹介できるイベントにします。介護業界に興味のある方は、ぜひ一度会場に来ていただきたいです。すばらしいプレゼンと会場の熱気にきっと元気にもらえるはず。

今、介護の現場ではこんな取り組みをしているのかと驚くような話をたくさん聞くことができますよ。

2020年2月に実施された第九回介護甲子園で最優秀賞を獲得したのは、大阪府大阪狭山市の「グループホーム あおぞら」。小学生ボランティアの「ちびっこヘルパー」の導入が評価され、見事優勝を勝ち取った。チーム代表者の浅野さんによると、ちびっこヘルパーは成年の介護スタッフでは決してできない介護ができるのだと言う。そして、「介護甲子園」に参加したことで、さまざまな効果が事業所に生まれたそうだ。

子どもたちの身近にお年寄りがいない 

――ちびっこヘルパーが生まれたきっかけはなんですか?

浅野

最初は介護スタッフが自分の子どもを連れてきたことがきっかけです。

夏休みや土日など、介護スタッフは子どもを家に残して働きに来ています。「お留守番をさせている子どもが心配だ」と言うので、だったら「連れてくればいいじゃない」と。お母さんと一緒に来て、エプロンを付けて、お掃除などを手伝ってくれました。事業所の中がパッと明るくなりましたね。

それを見て、あることを思いつきました。

私たちは狭山市の小学5年生の総合学習の授業で、認知症について子どもたちに教える機会をもらっているのですが、講義して終わりじゃもったいない。興味を持った子どもにボランティアを募ってはどうかと考えました。

――すばらしいアイデアですね。それですぐに小学校に打診されたのですか?

浅野

はい。懇意にしている校長先生に話をしたところ、OKが出ました。いつも小学校で講義をしたあとにアンケートを取るのですが、「介護に興味がある」と答えてくれる子は少なからずいます。

子どもたち自身も「人が老いること」について真面目に考えてくれているのだと常々感じていたのです。

それに、最近の子どもたちは核家族で、お年寄りに接する機会がとても少ない。お盆や年末年始の帰省でおじいちゃん、おばあちゃんに会うくらいです。

人が年を取るとはどういうことなのか、子どもたちにもっと知ってほしい。そのためには、身近で接する機会が必要です。たまにしか合わないと「おじいちゃんは、なんであんな大声で話すんだ」となりますが、日頃から接していると自然に耳元に近づくようになりますからね。

子どもの存在が利用者の心を癒してくれる

――ちびっこヘルパーはどんなことをするのですか?

浅野

主に利用者さんの話し相手です。認知症のリハビリの一つに「回想法」があります。

うちの事業所では、昔使っていた道具、例えば黒電話などの写真がついた回想カードを使い、それがどういう物かを以前の記憶を呼び覚ましながら第三者に話すのです。

いつもは私たちが話し相手ですが、子どもを目の前にすると、どのお年寄りも嬉しそうに話すこと、話すこと! 日頃、ほとんどしゃべらない方もちびっこヘルパーが相手だとびっくりするくらいおしゃべりになります。

――子どもって不思議な力がありますね。

浅野

その通りです。なかなか食の進まない利用者さんがいたので、ちびっこヘルパーに食事介助を手伝ったもらったことがあります。もちろん、スタッフがそばに付いて。

子どもは言われた通りになんでも一生懸命。一口一口ていねいに、ゆっくりとスプーンを持っていく。そうしたら、利用者さんもおいしそうに食べ始めたので、私たちもびっくりしました。

 先日もとても感動的なことがありました。ある利用者の男性がお亡くなりになったのですが、その方と仲良くしていたちびっこヘルパーのお子さんが、お母さんに頼んでお通夜に連れて行ってもらいました。そこで、奥様から「主人はあなたが描いてくれた似顔絵をとても気に入っていたのよ」と聞いたのです。 
 
そうしたら、そのお子さん、今度はご夫婦の似顔絵を描いて、この事業所に持ってきてくれました。後日、奥様がここへ最後の挨拶に来られたときにお渡ししたのですが、それはもう喜んでらっしゃって。今は大切に床の間に飾り、似顔絵を見るたびに夫婦の楽しい日々を思い出すそうです。亡くなられたご主人もきっと喜んでいる。私にはそう思えて仕方ありません。 

――日々の介護では起きないことですね。

浅野

ちびっこヘルパーに教えられることは本当にたくさんあります。事業所の机で宿題をしているとその子のために算数ドリルを始めるおじいさんがいます。「子どものために教えてあげないといけない」ってね。

誰がお願いしたわけでもなく、ただ子どもがそばにいるだけで、利用者さんは自分から能動的に何かを始めようとする。子どもたちが起こす小さな奇跡を見ていると、まだまだ介護の仕事には可能性が秘められているように思います。

介護甲子園での成功体験が大きな自信に

――ちびっこヘルパーの取り組みによって、介護甲子園で見事優勝しました。

浅野

優勝トロフィーを持って帰ってきたとき、ほかのスタッフや利用者さん、利用者のご家族さんがとても喜んでくれた。それがとても嬉しかったです。「うちのおばあさんは介護甲子園で優勝した施設にお世話になっているのよ」なんて、自慢してくれる方もいて。ありがたいです。

出場の際は、地域や家族を代表しているという思いでしたから、責任感も感じていました。お世話になった小学校や地域の方々にも報いるため、少しでもいい結果を出したかったです。

何より自分たちの仕事が評価され、スタッフたちが自信を持つようになりました。学会や研修など、成果を発表する場はありますが、介護甲子園は特別。全国から7600以上の参加チームがあり、そこで優勝できたのですから。

――優勝後のいちばん大きい変化はなんですか?

浅野

採用です。求人募集をしたら、いい人がいっぱい集まってくれました。求人広告に「介護甲子園で優勝」と書いたのですが、こんなに効果が出るとは思いませんでした。以前は反応も薄かったのですけどね。 おかげさまで、とても前向きな人が採用できて喜んでいます。

平栗

それを聞いて、私も本当に嬉しくて。介護甲子園の目的のひとつが新しい人材の獲得です。 きちんと結果が出ていることで、主催者である私も自信が持てました。

「介護甲子園」に出場している事業所は、どこもオリジナリティあふれる良い取り組みをしているし、団結力がある。職場の雰囲気がいいから、「みんなで参加しよう!」ということになるわけですし。

介護甲子園を通じて、就職活動する人がそれぞれの事業所に興味を持ってくれたら嬉しいです。

――参加を通じて、スタッフ同士の関係性は変わりましたか?

浅野

当初、メンバーの中には「人前に出るのは恥ずかしい」と言っている人もいました。でも、エントリーシートを書いて、ビデオを撮影して、プレゼンの準備をして。すべての工程が日頃の介護業務とまったく違う。それがすごく刺激的で、だんだんやる気が出るようになりました。

介護業務は、ルーティン仕事で、それぞれが自分の役割を全うすることが第一優先です。

でも、介護甲子園は審査を勝ち抜くために、お互いに意見を出し合うことが必要。「この人、意外とおもしろいアイデア出すじゃない」って、メンバーの意外な一面を知ることもできました。いつもと違うことをするって勇気がいりますけど、チームで取り組めばなんとかなるもの。

介護甲子園での成功体験は、本当に私たちを強くしてくれました。「新しいことにチャレンジするのは楽しい」という思いをみんなが持てるようになった。これから何があっても、みんなで協力すれば乗り越えられる。一人ひとりがそんな自信をつけて、働けるようになったと思います。

平栗

介護の仕事は利用者さんに安心・安全な毎日を送ってもらうことが大切。でも、裏を返せば毎日同じことの繰り返しなんですよね。慣れが出てきてしまう。だから、その慣れをなくすために、私は介護甲子園をどんどん利用してもらえればいいと思っています。

参加事業所が年々増えているのも、グループホームあおぞらさんのように、参加することの楽しさや環境の改善が広く認知されていっているからだと思っています。


撮影:岡本佳樹
 

中村あゆ美
中村あゆ美 ライター

広告会社制作部勤務を経て、1995年に独立。京都北部の田舎に移住し、夫とともにデザイン事務所を創業。広告・雑誌・Webなどの幅広いメディアにおいて、コピーや取材記事、編集記事などを執筆する。介護支援企業における広報誌の編集業務も経験、介護関連のパンフレット制作なども行う。

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