目指すのは「人間中心のAI」~~AIは、超高齢社会の何を変えるか(2)

少子高齢化の日本は、“課題先進国”と呼ばれることが増えてきました。そんな中、AI(=人工知能)の力で課題解決を目指していく動きが加速しています。とはいえ、“AIが人間の仕事を奪う”といった未来予測もあり、手放しで歓迎すべきものなのかわからない方も多いと思います。

そもそもAIとは何なのか、AIが超高齢社会の何を変えるのかについて、「みんなの認知症情報学会」理事長であり、静岡大学教授である竹林洋一先生にお話を伺いました。

今回のtayoriniなる人
プロフィール
竹林洋一(たけばやし・よういち) 東北大学大学院博士課程修了。1980年4月、東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝)入社。MITメディアラボ滞在中に人工知能研究の巨人・ミンスキー博士の知遇を得る。東芝研究開発センター技監などを経て、2002年4月、静岡大学教授に就任。2003年10月、デジタルセンセーション株式会社を設立、会長に就任。2017年10月より現職。人工知能学会理事、情報処理学会理事を歴任し、情報処理学会フェロー受賞。静岡大学創造科学技術大学院特任教授、一般社団法人みんなの認知症情報学会理事長。
(本文中以下・竹林)

みんなでつくる「人間中心のAI」とは?

竹林洋一

――前回は、「人間の代わりができる介護ロボットは実現できない」とわかり、しょっぱなから少なからずショックを受けました……。でも、どうやら今のロボットよりも、もっとすごいことができそうですね。

竹林

AIによって、介護する人間の能力を向上できれば、介護する側も、介護される側も生活の質が改善し、医療や介護コストも減らせます。かなり革命的なことだと思います。

――認知症の介護を高度化するには、人間の心身の状況や介護の状況を「表現」することが必要で、その表現の豊かさを磨き、「知」をつくるには人間の力が必要だと、とおっしゃっていました。キーワードは「人間中心のAI」だと。それはどういうことですか?

竹林

介護へのAI応用は、将棋のように勝ち負けを競うのではなく、認知症の方や介護の状況をより深く理解することが大切です。そのためには、多様な介護現場のデータや事例、経験・知識をビッグデータとして収集し、各種データに意味付けし、洗練させていくことが必要です。

家族、介護士、看護師、医者、それぞれの立場で現場にどんなことが起きたか、どんな行動をとったらどう変わったのか、認知症の本人、家族、専門職がデータに意味付けすることで、介護の高度化に役に立つビッグデータがつくれるので、人間中心のAI技術の発展につながります。

――データはどのようにして集めるのですか?

竹林

みなさんに提供していただきます。

――わたしも?

竹林

はい、そうです。認知症の医療も介護も発展途上なので、みんなが、「研究者」になれるんです。「みんなの認知症情報学会」では、世代や立場を超えて、みんなが「ごちゃまぜ」で、認知症やケアについて学びながら交流し、個々人の主観や心身に関するデータを提供するなどして、認知症に関するAI研究に貢献できます。

――AIは研究者や専門家だけが、やるものだと思っていました。なんだかワクワクしてきました。

フランス生まれの認知症ケア、ユマニチュード

竹林

介護のデータをとるといっても、先行研究がないので、どんなデータをどのように収集し、どのような形式で記録していけばいいか、またプライバシーの問題も大きな壁でした。

でも、介護現場の映像データに関しては、「ユマニチュード(*1)」というケア技法がテレビ番組で紹介されたおかげもあり、ご本人や家族の同意のもとで、撮影できる機会が増えました。私たちの研究チームは世界で最も豊かな映像やデータベースができ、どんどん充実しています。

――ユマニチュードとは?

竹林

フランス生まれの人間愛の哲学に基づく、コミュニケーション・ケア技法です。実は、最初、わたしもインチキだと思っていましたが、科学的で教育プログラムが、とても良くできています。

簡単にご説明しますと、「見る・触れる・話す・立つ」という動作を基本として認知症の方との上手な人間関係を構築できると、認知症の症状がおさまるんです。目と目を合わせるとか、声のトーンを合わせるとか、やさしく触るとか。

――それだけで?

竹林

ユマニチュードはもっと、もっと複雑で奥が深い手法で、私自身もみせられて、のめり込んでしまいました。

例えば、新人の看護師さんがケアしても、なかなかうまくいかなかったのに、ベテランの看護師さんがケアするとスムーズだったということはよくありますよね。それって、いままでは「経験の差」ということで具体的に分析する機会がありませんでした。経験も共有できませんし。

でも、認知症情報学では、目の動きを詳しく分析するわけです。何秒間、真正面から見つめ合っているか。ベテランの看護師さんの方が長い時間、アイコンタクトしている、ということが分かりました。さらに、ケアの達人は左右の目をかわりばんこに見ていることが、京都大学の中澤篤志准教授の研究で分かりました。

――詳しい記録データですね。

竹林

主観的なケアを客観化するためのエビデンスをつくるために、目の動きだけでなく、さまざまな行動データ(体の動き、声、表情など)や、パーソナルデータ(病歴、家族環境、血圧などさまざまな個人情報)も含め分析します。

――誰がエビデンスをつくるのですか?

竹林

様々な施設の専門家やスタッフの方々と介護現場のデータに基づいて、一緒につくります。イブ・ジネストさん(ユマニチュードの開発者の一人)、本田美和子さん(国立病院機構東京医療センター総合内科医長)をはじめインストラクターの方々や、郡山市医療介護病院のスタッフの方々、静岡大学の研究者が、みんなで学びながら、認知症のデータベースを充実化させて、エビデンスと知をつくる、このサイクルが大切です。

――なるほど……。ちなみにユマニチュードは、わたしたちも身につけられるものですか?

竹林

ユマニチュード研修は日本各地で開催されています。フランス発なので欧米の施設で広まってきましたが、静岡大学発AIベンチャー、エクサウィザース社や静岡大学のAIやITの利活用や、一般市民向けの教育プログラムも福岡市で実施されました。実は、わたし自身も認知症の父の介護をした際に、たいへん役立ちました。

――調べてみます!

竹林

ぜひ。ただ、ユマニチュードのケア技法を本格的に身に付けるのには時間がかかりますし、それで、すべてが解決できるわけではありません。認知症の見立て、介護を見える化するための記録のとり方など、ほかにも課題はたくさんあります。

認知症は未解明な点が多く、ご本人と家族、お医者さんや専門職では、医学的知識や問題意識も違いますしね。

――たいへんですね……。

竹林

だからこそみなさんに参加してほしい。みんなで参加し、みんなで学ぶことで、いろんな分野のリテラシーがあがっていくはずです。認知症は発展途上の分野ですから、これはすごく大事なことです。

みんなで創る心豊かな高齢社会

竹林洋一
竹林

認知症の方の生活や自立支援をどうやって行うか。コミュニティをどう設計するか。あるいはどのような多職種連携のツールを開発するか――現場で起きていることだけでなく、たくさんの解決すべき問題が出てきますが、認知症の「当事者」の方の声がいつも中心になくてはなりません。

――つい、介護をしているほうが大変なイメージがあって、家族や介護職の意見を尊重してしまいそうです……。

竹林

自分の感情を上手に伝えられないがために、当事者の声を聞く機会さえなかったわけです。当事者の視点を重視して、誰もが笑顔で暮らせる高齢者社会をつくっていきたいですね。

――まだ介護に直面していない人でもこのプロジェクトに参画できるのでしょうか?

竹林

現在は、みんなの認知症情報学会の会員になっていただくと、学会が主催、共催する年次大会やセミナー、講演会などの行事に参加できるほか、みんなの認知症マガジンを購読することができます。すみません……急に宣伝のようになってしまいましたが、こうやって輪郭をはっきりさせていくことで、具体的に計画を進めていくことができると考えています。

――公式facebook第一回年次大会の様子を拝見しましたが、ものすごい盛り上がりでしたね。

竹林

昨年11月末に発足したばかりで、市民会員と学術会員は合計で約250人、賛助会員は約25社ですが、増え続けています。プライバシーを重視しつつ、会員へのサービスを充実させ、データを提供された方には、こんなサービスを提供します、というしくみも作っていきたいと思っています。早いうちから参加することで、認知症についての信頼できる情報を色々得ながら、みんなで学び、研究に貢献できるのです。

――自分も含めて、みんなで参加してこそAIが生かされるということがよくわかりました。次回は、さらなる未来予想図について伺います。

*1)フランス人のイブ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏によって開発された介護技法。認知症の方に対して、言葉や身振り、目線などを用いた包括的なコミュニケーション法。「見る・話す・触れる・立つ」動作を基本とし、動作を通じて、心を通わせコミュニケーションができる状態にもっていく技術

***

「みんなの認知症情報学会」

……“当事者重視の市民情報学で、みんなで学び、みんなをつなぎ、知を創りだす”をテーマに、人間中心の様々なAIとITの研究開発と利活用を推進。「みんな」が世代や職種を超えて「ごちゃまぜ」で研究に参画することにより、認知症に関する「多面的な知」を創り出すことを目指す。市民会員、学術会員、賛助会員を募集中。

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神武 春菜
神武 春菜 編集・ライター
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医療健康マガジンの編集部を経て、フリーランスで編集・執筆を行う。ライフスタイル、美容、旅などさまざまなジャンルの書籍・雑誌・WEBメディアの企画制作も担当している。

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