親が膵がんになったら――専門医が自分の親のために選ぶとしたらこの治療

今回のテーマは「膵がん」です。膵がんといえば、星野仙一さんや石原慎太郎さんのニュースが記憶に新しいのではないでしょうか。

数あるがんの中でも厄介ながんの1つで、5年生存率は8.5%と劇的な低さ(乳がんの5年生存率は92.3%)です。この手強い膵がんを前にすると、特に手術を受ける体力のない患者さんは絶望してしまう方も多いでしょう。

しかし、今は技術の進歩により治療の手段が増えています。

今回は膵がんについて丁寧に解説していきますので、親御さんにあった選択肢を選んでください。

今回のtayoriniなる人
上松 正和
上松 正和 九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。

膵がん患者は増えているが、手術が難しくてなかなか治せない

膵がんは膵臓にできるがんです。膵臓はお腹の中にあり、胃の下の背中側にあります(上のイラストのピンクの部位)。食べ物を消化するための消化液を出したり、血糖コントロールに必要なホルモン「インスリン」を出したりする機能を持った臓器です。

膵臓は横に長い臓器で、多くの管があります。腫瘍ができても、これらの管の邪魔をしない限りは症状が出てきません。症状が出る頃には、いつの間にか近くの大事な血管を巻き込んだり転移したりしていて、発見時には8割が手術できない状態になっています。

2割程度の患者さんに限られるとはいえ、手術は膵がんを治癒させる可能性のある治療法です。ただし、その手術は通常の手術に比べてかなり難しいものになります。

膵臓の一部、十二指腸、胆管、膵管をごっそり切って、それらの管と腸管をつなぎ直さなければなりません。仮に無事つなげられても、管が詰まったり切り貼りした腸管の動きが悪くなったりして、体調を悪くする方も多いです。

また膵液はタンパク質や脂肪の消化酵素でもあるため、つなぎ合わせた管から漏れてしまうと、まるで火薬庫に引火するかのように膵液が正常の膵臓組織を破壊してしまいます。そうすると、また繰り返し膵液が漏れ出ることになり、炎症を起こしてしまうわけです。

膵がんの手術ができるたった2割のグループに入ったとしても、手術の合併症や再発率の高さから、5年生存率は20~40%とかなり厳しい戦いを強いられます。

国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)より筆者作成

膵がんと診断される人は毎年4万人程度で、その罹患者数は高齢化に伴いどんどん増えています。しかも前述のように手術できる人が限られる上に、手術自体が非常に難しく、劇的に効く薬剤もないため死亡数も右肩上がりです。

手術ができない膵がんの患者さんに対して、今までも放射線治療(+抗がん剤)を行ってきました。
しかし、食道がんや子宮頸がんに対する治療のような劇的な効果を見込めるものではありません。せいぜい半年程度余命をのばすくらいの効果だったり、多少縮小させることで手術を可能にしたりする効果しかありませんでした。

膵がん自体が放射線の効きにくい腫瘍であり、周りに胃や十二指腸といった臓器が近接しているため、大量の放射線を浴びせるわけにはいかないからです。腫瘍に多少ダメージを与えることはできても、完全に腫瘍を消す根治に至ることはありませんでした。

2020年から定位放射線治療が保険適用になったが要注意

しかし近年、治療機器の進歩により放射線治療でできることが増えてきました。大量の放射線をピンポイントで照射する定位放射線治療の技術が高くなり、手術同様に治癒させられる可能性が出てきたのです。

2020年には保険適用が認められ、絶望的な膵がん治療に一筋の光明が差しこみました。

ただし、それでも手放しでは喜べません。

膵がんは、前述のように十二指腸や胃が近いことに加え、その上には横隔膜があるため、呼吸による移動が大きい腫瘍です。これを考慮せずに照射するとターゲットを外しますし、考慮した上で大きな照射野を作成すれば、腸管が破れて致死的になってしまいます。

これだけ難しい場所への照射は、定位放射線治療専門機のサイバーナイフであってもなかなか困難です。保険適応になったから安全だとか、効果があると安易に思わない方が無難でしょう。

ただし、放射線治療機器も進歩しています。膵がん治療と相性の良い機器を持ち、なおかつ膵がん治療に慣れている病院に相談すると良いでしょう。

膵がん治療分野で期待できる放射線治療

MRガイド下放射線治療

最新のX線治療法の1つ。放射線治療中にMRIで撮像できることに加え、放射線の当て方を日々変えることができます。

通常の治療機付属のCTでは、膵臓や周囲の腸管の位置関係は見えづらいものです。しかしこの治療機では、照射中もMRIで位置を確認しながら、ビームを打つタイミングやビームの方向を変えることができます。
X線治療の中では、膵がん治療において優位性があるといえるでしょう。

保険適応でもあるので(一部施設は自由診療)、最も検討しやすい治療機といえます。ただし、この機器を所持していてもうまく使えていない施設も散見されますので、実績のある病院を選びましょう。

MRガイド下放射線治療機器の製品名:MRIdian、Elekta Unity

所有病院例:国立がん研究センター中央病院、千葉大学医学部付属病院

陽子線治療

X線ではなく、陽子線(水素原子核)を照射して治療する方法。一定の深度でエネルギーを放出するブラッグピークを持つため、X線治療よりも膵臓近辺の腸管を守ることが可能です。
近年の報告では、通常のX線治療機より膵がんの治療成績が良いことが報告されています。

陽子線治療機は年々コンパクトになり、施設数が増えている(現在日本で18施設)ため、アクセスしやすいのが利点。欠点は自費診療になってしまうことです。
膵がん治療は施設によって治療のクオリティに差が出ますので、やはり実績のある施設が良いでしょう。

所有病院例:国立がん研究センター東病院

※画像左:陽子線治療 / 右:X線治療(定位放射線治療)

*1より引用。中心部が照射したい位置だが、X線治療では周囲の臓器にも放射線が当たっている様子がわかる(赤が高線量、青が低線量)

重粒子線治療

炭素イオンを代表とする重粒子線を用いた治療。
陽子線同様ブラッグピークを持ち腸管を守れることに加えて、X線や陽子線より高いエネルギーを与えることが可能です。そのため、放射線抵抗性の膵がんであっても、手術を上回る治療成績が一部で報告されています。

不利な点としては、全国で7施設しかなくアクセスが悪いこと、エビデンスの蓄積が陽子線よりさらに少ない現状が挙げられるでしょう。
陽子線同様、通常の保険は使えず自費診療になります。

所有病院例:QST病院(旧放射線医学総合研究所病院)

自分の親が膵がんになったら

前述のように、膵がんは手強いがんです。手術成績が悪く、手術後も合併症や術後管理に苦労することが多いでしょう。高齢の体にはかなり厳しい戦いが強いられ、余命も短いことが想定されます。

放射線治療も決して治療成績が良いとは言えないですし、副作用(腸管障害など)もあります。エビデンスも蓄積されているわけではありません。

それらを踏まえて総合的に考えると、私の親が膵がんになったら、まずは重粒子線を考えます。希望が大きいわけではありませんが、最も副作用が少なく、効く可能性が想定できるからです。

施設数が少ないため、治療がすぐに開始できないようであれば、陽子線やMRガイド下治療を考えます。

放射線だけで完全に治し切ることを考えなければ、一般的な放射線治療が最も利便性が高く、QOLを高められるでしょう。
もちろん、一口に膵がんといっても人によって状況はさまざまなので、ご本人に合わせた治療プランを考える必要があります。

可能な限り早く発見したい膵がん

膵がんはある程度の大きさにならなければ症状が出ません。何かしらの症状(腹痛や糖尿病の発症)が出現した時には、すでに進行してしまっている場合が多いです。
早めに見つけることができれば、手術でも放射線治療でも治癒率は高くなるのですが、現実では8割の人が発見時点で手術できない程度にまで進行しています。

膵がんは早期発見が難しいため、国の推奨する5大がん検診に入っていません。それでも、読者の方には可能なかぎり早期発見してもらえたらと思いますので、いくつかの検査方法を簡単に見ていきましょう。

膵がんの検査におすすめの方法

膵がんを最も正確に診断できるのは内視鏡検査です。ただし、検診としてはオススメしません。胃カメラより太い管を口から入れ、長い検査時間を必要とするからです。
膵管の中にまで器具を入れるので、0.3%程度の方に膵炎などの合併症を起こしてしまいます。正確ですが、最初の検査としては適していません。

次に正確なのは造影CTMRI検査ですが、被曝の問題があり、費用も高くなるので毎年受けるのに適した検査とはいえないでしょう。

おすすめ は腹部超音波検査です。お腹に超音波を当てるだけなので、簡単で被曝もなく、同時に肝臓や腎臓も見てくれます。正確さは前述の検査にやや劣りますが、費用が安く簡単で、毎年受けても負担にならないことが最も嬉しいところです。

最後に膵がんになりやすい方はどういう人か確認しておきましょう。
膵がんは遺伝の要素があるので、家族に膵がんの罹患者がいる方は要注意です。

その他、膵がんになりやすい人を列挙しました。該当する方は是非、腹部超音波検査に加えて造影CTやMRIでの検査についても主治医と相談してみてください。

《膵がんになりやすい人》

・膵がんを発症した方の近親者

・糖尿病を持っている方

・喫煙者

・大酒飲み

・膵炎を繰り返している方

・膵臓に嚢胞性病変がある方

昔はそんなに多くなかった膵がんですが、今やがんの中では罹患数6位、死亡数4位とがん治療の中でかなりのウエイトを占めるまでになってきました。進行の早いがんなので、早期発見の仕方と適切な治療の選択肢を知っておいていただきたいと思います。

*1 Sweet Ping Ng and Joseph M. Herman:Stereotactic Radiotherapy and Particle Therapy for Pancreatic Cancer:Cancers:2018 Mar 16

上松 正和
上松 正和 放射線科専門医

九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。

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