親が食道がんになったら――専門医が高齢者に化学放射線療法を勧める理由

今回は食道がんについてお話します。

食道がんは年間約2万5千人の方が罹患し、1万人以上が亡くなっている予後の悪いがんのひとつです。このがんは、高齢者と若者では治療法を選ぶ観点がすこし変わります。うまく対応することで人生の質(QOL: Quality of Life)を高めることができますので、丁寧に見ていきましょう。

(※今回は実際の腫瘍の写真が出てきますので、見慣れていない方は注意してください)

食道はどこ?

食道は、口の中で咀嚼した食べ物を胃まで運ぶためのトンネルのような場所です。ここにがん(腫瘍)が出来ると食べ物が詰まってしまい、食事ができなくなってしまいます。

また、がんは出血したり周囲にある気管(口から肺につながる空気の通り道)を食い破って瘻孔(ろうこう※)を作ったりすることがあり、重篤な感染症を起こしてしまうのです。

(※瘻孔(ろうこう):炎症により、皮膚や粘膜と臓器または臓器と別の臓器をつなぐ管状の穴ができること)

食道がんの手術は高齢者にとってかなりつらい

食道がんは、初期の段階であれば治療は簡単です。内視鏡で悪い病変を削ってしまえば治療は完了します。

ただし、少しでも進行すると手術が必要です。特に内視鏡での検診を受けずに発見される場合は、がんが進行していることが多いでしょう。内視鏡だけの治療では済まず、化学放射線療法か手術をすることになります。

手術では食道を切除して胃を引っ張り上げたり、小腸を代わりに持ってきてつないだりするため、食事の通り方が変わります。食事量が減ったり、体重が減少したりすることが考えられるでしょう。

胃酸が逆流してしまう逆流性食道炎や、小腸に食べ物が急に流れ込むことにより起こるダンピング症候群(めまいや動機、低血糖に伴う震えや全身倦怠感など)に苛まされることもしばしばです。飲み込む力が弱くなるため、食物が肺に行く誤嚥によって肺炎を起こしてしまうこともあります。

臓器が温存できる放射線治療

(※実際の腫瘍の写真があるので注意)

一方放射線治療は、高齢者の方にとってはかなり負担の軽い治療です。おおよそ1ヶ月〜2ヶ月、毎日5分程度放射線を照射します。治療の過程も含めて、そこまできつい思いをすることはないでしょう。

治療後ももとの臓器が残るので、食事量の減少によって体力が衰えることがありません。

具体的にイメージして頂くために、放射線治療の写真を用意しました。以下の放射線治療は、腫瘍を抑えるための緩和照射と呼ばれる方法です。

完全に治すための照射(根治照射)よりも少ない、半分程度の放射線量だけを与えることで、極力副作用を出さないようにすることができます。それでも腫瘍が小さくなり、かつ臓器が温存される様子がわかるでしょう。

腫瘍の位置が赤く示されており、照射する範囲は青で囲われている部分です。

ここに照射すると、以下のように腫瘍が縮んでいく様子がわかります。
(※腫瘍の写真があるので見慣れない方は注意です!)

治療前は水も通らなかったのですが、治療後には普通の食事が可能となるぐらいまで通常の生活に戻れます。

ただし手術と同等の効果を得るためには、この放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせた「化学放射線療法」が必要です。

手術に比べるとかなり楽で、なんともないとケロッとされている方も多いですが、その一方でつらい思いをされる方も一定数います。抗がん剤は薬の進歩によって随分楽になりましたが、吐き気や倦怠感を伴うことも多いです。

少数ですが腎臓などの臓器を悪くしてしまい、その後のQOLを落としてしまうこともあります。

化学放射線療法は、抗がん剤投与に加え、上で示した緩和照射より広い範囲で、食道やその周囲のリンパ節に対して放射線をかける治療です。そのため、食道自体が焼けるように感じ、いわゆる「胸焼け」に近い感覚になります。

また胸へ広く照射することになるため、肺への影響も無視できません。特に喫煙で肺がボロボロになっている方の中には、入院が必要なくらいに肺炎を起こしてしまう方もいます。

それでも高齢者に化学放射線療法をお勧めする理由

若い方や体力が十分にある方は、やはり手術が第一選択です。手術後にも必要に応じて化学放射線療法などを加えれば、最も完治する可能性が高いからです。
ただし高齢者の方は違います。

オランダで、食道がんの患者1万3,244人(そのうち高齢者4,501名)の治療法別の予後を調べる研究(注1)が行われました。その研究によると、高齢者においては手術を選んでも化学放射線療法を選んでも、生存率は同等であるという結果が出ています。(日本人に多い扁平上皮がん限定の結果。腺がんの場合は手術が優位)

食道がんといっても、できる部位や状況はそれぞれです。個々に合わせた治療法を主治医の先生とよく相談してください。その際、高齢者の方は無理して手術を受けたり、手術によってQOLを低下させたりする必要がない場合があることを頭に入れておくと良いでしょう。

これは余談ですが、もし私の親が食道がんになったら、やはり化学放射線療法を勧めると思います。私はがんの世界では若年者にあたりますが、自分自身が食道がんになっても化学放射線療法を選ぶと思います。

それだけ余命と同じくらい、QOLは大事だと思っています。

胃がん検診では内視鏡検査の選択を

ここまで、
・食道がんは予後が悪い
・手術は大変
・化学放射線療法を勧めるが、大変な思いをする方も一定数いる
とお伝えしてきました。

ただし初期の段階では、食道がんの治療は簡単です。だからこそ、この初期の段階で見つける事が重要になってくるのですが、残念ながら国の推奨する5大がん検診に食道がんは含まれていません。

自治体でも食道がん検診自体を設けているところは少ないので、助成を受けられずがっかりしてしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そのような方は是非「胃がん検診」を活用してください。胃がん検診ではバリウムを飲むタイプと内視鏡で見るタイプがありますが、私のお勧めは内視鏡です。

極わずかにバリウムでしか見つけられない病変もありますが、ほとんどの場合において内視鏡のほうが優れています。内視鏡であれば、胃に向かう途中に食道も見ることが可能です。特に最近は内視鏡の機器の進歩により、微細な病変も拾えるようになりつつあります。

是非、このtayoriniの連載を読まれている方には、積極的に内視鏡による胃がん検診を活用して頂ければと思います。

お酒でからだが赤くなる人は要注意

最後に、どういった人が食道がんになりやすいかをお話して、今回の記事を終えたいと思います。

食道がんの2大リスクはお酒と喫煙です。特に男性はお酒とたばこを好む傾向があるので、食道がんの年間罹患者約2万5,000人のうち、男性が約2万1,000人を占めます。

この中で特に注目すべきは、お酒を飲むと体が赤くなる人(フラッシャー)に食道がんのリスクが高いことです。

フラッシャーとは、2型アルデヒド脱水素酵素の働きが弱い人のことです。お酒(エタノール)は、体内でアセトアルデヒドになります。フラッシャーの方の場合アセトアルデヒドの分解が遅いため、アセトアルデヒドが急激に体にたまり、体が赤くなる反応(フラッシング反応)を引き起こすのです。

このアセトアルデヒドには、発がん性があります。

フラッシング反応が出る人の場合、最初はアルコールを飲むと不快な気分になるため、飲酒を控える傾向があります。しかし継続的にアルコールを飲んでいるうちに耐性がついてしまい「飲めるようになった」と言っている人たちが多いです。

実はこういった人たちが、一番リスクが高いといえます。

思い当たる方は、是非がん検診を欠かさないようにしてください。

そのほか、食道がん特有のリスクとして「逆流性食道炎」があります。なんらかの原因で胃酸が逆流して食道を痛めてしまう病気で、胸焼けのような症状があります。そういった方も、治療の目的を含め、内視鏡を受けるとよいでしょう。


(注1) Definitive chemoradiation or surgery in elderly patients with potentially curable esophageal cancer in the Netherlands: a nationwide population-based study on patterns of care and survival : M Koëter  
 

上松 正和
上松 正和 放射線科専門医

九州大学医学部卒。放射線科専門医。国立がん研究センターを経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30-40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を毎日配信中。

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